第47話「黄天芳と奏凰花、秋先生の指導を受ける」

 俺は会合に出席することにした。


 王太子の招待を断れば、無礼だと思われる。

 それは黄家のためにも良くない。


 それに、今の太子狼炎がなにを考えているのか、実際に会って確かめたい。

 太子狼炎のまわりにいる高官たちが、どんな人間か、見ておきたい。


 それは『黄天芳破滅こうてんほうはめつエンド』を防ぐことにも繋がるはずだ。


 そう考えた俺は、母上に、会合に出席することを伝えたのだった。



 


「わかりました。では、星怜せいれいも連れておゆきなさい」

 

 出席の意思を伝えると、母上は言った。


「あの子は黄家の社交しゃこうを担当したいと言っていました。高貴な方々のお顔を見ておくのは、良い経験になるでしょう」

「公式の会合ですよね。星怜を連れていってもいいんでしょうか?」

宴席えんせきに出席させなければいいのです。こういう会合には、同行者のための待合室があるものです。星怜はそこで、白葉はくようと一緒に待機させておきなさい。『飛熊将軍ひゆうしょうぐん』の娘であることがわかるように、着飾っていくとよいでしょう」


 母上は、優しい笑みを浮かべて、


「星怜にも、人前に出る経験が必要なのです。それに、着飾きかざった姿を天芳てんほうがほめてあげれば、星怜も自信がつくでしょう。そうすれば、高貴な方とも余裕をもって話ができるようになります。社交のためには、必要なことです」

「わかりました。母上」

「星怜には、私が礼儀作法の指導をします。あの子の世界を広げるためにも、それがよいでしょう。天芳は、あの子の側にいてあげなさい。たぶん、それが一番、星怜が喜ぶことなのですから」


 さすが母上だ。星怜のことを考えてくれてる。


 確かに、星怜はあまり外に出ていない。

 黄家の社交をする前に、人前に出る経験を積んだ方がいい。


 星怜は絶世ぜっせいの美少女だ。

 本人がそのことに気づけば、自信もつくし、余裕をもって生きられるようになる。

 余裕があれば、普通に人とコミュニケーションが取れるようになるだろう。

 そうして、素直に成長してくれればいいと思う。


 ただし、警戒は必要だ。

『剣主大乱史伝』で、星怜は太子狼炎の寵姫ちょうきになっている。

 同じルートに進むことは避けたい。

 だからできるだけ、星怜と太子狼炎が会わないようにするべきだろう。


 幸い、今回、星怜が向かうのは会合の同行者の控え室だから、太子狼炎が来る可能性は低い。

 でも……対策はしておいた方がいいな。

 

