第48話「玄秋翼、娘と語り合う(2)」

 ──玄秋翼げんしゅうよく視点──




「今日は、天芳てんほうさまと凰花おうかさまはいらっしゃらないのですか?」


 冬里とうりは、母の秋翼しゅうよくにたずねた。


 冬里は布を手に、部屋の掃除を続けている。

 いつ天芳と凰花が来てもいいように、きれいにしておきたいからだ。


 それに『天地一身導引てんちいっしんどういん』をやっているときは、肌の露出ろしゅつが多くなる。

 天芳や凰花が、尖ったもので肌を傷つけたりしたら大変だ。

 そんなことがないように、冬里は毎日、隅々まで掃除しているのだった。


「天芳さまは、お出かけをされるとうかがっていましたが」

「そうだね。彼は会合に出席すると言っていたよ」

「凰花さまは?」

奏真国そうまこくのご両親に手紙を書くそうだ。藍河国あいかこくに着いた報告をするようだね」

「……そうなのですか」

「さみしいのかい? 冬里」

「はい」


 冬里は両手で胸を押さえて、


「おふたりは冬里にとって、はじめての友だちですから」

「すまない。これまで友だちができなかったのは、私が冬里に、放浪生活ほうろうせいかつをさせていたせいだね」


 秋翼はそんな娘の頭をなでて、


「だが、藍河国あいかこくには長くいられると思う。もしかしたら、冬里が・・・放浪生活することはなくなるかもしれない」

「……お母さま?」

「私もこの国で、もう少し武術の修行をするつもりだ。自慢じまんの『操律指そうりっし』を、天芳にあっさり破られてしまったからね」


 玄秋翼が天芳に点穴てんけつをほどこしたとき、彼の身体の五箇所かしょに、それぞれ違う属性の『気』を打ち込んだ。

 彼の能力を試すためだ。

 解除には1時間か、それ以上はかかるはずだった。


 なのに天芳は、それをあっさりと解除してしまったのだ。


「彼の『天元てんげんの気』は自由自在に属性を変化させ、点穴を解除してしまうようだ。彼ならば──」


 ──『四凶しきょうの技』に、対抗できるかもしれない。


 浮かんだ考えを、秋翼はかぶりを振って追い払う。

『四凶』との戦いに、冬里と天芳と凰花は巻き込まない。

 すべて秋翼がひとりでかたをつける。それはもう、決めたことだった。


「ところで冬里。体調はどうだい?」

「大丈夫です。冬里は元気です」


 冬里はほうきを手に、くるりと回って見せる。

 この家に来てから、冬里は欠かさずに掃除や、その他の家事を続けている。

 今のところ、熱を出したことはない。


「『気』の状態を見せてみなさい」

「は、はい」


 玄秋翼は冬里の手を取り、経絡けいらくの状態を確認する。

 内力ないりょくの乱れが、弱まっていた。


 天芳や凰花、星怜と一緒に導引をやったからだろう。

 彼らの『天元の気』と同調したことで、内力ないりょくが整ってきているのだ。


「よいことだね。天芳くんたちに感謝するんだよ」

「は、はい。もちろんです」

「体調がいいようなら、お使いを頼んでもいいかな?」


 秋翼しゅうよくは少し、考えてから、


「あとで天芳の家に薬草を届けにいきなさい。黄家の奥方の、玉四ぎょくしさまに渡すといい」


 藍河国に来てすぐに、秋翼は黄家をたずねて、玉四の診察をした。

 その後で、玉四のために薬草を調合していたのだった。


「調合については、燎原君りょうげんくんの側近の炭芝たんしさまにも伝えておく。私がいないときも、玉四さまに薬草を届けられるようにね」

「天芳さまのお母さまは、お身体が弱いのですよね?」

「そうだね。でも、それほど心配することはない。調合した薬草を使い続ければ、すぐに元気になるだろう。ただ……」

「どうかしたのですか。お母さま」

「私がたところ、玉四さまは愛情が強すぎる方のようだ」


飛熊将軍ひゆうしょうぐん』の黄英深こうえいしんは、妻の玉四を溺愛できあいしているらしい。

 けれど、秋翼が診察して、話をきいてみると、玉四もまた、黄英深を深く愛している。

 ただ、玉四は平民の生まれだ。もともとの身分差を気にしている。

 そのため、感情をあまり表に出さない。

 そのことが、心のさわりとなり、生命力を弱めている……それが、秋翼の見立てだった。


「玉四さまには『飛熊将軍』に、ご自分の想いをたくさん伝えるように助言しておいた。その通りにしてくだされば、健康状態はもっとよくなるだろう」

「そういう症状も、あるのですね」

「心と身体は繋がっている。玉四さまがご家族を失ったら……心に深い傷を負い、そのせいで、重い病にかかってしまうかもしれない。そうならないことを祈るだけだ」


