第56話「天下の大悪人、異民族への使者になる(2)」
「『
秋先生は言った。
俺と
それを見ながら秋先生は、『戊紅族』の情報を話しはじめた。
知識は共有しておいた方がいい、とのことだった。
「『
秋先生は続ける。
「『戊紅族』の祖先は、仙人や仙女に山の中で生きる方法を教わり、大切なものを預かった。そんなうわさがあるのだよ」
「でも……仙人や仙女なんて本当にいるのでしょうか?」
「
「は、はい。見たことがありませんから」
「
「ぼくにもわかりません。実際に見たことがないですから」
でも、実際に会ったことはない。いるかどうかはわからない。
「だけど、仙人になろうとする人が、『戊紅族』と出会った可能性はあると思います」
俺は言った。
仙人や仙女が実在するかどうかは別として、仙人になろうとする達人は存在するんだ。
技術を
『戊紅族』の伝説に出てくるのは、そんな人物なのかもしれない。
「なるほど! それならわかるよ」
小凰は感動した口調でうなずいてる。
「そうか、仙人になりたいすごい人が、『戊紅族』と関わっている可能性があるのか」
「私も、天芳くんと同じ意見だ」
秋先生はうなずいた。
「だが『戊紅族』が、真実を語ることはないだろう。彼らにとって、それは重要な秘密だからね。私たちは、それに触れないようにしなければいけない。彼らの知識や技術を奪おうとしていると思われたら、そこで交渉は終わりだ。気をつけること」
「「はい。秋先生!!」」
「交渉のためには心を
「「はい。がんばります!!」」
「よろしい。他になにか質問は?」
「……秋先生」
「……ひとつ、うかがいたいことがあります」
俺と小凰は声をそろえて、
「「どうしてぼく (僕)たちは、
すごくおかしな感じだった。
俺と小凰を部屋に呼んだ秋先生は、まず、目隠しをするように言った。
その状態で、『獣身導引』と『天地一身導引』をするように指示したんだ。
俺と小凰はそれに従うことにした。
秋先生のことだから、意味はあるんだと思ってたけど、聞きそびれてた。
ちょうど『なにか質問は』と言われたから、理由を聞くことにしたのだった。
「もちろん、重要な意味はあるよ。3点ほど」
「教えてください。秋先生」
「お願いします」
「まず第一に、君たちが動揺しなくなるようにするためだ」
秋先生は説明をはじめた。
人は視覚を失うと不安になる。
動揺すると、普段のような動きができなくなる。
そうならないように、身体に動きをたたき込む。
そのために、目隠しをして導引をする練習をする、ということだった。
「ふたつめは、相手の動きを読めるようにするためだ」
視覚を制限すると、他の感覚が鋭くなる。
まわりにある『気』──
だから、目隠した俺と小凰が一緒に導引すると、おたがいの内力を感じ取れるようになる。おたがいの動きを察して、おたがいを邪魔することなく導引をすることで、おたがいの存在に敏感になる。
そうすると、剣術での連係攻撃もやりやすくなるそうだ。
さらに、敵の『気』も察知しやすくなる。
襲われたときなんかに、素早く対応ができるようになる、ということだった。
「みっつめだけれど……これはあまり気にしなくていい」
「そうなんですか?」
「僕は秋先生の指導を受けると決めたときに、すべてを受け入れる覚悟をしているのですけど……」
「頼もしいね。小凰は」
秋先生は安心したような口調で、
「では、教えよう。みっつめの理由は、君たちに完全に自然な状態で『
秋先生は言った。
きっぱりと。俺と小凰に言い聞かせるような口調で。
「一度くらいは、そうしてもらいたいんだ。そのときに目を開けていたら、おたがいの姿が気になってしまうだろう? だから、目をつぶっていても導引ができるようになって欲しいんだよ」
……完全に自然な状態。
……無駄なものを一切身に着けない状態。
……それは……えっと。
「それによって君たちの『天地一身導引』の修行は完成する。おたがいの『気』を循環させて、強力な力を身に着けることができるようになる。内力の属性も、自在に操れるようになるだろう」
秋先生は続ける。
「もちろん、無理強いはしない。でも君と小凰、それに
「わかりました。そういうことなら……」
「ぼ、僕も問題ないです!」
俺の隣で、小凰が声を張り上げた。
どんな顔をしているかはわからない。目隠しをしてるから。
ただ、彼女の『気』がたかぶっているのを感じる。
「僕が嫌だと言ったら、天芳と冬里さんがふたりですることになりますよね。そういうわけにはいきません。僕は兄弟子として、天芳の修行に付き合う義務があります!」
