第49話「天下の大悪人、王宮の宴席に参加する(1)」

 ──天芳てんほう視点──



 王宮で宴席えんせきが開かれる、その当日。

 俺は手早く支度を終えていた。


 王宮に行くためには、それなりの正装をしなければいけない。

 俺に合うものを白葉はくように探してもらったら、海亮かいりょう兄上のお下がりが出てきた。


 海亮兄上は幼いころから優秀だった。

 俺くらいの年齢のときには、太子狼炎たいしろうえん謁見えっけんしていたくらいだ。

 そのときの装束しょうぞくが残っていた。

 おかげで新しい服を買うこともなく、準備を整えることができたんだ。


 着替えた後は、星怜せいれいの用意が終わるまで部屋で待機。

 退屈だったから、俺は『天地一身導引てんちいっしんどういん』の型の練習をしていた。

獣身導引じゅうしんどういん』が護身術ごしんじゅつに使えたように、『天地一身導引』も別の使い方があるかもしれない。

 鳥と猿と樹木にふさわしい使い方といえば、たとえば──


ほうさま。星怜せいれいさまの着替えが終わりました」


 ──考えをめぐらせているうちに、白葉が俺を呼びにきた。

 彼女と一緒に、広間に向かうと──

 

「ど、どうでしょうか」

「星怜さま。おきれいですよね!」


 支度を終えた星怜がやってきた。


 星怜が着ているのは、以前にも見せてくれた外出着だ。

 明るい色が、星怜の銀色の髪に合っている。


 星怜の髪を飾るのは、以前に俺がおくった『雪縁花せつえんか』の髪かざり。

 祝宴しゅくえんにつけていく飾りアクセサリを選ぶとき、星怜は迷わずこれを手にとったらしい。


「きれいですよ。星怜」


 母上は目を輝かせてる


「本当に……立派になって。柳家りゅうけの方々にも、この姿を見せたかった」

「……玉四ぎょくし母さま」

「ごめんなさい。あんまり星怜がきれいだったから、つい」


 そう言って母上は涙をぬぐう。


「あなたになら黄家の社交を任せられます。胸を張って、王宮に行きなさい」

「は、はい。玉四母さま!」

「天芳も。黄家の子として、しっかり役目を果たすのですよ」

「はい。母上」

「それと、天芳」

「はい?」

「あなたはまだ、星怜の姿について、感想を言ってあげていませんね」


 母上は腰に手を当てて、俺を見てる。


「星怜がこんなにきれいに着飾ったのです。ちゃんと、言葉をかけてあげなさい。身近な人の言葉が、女の子の自信につながるのですから」

「は、はい。えっと」


 俺は星怜の前に出た。


 うん。星怜は、本当にきれいになった。

 導引の効果なのか、肌もつやつやしてる。

 銀色の髪は、まるで内側から輝いているみたいだ。


 星怜のまわりには黒猫と、伝書用の鳩がいる

 動物を従えた星怜の姿は神秘的な……この世界で言えば、仙女せんにょのように見えた。


「うん。すごくきれいだよ。星怜」

「……に、兄さん」

「正直、今の星怜を家族以外に見せたくないくらいだ」

「兄さん!?」

「待合室に王家の人は来ないと思うけど、気をつけて。母上に教わってると思うけれど、王家の人が来たら平伏へいふくするんだ。僕が来るまで、そのきれいな姿をできるだけ見せないように」

「あ、あわわ。兄さん……」

「いや、本当に。今の星怜は星のようにきれいだからね。気をつけてね」

「そういえば『星怜』という名前は、あなたの母君がつけてくださったのでしたね」


 母上は星怜の髪をとかしながら、そんなことを言った。


「以前に聞いたことがあります。星怜がお腹にいるときに、輝く星を飲む夢を見たのだと。だから『星怜』という名前をつけたと言っていましたよ」

「あれは……本当のお話だったのですか?」


 星怜は、ぽつり、とつぶやいた。

 恥ずかしそうに胸を押さえながら、


「母さまは言っていました。『あなたは星の加護を受けた子どもだから、光り輝く銀色の髪なのですよ』と。でも、それはわたしをなぐさめるための作り話だと思っていたんです」

「本当のお話ですよ」


 母上は星怜の手を取って、


「あなたの母君は私の親友でした。その私が保証します」

「ありがとうございます。玉四母さま」


 星怜は照れた顔で、結い上げた髪に触れた。


「それに、このおうちに来たおかげで、わたしは銀色の髪と赤い目が、嫌いじゃなくなりました。きっと、黄家の皆さんのおかげです」

「そうなのですか?」

「はい。自分にとってなにが一番大切なのか、わかりましたから」

「……まぁ」

「北の町にいたときは、この姿のことで……近所の子どもに色々言われました。大人になったらえらくなって……強くなって、星のように、きらきらと着飾きかざった自分になって、みんなを見返したいって思ってたんです」


