第60話「天下の大悪人、異民族への使者になる(6)」

 ──天芳視点──




「……なんとか、うまくいったか」


 結構、危ない橋を渡ったような気がする。

 まぁ、作戦を立てたのは俺じゃないんだけど。


 数日前、壬境族じんきょうぞくの追撃部隊を撃退げきたいしたあと、秋先生が敵兵を尋問じんもんした。

 敵兵は、秋先生におびえていた。

 無理もないと思う。戦闘中、敵兵は次々に秋先生の点穴てんけつの技を食らってたからな。手足のツボを叩いただけで身体をしびれさせる技なんて、知らない者もいるだろう。

 敵兵には、怪しい術のように見えていたんじゃないだろうか。


 おびえきった敵兵は素直に、知っていることを話した。


 ──とりで占拠せんきょしている兵士の数。

 ──人質が閉じ込められている建物。

 そして、『四凶しきょうの技』の使い手の居場所についても。


 話を聞いた炭芝さんとガク=キリュウは、砦に向かうことを決めた。

 でも、正面から砦を攻撃するのはリスクが大きい。

 だから、俺は提案したんだ。


『ぼくが壬境族に化けて、砦の内部に忍び込みます』


 ──と。


『四凶の技』は放置できない。

 それに、俺が『五神歩法ごしんほほう』を使えば、砦の壁くらいは乗り越えられる。

 壬境族の鎧兜よろいかぶとを身に着ければ、見つかってもなんとかなる。


 そうやって入り込んで、内側から門を開けます……と提案したんだ。


 ……まぁ、却下きゃっかされたんだけど。


 炭芝たんしさんは『天芳どのにそんな危険なことはさせられない!』と。

 秋先生は『それなら私が行くべきだろう』と。

 小凰しょうおうには『秋先生には無茶するなと言ったくせに、君が無茶してどうするんだ!』と、むちゃくちゃ怒られた。


戊紅族ぼこうぞく』のガク=キリュウにまで『貴公の体格では、大人の鎧兜は大きすぎるのではないか』と、冷静に突っ込まれる始末しまつだ。正直、恥ずかしい。


 しかも、俺の意見を聞いた炭芝さん、秋先生、ガク=キリュウは考え込むような顔をしていた。変なこと言ったから、あきれられたのかもしれない。


 それから、大人同士での話し合いが行われた結果──


 なぜか、藍河国あいかこくの兵士たちが壬境族じんきょうぞくの兵士に化けることになったんだ。

 ガク=キリュウたちは、捕虜ほりょになったふりをする。

 首と手になわを結びつけるけれど、それは簡単にほどけるようにしておく。


 そうやって敵に化けた状態で砦に近づき、門を開けさせる。

 門を開けたら、ガク=キリュウたちは武器を受け取り、敵陣に斬り込む。

 それが、秋先生たちが決めた作戦だった。

 

 砦は山のふもとにある。西側の山だ。日暮れも早い。

 たそがれ時に近づけば、人の見分けも付きにくくなる。見張りの兵士の目も、ごまかしやすい。

 成功する確率は、十分にあった。 


 俺と小凰しょうおうの役目は、人質を救出すること。

五神歩法ごしんほほう』なら、足場を伝って、建物の外壁を登ることができる。敵の目を盗んで、上階から内部に入り込める。


 その間、ガク=キリュウの部隊には、敵の目を引きつけておいてもらう。

 俺たちは見張りを倒して、人質を解放する。

 それが、今回の作戦だった。


 そして今、俺たちはとうの中にいる。

 牢屋の扉は開き、人質のみんなは外に出てきている。

 あとは地上に降りて、味方の部隊と合流するだけだ。


「急いでここを出ましょう。秋先生が心配です」

「そうだな。先生のことだから無茶はしないと思うけど……」


 俺と小凰は顔を見合わせて、うなずきあう。


 秋先生は『四凶しきょうの技』の使い手を食い止めるために、別行動を取っている。

 今回の作戦の不確定要素が『四凶の技』の使い手だったからだ。

 人質を助け出すまでの間、奴の動きを封じる必要があったんだ。


 その役目を、秋先生は買って出てくれた。

 今は兵士たちと一緒に、『四凶の技』の使い手がいる建物に侵入しているはずだ。


 本当は俺が行くつもりだったんだけど……これも却下きゃっかされた。

『四凶の技』の使い手は、秋先生の宿敵だ。

 秋先生は、そいつに近づく機会を、ゆずるつもりはないみたいだった。


「秋先生は『直接は戦わない。時間稼ぎにてっする』とおっしゃった。それを信じるしかないだろう」

「わかってます。師兄しけい


 俺はうなずいて、人質たちの方を見た。

 みんな女性や子どもたちだ。

 その中心にいるのはノナ=キリュウ。ガク=キリュウの娘さんだ。

 彼女がまとめ役として、人々を落ち着かせていたらしい。たいしたもんだ。


「塔の外にガク=キリュウさんたちが来ているはずです。ここを出ましょう」

「待ってください!!」


 不意に、ノナ=キリュウが声を上げた。


「ひとりだけ、別の塔に移動させられた方がいるんです。その人を助けないと……」

「……え?」


 情報のミスか?

