第49話「天下の大悪人、王宮の宴席に参加する(1)」
──
王宮で
俺は手早く支度を終えていた。
王宮に行くためには、それなりの正装をしなければいけない。
俺に合うものを
海亮兄上は幼いころから優秀だった。
俺くらいの年齢のときには、
そのときの
おかげで新しい服を買うこともなく、準備を整えることができたんだ。
着替えた後は、
退屈だったから、俺は『
『
鳥と猿と樹木にふさわしい使い方といえば、たとえば──
「
──考えをめぐらせているうちに、白葉が俺を呼びにきた。
彼女と一緒に、広間に向かうと──
「ど、どうでしょうか」
「星怜さま。おきれいですよね!」
支度を終えた星怜がやってきた。
星怜が着ているのは、以前にも見せてくれた外出着だ。
明るい色が、星怜の銀色の髪に合っている。
星怜の髪を飾るのは、以前に俺が
「きれいですよ。星怜」
母上は目を輝かせてる
「本当に……立派になって。
「……
「ごめんなさい。あんまり星怜がきれいだったから、つい」
そう言って母上は涙をぬぐう。
「あなたになら黄家の社交を任せられます。胸を張って、王宮に行きなさい」
「は、はい。玉四母さま!」
「天芳も。黄家の子として、しっかり役目を果たすのですよ」
「はい。母上」
「それと、天芳」
「はい?」
「あなたはまだ、星怜の姿について、感想を言ってあげていませんね」
母上は腰に手を当てて、俺を見てる。
「星怜がこんなにきれいに着飾ったのです。ちゃんと、言葉をかけてあげなさい。身近な人の言葉が、女の子の自信につながるのですから」
「は、はい。えっと」
俺は星怜の前に出た。
うん。星怜は、本当にきれいになった。
導引の効果なのか、肌もつやつやしてる。
銀色の髪は、まるで内側から輝いているみたいだ。
星怜のまわりには黒猫と、伝書用の鳩がいる
動物を従えた星怜の姿は神秘的な……この世界で言えば、
「うん。すごくきれいだよ。星怜」
「……に、兄さん」
「正直、今の星怜を家族以外に見せたくないくらいだ」
「兄さん!?」
「待合室に王家の人は来ないと思うけど、気をつけて。母上に教わってると思うけれど、王家の人が来たら
「あ、あわわ。兄さん……」
「いや、本当に。今の星怜は星のようにきれいだからね。気をつけてね」
「そういえば『星怜』という名前は、あなたの母君がつけてくださったのでしたね」
母上は星怜の髪をとかしながら、そんなことを言った。
「以前に聞いたことがあります。星怜がお腹にいるときに、輝く星を飲む夢を見たのだと。だから『星怜』という名前をつけたと言っていましたよ」
「あれは……本当のお話だったのですか?」
星怜は、ぽつり、とつぶやいた。
恥ずかしそうに胸を押さえながら、
「母さまは言っていました。『あなたは星の加護を受けた子どもだから、光り輝く銀色の髪なのですよ』と。でも、それはわたしをなぐさめるための作り話だと思っていたんです」
「本当のお話ですよ」
母上は星怜の手を取って、
「あなたの母君は私の親友でした。その私が保証します」
「ありがとうございます。玉四母さま」
星怜は照れた顔で、結い上げた髪に触れた。
「それに、このおうちに来たおかげで、わたしは銀色の髪と赤い目が、嫌いじゃなくなりました。きっと、黄家の皆さんのおかげです」
「そうなのですか?」
「はい。自分にとってなにが一番大切なのか、わかりましたから」
「……まぁ」
「北の町にいたときは、この姿のことで……近所の子どもに色々言われました。大人になったらえらくなって……強くなって、星のように、きらきらと
星怜は祈るように、つぶやいた。
「それも、もう昔の話です。今は……温かい光を放つ人の側で、そのぬくもりを感じられていれば、十分です。『星怜』は、ひとりぼっちの星じゃないって、わかりましたから」
「……星怜」
母上は手を伸ばして、星怜を抱きしめた。
そのまま──結い上げた髪を乱さないように、優しくなでる。
「あなたは、私の
「玉四母さま……」
「辛い目にあっても立ち直り、黄家のために
「…………ぎょくし、さま。母さま」
「いけませんね。せっかく白葉が、髪と服を整えてくれたのに」
名残惜しそうに、母上は星怜から手を離した。
「天芳、白葉。星怜のことをお願いします」
「はい、母上」
「この命に代えましても」
「天芳。あなたの父君──
「はい。母上」
俺は一礼してから、
「ところで、兄上はなにか言っていましたか?」
「『天芳なら大丈夫だろう』と。それと──」
「それと?」
「太子殿下のことを心配していました。書状の返事がないので、心配だと」
「書状の返事がない……?」
北の砦にいる海亮兄上は、何度か太子殿下に書状を送っている。
俺が代筆したものも、兄上が直接送ったものもある。
太子狼炎は兄上の手紙に、返事を出してないってことか?
