第55話「天下の大悪人、異民族への使者になる(1)」
数日後、改めて
俺にではなく、
『「
使者は俺と母上に対して、そんなことを告げたのだった。
「まさか本当に、『
つぶやきながら、俺は『
『
鳥から始まり、猿になり、樹木に変化する。
こうしてると自分の身体の中にある『気』を感じ取れる。
薄衣一枚でやるのは少し恥ずかしいけれど、仕方ない。
それに、俺はまだ修行不足だ。
秋先生は自在に『
代わりに『
『
技の
だけど──
「俺だけ
小凰はすぐに、基本の技が使えるようになった。
修行のときは俺の手足をぽんぽん叩いて、自由自在にしびれさせてる。
でも、俺は、誰かに点穴を使ってもさっぱり効果が出ない。
小凰が触れると俺の腕がしびれて、俺が触れても、小凰の腕はなんともない。
秋先生は『技には向き不向きがある』と言ってくれるけど、正直、落ち込む。
話を聞いた
点穴が
練習をするのは、秋先生が一緒のときだけって決めているんだ。
だけど、点穴が使えないのは残念だな。
相手の手足をしびれさせれば、その隙に『五神歩法』で逃げ出せるのに。
乱世から逃げるには、ぴったりの技だと思うんだけど。
でもまぁ、仕方がないか。
もともとの俺──
全属性の『
それより今、重要なのは『
彼らを仲間にするために、
『戊紅族』にも強い人材はいた。その人たちが藍河国の味方になってくれれば、乱世が発生するのを、未然に防げるかもしれない。
すでに燎原君は国王の許可を得て、『戊紅族』に
使節のリーダーは、燎原君の腹心の
ふたりのサポート役として、俺と
あとは護衛として、燎原君が選んだ兵士が数名。
合計十数名で、『戊紅族』の村をたずねることになる。
「うまく友好関係が結べればいいな」
というか、これで駄目だったら、手のほどこしようがない。
──
──王弟である
──その腹心である
──『
こんな機会は、二度とめぐってこない。
これでも『戊紅族』を味方にできなかったら……もうどうしようもない。
『戊紅族』が敵に回るのは運命だと思うべきなんだろうか──?
「……いや、違う」
俺は
その言葉を信じよう。
それに、ゲームとは状況が変わっている。
星怜は後宮に入らなかった。
小凰は、俺の
秋先生は藍河国の味方になったし、俺と小凰と星怜は『
少しずつだけど、いい方向に変化してきている……はずだ。
そう信じて、今、できることをしよう。
そんなことを考えながら、俺は
数日後、『
時刻は明け方。人通りの少ない時刻。
極秘の使節ということで、人目を避けながらの出発だった。
『戊紅族』の村までは、10日足らず。
場所は
使節のメンバーは、
護衛の兵士たちも、あのときと同じ人たちが
もちろん、秋先生も一緒だ。
違うのは、
彼女は
俺の提案で、冬里さんの身柄は、
その方が、秋先生も安心だからね。
母上は「娘が増えたみたいでうれしい」と言ってた。
そんなわけで、俺たちは安心して、北臨を出発できた。
使節のメンバーは奏真国に行ったときと同じだから、皆、気心も知れている。
緊張することもなく、リラックスした旅だった。
問題があるとすると、ひとつだけ。
それは──
「申し訳ありません。
「そうですね……」
「僕は気にしませんよ。
兵士の中には彼女の正体を知らない者もいる。
だから、小凰は秋先生と同じ部屋に泊まることはできない。
かといって、兵士たちと同じ部屋に泊まるのも無理だ。
というわけで、旅の間は、俺と小凰は同室で寝泊まりすることになったのだった。
「う、うん。やっぱり、僕は気にしないかな」
部屋に荷物を置きながら、小凰は言った。
「天芳と同じ部屋に泊まるのは、はじめてじゃないからね」
「北の地を旅したときもそうでしたからね」
「それに同門の弟子同士は家族も同然。僕と天芳は、家族みたいなものなんだから」
部屋の広さは、前世の世界のツインルームくらい。
そこに2つの寝台が並んでいる。他にはなにもない。
食事は宿で火を借りて、客が自炊するタイプだ。
健康管理のために、旅の間は秋先生が料理を担当することになっている。
準備ができたら、呼びに来てくれる予定だ。
「小凰が一緒でよかったです」
俺は荷物を整理しながら、言った。
「小凰となら『
「天芳が『お役目』に行くのに、僕が付き合わないなんてありえないよ」
