第57話「天下の大悪人、異民族への使者になる(3)」
──
改めて名乗らせてもらおう。我が名はガク=キリュウ。
『
もちろん、
族長の娘が病にかかったとき、助けてくださったそうだな。
玄秋翼どのと、ここで出会えたことは幸運だった。
あなたと一緒にいる方々なら、信じられる。
そうか。玄秋翼どのは今、
あなたが仕えているということは、信頼できるお方なのだろうな。
その部下の方と、お目にかかれて幸いだ。
皆さまに、『戊紅族』を代表してお願いする。
助けていただけるなら、我ら一族は、藍河国に
壬境族に
それが我らの本心だ。
まずは、村が襲われた経緯をお伝えしよう。
我らは壬境族と、ほとんど交流がなかった。
奴らは気性が荒く、好戦的すぎるからだ。
だから、奴らが村を訪ねてきたとき、我々は警戒した。
追い払うこともできたが、奴らは怪我人を連れていた。狩りの途中で山に迷い込み、転落した者がいたそうだ。『集落に入れなくても構わない。門の前で休ませてくれ』と奴らは言った。
それを許可したのは、奴らが少数だったからだ。
また『戊紅族』の教えとして『山で怪我をした者は助け合う』というものがある。
今になって思えば、奴らはそれを知っていたのだろうな。
だが、奴らは、話を聞きに向かった者たちを襲った。
さらに、我らがそれに気を取られている間に、別働隊が侵攻してきた。
奴らは村に入り込み、女子どもを人質に取った。その者たちを盾にして、我らの
壬境族の連中は言った。
『戊紅族はすべて、我々に
『「戊紅族」に伝わる書物を、こちらに渡せ』
──と。
玄秋翼どのがご存じだろうが、我らの先祖は仙人や仙女から、山で生きるすべを学んだという伝説がある。
そのときに、彼らから与えられた書物があるのだ。
言い伝えによると、その書物は『危険すぎるもの』であり、『失われてしまうには惜しいもの』だそうだ。
書物を与えた仙人は、決して読むことなく、誰の目にもつかぬように保管するようにと、我らの先祖に命じたそうだ。
我らはその命令を守ってきた。
書物は、一部の者しか知らぬ場所に封印した。
その存在を知っている者さえ、今では数少ないだろう。
そんなものの情報がどうして漏れたのか、我らにはわからない。
だが、壬境族の侵攻は現実だ。
奴らは砦にたてこもり、書物を渡すように言ってきているのだから。
砦を乗っ取った
おそらく、仲間を呼んでいるのだろう。
我々が要求に応じようと応じまいと、奴らは『戊紅族』の
奴らの
しかし、仕えるならば壬境族ではなく、信頼できる者たちに仕えたい。
私も族長も、それが一族を生かす道だと考えている。
ゆえに、お願いする。
我ら『戊紅族』の
これは一族の総意である。
どうか聞き入れてくださるよう、
──
俺は
周囲の警戒は続けている。
壬境族の追っ手が来るかもしれないからだ。
でも、俺はふたりの話に引き込まれていた。
壬境族が、すでに侵攻してきているとは思わなかったんだ。
父上が壬境族を撃退したとき、奴らは大量の
しかも最強キャラのゼング=タイガは重傷を負っている。
その状態で南に侵攻してくるなんて、予想外すぎた。
「貴公のお話はわかりました」
話を聞いた
「我々は友好のための使節です。『戊紅族』が藍河国に仕えてくださるのであれば、それを断る理由はありません」
「では……」
「ですが、戦闘に参加するのであれば、王弟殿下の許可が必要となるのです」
「あなた方に、壬境族を撃退して欲しいとは言わない」
ガク=キリュウは、まっすぐに炭芝さんを見た。
「ただ、人質を救出するのに協力していただきたいのだ。成功すれば、我々は心置きなく壬境族と戦える。そのために力を貸してくだされば、それでいい」
「わかっています。私としても、あなた方に協力したいのです」
炭芝さんは苦々しい口調で、答えた。
「ですが、救出の過程で戦いになることもありましょう」
「それは……あるかもしれぬが」
「兵たちの役目は、我らの護衛です。戦うのであれば、有志を
「……ううむ」
「許可を得るには、
ここから
国王や
それまで、壬境族が待ってくれるとは思えない。
人質が殺されるか、『戊紅族』が犠牲を覚悟で戦闘を始めるかのどちらかだろう。
時間がなさすぎるんだ。
「まずは、話を整理させていただきたい。それくらいの時間はありましょう」
炭芝さんは、ガク=キリュウに向き直る。
「
「その通りです」
「しかし、信じられません。書物ひとつのために、壬境族が侵攻してくるなど」
「あの書物には、それだけの価値があるのでしょう」
ガク=キリュウは悔しそうな顔で、
「あれを奴らに渡すのは……危険すぎる。だが、人質になった者を見殺しにもできない。対策を立てる時間もない。ここであなた方と会うことがなければ……我々は仲間の元に戻り、そのまま砦に侵攻していただろう」
「その書物とはどのようなものなのですか?」
炭芝さんがたずねる。
「『戊紅族』が長年守り続け、壬境族が欲する書物とは、一体なんなのです?」
「……武術書です」
「武術書?」
「『
『戊紅族』のガク=キリュウは言った。
聞き間違えかと、思った。
でも、違う。
ガク=キリュウは間違いなく、『四凶の技』と言った。
『
それって、夢に出てきた『
以前、俺が見た夢の中で、
『いずれこの国は、四凶に食い散らかされる』
──と。
四凶というのは、化け物か──それに化けた人間だと思っていたけど、違うのか?