「いいんですか? 小凰」
「こ、これも修行のうちだからね」
小凰は言った。
「僕は武術を学ぶために留学してる。その僕が、導引を
「わかりました。ぼくも、大丈夫です」
「……そ、そうか」
「……はい」
「はいはい。ふたりとも、動きが止まってるよ」
秋先生が、ぱんぱん、と手を叩いた。
「導引を究める前に、まずは目隠し導引に慣れてもらわないとね。ここからは『天地一身導引』だ。人間であることを忘れて、鳥と猿、樹木になりなさい」
「「は、はい!!」」
その合図で、俺と小凰は無言になる。
目隠ししたまま、ふたりで『天地一身導引』をはじめる。
感じるのは音と、おたがいの気配と、体温だけ。
俺と小凰は猿になり、樹木になり、鳥になって──
「うきー!」「うきうきーっ!」「もきー!」
こつん。ぽて。ぴと。むにゅ。もぎゅむにゃ。
──ときどき触れ合ったり、ぶつかったりしながら、導引を続けたのだった。
その後も、旅は順調に続いた。
国境の町を通り過ぎると、広い平原に出た。
平原の中央には細い道がある。北西の山まで続く道だ。
その山間に『
『戊紅族』の特徴は、赤毛でがっしりした体格をしていること。
一族を表すものとして、
彼らの拠点は山の中で、冬になるとたくさん雪が降る。
それで厚着をしているらしい。
旅の間、俺は『剣主大乱史伝』に登場するキャラの顔と名前を思い出していた。
その中で、赤毛で襟巻きをしているキャラを、頭の中でリストアップしていく。
たぶん、その人たちが『戊紅族』だ。
この知識が役に立てばいいんだけど──
「
そんなことを考えていたら、不意に、見張りの兵士が声をあげた。
街道の先に視線を向けると、道の先に、馬に乗った人々が見えた。
数は10人足らず。
全員赤い髪で、毛皮の
「『戊紅族』か!? いや、壬境族が化けていることもありうるが……」
馬車に乗った炭芝さんがつぶやく。
以前、北の地で壬境族は盗賊に化けていた。
そのせいで油断した太子狼炎が、ゼング=タイガに殺されかけた。
だから炭芝さんは警戒しているんだろう。
「中央にいるのは、『戊紅族』の長老のようです」
秋先生が言った。
「その隣にいるのは、私が以前に治療した者です。族長の
「武官……いえ、将軍のようにも見えますね」
思わず、俺は口をはさんでいた。
『戊紅族』の先頭にいる人物に、見覚えがあった。
彼の名前は、ガク=キリュウ。
10年後、壬境族の下っ端として、前線に立たされる将軍だ。
『剣主大乱史伝』では武力と知力が高く、壬境族への忠誠が低いキャラとして知られている。まぁ、ゲームのシステム上、壬境族から人材を引き抜くことはできなかったんだけど。
その人が混じっているということは、彼らは『戊紅族』の一団だ。
「まわりの人々の様子からすると、あの男性が一団を率いているのかもしれません。
「……よく見ているな、
「いや、確かに天芳どのの言うとおりだ。あの者が皆を引っ張っているように見えます。こちらから使者を出してみましょう」
秋先生がうなずき、炭芝さんが部下に指示を出す。
すぐに兵士の一人が、『戊紅族』の一団に向かって走り出す。
戦闘は起きなかった。
『戊紅族』らしき人々は使者を迎え入れて、なにか話をしている。
それから、先頭にいた男性──ガク=キリュウが、兵士と一緒にこっちに向かってくる。武器は持っていない。
彼は離れた場所で一度、立ち止まり、
「『戊紅族』のあいさつです。敵意はないようですね」
秋先生は手ぬぐいを取り出し、首に巻き付けてから外す。
これであいさつを返したことになるそうだ。
納得したのか、男性がこちらに近づいて来る。
彼は馬車の前で膝をついて、
「『戊紅族』の防衛隊長で、ガク=キリュウと申す」
──俺の想像通りの名前を、名乗った。
「そちらは、藍河国の王弟殿下の使節と聞いている。我々との友好のために来られたということで、
「いかにも。私どもは友好の使節として、貴殿らの村に向かう途中です」
炭芝さんが答えた。
「ここで『戊紅族』の方々とであえたのは幸運でした。よければ、村へと案内していただけないでしょうか。難しいようでしたら、代表の方とお話ができれば、と」
「……そうしたいところなのだが。問題があるのです」
「問題ですと」
「我々の本拠地は……
ガク=キリュウは言った。
地面につくほど頭を下げて、
「奴らは村を焼き払い、族長の娘をさらった。その上……
──そんなことを、『戊紅族』の男性は告げたのだった。
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