 秋翼は、冬里にうなずきかける。


「このような事例もあることを覚えておきなさい。冬里が医術の仕事についたとき、役に立つだろう」

「はい。母さま」


 冬里は掃除の布を手にしたまま、今聞いた言葉を暗唱あんしょうしはじめる。

 冬里は真面目だ。しかも、頭もいい。

 特にすぐれているのは、記憶力と観察力だ。それは医術にも役立つだろう。


(このまま健康で過ごせたなら、冬里は私をえる者になるはずだ)


 秋翼は優しい表情で、娘を見つめていた。

 すると、冬里はふと気づいたように、


「そういえば、母さま。天芳さまや星怜せいれいさまと『天地一身導引』をしているとき、不思議なことがあったのです」

「不思議なこと?」

「一緒に導引をしていた天芳さまが、冬里の背中に傷があることに、気がつかれたのです」

「そうか……」


 あの傷は『四凶の技』を受けたときのものだ。

 敵は背後から、冬里を攻撃した。

 攻撃は、わずかに心臓を外れていた。

 もう少しずれていたら、冬里の命はなかっただろう。

 冬里はずっと、あの傷を見られるのを嫌がっていたはずだけれど──


「でも冬里は、天芳さまに傷を見られるのが、嫌じゃありませんでした」

「……おや」

「それに、天芳さまはおっしゃっていたのです。『冬里さんがこのまま技を究めれば、歴史を変えるような達人になるかもしれません』と。仰雲さまと同じことを」

「……末恐すえおそろしいな。彼は」


 秋翼の師匠の仰雲ぎょううんは、冬里に才能があると認めていた。

『四凶の技』の傷が癒えたら、玄秋翼以上の達人になると言ってくれたのだ。

 それと同じことを言ったということは、天芳もまた、冬里の才能を見抜いたのだろうか。


「その言葉を聞いたとき、冬里はとてもうれしくなりました。本当に冬里に才能があるなら……それでなにができるのか、確かめたくなったんです」


 冬里は続ける。


「冬里の経絡けいらくの傷は、えないと思ってました。だから命が続く限り母さまの手伝いをして生きる。冬里の人生は、それでいいと思っていました」

「……冬里」

「でも、もしも傷がえるのなら……その後で冬里は、お世話になった人たちに恩返しがしたいです。自分になにか才能があるのなら、それを大事な人のために使いたいって、そう思うようになりました」

「そうか」

「天芳さまと一緒に『天地一身導引』をするのは……恥ずかしいです。冬里は胸が大きいせいで、凰花さまや星怜せいれいさまのように、素早くは動けません。でも、それでもいいのです。冬里は自分にできることを、精一杯やることにします」

「成長したね。冬里」

「…………えへへ」


 頭をなでると、冬里はうれしそうに目を細めた。


 近い将来、冬里から離れることになる。

 危険な『四凶の技』を使う者をつためだ。


 燎原君りょうげんくんは「娘さんのことは引き受けた」と言ってくれた。

 代わりに秋翼は、自分が藍河国に滞在している間、燎原君の部下として仕事をすることを約束した。

 そうして、燎原君や天芳への借りを返してから、旅に出るつもりだ。


 心配なのは、秋翼が国を離れたあとの、冬里の反応だったのだが──


(……私は取り越し苦労をしていたようだね)


 秋翼は娘の肩を抱きながら、安堵の息をついた。

 冬里は天芳や凰花──同年代の者たちと触れ合うことで、成長している。

 おそらくは、秋翼もおどろくほどの速さで。


(私は過保護かほごになりすぎていたようだ。冬里は私の予想をはるかに超えて、成長していたのだね)


「……母さま」

「なにかな。冬里」

「冬里はまず、天芳さまに恩返しをしたいです」


 まるで夢見るような表情で、冬里はつぶやきはじめる。


「あの方は常に、自分を高めようとしています。冬里はそのために、できることをしたいのです。冬里は武術を使えませんけど……母さまの技を見てきましたから、知識はあります。冬里は、見たものや体験したものを覚えるのは得意で──」

「あせることはないよ、冬里」


 玄秋翼は、娘の髪をなでた。


「冬里には時間があるのだから……ね」

「はい。母さま」

「ゆっくりと、自分がなにをしたいのか考えて、それから決めるといい」


 冬里と寄り添いながら、秋翼はそんな言葉をささやくのだった。




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 次回、第49話は、明日か明後日くらいに更新する予定です。


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