『四凶の技』というのがあって、それの使い手がゲーム内の藍河国を破壊したのか?
だけど、ゲームには『四凶の技』なんてものは存在しなかった。
実装されなかったのか?
あるいはステータスに表示されない、隠しスキルか?
それが藍河国の滅亡に関わっているのか?
わからない。
だけど、このまま放置するわけにはいかない。
だったら──
「炭芝さまにお願いがあります!」
俺は思わず、声をあげていた。
「自由行動の許可をいただけませんか? ぼくは『戊紅族』の人たちを助けたいのです!?」
「
「天芳どの!? なにをおっしゃる!?」
俺は続ける。
「ぼくが個人として動くのであれば、国王陛下や王弟殿下に迷惑はかかりません。どうか、この場で
「待て、天芳。君ひとりでなにができる!?」
小凰が俺の
「無茶だ! 君ひとりが戦ったところで……」
「ぼくは人質を助ける手伝いをしたいだけです。ぼくだって、敵を引きつけるおとりにはなれます。人質をかついで逃げることもできるでしょう。それは『戊紅族』の人たちの役に立つはずです」
「だからって、君が行くことは……」
「『戊紅族』との友好を結ぶように進言したのはぼくです。その僕が『戊紅族』の危機を見過ごしにはできません。それに、ぼくは……怖いんです」
「怖い?」
「ここで壬境族を食い止めないと、将来、大きな災いが訪れるんじゃないかって」
今、動かなかったら、たぶん俺は後悔することになる。
このまま『四凶の技』の秘伝書が壬境族の手に渡ったら、最悪だ。
俺は、いずれ国を食い荒らす『四凶』に怯えて生きることになる。
それは『
今なら、まだ止められるかもしれない。
壬境族に『四凶』の秘伝書が渡るのを防げば、未来を変えられるかもしれない。
だったら、できることをやるべきだろう。
「わかった。天芳が行くなら、僕も行く」
「しょうお……いえ、
「天芳は、『四凶の技』の秘伝書が壬境族の手に渡ったら、大変なことになると考えているんだろう?」
「は、はい」
「僕は天芳の
「ですが、師兄──」
小凰は
故郷にはお父さんと、お母さんもいる。お母さんは故郷に帰って体調もよくなり、小凰にとって優しいお母さんに戻ったと聞いている。
その小凰を巻き込むわけには──
「母さんは奏真国を出るとき『心のままに生きなさい』って言ってくれた」
──そんな俺の心を読んだのか、小凰はおだやかな笑顔で、告げた。
「僕の心は今、天芳と一緒に行きたいと告げている。それがすべてだ」
「……わかりました」
たぶん、小凰は
朋友だからね。それくらいはわかるんだ。
なにがあっても、小凰は俺と一緒に来るだろう。
「お願いします。師兄。ぼくに力を貸してください」
いざとなったら、小凰だけでも逃がそう。
俺はそう心に決めて、うなずいた。
「ああ。一緒に行こう、天芳」
小凰がうなずく。
それから、俺と小凰はそろって、炭芝さんに頭を下げた。
「「お願いします。炭芝さま。ぼくたちに単独行動を許してください!!」」
「…………むむ」
「待ちなさい。天芳。化央」
不意に、秋先生が声をあげた。
俺と小凰が顔を上げると、真っ青な顔をした秋先生が見えた。
「ひとつ、確認するべきことがあるんだ」
そう言って秋先生は、ガク=キリュウの方を見た。
「ガク=キリュウどの。『戊紅族』に伝わるのは、『四凶の技』の第四とおっしゃったか」
「ああ。
「『戊紅族』は、その武術書を読んだことがなければ、武術を修得したこともない、と?」
「『誰にも見せずに封印せよ』というのが祖先の教えだ。我々はそれを固く守ってきた。許可なく触れようとした者は
