第3章
第80話「天下の大悪人、旅立ちの準備をする(1)」
町の名前は
海の近くの町で、交易が盛んな場所だ。
俺はゲーム『剣主大乱史伝』の地図を思い浮かべる。
確か灯春は
東は海。北は
雷光師匠は『藍河国は滅ぶ』という
だから人の多い町に行ったんだと思う。
そこで手がかりが見つからなければ、北に行くか、南に向かうはずだ。
でも……いくら師匠でも、一人で壬境族の土地に入るとは思えない。
となると、南に向かうはずだから……俺たちが街道を北に進めば、途中で出会えるかもしれない。
出会ったら、雷光師匠に『
そうすれば師匠は、旅をする理由がなくなる。
俺たちと一緒に、
そんなことを考えながら、俺は
小凰は今、小間使いの老人とふたりで住んでいる。
気のいい、おだやかな性格の男性だ。母親の
彼女にとっては祖父のような存在だそうだ。
「これはこれは
俺が門を叩くと、男性は快く屋敷へと招き入れてくれた。
「
老人は優しい笑みを浮かべながら、奥へと声をかけた。
でも、小凰はなかなか出てこない。
しばらくして、老人は小さな声で、
「……お
「わ、わかってるよ。もー!」
やがて、屋敷の奥から小凰が姿を見せた。
彼女は──女性用の服を着ていた。
以前に
小凰はいつも、髪を長い三つ編みにしているけど、今日はそれをほどいている。
ウェーブのかかった長い髪をゆらして、照れたみたいに笑っている。
「ど、どうかな。
「似合ってますよ」
「お母さまが国に帰ってしまわれたからね、自宅ではなるべく……女の子の服を着るようにしてるんだ。この服はお母さまが子どものころに着ていたもので、僕には少し、大きすぎるんだけどね……」
そう言って小凰は、胸のあたりに触れた。
女物の服を着た小凰を見るのは、一緒に奏真国に行ったとき以来だ。
やっぱりこっちの方が似合ってる。
いつか、小凰が気兼ねなく好きな服を着られるようになるといいんだけど。
「それで、今日はどうしたの?」
「
俺は事情を説明した。
雷光師匠が北の
そこで俺の父上の
雷光師匠が
今から追いかければ合流できるかもしれないことを。
「そっか。雷光師匠は天芳のお父さんのところに行ってたんだね」
小凰は目を輝かせて、何度も書状を読み返している。
それから、書状をきれいに折りたたんで、俺の方に差し出した。
「ありがとう、天芳。知らせにきてくれて」
「ぼくは師匠を探しに行くつもりです。小凰はどうしますか?」
「もちろん行くよ。でも、この格好じゃ駄目だね。着替えてくるから、待ってて」
小凰は立ち上がり、俺に背中を向けた。
けれど──
「お待ちください。お嬢さま」
小間使いの老人が、彼女を呼び止めた。
「国元から書状が届いたのをお忘れですか? お嬢さまにはお仕事があるのですよ」
「……あ」
ぴたり、と、小凰が立ち止まる。
それから、彼女は振り返って、
「そうだった。
「奏真国から使者が来るんですか?」
「そうだよ。ほら、前に
「ありましたね」
藍河国は、奏真国との友好関係を望んでいる。
だから奏真国に
「あの話が具体的になってきたからね。奏真国から
「そうだったんですか……」
そういうことなら仕方ない。
小凰は奏真国の王女なんだから。国の仕事が優先だ。
灯春の町はそれほど遠くない。徒歩で5日。『五神歩法』なら3日で着ける。
雷光師匠が移動していなければ会えるだろう。
もしも師匠が別の町に移動していても、行く先の手がかりくらいはわかるだろう。
「師匠はぼくが探し出してみせます。小凰はお仕事をしてください」
俺は小凰に言った。
でも、小凰は不安そうな表情で、
「あのね、天芳」
「はい。小凰」
「できれば……誰かと一緒に行ってくれないかな?」
小凰はぺたん、と床に座り、俺を見上げながら、言った。
「僕の知らないところで、天芳が危ない目にあうのは嫌なんだ。だから……秋先生に同行してもらうのはどうかな?」
「秋先生にですか?」
「雷光師匠と秋先生は、ふたりとも
「そうです。雷光師匠は武術の、秋先生は医術の弟子でしたね」
「学んだことは違っても、姉妹弟子なんだよね。だったら秋先生も雷光師匠に会いたいんじゃないかな?」
「確かに……そうかもしれません」
雷光師匠と秋先生は、仰雲師匠の教えを受けた者同士だ。
他の者には聞かせたくない話もあるかもしれない。
となると、北臨から離れた場所でふたりを会わせるのがいいのかな……。
「一理あります。さすがは小凰です」
「そ、そうかな?
「ただ、秋先生は『五神歩法』を使えません。雷光師匠に追いつけないかもしれないんですけど……いえ、馬を使えばいいですね」
「うん。確か天芳の家にも馬がいたよね?」
「何頭かいますよ。星怜がいつも、楽しそうに話をしてます」
「そっか。妹さんは動物好きなんだっけ」
「動物の方も星怜が好きなんです。よくなついてます」
「その馬を借りるのはどうかな? 馬に乗って移動すれば、体力を温存できるよね? 普段は馬に乗って体力の消耗を抑えて、いざというときに『
「なるほど」
「とにかく、一人で行かないでよ。天芳になにかあったらと思うと……心配で、僕の仕事が手につかなくなっちゃうからね……」
小凰はじっと、俺を見てる。
彼女が心配するのもわかる。
俺と小凰は、これまでずっと一緒に行動してきた。
雷光師匠の試験を受けたときも、
そして、俺と小凰はいつも、協力して強敵を倒してきた。
別行動を取るのは、今回が初めてだ。
だから小凰は、俺のことを心配してるんだろう。
「わかりました。一緒に行ってくれるように、秋先生にお願いしてみます」
俺は小凰に向けて
「心配してくれてありがとうございます。小凰」
「当然だよ。僕は天芳の
小凰は照れた顔で、そんなことを言った。
「朋友同士は家族以上の関係なんだからね。天芳になにかあったら、僕は、自分が一緒にいかなかったことを一生後悔するだろう」
「……小凰」
「だから、無事に帰ってきてね。天芳」
「わかりました。小凰も、お仕事がんばってください」
「うん。ありがとう」
「困ったことがあったら、
それに武術の世界では、兄弟弟子は家族同然だ。黄家のみんなもそれはわかってる。俺の姉貴分……いや、兄貴分の小凰が困ったときは、進んで力を貸してくれるはずだ。
「それに、星怜は燎原君の娘の
「うん。ありがとう。天芳」
小凰はそう言って、俺の手を握った。
そんな俺たちを、小間使いの老人は優しい目で見ている。大事な孫を見るような顔だ。
この人なら小凰を支えてくれるだろう。
そんなことを思いながら、俺は小凰の家を後にしたのだった。
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お待たせしました。第3章を開始します。
次回、第81話は、明日か明後日くらいに更新する予定です。
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