第67話「天下の大悪人、帰郷の準備をする(2)」

 数日後。

 時間が経つと、色々なことがわかってきた。


 壬境族じんきょうぞくの兵士の中にも、口を開く者が出て来た。

 彼らは自分たちの王の近くに、『金翅幇きんしほう』という組織がいることを認めた。

 その者たちが、10歳前後の子どもを連れていることも。


 ただ、『金翅幇』はずっと壬境族のもとにいるわけじゃない。

 王の許可を得て移動したり、遠くへ出かけたりもしている。

 そうして、気がつくと王のそばに戻っている、ということだった。


 ゼング=タイガは先の戦いの後、必死に武術の修行を続けているらしい。

 奴は片腕を失ったけれど、それでも壬境族の中で、ゼング=タイガに敵うものはいないという話だった。


 ……あいつ、どれだけ桁外けたはずれなんだろう。

 ゲームの製作者は、ゼング=タイガのパラメータを間違えたんじゃないだろうか……。


 介州雀かいしゅうじゃくは、あれから、一言も口をきいていない。

 秋先生やガク=キリュウが尋問じんもんを続けているけれど、無言のままだ。


 俺も一度だけ、顔を合わせる機会があった。

 そのときに質問した。


 ──『剣主大乱史伝』という史書を・・・知っているか、って。


 史書といったのは……まぁ、ゲームの名前とは言えないからだけど。


 仮に介州雀がこの単語を知っているとしたら、奴は転生者の可能性がある。

 あるいは『金翅幇』の人間か、息子の介鷹月かいようげつが転生者なのかもしれない。


 そう思ってたずねてみたのだけど……答えは返ってこなかった。

 逆に「なに言ってんだこいつ」という顔をされた。


 やっぱり、俺以外の転生者はいないんだろうか。

 となると……『金翅幇』は独自のやり方で、藍河国は滅ぶと判断したのかもしれないな。

 本当に、迷惑な連中だ。


 介州雀には、介鷹月かいようげつのこともたずねてみた。

 名前を知っているのは不自然すぎるから、『家族や、子どものことを考えろ』くらいのセリフだったけれど、それにも反応なし。

 奴はもう、覚悟を決めているのかもしれない。


 尋問じんもんのあとで、俺はそんなことを思ったのだった。





 とりでの片付けと、敵兵の取り調べが一段落したのは、2日後。

 午後になって、『戊紅族ぼこうぞく』の族長とガク=キリュウが、砦にいる者すべてを広場へと呼びだした。


 俺たち、藍河国あいかこく使節しせつの者たちも。

 壬境族じんきょうぞくの連中と、介州雀かいしゅうじゃくまで。





「われら『戊紅族』は、今日この時、ふたつの決断をすることにした!!」


 集まった人々に向けて、ガク=キリュウが声を上げた。


 広場は、たくさんの人であふれていた。

 襟巻えりまきをした若い中年の男性、女性や老人もいる。

『戊紅族』の集落からも、人が来ているみたいだ。


「このたび、我々は壬境族の侵攻を受けた。幸いにも藍河国の方々の協力を得て勝利することができたが、これは藍河国の方々の力と、幸運によるものだ。一歩間違えれば、我々は壬境族の配下となっていただろう」

「思いがけず、我らは……一族の命運をけた戦いに放り込まれてしもうたのだ」


 ガク=キリュウの言葉を、族長が引き継いだ。

 族長の男性は、皆を見回しながら、


「二度と、民を同じ目にわせるわけにはいかぬ。そのためにわれらは決断することにした。これからガク=キリュウが話すことは、族長である我も、部族の高位の者たちも、我が娘のカイネも承諾しょうだくしておる。それを心得た上で、聞いてほしい」