「間違いないのですか?」
「祖先の名に誓って」
「ですが、壬境族の連中は、それを欲しているのでしょう?」
「おそらくは、追放された者が情報を
ガク=キリュウは
「だが、壬境族の者がそれを欲するとは……」
「壬境族が『四凶の技』の価値と、その威力を知っていたとすれば、話は通る」
秋先生は、感情のない口調で、
「だとすると……壬境族か、その仲間に『四凶の技』の使い手がいるのではないか? そして、その技は『
「な、なんだと!?」
ガク=キリュウは目を見開いた。
「どうして玄秋翼どのが、それを知っている!? 奴らは確かに、そう言っていた。いや、実際の技を見たわけではない。我々も『
「やはり、そうだったか」
秋先生は、
「そういうことか。『四凶の技』というからには、その技は4つあるのだな。そのうちのひとつを、私と冬里の敵が会得していたわけだ。そして、奴らは壬境族のもとにいた。どうりで、探しても見つからないわけだ」
震える声で、秋先生は続ける。
先生がこれほど怒りをあらわにするのは、はじめてだった。
「敵は4つの技のすべてを集めるために、壬境族に手を貸した。そして『戊紅族』に攻め込んできたというわけか。『四凶の技』の『
「冬里さんに深手を!? じゃあ、冬里さんの傷は──」
俺が秋先生にたずねようとしたとき──
「敵影! 騎兵部隊が、こちらに向かっております! 壬境族と思われます!!」
──物見の兵士の、叫び声があがった。
「師兄!」
「ああ。天芳!」
俺と小凰は『
黒い衣をまとった騎兵が、こちらに向かってくるのが見えた。
壬境族だ。数は、百人足らず。
ガク=キリュウたちを追ってきたらしい。
「
すぐさま、炭芝さんが指示を出す。
「敵が来たのであれば戦うしかありませんな。ガク=キリュウどのも、ご協力願いますぞ」
「うむ。巻き込んでしまって申し訳ない」
「こうなる可能性も考えておりましたよ。こちらから戦闘を仕掛けるなら許可が必要ですが、向こうから襲ってきたなら話は別です。
炭芝さんは、不敵な笑みを浮かべた。
「友好の使者が『戊紅族』の方々を置いて逃げることはできません。そんなことをしたら、王弟殿下の名を汚すことになりますからな!!」
「このご恩は忘れぬ!」
ガク=キリュウは深々と頭を下げた。
それから、彼と『戊紅族』の部隊は槍を手に取り、馬にまたがる。
藍河国の兵士たちも同じだ。
そして──
「ぼくも行きます。壬境族とは戦ったことがありますから」
──俺は、雷光師匠にもらった『
「助かります。お願いします。天芳どの」
「はい。それに……秋先生が心配ですからね」
礼を言う炭芝さんに、俺は答えた。
今の秋先生は、すごく殺気立ってる。
片刃の剣──
放っておいたら、秋先生はこのまま敵中突破して、『戊紅族』の砦へと向かっていくかもしれない。
でも、そんな無茶はさせられない。
そうならないように、俺が近くでサポートしたいんだ。
「無茶はしません。秋先生が怪我をしないようにお手伝いするだけです」
「天芳は僕が守ります。炭芝さま」
「わ、わかりました。天芳どのも化央どのも、お気を付けて」
「「承知しました!!」」
俺と小凰は馬上で
そうして俺たちは、壬境族の部隊を迎え撃つことになったのだった。
──────────────────────
いつも「天下の大悪人」をお読みいただき、ありがとうございます。
次回、第58話は、明日の夕方くらいに更新する予定です。
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