第55話「天下の大悪人、異民族への使者になる(1)」

 数日後、改めて燎原君りょうげんくんから使者が来た。

 俺にではなく、黄家こうけに対する使者だった。



『「戊紅族ぼこうぞく」のもとへ友好の使節を送る。それに黄天芳こうてんほうは同行するように。これは、王命おうめいである』



 使者は俺と母上に対して、そんなことを告げたのだった。





「まさか本当に、『戊紅族ぼこうぞく』のところに行くことになるとは」


 つぶやきながら、俺は『天地一身導引てんちいっしんどういん』を続ける。

獣身導引じゅうしんどういん』と違って、これはひとりでもやっていいと言われている。


 鳥から始まり、猿になり、樹木に変化する。

 こうしてると自分の身体の中にある『気』を感じ取れる。

 薄衣一枚でやるのは少し恥ずかしいけれど、仕方ない。


 それに、俺はまだ修行不足だ。

 秋先生は自在に『』の属性を変化させていたけれど、俺にはまだ、それができない。『気』を操る技術は、まだ未熟みじゅくみたいだ。


 代わりに『五神剣術ごしんけんじゅつ』が、少し強くなった。

朱雀すざく』の技を使うと、ちょっとだけ炎が出るようになったし、『玄武げんぶ』の技を小凰しょうおうと合わせると『冷たい』という感想が来るようになった。

 技の威力いりょくは上がっていると思う。

 だけど──


「俺だけ点穴てんけつの技が、ちっとも使えないんだよなぁ」


 小凰はすぐに、基本の技が使えるようになった。

 修行のときは俺の手足をぽんぽん叩いて、自由自在にしびれさせてる。


 でも、俺は、誰かに点穴を使ってもさっぱり効果が出ない。

 小凰が触れると俺の腕がしびれて、俺が触れても、小凰の腕はなんともない。


 秋先生は『技には向き不向きがある』と言ってくれるけど、正直、落ち込む。

 話を聞いた星怜せいれいが『わたしを実験台にしてください!』と言い出すくらいだ。しないけど。

 点穴がけなくなったら大変だからね。

 練習をするのは、秋先生が一緒のときだけって決めているんだ。


 だけど、点穴が使えないのは残念だな。

 相手の手足をしびれさせれば、その隙に『五神歩法』で逃げ出せるのに。

 乱世から逃げるには、ぴったりの技だと思うんだけど。


 でもまぁ、仕方がないか。

 もともとの俺──黄天芳こうてんほうには内力がなかったんだ。

 全属性の『天元てんげん』が使えるようになっただけでも、十分だ。


 それより今、重要なのは『戊紅族ぼこうぞく』のことだ。

 彼らを仲間にするために、藍河国あいかこくが動いてくれることになった。これは大きい。

『戊紅族』にも強い人材はいた。その人たちが藍河国の味方になってくれれば、乱世が発生するのを、未然に防げるかもしれない。


 すでに燎原君は国王の許可を得て、『戊紅族』に使節しせつを送る準備をはじめている。

 使節のリーダーは、燎原君の腹心の炭芝たんしさん。

 副使ふくしは秋先生が担当するそうだ。


 ふたりのサポート役として、俺と小凰しょうおうも同行する。

 あとは護衛として、燎原君が選んだ兵士が数名。

 合計十数名で、『戊紅族』の村をたずねることになる。


「うまく友好関係が結べればいいな」


 というか、これで駄目だったら、手のほどこしようがない。


 ──藍河国王あいかこくおうの許可を得て。

 ──王弟である燎原君りょうげんくんが協力して。

 ──その腹心である炭芝たんしさんが正式な使者で。

 ──『戊紅族ぼこうぞく』にとっては恩人である、秋先生も同行する。


 こんな機会は、二度とめぐってこない。

 これでも『戊紅族』を味方にできなかったら……もうどうしようもない。

『戊紅族』が敵に回るのは運命だと思うべきなんだろうか──?