……妙だな。
海亮兄上と太子狼炎は、仲がいい。
太子狼炎は兄上を『我が友』と呼んでいたし、太子狼炎が北の地に行ったのも、兄上がいたからだ。
兄上からの手紙なら、返事くらいはくれるはずなんだけど。
「『北の地での失態により、私は殿下の信頼を失ってしまったのかもしれない。さみしいことだが、仕方がない』……海亮は、そんなことを書いていました」
「……兄上がそんなことを」
「海亮が
母上はおだやかな口調で、
「海亮には、任務に専念するように伝えておきます。お役目を果たすことが、太子殿下への信頼回復に繋がるのですから」
「はい。ぼくも、兄上に手紙を書くことにします」
「そうですね。宴席のことを伝えてあげれば、海亮もよろこぶでしょう」
「わかりました」
俺はまた、母上に一礼して、
「では、黄家の名代として役目を果たしてまいります」
祝宴には
その中には10年後の乱世に関わる人間もいるはずだ。
彼らがどんな人物なのか、誰を信用すればいいのか、見極める必要がある。
この機会を逃すわけにはいかない。
星怜を守りながら、じっくりと、人物観察をすることにしよう。
「……緊張します」
星怜は、何度も深呼吸をしてる。
「わたしが行く場所には、偉い人たちの家族や従者が集まるんですよね。注目を集めたりしたとき……緊張しないで話せるかどうか、心配です……」
「星怜。ぼくからひとつ、提案があるんだけど」
「提案ですか?」
「うん。星怜に、気配を消す方法を教えておきたいんだ。緊張したときに気配や存在感を消せれば、人から注目を浴びなくなるよね」
「は、はい。そうですね」
「緊張したらしばらくその状態でいて、落ち着いたら気配と存在感を出せばいい」
「で、でもでも、そんなことできるんですか?」
「あのね、星怜」
俺は星怜の耳元に、顔を近づけて、
「……名もない
「……あ」
俺がささやくと、星怜は目を輝かせた。
「わかりました! 『獣身導引』を使って、悪者から逃げたときの応用ですね」
「そうだよ。星怜ならできると思う」
「はい。やってみます。これなら人目も気にならないですし、他の人たちを、じっくり観察することもできますから」
「すごく偉い人が来たら、この技を使うといい」
それは、星怜と王家の関係者の接触を避けるのにも使えるはずだ。
星怜が黄家の社交をやりたいなら、その意思は尊重する。
せっかく星怜が元気になったんだ。
彼女を、ずっと黄家に閉じ込めておくわけにはいかない。
俺は星怜の兄だからな。妹の願いは、できるだけ叶えてあげたいんだ。
でも、危険な相手との接触は避けられるようにしておきたい。
星怜が安全に、自由に過ごせるように。
そのために考えたのが、『天地一身導引』を応用した技だった。
「……兄さんはいつも、わたしを助けてくれるんですね」
星怜は俺の肩に、小さな肩を寄せた。
「わたし、がんばります。兄さんのため……いえ、黄家のために」
「うん。俺もがんばって役目を果たすよ」
そんな話をしてから、俺たちは馬車に乗り込む。
そうして、母上に一礼して、
「行ってきます。母上」
「行ってまいります。玉四母さま」
「おふたりは白葉がお守りいたします」
こうして俺と星怜と白葉は、王宮に向けて出発したのだった。
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