第50話「天下の大悪人、王宮の宴席に参加する(2)」

「……ここが、王宮」

「大きな建物ですね……」


 俺と星怜は馬車で、王宮に向かっていた。


 藍河国あいかこくの王宮には3つの門がある。

 外門と中門、そして王宮の重要部分に通じる内門だ。


 外門をくぐった先で、俺と星怜は馬車を降りた。

 専用の場所に馬車を停めて、石畳いしただみの道を歩き始める。

 道の先にある長い石段を上ると、兵士に守られた中門がある。

 今回の会合が行われる場所は、中門を入ってすぐ先だ。


 さらに通路の先には内門があるけれど、今回はそこまでは行かない。

 内門の先は、王宮の深部だ。

 玉座の間がある広間に、国王の住居。それと後宮こうきゅうがある。

 今の俺には用のない場所で、できればこれからも関わりたくない場所だ。


 俺たちは文官に案内されて、庭園に挟まれた通路を歩き始めた。

 少し歩くとすぐに、大きな建物が見えてくる。

「付き添いの家族や従者が集まる建物です」と、白葉が教えてくれる。

 彼女は父上の付きいで、ここまで来たことがあるそうだ。


「……それでは、兄さん。またあとで」

「星怜さまのことは、白葉にお任せください」


 建物─家族と従者の控え室の前で、俺はふたりと別れた。

 ここから先は俺ひとりだ。

 俺は文官の後について、渡り廊下を進み始める。


『剣主大乱史伝』の黄天芳も、ここに来たことがあるはず。

 花に囲まれた廊下を進みながら、彼はなにを考えていたんだろう。


 権力を握ることか……それとも、国のことだろうか。


 10年後、この庭園は英雄たちに踏み荒らされる。

 ゲームでは、俺も英雄たちを操って、外門から王宮へと入り込んだ。


 外門攻略。中門攻略。内門を通ったあとで王宮を攻略するまでが、ゲームのクライマックスだ。


 ゲームに登場する黄天芳こうてんほうは英雄たちに捕らえられたとき、なにか言っていた。

 けれど、セリフは表示されなかった。

 表示されたのは、『……逆賊どもが』だけだ。


 俺が見た夢に出てくるようなセリフは、登場しない。

 もしも、ゲームの黄天芳が本当は悪人じゃなくて、なにか理由があって権力をふるっていたのなら……その理由はなんだろう。

 それがわかれば、『黄天芳こうてんほう破滅エンド』も回避しやすくなるはずなんだけど。


「──黄天芳さま。どうぞ、こちらへ」


 大きな建物の前で、文官が言った。


 柱は朱塗り。しかも、金色の細工物が施されている。

 天井の高さは数メートル。上の方には、明かり取りの窓がある。

 階段を数段上がった先は大広間。


 すでに宴席の準備は整っているようで、席はほとんど埋まっている。

 用意された座席に、多くの人たちが座っている。袍をまとった高官たちだ。

 その中で知っている顔は……いない。


 もっとも、俺が知っているのは『剣主大乱史伝』に出てくる姿だ。10年後の姿だし、王朝が崩壊しかけてるせいでやつれている人もいた。今の高官たちからは想像つかないのも無理はない。


「『飛熊将軍』のご子息、黄天芳さま。こちらへ」

「……え」


 俺が案内されたのは、広間の奥の方の席だった。


 広間の中央には通路があり、その左右に、人々の座席が用意されている。

 通路を進んだ先は一段高くなっていて、そこに金色に飾られた座席がある。

 あれが太子狼炎の席だろう。


 俺が案内された席は、その近く。

 奥から数個目の場所だった。上座下座かみざしもざで言えば、かなりの上座だ。


「なにかの間違いではありませんか?」


 俺は文官にたずねた。


「ぼくは無位無冠むいむかんの身の上です。太子殿下に近い席に座るなんて……」

「間違いではありません」


 けれど、文官は一礼して、


「黄天芳さまをこの席にご案内するようにと、太子殿下からおおせつかっております」

「太子殿下から?」

「黄天芳さまは『飛熊将軍ひゆうしょうぐん』の黄英深こうえいしんさまと、太子殿下のご友人である黄海亮こうかいりょうさまの代理でいらっしゃいます。ふさわしい席をご用意するのは、当然のことかと」

「……そうですか」


 これ以上、辞退するのは失礼になるな。

 俺は覚悟を決めて、席についた。

 

