天下の大悪人に転生した少年、人たらしの大英雄になる -傾国の美少女たちと、英雄軍団を作ります-

第61話「天下の大悪人、異民族への使者になる（７）」

　──『戊紅族（ぼこうぞく）』のガク＝キリュウ視点──

　作戦は成功した。

　壬境族（じんきょうぞく）に化けた藍河国（あいかこく）の兵とともに、砦（とりで）に近づいた。

　捕虜（ほりょ）になったふりをして、砦（とりで）の門を開けさせた。

　中に入ると同時に、馬にくくりつけておいた武器を取り、敵兵を斬（き）り倒した。

　敵の注意を引きつけて、黄天芳（こうてんほう）と翠化央（すいかおう）を人質がいる塔に送り込むこともできた。

　あとはふたりが人質を助け出すまでの間、持ちこたえるだけだ。

「ガク＝キリュウどの。人質がいる建物の窓から、赤い布が！」

　ガク＝キリュウの後ろで、藍河国（あいかこく）の炭芝（たんし）が叫んだ。

　顔を上げると、塔の窓から赤い布──正確には、赤い襟巻（えりま）きがひるがえっているのが見えた。

　人質を救出したという合図だ。

「全軍！　敵の左翼（さよく）を攻撃！　そのまま塔へと向かえ！！　脱出した者たちと合流する！！」

「「「おおおおおおおおおっ！！」」」

『戊紅族』と藍河国の兵たちが声をあげる。

　即席の合同部隊だったが、連携（れんけい）はうまく行っている。

　藍河国の者たちにも、壬境族に対する怒りがあるのだろう。

　藍河国はたびたび、壬境族の侵攻を受けていると聞いている。

　その壬境族が『戊紅族』を併呑（へいどん）すれば、藍河国は北方だけではなく、北西の方角からも侵攻を受けることになる。

　この戦いは、それを防ぐためのものでもあるのだ。

「ご助力に感謝する。藍河国の方々！！」

　敵に槍を叩きつけながら、ガク＝キリュウはさけんだ。

「このご恩は、生命にかけてもお返しする！！」

「それは貴公が藍河国の味方になってくれるだけで十分です」

　快活（かいかつ）に笑う、炭芝（たんし）の声。

「貴公の兵を率いる能力はたいしたものです。王弟殿下が貴公を知れば、藍河国の将軍にしたいとおっしゃるでしょうよ」

「藍河国の将軍に？　だが、私は異民族の人間だが……」

「王弟殿下は気になさるまい。貴公の力量は、私が語ってお聞かせしますからな」

「買いかぶられても困ります。それに、この作戦は、私が考えたものではないのだから」

「黄天芳どのが、敵に化けるというやり方に気づかせてくださったのでしたな」

「ああ。実質、あの方が作戦の立案者のようなものだ」

　ガク＝キリュウも炭芝も、壬境族の鎧兜（よろいかぶと）を身に着けることなど、思いつきもしなかった。

　黄天芳の『俺が壬境族に化けて、砦の内部に忍び込みます』という言葉が、それに気づかせてくれたのだ。

　敵に扮（ふん）して油断させることは、兵法のひとつだ。

　だが、ガク＝キリュウたちには、集落を襲った連中に化けることに抵抗があった。

　だから、その発想に至（いた）らなかったのだろう。

「私もまだまだ未熟（みじゅく）だな……」

　黄天芳は、身体に合わぬ鎧兜（よろいかぶと）を身につけることで、ガク＝キリュウに警告してくれたのだ。言葉ではなく、行動で。

『今は非常時です。手段を選んでいる場合ですか！？』──と。

　彼のその姿は、藍河国の兵士にも影響を与えた。

　藍河国の将軍の子息が、率先（そっせん）して敵の鎧（よろい）を身にまとったのだ。まだ年若い彼には、大きすぎる鎧を。それを着て砦に潜入すると告げて。

　そうまでして人質を助けようとする姿に、兵士たちは心を打たれたのだろう。

　だから、すぐに炭芝は、藍河国の兵士たちに指示を出したのだ。

「捕らえた壬境族の兵士から鎧兜をはぎとり、身にまといなさい。壬境族に化けて砦の門を開かせるのです！！」

　ガク＝キリュウも、即座に判断した。

　自分たちの手を縛り、数珠つなぎにして、捕虜（ほりょ）になったように見せかける、と。

　武器を手放し、首と手に縄をかけられるという、屈辱的（くつじょくてき）な姿をさらすことを決めたのだ。

　黄天芳の言った通り、手段を選んでいる場合ではないのだから。

　藍河国の兵士たちが、壬境族に化ける。

　ガク＝キリュウたちは手と首に縄をかけて、藍河国の兵士たちについていく。

　そうすれば、壬境族の兵士が、ガク＝キリュウたちを連行しているように見える。

　そして、彼らは砦へと近づき──門を開けさせることに成功したのだった。

「唯一の気がかりは……玄秋翼（げんしゅうよく）どのか」

　玄秋翼は部隊が砦に突入した直後、列から離れた。

　向かった先は、『四凶（しきょう）の技』の使い手がいるという建物だ。

　奴が作戦の邪魔をしないように、時間稼ぎをするためだ。

　だから、『四凶』の使い手は姿を見せない。

　玄秋翼は今も、奴を足止めしてくれているのだろう。

「だが、あの方は『四凶』の使い手を憎んでいる。無茶をしないといいのだが」