 人質は全員、この塔に幽閉ゆうへいされているはずだったけど……。


「今朝方、その方だけ隣の塔に移されたんです。族長の娘さんの、カイネ=シュルトさまです! あの方を置いてはいけません」

「族長の娘さんが!?」

「壬境族はカイネさまと私たちを分断して、おたがいへの人質にしたのです。あの書物……いえ、とあるものの情報を得るために。だから、カイネさまだけが別の場所へ……」


 あの書物──『四凶の技』の秘伝書か。

 それの情報を得るために、壬境族は人質を分断した、ってことか。

 情報を知っていそうな族長の娘を移動させたのは……彼女を孤立させて、口を割らせるためかもしれない。最悪のやり口だ。まったく。


「族長の娘さんがいる塔というのは……あれですか?」


 俺は窓の外を指さした。

 廊下には大きな窓がある。そこから、ここと同じくらいの高さの塔が見えた。


「はい。こことは左右対称の作りになっています」

「わかりました。それで、師兄しけいに質問なんですけど」

「うん。天芳」


 小凰は即座にうなずいた。


「聞きたいことはわかってる。どちらが行くかだろう?」

「ぼくの方がいいと思うんです。間に木々もありますし、ここは『朱雀すざく』よりも『青竜せいりゅう』の方が向いてるんじゃないでしょうか」

「悔しいけど……そうだね。距離は大丈夫だけど、この高さだ。万一のことを考えたら、天芳の方が確実だろう」

「とりあえず、俺の『気』を高めておいた方がいいですね」

「『獣身導引じゅうしんどういん』の『蛇のかたち』、『獲物絡蛇 (獲物にからみつく蛇のかたち)』をしておこう。時間もないし、腕だけだね」

「お願いします」


 俺は深呼吸。

 体内の『天元てんげんの気』に働きかけて、内力を木属性に変化させる。

 そして、俺と小凰は距離を詰め、おたがいの腕を絡める。


『獣身導引』の『蛇のかたち』は、青竜をかたどっている。

 この導引法を使うと、『木属性』の内力が強くなる。


 青竜の歩法も、強化されるはずだ。


「それじゃ行ってきます。師兄しけい

「ああ。いざというときは僕が『朱雀』の技で、君を受け止める。思い切って行くといい」

「お願いします!」


 俺は軽く助走を付けて──窓から飛び出した。


「『五神歩法ごしんほほう』、『潜竜王仰天せんりゅうおうぎょうてん』!!」


 そのまま俺は、大跳躍だいちょうやく

 目的の塔に向かって、跳んでいく。


 距離は目測で十数メートル。間には背の高い樹木がある。

 俺はその枝に近づいて、ふたたび『潜竜王仰天せんりゅうおうぎょうてん』で大ジャンプ。


 もうひとつの塔が近づいて来る。

 窓は開いているのは確認済み。その向こうは廊下だ。見張りの姿は見えない。地上での戦いの支援に行ったのだろう。

 だったら──


「『猫丸鞠如 (猫はマリの類似品)』!!」


 俺は身体を丸めて、『獣身導引』の『猫のかたち』に変化する。

 そのまま窓の中へと飛び込み、廊下ろうかで一回転。

 勢いを殺して──なんとか停止した。


「……よし、うまくいった」


 この距離ならべると思ってた。

 雷光師匠の試験を受けたとき、これよりはばが広い川を『潜竜王仰天』で越えてるからな。

 ただ、ここは塔だ。落ちたらあぶない。

 だから小凰と『獣身導引』をして、内力を高めておいたんだ。


 小凰の朱雀の歩法と、俺の青竜の歩法──飛距離が長いのは、俺の方。

 そんなわけで、俺が跳ぶことにしたというわけだ。


 うまくいったのは雷光師匠らいこうししょうきたえてくれたおかげだろう。

 ……師匠、元気かな。

 久しぶりに、会いたいな。

 俺の技がちゃんと成長してるかどうか、見て欲しいんだけど……。


「今は族長の娘さんを助け出すのが先だな」


 廊下には、格子こうしのついた扉がひとつ。向こうの塔にあるのと同じものだ。

 鍵は──壁にかけてある。

 俺はそれを手に取って、扉の錠前じょうまえを外した。

 そして、扉を開けると──


「玄秋翼先生の弟子の黄天芳といいます。助けに来ました。カイネ=シュルトさま」

「…………ん」


 床の上に横たわっていた少女が、こちらを見た。

 本当に小さな少女……というか、童女と言っていいくらいだ。

 年齢は10歳前後だろう。


 こんな子を幽閉ゆうへいして、言うことを聞かせようとしていたのか。

