第62話「天下の大悪人、異民族への使者になる(8)」
──天芳視点──
「人質を救出しました。全員無事です」
塔を出たのは、俺が最後だった。
追撃を受けないようにするためだ。
塔にいた敵は全員、俺と小凰が倒したけれど、隠れている者もいるかもしれない。
だから、背後を襲われないように、俺が最後尾についていたんだ。
「ガク=キリュウさまのご家族もいらっしゃいます。ご確認を──」
「お待ちください。
返ってきたのは、
「ガク=キリュウどのは今、
両軍の兵士たちは、動きを止めていた。
彼らが見つめているのは、槍を手に戦うガク=キリュウと、大刀を手にした
ふたりは兵士たちが見守るなか、一対一で戦っていた。
「『
「でも、炭芝さま。これでは……ガク=キリュウさまが圧倒的に不利です」
捕虜が鎧を身に着けていたら不自然だからだ。
それに、壬境族を油断させるためには、ガク=キリュウの顔を見せる必要があったんだ。
だから、ガク=キリュウは、身を守る防具を一切装備していない。
対する壬境族の将軍はフル装備だ。
敵はガク=キリュウの槍がかすっても、どうってことはない。
だけど、ガク=キリュウは一撃でも食らったら重傷を負う。
この戦いは、圧倒的にガク=キリュウが不利なんだ。
「このままではガク=キリュウさまが危険です。炭芝さま。助太刀をお許しください」
「なりませぬ。天芳どの」
「しかし!」
「ガク=キリュウどのは、あなたを守るために戦っているのですぞ」
炭芝さんは、俺の肩をつかんだ。
「敵の名はレン=パドゥ。壬境族の王子であるゼング=タイガの側近だそうです。あやつは、天芳どのを探しておりました。
「ぼくを……ですか?」
「天芳どのはゼング=タイガの片腕を斬っております。側近の者ならば、その復讐をしたがるのは当然のことでしょう。ガク=キリュウどのは天芳どのに敵が危害を加えぬようにするために、戦っているのです。その思いを無駄になさってはなりません」
炭芝さんは──他の者に聞こえないように、声を
敵将はレン=パドゥ……ゼング=タイガの側近か。
だったら、俺を狙っているのもわかる。
ガク=キリュウが俺を守るために戦ってくれるのも……わかる。
でも、ガク=キリュウは、これからの藍河国に必要な人材だ。
兵の士気能力が高くて、個人としての戦闘能力にも優れている。
それに……いい人だ。
ガク=キリュウは
家族を救い出すために、捕虜のふりまでした。
出会ったばかりの藍河国の兵の前で丸腰になって、その身柄を預けたんだ。
それはガク=キリュウが、俺たちを信じてくれたからだ。
そんな人を、ここで失うわけにはいかない。
「手出し無用とおっしゃいましたね……炭芝さま」
「そうです。それが武人としてのあり方というものです」
炭芝さんの意見はわかった。
言われた通りにしよう。
剣を手に一騎打ちに割り込んだり、敵を背後から斬りつけたりはしない。
俺は、家族や友人、仲間を死なせないための手段を取るだけだ。
俺の目的は『黄天芳破滅エンド』を回避することだけど──俺だけ生き残ってもしょうがない。
できるだけ、仲間には生き残って欲しいんだ。
だから──
「ノナ=キリュウさまと、カイネ=シュルトさまにうかがいます」
俺はガク=キリュウの娘さんと、族長の娘さんに声をかけた。
「ガク=キリュウさまは『集中スキル』を……いえ、戦闘時のたぐいまれなく集中力をお持ちではなかったですか?」
『集中スキル』は、一時的に武力を上げるスキルだ。
視界が狭まり、戦闘に関わるものしか見えなくなる代わりに、攻撃精度が上がる。
ゲームに登場するガク=キリュウは、そのスキルを持っていたはずだけど──
「は、はい。確かに……父さまは集中すると、戦いに関わるもの以外は感じ取れなくなるのですが……どうしてそれを!?」
「……ガク=キリュウは集中して戦う。すごく、強い」
「わかりました。ありがとうございます」
この世界のガク=キリュウも『集中スキル』を持っているらしい。
ということは、一騎打ちの最中に声をかけても、ガク=キリュウには届かない。