「大丈夫でしょう。天芳（てんほう）どのに、釘を刺されておりましたからな」

「確かに、苦笑いしながら『時間稼ぎに徹（てっ）すと約束する。弟子に嘘はつかない』と言っていたな」

「護衛の兵士もつけましたからな」

「玄秋翼（げんしゅうよく）どのは厳しい方だと聞いていたが……弟子に弱いというのは意外だった」

「天芳どのが特別なのでしょう」

　炭芝は、おだやかな口調で、

「天芳どのは不思議な方です。あの方には、人を繋（つな）ぐ力があるのかもしれません」

「人を繋ぐ力……か」

「私はあの方に、独立部隊を率いていただきたいのです。あの方が自分の判断で、自由に動ける部隊を。あの方がどんな人物との繋がりを作り出すのか、見てみたいのですよ」

「うむ。同感だ」

　ガク＝キリュウは、手近な敵を斬り捨てる。

　部隊は移動をはじめている。すでに塔は目の前だ。

　直後、塔の扉が開き、人質たちが姿を現す。

　先頭にいるのは翠化央（すいかおう）と、ガク＝キリュウの娘のノナ。それに女性と子どもたちが続く。しんがりにいるのは黄天芳（こうてんほう）と、族長の娘のカイネだ。

　ガク＝キリュウは娘の方に視線を向けようとして、こらえる。

　まだ戦闘は続いている。親子の再会は後回しだ。

「部隊を分ける！　数名は人質の護衛に回れ！　残りの者は私とともに残敵を掃討（そうとう）してから、玄秋翼どのの支援に向かう！！」

　敵の数は減ってきている。

　兵を分けても問題ない。ガク＝キリュウが、そう判断したとき──

「『戊紅族（ぼこうぞく）』のネズミどもが藍河国（あいかこく）と組んだか！！　小賢（こざか）しい真似をする！！」

　──砦の奥から、敵将が姿を表した。

「我が名は壬境族のレン＝パドゥ！！　ゼング＝タイガ殿下の第一の部下である！！　一騎打ちを所望（しょもう）する！」

　敵将──レン＝パドゥは大刀を手に、声を張り上げた。

「『戊紅族（ぼこうぞく）』と藍河国の将（しょう）に告げる！　貴様らは不意打ちしかできぬ者たちか！？　我が前に立つ勇気はないのか！？　そうでないなら、我が前に現れよ！！」

「挑発（ちょうはつ）に乗るな！　取り囲んで倒すのだ！！」

　すでに勝負はついている。

　壬境族は──おそらくは他国に気取られないように、少数で軍を動かした。

『戊紅族』の集落を奇襲（きしゅう）して、人質を取り、『戊紅族』を配下にしようとした。

　だが、そこまでだ。

　人質はすでに取り返した。砦もまもなく、奪い返せる。

　しかも、藍河国の使節（しせつ）はすでに、王都に使者を走らせている。

　王弟は聡明（そうめい）な人物と聞く。壬境族侵攻（じんきょうぞくしんこう）の知らせを聞けば、すぐに軍を動かすだろう。

　壬境族（じんきょうぞく）も援軍を呼んだようだが、おそらくは間に合わない。

　砦を取り返した『戊紅族』と、王都からやってくる藍河国の軍勢に、挟（はさ）み撃（う）ちにされるだけだ。

　壬境族の将軍との一騎打ちに応じる理由はないのだが──

「一兵卒（いっぺいそつ）では相手にならぬ！！　強き者よ！　我と戦え！　我とぉおおお！！」

　敵将は、強い。

　壬境族王子の第一の部下という言葉に、嘘はないのだろう。

　レン＝パドゥは大刀を手に、『戊紅族』の兵たちを圧倒している。

　部下では奴を止められない──そう考えたガク＝キリュウは槍を手に、前に出る。

（このままでは玄秋翼どのの支援に行けぬ。私が、こいつを倒すしかあるまい！）

　ガク＝キリュウは武器を構え、敵将を見据（みす）えた。

「私は『戊紅族』の防衛隊長、ガク＝キリュウだ。壬境族のレン＝パドゥよ。私が相手をしよう」

「少しはできそうな奴が来たと思ったら……『戊紅族』か！　くだらぬ！！」

　レン＝パドゥは吐き捨てた。

「藍河国（あいかこく）の兵が来ているのだろう！？　ならば、我が宿敵と戦わせろ！！」

「宿敵だと？」

「我が主君の腕を切り落とした男、黄天芳（こうてんほう）だ！！　奴をここに呼べ！！」

　壬境族のレン＝パドゥは大刀を掲（かか）げて、叫ぶ。

「『戊紅族』の者などでは相手にならぬ！！　黄天芳を出せ！　おらぬのなら、すべての兵を皆殺しにしてくれる！！」

「黙れ！！　貴様の相手は私だ！！」

　ガク＝キリュウは槍を構えた。

（この敵は、私が止める）

　レン＝パドゥは、黄天芳を敵視している。

　彼に危害を加える者を放置するわけにはいかない。

（藍河国の方々には借りがある。それに……彼のように才能ある若者を殺させるものか！！）

「貴様を倒すのは、このガク＝キリュウだ！！　来るがよい。壬境族のレン＝パドゥよ！！」

「ふざけるな！！　『戊紅族』のザコがあああっ！！」

　ガク＝キリュウは槍を手に走り出す。

　壬境族のレン＝パドゥは大刀を構え、迎え撃つ。

　こうして『戊紅族』の将と、壬境族の将の一騎打（いっきう）ちが始まったのだった。