 そう言って、族長は頭を下げた。

 彼の隣で、ガク=キリュウは集まった人々を見回しながら、


「第一の決断として、我ら『戊紅族』は藍河国と友好関係を結ぶことを決めた」


 そんなことを、宣言した。


「他の国や部族とはほとんど交流せずに来た我らだが……それでは一族を守れぬと、今回の事件で思い知ることとなった。壬境族は卑劣ひれつであり、また、強い。一族を守るためには、信頼できる人々の力を借りる必要がある。そう考えての決断である!」


 反対意見は、出なかった。

 集まった『戊紅族』の人たちは、静かにガク=キリュウの話を聞いている。


「ただ、相手は大国である。対等の関係になるのは難しい。おそらくは、臣従しんじゅうすることとなるだろうが……藍河国の人々は、信じるに値する方々だと思う」


 ガク=キリュウは続ける。


「皆も、玄秋翼げんしゅうよくどののことは知っているだろう? あの方はかつて、我らの仲間を治療してくれた。あの方は、今、藍河国の王弟殿下に仕えておられる。遍歴医へんれきいであった玄秋翼どのが放浪ほうろうを止め、お仕えするほどの方だ。十分に、信頼できるはずだ」


 玄秋翼は、かつて『戊紅族』を助けてくれた。

 今回の戦いでも力をふるってくれた、信頼できる人物である。

 その人物が仕えている国ならば、やはり信頼できるのではないか。


 ──そんなことを、ガク=キリュウは語り続ける。


「そして、藍河国の方々は今回の戦いで、命をかけて我らを助けてくれた。そのような方々ならば、我らの命と、我らにとって大切なものを預けるに値する。私や族長、藍河国の方々と一緒に戦った者たちはそう考えている。異論はあるか!?」


 しばらく、反応はなかった。

 ざわざわと、人々は近くにいる者たちと、言葉を交わしている。


 そうして、やがて声が上がり始める。



「──藍河国の使節の方々は、我らと友好関係を結ぶために、ここまで来てくださったのですよね」

「──その方々が、我らを助けてくださったのだ」

「──信じるに、値すると思います!」



 賛同さんどうする声が、広場を満たしていく。

 それを確認して、炭芝たんしさんが前に出た。


「我らは、友好関係を結ぶためにここまで来ました。その思いは、今も変わっておりません」


 炭芝さんは、宣言した。


「ただ、今回のような事件が起きたとき、『戊紅族』の人々を守れるようにしておきたい。そのために、国境地帯に砦を設置し、藍河国の兵と、『戊紅族』の兵が駐屯ちゅうとんするようにしたいのです。そうすればおたがいに情報交換をすることができましょう。友好関係を深めることにもなるはずです!」