「……いや、違う」


 俺はかぶりを振って、不吉な考えを振り払う。

 雷光師匠らいこうししょうが言ってたじゃないか。『この世にあらかじめ決まっていることなんてない』──って。

 その言葉を信じよう。


 それに、ゲームとは状況が変わっている。


 星怜は後宮に入らなかった。

 小凰は、俺の朋友ほうゆうになった。

 秋先生は藍河国の味方になったし、俺と小凰と星怜は『天地一身導引てんちいっしんどういん』を学ぶことができた。


 少しずつだけど、いい方向に変化してきている……はずだ。

 そう信じて、今、できることをしよう。


 そんなことを考えながら、俺は導引どういんと、旅の準備を続けるのだった。





 数日後、『戊紅族ぼこうぞく』の元へ向かう使節しせつが、北臨ほくりんの町を出発した。

 時刻は明け方。人通りの少ない時刻。

 極秘の使節ということで、人目を避けながらの出発だった。


『戊紅族』の村までは、10日足らず。

 場所は藍河国あいかこくの、もっとも北西にある町を越えた先になる。


 使節のメンバーは、奏真国そうまこくを訪ねたときと同じだ。

 護衛の兵士たちも、あのときと同じ人たちが選抜せんばつされている。

 もちろん、秋先生も一緒だ。


 違うのは、冬里とうりさんがいないことだ。

 彼女は北臨ほくりんに残ることになった。体調もよくなったし、これからのことを考えて、町の生活に慣れるようにしたい、とのことだった。


 俺の提案で、冬里さんの身柄は、黄家こうけで預かることになった。

 その方が、秋先生も安心だからね。


 母上は「娘が増えたみたいでうれしい」と言ってた。

 星怜せいれいも「冬里さんからたくさん、導引どういんのお話を聞きたいです」と言って、よろこんでた。なぜか俺と小凰しょうおうの方をちらちら見てたのが気になるけど……歓迎してくれたのならなによりだ。


 そんなわけで、俺たちは安心して、北臨を出発できた。

 使節のメンバーは奏真国に行ったときと同じだから、皆、気心も知れている。

 緊張することもなく、リラックスした旅だった。


 問題があるとすると、ひとつだけ。

 それは──


「申し訳ありません。化央かおうどの。宿の部屋割りはどうにもならず……」

「そうですね……」

「僕は気にしませんよ。炭芝たんしさま」


 小凰しょうおう翠化央すいかおうという男の子として、使節に同行している。

 兵士の中には彼女の正体を知らない者もいる。


 だから、小凰は秋先生と同じ部屋に泊まることはできない。

 かといって、兵士たちと同じ部屋に泊まるのも無理だ。


 というわけで、旅の間は、俺と小凰は同室で寝泊まりすることになったのだった。





「う、うん。やっぱり、僕は気にしないかな」


 部屋に荷物を置きながら、小凰は言った。


「天芳と同じ部屋に泊まるのは、はじめてじゃないからね」

「北の地を旅したときもそうでしたからね」

「それに同門の弟子同士は家族も同然。僕と天芳は、家族みたいなものなんだから」


 部屋の広さは、前世の世界のツインルームくらい。

 そこに2つの寝台が並んでいる。他にはなにもない。


 食事は宿で火を借りて、客が自炊するタイプだ。

 健康管理のために、旅の間は秋先生が料理を担当することになっている。

 準備ができたら、呼びに来てくれる予定だ。


「小凰が一緒でよかったです」


 俺は荷物を整理しながら、言った。


「小凰となら『五神剣術ごしんけんじゅつ』の連携技れんけいわざが使えますからね。安心です。こうやって一日の終わりには、のんびり話もできますから」

「天芳が『お役目』に行くのに、僕が付き合わないなんてありえないよ」


 小凰は照れた顔でうなずいた。


「それに、異民族の問題は人ごとじゃないからね。奏真国の南にも異民族はいるし、壬境族の手強さも、僕はこの身で体験してるんだから。彼らのことを知るのは、奏真国にとっても重要だと思うんだ」

