第79話「天芳と凰花、『渾沌の秘伝書』を読む(後編)」

「はい! 望みます!! 指導をお願いします。秋先生!!」

「僕も、天芳てんほうと同じ気持ちです!!」


 即座に俺は答えた。

 一瞬遅れて、小凰しょうおうも俺と同じ答えを返す。


 以前、俺は藍河国あいかこくが滅ぶ夢を見た。

 夢の中で国王の狼炎ろうえんは言っていた。


『いずれこの大陸は、四凶しきょうに食い散らかされる』


 ──と。


 はじめは、ただの夢だと思ってた。

 でも、『四凶の技』というものが実在した。

 しかも、その技を藍河国あいかこくの敵が身に着けていたんだ。

 よりによって、『剣主大乱史伝』の主人公の、介鷹月かいようげつと、その父親が。


 ……いや介鷹月が使えるのが『窮奇きゅうき』だけとは限らない。

 あの人はゲーム主人公だからな。

 他の『四凶』も使える可能性だってある。


 だから俺は、対抗手段を身につける必要があるんだ。

 どんなに時間がかかっても。

 秋先生の言う通り、がんばっても、成果が得られなかったとしても。


 それでも……『渾沌の技』を修行することで、他の『四凶』についての手がかりが得られるかもしれない。

 だから俺は『渾沌の技』を学びたいんだ。


 本当は、俺は『四神歩法』で、逃走手段を身につけるだけのはずだったんだけど。

 でも……もう、俺だけ逃げるわけにはいかない。


 この国には星怜せいれいがいる。父上も母上も、兄上もいる。

 燎原君りょうげんくんにもお世話になってる。

 その娘の夕璃ゆうりさんは、星怜のいい友だちだ。


 家族や、世話になった人たちを置いて、自分だけ逃げるなんてできない。


 それに、小凰のこともある。

 小凰は介州雀かいしゅうじゃくを捕らえるのに関わってる。

 介鷹月がそのことを知ったら、小凰がゲーム主人公から敵視されるかもしれない。


 介州雀と戦ったのは男の子の翠化央すいかおうだから、小凰──奏凰花そうおうかは見逃されるかもしれないけど……油断はできない。


 それに、秋先生や冬里さんも、今は藍河国の住人だ。

『四凶』のせいで戦乱になったら、彼女たちも巻き込むことになる。


 そんなことはさせない。

 敵が『四凶』なら、同じ『四凶』のひとつ『渾沌こんとん』で対抗する。

 今は、それしかないと思うんだ。

 

「君たちの覚悟はわかった。私も全力で指導につとめよう」


 しばらくして、秋先生は真剣な表情で、うなずいた。

 それから彼女は肩をすくめて、


「と、いっても、修行には雷光らいこうの協力が必要なんだけどね」


 ──苦笑いして、そんなことを言った。


『渾沌』は難易度が高い。修行は慎重に行わなければいけない。

『気』の専門家の秋先生と、武術の達人の雷光先生がそろってはじめて、完璧な指導ができる。

 だから、本格的な修行をはじめるのは、雷光師匠が戻ってからの方がいい。


 ──それが、秋先生の結論だった。


「では、雷光師匠が戻るまで、僕たちにできることはないのですね……」

化央かおうくんの言う通りだよ。まぁ、準備はしておこう。雷光が戻ったらすぐに修行を始められるように」

「あの。秋先生」


 ふと、気づいたことがあった。


 カイネは秘伝書を翻訳して、そのまま俺たちに伝えてくれた。

 その最初の方に、少し気になる文章があったんだ。


「『万影鏡ばんえいきょう』を覚えるためには、他者の存在を感じ取る修行をするんですよね?」

「そうだね。そのための修行が書かれているね」

「あれは究極の受け技だから、『気』や皮膚感覚ひふかんかくで他者の動きを読み取る必要がある。そのために目隠しをして、修行仲間と腕を触れ合わせたり、足を触れ合わせたりする、ですよね?」