 席について、俺はお茶を飲む。

 耳をすますと、人々の声が聞こえてくる。


 藍河国内のこと。北の国境地帯のこと。今年の収穫のこと。

 文官、武官の地位。異国のこと。まだ来ていない燎原君りょうげんくんのこと。

 みんな、落ち着いている。

 特に、国の危機を示すような情報はない。一安心だ。


 たまに、俺のことも話題にのぼっている。

 まぁ、目立つよな。ここに座るには若すぎるもんな。


 そうして俺が、人々の話を聞いていると──



「──藍河国あいかこく王太子、藍狼炎あいろうえん殿下。ご入来にゅうらい



 朗々とした声と共に、太子狼炎が庭園にやってきた。

 人々が一斉に声の方を向き、声をあげる。


 太子狼炎は、太子としての正装を身に着けていた。

 まとっているのは、複雑な刺繍ししゅうがほどこされた上衣。頭には冠。

 腰には、玉でできた飾りをつけている。


 出席者たちは一斉に立ち上がり、礼をする。

 俺もそれにならう。


 しばらくしてから顔を上げると──太子狼炎と目が合った。

 太子狼炎は、複雑な表情だった。

 以前のような強気な感じじゃない。なんだか、気まずそうな表情だ。

 ……呼んだのは太子狼炎の方なんだけどな。


 太子狼炎の隣には、高官らしき人物がいる。

 長身の男性だ。年齢は20歳前後。その顔に、見覚えがあった。


 彼は『剣主大乱史伝』に登場するキャラクターだ。

 しかも、序盤じょばんに。


 名前は、兆石鳴ちょうせきめい狼炎王ろうえんおうの軍を預かる将軍だった。

 能力は平均より少し上。

 旗揚げした英雄たちを迎え撃つポジションだった。


 確か……兆石鳴は太子狼炎の母親の弟だったはず。

 いわゆる外戚がいせきだ。

 だからゲーム開始の10年前から、太子狼炎の側にいるのだろう。



「太子殿下には、ご機嫌うるわしく」



 太子狼炎が席につくと、宴席えんせきがはじまる。

 まずは、高官たちが太子狼炎にあいさつするところからだ。


 ちなみに、俺は太子狼炎にあいさつすることはできない。

 皆があいさつをしている間、頭を下げているだけだ。

 俺は父上の代理でここに来てるけど、官位もないし、公職にもついていない。

飛熊将軍ひゆうしょうぐん』の子で、燎原君りょうげんくんの客人の弟子というだけだ。

 こういう場で、太子狼炎の前に立つ資格はないんだ。


 だから名前を呼ばれることはないと思っていたのだけど──



「──『飛熊将軍』の子、黄天芳。こちらに」



 ──不意に、文官が俺の名前を呼んだ。

 顔を上げると、太子狼炎が、俺をじっと見ていた。

 俺は慌てて頭をさげる。


「どうした。私が呼んでいるのだ。こちらに来るがいい」


 頭を下げたままでいたら、太子狼炎の声がした。


「おそれながら申し上げます」


 俺は顔を伏せたまま、答える。


「ぼくは無位無冠の身の上です。このような場で太子殿下にごあいさつができるものでは……」

「構わぬ。来い」

「この黄天芳は、立場をわきまえる者です」

「ならぬ。これ以上の辞退は、礼を失すると心得よ」

「……承知いたしました」


 俺は前に進み出る。

 目の前には椅子に腰掛けた太子狼炎。

 彼の隣には兆石鳴ちょうせきめいがいる。


 俺は形式通りに一礼してから、太子狼炎の前で膝を突く。


「黄天芳に、『奉騎将軍ほうきしょうぐん』の兆石鳴が告げる」


『奉騎将軍』か。

 この時代の兆石鳴は、将軍だったんだな。


「北の地で太子殿下と・・・・・ともに戦い・・・・・、異民族を追い払ったこと、大儀たいぎであった」

「…………」


 兆石鳴の言葉に、太子狼炎が気まずそうに視線をらした。


 ……なるほど。

 兆石鳴が口にした言葉が、藍河国の公式見解らしい。

 俺と太子狼炎が一緒に戦って、ゼング=タイガを撃退したことになってるのか。

 俺が呼ばれたのは、この『公式見解』を皆に伝えるためだったのだろう。


 ……うん。これが公式見解でも、俺は別にかまわない。

 むしろ好都合だ。

 俺は出世する気も、目立つつもりもないからね。


 壬境族じんきょうぞくとの戦いで、海亮兄上は死ななかった。太子狼炎も無事だった。

 小凰しょうおうのおかげで、ゼング=タイガに傷を負わせることもできた。

『黄天芳破滅エンド』回避にも、影響を与えたはずだ。

 俺にはそれで十分だ。


「おほめの言葉をいただき、光栄に存じます」


 俺は頭を下げたまま、答えた。


「ただ、太子殿下とともに戦ったのは、ぼくだけではありません。ぼくの師兄しけい翠化央すいかおうも一緒でした。敵を排除できたのは、師兄のおかげでもあるんです」

「その報告は受けている」


 兆石鳴の声がした。


「ゆえに、王弟殿下おうていでんかの進言を受け入れ、我が国は奏真国そうまこくに支援を送ることとなった。君の師兄の功績には、十分に報いているのではないかな」

「承知いたしました」


 俺は、さらに深く頭を下げた。


「無礼なことを申し上げてしまったことを、おびいたします」

「うむ。無位無冠の者とはいえ、礼儀はわきまえるべきだな」


 兆石鳴は言った。


「以上だ。さがってよろし──」

「待て、黄天芳よ」


 兆石鳴の言葉をさえぎり、太子狼炎が言った。

 兆石鳴がおどろいたように、息をのむ。


 それから、太子狼炎は落ち着いた口調で、


「顔を上げよ、黄天芳。直言ちょくげんゆるす。私は貴公きこうと話がしたいのだ」


 俺に向かって、そんなことを告げたのだった。



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