支援のために連携を取ろうとしても難しい、ってことか。
「わかりました。それでは、ぼくは秋先生の
俺は
秋先生は『
護衛の兵士も一緒だけど、敵の力は未知数だ。俺も手伝いに行った方がいいだろう。
「天芳どの。それは……」
「俺は秋先生の弟子です。師匠の手助けをするのは当たり前のことですよ?」
「……わかりました。くれぐれも気をつけてくだされ」
「はい。秋先生と一緒に、無事に帰ってきますよ」
「待ってくれ天芳。僕も行く」
「お願いします。
手を挙げてくれた小凰に、俺はうなずく。
敵兵はみんな、一騎打ちに注目してる。
今なら敵の上を飛び越えて、秋先生のいる建物に行けるはず。
「「『
俺と小凰は『五神歩法』で大跳躍。
兵士たちの頭上を飛び越える。
地上数メートルの高さから敵陣を見おろすと………敵の中に、飛び道具を構えてる奴がいた。
『戊紅族』と藍河国の兵からは見えないように、他の兵士の後ろに隠れてる。
向こうは、正々堂々一騎打ちをする気はないようだ。
だったら、こっちも
敵将のレン=パドゥは、俺を狙っている。
ガク=キリュウの『集中スキル』は戦闘力を上げる代わりに、戦いに関わるもの以外は感じ取れなくなる。
そして、一騎打ちに第三者が
だから俺は、声に内力を込めて──
「
俺は敵将──レン=パドゥを真下に見ながら、声をあげたのだった。
──『
状況はこちらに不利だった。
防具を身につけていないことは気にならない。
むしろ、身体が軽くて動きやすいくらいだ。
ガク=キリュウの強みは、速度と、正確な攻撃にある。
彼の槍はレン=パドゥの大刀を受け止め、
鎧の
ガク=キリュウとレン=パドゥの強さは、ほぼ同等。
速さと正確性でガク=キリュウが、力と耐久力でレン=パドゥが勝る。
だが、問題は──
「一騎打ちと言いながら、背後に弓兵を隠しているのはどういうわけだ。レン=パドゥよ!!」
『集中』状態にあるガク=キリュウは、わずかな殺気も感じ取ることができる。
だから、わかるのだ。壬境族の兵士の中に、弓を構えた兵士がいることが。
時折、弓を引き絞り、ガク=キリュウを狙っていることも。
敵の配置は
『
ガク=キリュウがレン=パドゥを倒したら、あるいは、強力な一撃を加えようとしたら、奴は矢を放つのだろう。
その者への警戒心が、ガク=キリュウの攻撃を鈍らせている。
レン=パドゥへの決定的な一撃を、加えられずにいるのだ。
「これが壬境族のやり方か。レン=パドゥよ!!」
「知らぬ。奴らは我が兵にあらず!」
「我が兵にあらず、だと!?」
「奴らはゼング殿下の直属兵よ。だが、殿下の部下がなさるのならば、それは壬境族の意思ということだ!!」
レン=パドゥの大刀が、ガク=キリュウの頭をかすめる。
ガク=キリュウは敵将の膝を蹴り、その勢いを利用して飛び離れる。
(……長期戦になるのはまずい、か)
ガク=キリュウが倒されても、味方には藍河国の炭芝がいる。
彼が兵を率いて、敵を
問題は、ガク=キリュウが矢で射殺された場合だ。
そうなったら『戊紅族』の兵士たちは、怒りにまかせて攻めかかるだろう。
そうなれば、味方の被害が大きくなる。
レン=パドゥや『四凶の技』の使い手を逃がしてしまうかもしれない。
敵は、それを狙っているのだろう。
(ならば、一気に勝負を決めるしかあるまい!)
ガク=キリュウは、覚悟を決めた。
藍河国を味方にして、人質を救出できた。
自分の命は十分に仕事をしたのだろう。ここで投げ出しても惜しくはない。
ガク=キリュウは槍を構え、走り出す。
「ゆくぞ。レン=パドゥよ!!」
この一撃で、すべてを決める。
自分が敵将に討たれたとしても──この場には、信頼できる味方がいる。
藍河国の炭芝と、その配下。天芳少年と小凰少年。彼らと出会えただけでも十分だ。
ガク=キリュウは走りながら位置を入れ替える。
弓兵とガク=キリュウ──その斜線上に、レン=パドゥを入れる。これで敵は弓を放てない。
「甘いな。『戊紅族』の者よ!!」
レン=パドゥはこちらの狙いに気づいていた。
ガク=キリュウの動きを予測し、大刀を振りかざしている。
(──間に合うか!?)