小凰は照れた顔でうなずいた。
「それに、異民族の問題は人ごとじゃないからね。奏真国の南にも異民族はいるし、壬境族の手強さも、僕はこの身で体験してるんだから。彼らのことを知るのは、奏真国にとっても重要だと思うんだ」
「ですね」
『剣主大乱史伝』のバッドエンドでは、
ゲームはそこで終わるけれど、その後も壬境族の侵攻は続くだろう。
もしかしたら奴らは、さらに南下して
そうなったら小凰や、奏真国王や小凰のお母さんが犠牲になる。
それを避けるためにも、今のうちに対策をしておきたい。
壬境族が弱体化すれば、バッドエンドが、ひとつ消えるんだから。
「あのね。天芳」
不意に、小凰がつぶやいた。
「僕はときどき……不安になることがあるんだよ」
「怖い、ですか?」
「今の平穏な日々が壊れたらどうしようって」
小凰は
「僕は雷光師匠の弟子になって、天芳と
「はい」
「奏真国も藍河国も平和で、落ち着いてる。でもね……」
小凰は寝台に座ったまま、自分の肩を抱いて、
「この世界には、『藍河国は滅ぶ』なんて変なうわさを流す組織がいるんだよね。そいつらの正体を突き止めるために、雷光師匠は旅に出たんだから」
「ですね。師匠のことだから大丈夫だとは思いますけど」
「僕もそう思う。大丈夫だとは思う。それでも……不安になるんだ。今みたいな日々がこわれたらどうしよう……って」
「……小凰」
「僕が今回の『お役目』に志願したのも、不安だったからなんだ。僕のいないところで、天芳になにかあったらどうしようって。でも、そんなのおかしいよね……」
「おかしくはないですよ」
俺は言った。
「どんな大国だって……なにかのきっかけで揺らぐことはあります。北の地での戦いがそうでした。あのとき
「う、うん。そうかもしれないね」
「小凰はそれを目の当たりにしたんです。不安になるのは当然ですよ」
「そっか……そうだね」
「たぶん雷光師匠も、小凰と同じような不安を感じたんだと思いますよ」
ぶっちゃけ、俺だって不安だ。
俺は10年後の、藍河国の滅びを見ている。
それっぽい夢も見てしまっている。そのせいで、わからないことが出てきている。
『
あれが組織の名前なのか、人物名なのか、技の名前なのかもわからない。
そもそもゲームには登場しない単語なんだから。
「とにかく、俺もできることをしますから」
この国を乱世になんかしない。
黄天芳は天下の大悪人にはならない。
壬境族が藍河国に侵攻してこないように、徹底的に対策する。
その力を得るために、俺は武術の修行をしてるんだから。
「不安になったときは相談してください。ぼくにはたいした力はないですけど、話を聞くくらいはできます。それで小凰の不安が軽くなるかどうかは……わからないけど」
「……天芳」
気づくと、小凰は真っ赤な顔で、俺を見ていた。
それがなんだか照れくさくて、俺は視線を逸らす。
「そういえばですけど、小凰」
「な、なにかな!?」
「旅の間の導引って、どうするんでしたっけ」
「ど、どういん!? そうだね。どういんはしないとねっ!」
「小凰は秋先生から、なにか聞いてますか?」
「きいてないかな。うん。きいてないようなきがする!」
「そうですか……」
「そうだね……」
「普通に『
「……うん」
俺たちは寝台から立ち上がり、導引の準備をはじめる。
すると──
「失礼するよ。天芳くん。それに
──部屋のドアの向こうから、秋先生の声がした。
「導引の指導をするから、あとで部屋においで。旅の間、私が君たちの健康状態を点検させてもらう。ふたりでしっかり『獣身導引』と『天地一身導引』をしてもらうからね」
と、いうことだった。
秋先生は俺と小凰のケアを、きっちり考えていてくれたらしい。
「……行きましょうか。小凰」
「……そ、そうだね」
こうして俺と小凰は部屋を出た。
それから、秋先生の指導を受けるため、彼女の部屋に向かったのだった。
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いつも「天下の大悪人」をお読みいただき、ありがとうございます。
次回、第56話は、明日の夕方くらいに更新する予定です。
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