 本当にろくでもないな。壬境族は。



秋翼しゅうよくさまの……お弟子さん?」

「そうです。カイネ=シュルトさま。お身体は大丈夫ですか?」

「だい、じょぶ……うん。だいじょうぶ」

「すぐにここを出ましょう」


 俺は手を伸ばして、族長の娘──カイネ=シュルトを立ちあがらせた。

 軽い。

 これなら、背負って走っても問題なさそうだ。


「ノナたち……は?」

「助け出しました。隣の塔にいます」

「……よかった」


 カイネ=シュルトは胸を押さえて、安堵の息をついた。


「ありがとう……ございます。お礼を、したいです」

「気にしないでください」

「いえ……恩はきちんと返すのが、『戊紅族』の礼儀ですから」

「……そうですか」


 ふと、俺の頭に疑問が浮かんだ。


「だったら、ひとつ質問を許してもらえますか?」

「うん。なぁに……?」

「秘伝書って、処分するわけにはいかないんですか?」


 ずっと聞こうと思っていたことが、それだった。


 ガク=キリュウは言っていた。

『戊紅族』に秘伝書を与えた仙人は、それを読まずに封印し、守り続けるように命じた、と。


 でも、おかしい。

 読まずに封印するだけなら、役に立たない。

 それはまるで、開けられない宝箱を持ち続けているようなものだ。


 むしろ、持っているだけで危険がともなう。

 大昔の秘伝書なんて、欲しがる連中もいるだろうし。


 現に今、壬境族が攻め込んできている。

 秘伝書なんか、焼き捨ててしまった方がいいはずなんだけど──


「よそものが変なことを言ってすみません」


 俺はカイネ=シュルトを背負ったまま、頭を下げた。


「答えられないなら聞き流してください。気分を悪くしたのなら、謝ります。念のため言っておきますけど、ぼくは別に秘伝書が欲しいわけじゃないです。ここを出たら、秘伝書のことは忘れます。ただ……どうしても気になったんです」

「…………言い伝え」

「え?」

「……言い伝えが、あるの」


 カイネ=シュルトは俺の背中で、ぼそりとつぶやいた。


「『四凶しきょう』の中で、渾沌こんとんは最後に編み出されたもの。正しい使い方をすれば、他のみっつへの切り札になる。悪い人が使えば、他のみっつを凶暴にしてしまう。そういう言い伝え」

「……そうなんですか?」

「『渾沌こんとんには決まったかたちがない。粗忽そこつな者、よこしまな者が触れれば、渾沌は死の領域にいたる。その逆も、またしかり』」


 歌うように、カイネ=シュルトがつぶやく。


吹鳴真君すいめいしんくんの言葉。カイネがこれを教えたことは、ないしょ」

「わかってます。ぼくは、なにも聞いていません」

「あなたには、話してみたくなったの。不思議ね……」


 それきり、カイネ=シュルトは黙ってしまった。

 ただ、静かに、俺の背中にしがみついている。


「ここから出ます。2階分くらい降りたら、窓から飛び出します。それくらいの高さなら、技に失敗しても、なんとか着地できますから」


 俺の言葉に、カイネ=シュルトがうなずく。


「外にはガク=キリュウさんが来ています。秋先生──玄秋翼先生もいますからね。すぐにお仲間のところに帰れます。もう少しの辛抱ですよ」

「…………ん」

「それじゃ、しっかりつかまっていてください!」


 俺は剣を手に、走り出す。

 外からは戦闘音、それと、兵士たちの雄叫おたけびが聞こえてくる。

 俺の気配や足音をかき消してくれる。

 敵は俺が侵入したことに気づいていない。


 だから俺は、上階から敵の不意を突くことに成功して──

 無事に、塔の2階分の高さを、駆け下りて──


「下の階に、たきぎが積み上げてあるな。しかも、油まで……?」


 最悪だった。

 壬境族は、カイネ=シュルトを焼き殺すつもりだったんだろうか。

 あるいは、ただのおどしか。


 ノナ=キリュウたちに言うことを聞かせるためか、カイネ=シュルトに秘伝書の在処を吐かせるためか……いずれにしても、ろくなもんじゃないな。


「飛び出します。絶対に手を放したらだめですよ!」

「……うん」


 俺は、安全な高さになってから、『潜竜王仰天せんりゅうおうぎょうてん』で窓の外へ飛んだ。

 そうして、木の枝を足場にして、小凰のいる塔へと戻ったのだった。



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