 決して、『戊紅族』を下に見るわけではない。協力関係としたい。

 そのことは正式に、書面で交わす。

 それについてはすでに、燎原君に書状で知らせているそうだ。


 ただ、表向きは『戊紅族』が臣従しんじゅうすることにしてほしい。

 そうすれば壬境族じんきょうぞくの侵攻を防ぐ抑止力になるはず。


 そんなことを、炭芝さんは説明した。


『戊紅族』の人たちは、賛同の声をあげている。


 ──友好関係を結ぶなら、信頼できる相手がいい。

 ──それは目の前にいる。藍河国の玄秋翼どのと、その仲間の方々。


 ──彼らなら信じられる。

 ──彼らが仲介役となってくれるのならありがたい。


 そんな声が、広場を満たしていったのだった。


 対照的に、壬境族の連中は苦々しい顔をしている。

 そりゃそうだ。

 あいつらの侵攻が、藍河国と『戊紅族』を結びつけることになったんだから。

 壬境族の意図は、完全に裏目に出てしまったんだ。


「では、第二の決断についてお伝えする」


 皆が鎮まるのを待って、ガク=キリュウは続ける。

 彼が手を振ると──砦の奥から、ふたりの少女が現れる。


 ひとりは、族長の娘の、カイネ=シュルト。

 もうひとりはガク=キリュウの娘の、ノナ=キリュウだ。


 ふたりは、飾りのついた服を着ている。

 上着には不思議な模様のい取りがあり、首には、様々な色の石の首飾り。

 彼女たちはふたりがかりで、木の箱を運んでいた。


 箱は──かなり古いもののようだった。

 表面には土がこびりついている。

 まるで、ずっと埋まっていたものを、ついさっき掘り出したみたいだ。


 あれは、もしかして──


「これは吹鳴真君すいめいしんくんより授かった、『渾沌こんとんの秘伝書』だ」


 ガク=キリュウは表情を変えずに、告げた。


 広場が、ざわめきに満ちた。

『戊紅族』の人たちだけじゃない。壬境族の兵士たちもおどろいている。


 カイネ=シュルトとノナ=キリュウは箱を地面に置いた。

 族長とガク=キリュウがうなずくのを見て、箱のふたを開いていく。


 現れたのは、木簡もっかんだった。

 木を細長い板状にして、そこに文字を記したものだ。

 紙が一般的になる以前に、多く使われていたと聞いている。


「吹鳴真君はこの秘伝書を、誰も見せることなく保管せよと命じられた。我らはそれを守ってきた。これまでは、それでうまくいっていたのだ。だが……」


 ガク=キリュウは箱を見つめながら、続ける。


「秘伝書の存在は、すでに壬境族に知られてしまった。奴らはこの秘伝書に執着しゅうちゃくしている。手に入れるために、同じ『四凶しきょうの技』の使い手を送り込んでくるほどだ。今回は藍河国の方々の力を借り、奴らを倒すことができた。だが……次回も、幸運が味方してくれるとは限らぬ。また、秘伝書にこだわり、友である藍河国の方々を危険にさらすわけにはいかぬ! だから、我らは決断すべきなのだ!!」


 ガク=キリュウは腕を振った。

 それを合図に、数名の兵士たちが前に出る。


 彼らが手にしているのは、たきぎと、油が入ったつぼ

 そして、火の点いた松明たいまつだった。



 彼らがなにをしようとしているのか、はっきりとわかった。



吹鳴真君すいめいしんくんはこの秘伝書を『正しい使い方をすれば、他のみっつへの切り札になる』と言い残してくださった。それはおそらく、この書物を正しきときに処分しょぶんすれば、他の『四凶の技』の使い手への切り札になるということだろう。これですべての『四凶の技』を、集めることができなくなるのだからな。ならば、我らがすべきことはひとつ!」

「──やめろ!!」


 悲鳴が、聞こえた。


「やめろ!! お前は、自分がなにをしようとしているのかわかっているのか!!」


 叫んだのは、介州雀かいしゅうじゃくだった。

 奴は全身を拘束こうそくされながらも、必死に前に出ようとしている。

 目を見開き、口から泡を吹き出し、こわれたようにもがいている。


「それは二度と得られぬ宝だ!! 失われてしまったら、絶対に取り戻せぬものなのだぞ!! それを焼き捨てるというのか、お前たちは!!」

「ああ。焼き捨てるとも!!」


 ガク=キリュウは即答した。


吹鳴真君すいめいしんくんは、これを正しく使えと言い残した。われわれはその言葉に従う! 焼き捨てることで貴様らの侵攻を防ぎ、部族を守る! 『渾沌こんとん』をこの世から消し去り、四凶しきょうすべてがそろうのを防ぐ。それこそが正しき使い方だ!」