「うむ。目隠しをして、ゆっくりと武術の型をする感じだね」

「相手の存在を感じながら、ですね」

「そうだね」

「だとすると……ぼくと師兄は、似たようなことをやってますよね? 4人一緒に導引をしたときに」

「……あ!」


 小凰が声をあげた。

 俺の言いたいことが、わかったらしい。


 4人で『天地一身導引てんちいっしんどういん』をしたとき、俺たちは目を閉じた状態で、おたがいの存在を感じていた。

 その状態で移動しても、ぶつかったり、身体が触れ合ったりすることはほとんど・・・・なかった。

 それは、『万影鏡』の修行法とそっくりなんだ。


「確かにそうだね! 天芳の言う通りだよ!!」


 小凰は興奮した表情で、うなずいた。


「4人で導引ををしたとき、目を閉じてるのに僕たちは、おたがいの存在を感じ取ってたよ」

「あのときは、誰が誰だかわからなかったんですけどね」

「それでも、おたがいの位置や動きを感じ取ることはできたよね?」

「はい。その経験をしたぼくたちなら、『万影鏡』の、初期の修行はできるんじゃないでしょうか」


 雷光師匠はいつ戻るかわからない。

 それまでに、できることはやっておきたいんだ。


「僕も天芳に賛成です! どうでしょうか。秋先生!」

「……そうだったね。君たちは、あの秘伝を成功させていたんだね」


 秋先生は納得したように、うなずいた。


「確かに、冬里も言っていたよ。目を閉じているのに、他のみんなの動きがはっきりとわかった、と。天芳と化央もそうだったんだね」

「はい。間違いありません」

「僕もそうです。秘伝の修行をしている間、ずっと肌がちりちりして、すぐそこに天芳がいるのを僕の身体が感じ取……」


 言いかけた小凰の言葉が、止まる。

 彼女は素早く真横を向いて、


「と、とにかく、僕たちなら『万影鏡』の修行ができると思います!」

「ぼくも同感です。秋先生。指導をお願いできないでしょうか?」

「…………うむ」


 秋先生は少し、考え込んでいるようだった。

 話を聞いていたノナは、びっくりしてる。

 まさかすぐに修行が始められるとは思ってなかったんだろう。


 ちなみにカイネの方は……あ、寝てる。

 小さな身体で俺に寄りかかって、いつの間にか寝息を立ててた。

 話に夢中になってたから気づかなかった。すごいな……この子。


「わかった。いいだろう」


 しばらくして、秋先生は顔を上げた。


「『万影鏡』の最初の修行だけ、試しにやってみることにしよう。無論、君たちの体調は、私が責任をもって管理する。異常があればすぐにやめる。それでいいかな」

「ありがとうございます。先生!」

「よろしくお願いします」


 俺と小凰は、秋先生に向かって拱手きょうしゅした。


 介州雀かいしゅうじゃくが死んだせいで、俺たちは『金翅幇きんしほう』への手がかりを失った。

 それでも、できることはある。

 俺たちの側にはノナとカイネがいて、秘伝書を読み解くのを助けてくれる。

 ゲーム『剣主大乱史伝』では遍歴医へんれきいだった秋先生も、今は藍河国の味方だ。


 少しずつでいい。みんなの力を借りて、『四凶の技』への対策を進めていこう。

 それは藍河国の崩壊ほうかいを防ぐことにもなるはずだ。


「それではご指導をお願いします。秋先生!」


 勢いよく小凰が立ち上がる。

 それから彼女は俺の方を向いて……目を逸らしてから、帯に手を掛けた。


「化央くん」

「は、はい。秋先生」

「例の秘伝とは違うからね。服は脱がなくていいんだよ?」

「────っ!?」


 小凰の顔が真っ赤になった。

 というか、今脱ぐのはまずいと思う。ノナもカイネもいるんだから。

 特にノナは小凰のことを、翠化央という男の子だと思って……って、あ、ノナ、両手で顔をおおってる。


「……目の毒です。私には……まだ、あこがれの化央さまの肌を拝見するほどの覚悟はございません」


 ──って。

 うん。本当にノナは小凰のファンなんだね……。


 そんな感じで、俺と小凰は (服を着たまま)、おたがいの位置をつかむ修行を始めて──

 腕や足を触れ合わせたり、他の場所を触れ合わせたりしながら、修行を続けたのだった。






 そして、その翌日。

 俺のもとに、北の砦にいる海亮かいりょう兄上から書状が届いた。



『お前の師匠の、雷光どのにお会いしたよ』



 ──最初の一文には、そんなことが書かれていた。

 雷光師匠は『藍河国は滅ぶ』といううわさを流している組織を探している。

 その関係で、北の砦をたずねたらしい。



『雷光どのはこの後、東に向かうとおっしゃっていた。

 どの町に行かれるのかをうかがったので、念のため記しておく。

 お前が望むならば、会いに行くこともできるだろう。


 雷光どのには、玄秋翼どののことを伝えておいた。

 お前が玄秋翼どのの指導を受けていると聞いて、あの方は安心していたよ。


 だが、お前も雷光どのに話したいことがあるかもしれない。

 だから、予定を聞いておいたのだ。これが役に立つことを望んでいる』



「──ありがとうございます。兄上!」


 書状には兄上が雷光師匠に会った日付と、師匠が向かう町の名前が書かれていた。

 今すぐに追いかければ、東方の町で、雷光師匠と合流できるかもしれない。


 父上と兄上には『渾沌の秘伝書』のことは伝えていない。

 ただ、雷光師匠に会ったら、俺や小凰が会いたがってることを伝えてくれるように頼んでおいたんだ。

 遍歴医へんれきいの秋先生のもとで修行をしていますという、近況と一緒に。


 それが功を奏した。雷光師匠の移動ルートがわかった。

 俺と小凰の『五神歩法』なら、今からでも合流できるかもしれない。

 雷光師匠を呼び戻せば、秋先生と一緒に指導をしてもらえるはずだ。


 雷光師匠が『渾沌の秘伝書』の指導者になってくれるかどうか、少し心配だけど。

 それは俺と小凰で説得しよう。

 妹弟子の秋先生もいるんだ。雷光師匠なら、話を聞いてくれると思う。



 そんなことを考えながら、俺は書状を手に、小凰のもとへと向かったのだった。




──────────────────────



 第2章はここまでです。

 第3章は、2週間くらいかけて書き溜めをしてから、開始する予定です。

 更新再開まで、少しだけお待ちください。


 それでは、これからも「天下の大悪人」を、よろしくお願いします!



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