 星怜は祈るように、つぶやいた。


「それも、もう昔の話です。今は……温かい光を放つ人の側で、そのぬくもりを感じられていれば、十分です。『星怜』は、ひとりぼっちの星じゃないって、わかりましたから」

「……星怜」


 母上は手を伸ばして、星怜を抱きしめた。

 そのまま──結い上げた髪を乱さないように、優しくなでる。


「あなたは、私の自慢じまんの娘ですよ。星怜」

「玉四母さま……」

「辛い目にあっても立ち直り、黄家のためにくそうとしてくれるあなたを誇りに思います。本当に」

「…………ぎょくし、さま。母さま」

「いけませんね。せっかく白葉が、髪と服を整えてくれたのに」


 名残惜しそうに、母上は星怜から手を離した。


「天芳、白葉。星怜のことをお願いします」

「はい、母上」

「この命に代えましても」

「天芳。あなたの父君──しんさまは書状で、すべてをあなたに任せると言っていました。高貴な方々を前に気後きおくれすることもあるでしょうが、しんさまの信頼に応えるのですよ」

「はい。母上」


 俺は一礼してから、


「ところで、兄上はなにか言っていましたか?」

「『天芳なら大丈夫だろう』と。それと──」

「それと?」

「太子殿下のことを心配していました。書状の返事がないので、心配だと」

「書状の返事がない……?」


 北の砦にいる海亮兄上は、何度か太子殿下に書状を送っている。

 俺が代筆したものも、兄上が直接送ったものもある。


 太子狼炎は兄上の手紙に、返事を出してないってことか?

 ……妙だな。


 海亮兄上と太子狼炎は、仲がいい。

 太子狼炎は兄上を『我が友』と呼んでいたし、太子狼炎が北の地に行ったのも、兄上がいたからだ。

 兄上からの手紙なら、返事くらいはくれるはずなんだけど。


「『北の地での失態により、私は殿下の信頼を失ってしまったのかもしれない。さみしいことだが、仕方がない』……海亮は、そんなことを書いていました」

「……兄上がそんなことを」

「海亮が北臨ほくりんに帰ってくれば、太子殿下とお話をする機会もあるでしょう」


 母上はおだやかな口調で、


「海亮には、任務に専念するように伝えておきます。お役目を果たすことが、太子殿下への信頼回復に繋がるのですから」

「はい。ぼくも、兄上に手紙を書くことにします」

「そうですね。宴席のことを伝えてあげれば、海亮もよろこぶでしょう」

「わかりました」


 俺はまた、母上に一礼して、


「では、黄家の名代として役目を果たしてまいります」


 祝宴には藍河国あいかこくの高官と貴族が出席する。

 その中には10年後の乱世に関わる人間もいるはずだ。

 彼らがどんな人物なのか、誰を信用すればいいのか、見極める必要がある。


 この機会を逃すわけにはいかない。

 星怜を守りながら、じっくりと、人物観察をすることにしよう。


「……緊張します」


 星怜は、何度も深呼吸をしてる。


「わたしが行く場所には、偉い人たちの家族や従者が集まるんですよね。注目を集めたりしたとき……緊張しないで話せるかどうか、心配です……」

「星怜。ぼくからひとつ、提案があるんだけど」

「提案ですか?」

「うん。星怜に、気配を消す方法を教えておきたいんだ。緊張したときに気配や存在感を消せれば、人から注目を浴びなくなるよね」

「は、はい。そうですね」

「緊張したらしばらくその状態でいて、落ち着いたら気配と存在感を出せばいい」

「で、でもでも、そんなことできるんですか?」

「あのね、星怜」


 俺は星怜の耳元に、顔を近づけて、


「……名もない路傍ろぼうの樹木には、誰も気をとめないよね?」

「……あ」


 俺がささやくと、星怜は目を輝かせた。


「わかりました! 『獣身導引』を使って、悪者から逃げたときの応用ですね」

「そうだよ。星怜ならできると思う」

「はい。やってみます。これなら人目も気にならないですし、他の人たちを、じっくり観察することもできますから」

「すごく偉い人が来たら、この技を使うといい」


 それは、星怜と王家の関係者の接触を避けるのにも使えるはずだ。


 星怜が黄家の社交をやりたいなら、その意思は尊重する。

 せっかく星怜が元気になったんだ。

 彼女を、ずっと黄家に閉じ込めておくわけにはいかない。

 俺は星怜の兄だからな。妹の願いは、できるだけ叶えてあげたいんだ。


 でも、危険な相手との接触は避けられるようにしておきたい。

 星怜が安全に、自由に過ごせるように。

 そのために考えたのが、『天地一身導引』を応用した技だった。


「……兄さんはいつも、わたしを助けてくれるんですね」


 星怜は俺の肩に、小さな肩を寄せた。


「わたし、がんばります。兄さんのため……いえ、黄家のために」

「うん。俺もがんばって役目を果たすよ」


 そんな話をしてから、俺たちは馬車に乗り込む。

 そうして、母上に一礼して、


「行ってきます。母上」

「行ってまいります。玉四母さま」

「おふたりは白葉がお守りいたします」


 こうして俺と星怜と白葉は、王宮に向けて出発したのだった。



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