「やめろ!! 頼むからやめてくれ!! なんでもする。頼む! それだけは……」

「『渾沌こんとんの秘伝書』を正しく使うことに反対の者はいるか!!」


 介州雀を無視して、ガク=キリュウは叫んだ。



「──私は族長と、ガク=キリュウどのの判断に従う!!」



 即座に、『戊紅族』の答えが返って来る。



「──わざわいを防ぐためならば、吹鳴真君は許してくださる!」

「──壬境族に奪われるくらいなら……我らの手で、炎の中に!!」

「──われらは秘伝書を守ることで、ひとつにまとまってきた。そうして『戊紅族』は一致団結した。ならば……秘伝書の役目は終わったのかもしれない」



 人々はこぶしを振り上げ、叫ぶ。

 反対する者はいない。

 というか、壬境族の侵攻は『戊紅族』の人たちに覚悟を決めさせてしまった。

 もう、止めることはできないだろう。


「……あ、あ、ああああああ。あああああぁぁぁぁ!!」


 対照的に、介州雀は蒼白そうはくになる。

 彼は地面に膝をついて、絶叫する。



 そして、奴が見つめるなかで、『戊紅族』は決断を下した。



「秘伝書を守る役目を帯びた娘たちよ。書巻しょかんを炎の中へ!」

「「はい!!」」


 積み上げられたたきぎは、すでに炎を上げている。

 その炎の中に、カイネ=シュルトとノナ=キリュウは木簡を投げいれた。

 さらに、木簡が入っていた箱も。


渾沌こんとんの秘伝書』に関わるものすべてが、炎の中で灰になっていく。


「決断は下された」


 ガク=キリュウは宣言した。


「我ら『戊紅族』はこれより、新たな道を進むこととなる。苦難もあろうが、どうか、協力して欲しい。一族を守り、よりよい未来を目指すため、皆の力が必要だ!!」

「「「うおおおおおおおおおおおっ!!」」」


 それが、会合の締めくくりになった。

『戊紅族』の人たちは炎を囲んで、酒宴しゅえんをはじめる。


 介州雀かいしゅうじゃく壬境族じんきょうぞくの兵士たちは、牢の中へと戻された。

 連行される介州雀は、死人のような顔色だった。


 奴は完全に失敗した。

 侵攻に敗北して、『渾沌の秘伝書』が失われるきっかけを作ってしまった。

『四凶の技』に執着しゅうちゃくしていた分、ショックだろうな。


「申し訳ありません。玄秋翼げんしゅうよくどのと黄天芳こうてんほうどの、翠化央すいかおうどの。こちらへいらしていただけますか」


『戊紅族』の兵士のひとりが、俺たちを呼び止めた。

 兵士の後ろには、ガク=キリュウと族長がいる。


「別室でお話したいことがあると、族長たちがおっしゃっております」

「ああ。構わないとも」


 秋先生がうなずく。

 俺たちガク=キリュウや族長と一緒に、砦の奥へ。

 到着したのは介州雀と戦った屋敷。

 その最奥さいおうの、行き止まりにある小部屋だ。


 入ると、カイネ=シュルトと、ノナ=キリュウがいた。




 ふたりの前には、小さな箱があった。




 古びた……さっき燃やした箱よりも、さらに古いものだ。



「こちらが」「本物の『渾沌こんとんの秘伝書』となります」



 カイネ=シュルトとノナ=キリュウは、告げた。

 ふたりはそのまま頭を下げ、床に額をつける。


「これからカイネとノナは、藍河国あいかこくへの人質になるの」

「その前に、これを玄秋翼げんしゅうよくさまたちに、お預けしたいのです」

「あくまでも、個人的に」

「他の人には、黙っていて欲しいのです」

「『四凶しきょう』を封じることのできる方に……秘伝書を渡す」

「それが、『戊紅族』の決断です」

「これこそ吹鳴真君すいめいしんくんのおっしゃった……正しい使い方」

「そのように、私たちは信じております」



「「よろしくお願いいたします」」



 カイネ=シュルトとノナ=キリュウは平伏へいふくしたまま、そんなことを宣言したのだった。






──────────────────────



 いつも「天下の大悪人」をお読みいただきまして、ありがとうございます。


 もしも、このお話を気に入ってくださったら、応援やフォローをいただけるとうれしいです。更新のはげみになります!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る