必要なのは一瞬の
レン=パドゥの大刀がこちらの身体に届く前に、鎧の隙間に、槍の穂先を滑り込ませる。
数秒──いや、一秒足らずの隙でいい。
「我が部族の守護者。
「これで終わりだ! 『戊紅族』のネズミめ!!」
ガク=キリュウの槍と、レン=パドゥの大刀がうなりを上げる。
ふたりの武将の武器が、たがいの身体に届きかけたとき──
「──藍河国の黄天芳! 頭上を失礼する!!」
──その声が、ふたりの命運を分けた。
「黄天芳だと!?」
レン=パドゥは声に反応し、一瞬だけ、頭上を見上げた。
ガク=キリュウは死を覚悟し、一撃にすべてを賭けていた。
レン=パドゥには天芳の声が届き──
戦闘に『集中』していたガク=キリュウには、天芳の声が届かず──
──レン=パドゥだけが、ほんの数秒、動きを止めた。
そして、その隙にガク=キリュウの槍は、レン=パドゥの鎧を
「……ばか、な。この我が、『戊紅族』のネズミ……に」
「……生き残ったのか? 私が?」
レン=パドゥの大刀は、ガク=キリュウの肩の上で止まっていた。
なにかが奴の動きを止めたのだと、わかった。
その『なにか』が一瞬、遅かったら、ガク=キリュウの身体は両断されていただろう。
「弓兵は!?」
ガク=キリュウは敵陣に視線を向ける。
こちらを狙っていた弓兵は、レン=パドゥのすぐ後ろに転がっていた。
一騎打ちを邪魔する者に気づいた誰かが、奴を蹴り飛ばしたようだった。
それに気づいたガク=キリュウは槍を掲げて、叫ぶ。
「敵将、レン=パドゥは、『戊紅族』のガク=キリュウが倒したぞ!!」
「「「おおおおおおおおおおっ!!」」」
味方から歓声が上がる。
壬境族の陣営からあがったのは、悲鳴だ。
壬境族は砦と、人質を奪い返された。指揮官も失った。
もはや彼らは、敵地で孤立した部隊でしかない。
武器を捨てて降伏する者、逃げ始める者、やみくもに向かってくる者──反応はさまざまだ。『戊紅族』と藍河国の部隊は敵を押し包み、倒していく。
勝敗は決したのだ。
「──いかん。
走り出そうとしたガク=キリュウの身体が、ふらついた。
思わず脚に手を触れて、激痛に気づく。
ガク=キリュウは全身、傷だらけだった。
レン=パドゥの攻撃はすさまじかった。奴の大刀は、ガク=キリュウの身体に無数の傷をつけていたのだ。致命傷を避けるのがやっとだった。
痛みに気づかなかったのは、彼が戦闘に『集中』していたからだろう。
「……よくもまぁ、勝利できたものだな」
「────勝利、だと」
声がした。
地面に倒れている、弓兵からだった。
その者は、笑っていた。
壬境族とは、着ている鎧が違った。
「貴様は、何者だ」
「われらは、この大陸を正しく治める者」
「ふざけたことを! もしや『四凶の技』の使い手の仲間か!?」
「……貴様らに語ることは、なにもない」
男が、懐から短刀を取り出す。
その刃が、わずかに濡れていた。
「──毒」と気づいたガク=キリュウが走りだそうとする。
しかし、傷ついた身体は、即座に反応できない。
代わりに部下が、男に駆け寄る。
けれど──
「藍河国は滅ぶ。貴様らは、そのための道具。すべてを知るのは、我らだけ──」
男は自分の首に刃を当て、滑らせた。
直後、男の身体は
「大陸を正しく治める者……だと?」
敵は、壬境族だけだと思っていた。
『四凶の技』の使い手と、それにまつわる者たちが、藍河国を狙っている。
そのための道具として『戊紅族』を利用しようとしているのだ。
「……許せぬ!」
そのような連中の
なんとしても止めなければ。
「だが……『戊紅族』の集落にいては、奴らには手が届かぬ」
奴らを倒すために、一族の外に出る必要がある。
藍河国の兵士……あるいは将となり、広い世界に出て行かなければいけない。
炭芝の主君である
「それに、天芳少年や小凰少年にも恩を返さなければならぬからな」
あの弓兵を倒してくれたのは、彼らに違いない。
証拠などなくとも、わかる。
『戊紅族』は彼らに恩がある。防衛隊長の名にかけて、それを返さなければならないのだ。
「その前に──『四凶の技』の使い手を捕らえねばなるまい」
ガク=キリュウは兵士の手を借りて、立ち上がる。
身体はまだ、動く。
ならば、戦わなければならない。
決意とともにガク=キリュウは、『四凶の技』の使い手がいる建物に向かって、歩き出すのだった。
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今週末は都合により、1話だけの更新になります。
次回、第63話は、来週の終わりごろに更新する予定です。
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