「ですね」


『剣主大乱史伝』のバッドエンドでは、藍河国あいかこく壬境族じんきょうぞくに占領される。

 ゲームはそこで終わるけれど、その後も壬境族の侵攻は続くだろう。

 もしかしたら奴らは、さらに南下して奏真国そうまこくに攻め込むかもしれない。


 そうなったら小凰や、奏真国王や小凰のお母さんが犠牲になる。

 それを避けるためにも、今のうちに対策をしておきたい。

 壬境族が弱体化すれば、バッドエンドが、ひとつ消えるんだから。


「あのね。天芳」


 不意に、小凰がつぶやいた。


「僕はときどき……不安になることがあるんだよ」

「怖い、ですか?」

「今の平穏な日々が壊れたらどうしようって」


 小凰はうるんだ目で、そんなことを言った。


「僕は雷光師匠の弟子になって、天芳と朋友ほうゆうになって……母さまを故郷に帰すこともできた。父さまとも、以前よりずっと仲良くなれた。僕は人質として藍河国に送り出されたけど……人質になる前によりも、ずっと幸せになれたんだ」

「はい」

「奏真国も藍河国も平和で、落ち着いてる。でもね……」


 小凰は寝台に座ったまま、自分の肩を抱いて、


「この世界には、『藍河国は滅ぶ』なんて変なうわさを流す組織がいるんだよね。そいつらの正体を突き止めるために、雷光師匠は旅に出たんだから」

「ですね。師匠のことだから大丈夫だとは思いますけど」

「僕もそう思う。大丈夫だとは思う。それでも……不安になるんだ。今みたいな日々がこわれたらどうしよう……って」

「……小凰」

「僕が今回の『お役目』に志願したのも、不安だったからなんだ。僕のいないところで、天芳になにかあったらどうしようって。でも、そんなのおかしいよね……」

「おかしくはないですよ」


 俺は言った。


「どんな大国だって……なにかのきっかけで揺らぐことはあります。北の地での戦いがそうでした。あのとき狼炎殿下ろうえんでんかは、敵将に倒されそうになっていました。殺されるか……捕虜ほりょにされるか。そうなっていたら、藍河国は大きく揺れていたでしょう」

「う、うん。そうかもしれないね」

「小凰はそれを目の当たりにしたんです。不安になるのは当然ですよ」

「そっか……そうだね」

「たぶん雷光師匠も、小凰と同じような不安を感じたんだと思いますよ」


 ぶっちゃけ、俺だって不安だ。

 俺は10年後の、藍河国の滅びを見ている。

 それっぽい夢も見てしまっている。そのせいで、わからないことが出てきている。


四凶しきょう』がそれだ。

 あれが組織の名前なのか、人物名なのか、技の名前なのかもわからない。

 そもそもゲームには登場しない単語なんだから。


「とにかく、俺もできることをしますから」


 この国を乱世になんかしない。

 黄天芳は天下の大悪人にはならない。

 壬境族が藍河国に侵攻してこないように、徹底的に対策する。

 その力を得るために、俺は武術の修行をしてるんだから。


「不安になったときは相談してください。ぼくにはたいした力はないですけど、話を聞くくらいはできます。それで小凰の不安が軽くなるかどうかは……わからないけど」

「……天芳」


 気づくと、小凰は真っ赤な顔で、俺を見ていた。

 それがなんだか照れくさくて、俺は視線を逸らす。


「そういえばですけど、小凰」

「な、なにかな!?」

「旅の間の導引って、どうするんでしたっけ」

「ど、どういん!? そうだね。どういんはしないとねっ!」

「小凰は秋先生から、なにか聞いてますか?」

「きいてないかな。うん。きいてないようなきがする!」

「そうですか……」

「そうだね……」

「普通に『獣身導引じゅうしんどういん』だけにしましょうか」

「……うん」


 俺たちは寝台から立ち上がり、導引の準備をはじめる。

 すると──


「失礼するよ。天芳くん。それに化央かおうくん」


 ──部屋のドアの向こうから、秋先生の声がした。


「導引の指導をするから、あとで部屋においで。旅の間、私が君たちの健康状態を点検させてもらう。ふたりでしっかり『獣身導引』と『天地一身導引』をしてもらうからね」


 と、いうことだった。

 秋先生は俺と小凰のケアを、きっちり考えていてくれたらしい。


「……行きましょうか。小凰」

「……そ、そうだね」


 こうして俺と小凰は部屋を出た。

 それから、秋先生の指導を受けるため、彼女の部屋に向かったのだった。




──────────────────────


 いつも「天下の大悪人」をお読みいただき、ありがとうございます。

 次回、第56話は、明日の夕方くらいに更新する予定です。

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