 母上の話を聞きながら、俺はそんなことを考えていたのだった。 







 その後も、秋先生と冬里さんによる指導は続いた。


 ただ、翌日から星怜せいれいは外れることになった。

 母上から礼儀作法の指導を受けることになったからだ。

 星怜の『天地一身導引てんちいっしんどういん』の指導は、俺が自宅でやることになった。


 俺と星怜は毎日『獣身導引じゅうしんどういん』をしている。

 そのときに俺が『天地一身導引』を教えるというかたちだ。


 会合の話を聞いた星怜は「兄さんについていきたいです」と答えた。

 真剣な表情だった。

 黄家のために社交をするのは、星怜にとって、どうしてもやりたいことだそうだ。


『黄家のために、できることをやりたい』

『社交をして、黄家が引き取ったのは立派なお嬢さんだ』

『黄家にふさわしい女性だ』


 そんなことを言われるのが星怜の夢らしい。


 星怜はしっかりしてるから、大丈夫だろう。

 たぶん、星怜の行く道は、ゲームのルートとは別物になっている。

 彼女の願う未来に向かって進めればいいな、と思うんだ。





 そんなわけで、星怜は導引の練習から外れることになり──

 翌日から、俺は小凰とふたりで、秋先生の指導を受けることになった。


 修行場は、秋先生と冬里の住居。

 燎原君はふたりに、雷光師匠のとなりの家を貸してくれた。

 俺と小凰しょうおうは毎日、そこに通うことになったんだ。


 秋先生は俺と小凰、ついでに星怜の『気』──内力ないりょくをチェックしてくれた。

 内力の状態は問題なし。

 五行四属性は小凰が『火』と『木』に、星怜が『水』に適性があるという結果が出た。


 俺の特性は『特になし』だった。

 俺は身体の中に『天元てんげんの気』しかない。普通の『気』がまったくない。

 だから、適性が確認できないそうだ。

『気』は、好きな属性に変化させて使えばいい、というのが秋先生の結論だった。


「これから私は、天芳てんほうくんと凰花おうかくんに、内力の使い方を指導することになる」


 秋先生は言った。


「まずは、君たちには点穴てんけつの技を受けてもらうことにしよう」

「点穴の技を、ですか?」

「ど、どういうことでしょうか。秋先生」

「君たちは点穴の技がどういうものか知っているかい?」

「は、はい!」


 秋先生の問いに、小凰しょうおうが手を挙げた。


「点穴とは、相手の身体のツボに『気』を送り込むことで、相手の『気』の流れを邪魔するものだと聞いています。それによって、相手の動きを封じることができるのだと」

「よく勉強しているね。凰花くん」

「ありがとうございます!」

「凰花くんの言う通りだよ。私の流派『操律指そうりっし』は、相手の攻撃を受け流して、その隙に点穴てんけつを施すものだ」


 秋先生はうなずいて、


「その点穴を解く練習をすることで、内力のあつかいがうまくなるんだ。これは説明するより、やってみた方が早いね。では、凰花おうかくん」

「は、はい。先生!」

「試しに、私を攻撃してみなさい」


 そう言って秋先生は、小凰の前に立った。

 軽く腰を落としただけの、リラックスした構えだ。


 木剣を手にしている小凰に対して、秋先生は素手。

 軽く両手の指を伸ばして、小凰を待ち受けている。


「雷光どのから教わった剣術で、私に斬りかかってみなさい」

「い、いえ。指導してくれる方に剣術を使うのは……」

「これは指導者としての命令だ。来なさい」

「はい!」


 小凰は木剣を構えた。


「いきます。『五神剣術』!!」


 小凰が秋先生に斬りかかる。

 使う技は『朱雀大炎舞すざくだいえんぶ』──炎の中で舞い踊る鳥をかたどった、小凰の得意技だ。

 この技を受けたゼング=タイガは、槍を取り落としそうになっていた。


 それを秋先生は──


「『操律指そうりっし』──『流水りゅうすい』」


 ──小凰の剣をあっさりと受け流して──、


「『操律指そうりっし』──『落水らくすい』」


 そのまま、小凰の手首とひじに触れた。


「──え」


 小凰の手から、剣が落ちた。

 右腕が、だらんと垂れ下がり、動かなくなる。


「そ、そんな! 秋先生の指が触れただけで!?」

「凰花くんは、火属性の技を使った。それに対して、私はそれにつ、水の『気』を送り込んだ。だから君の身体の『気』の流れが邪魔されて、腕が動かなくなったのだよ」


 ……すごい。

 これが『操律指そうりっし』──点穴てんけつの技か。


 ゲーム『剣主大乱史伝』にも点穴の技はあった。

 成功すると相手を無力化して、無傷で捕虜にできた。

 ただ、成功率が低い上に、失敗するとカウンターで大ダメージを受ける『ハズレスキル』だったんだ。


 けれど、秋先生の点穴の技は、おそろしく強い。

 点穴で敵の動きを鈍くして、そのまま逃げることもできる

 生き延びるためには、ぜひ、身に着けたい技だ。


「あ、秋先生! 僕はこれを、どうやって解けば……?」

「考えてみなさい」

「え、えっと……」

「では天芳、師兄しけいのために考えてあげるといい」


 秋先生は俺の方を見て、にやりと笑う。


「どうすればいいと思う? 天芳」

「これは、内力の修行でもあるんですよね?」


 俺は少し、考えてから、


「だったらわかります。秋先生が水の『気』で、小凰の火の『気』を止めたのですから……水に勝つ、土の『気』を生み出せばいいわけです。つまり土属性の、麒麟きりんの技を出せばいいんですよ」

「う、うん。わかったよ。天芳!」


 腕をだらんと垂らしたまま、小凰は呼吸を整える。

 そのまま必死に、もぞもぞしている。

 うまく動かない身体で、麒麟きりんの技を出そうとしている。

 数分くらい、そうしていたかと思うと──


「……はっ!!」


 小凰が右腕を振り上げた。

 感覚が戻ったのを確認するように、手を握って、開く。


「ありがとう、天芳」


 そう言って小凰は、額の汗をぬぐった。


「びっくりしたよ。点穴がこんなにすごい技だなんて……」

奏真国そうまこくには点穴の技の使い手はいないんですか?」

「うん。内力で相手を圧倒するような技の使い手が多いかな。でも、これなら体格差も関係なく、大きな相手と戦えるね」

「そんな相手と小凰を戦わせたくないですけどね」

「ふふっ。天芳なら、そう言うと思ってたよ」


 小凰は照れくさそうに、


「でも、僕はあらゆる技を身につけて、強くなりたいんだ。奏真国と藍河国の友好のために。両国が認めてくれるような功績をあげて、僕の願いを叶えるために」

「立派ですね。師兄しけいは」

「ふふっ。久しぶりに師兄って呼んだね」

「すみません。つい」

「いいよ。僕は天芳に小凰って呼ばれるのも、師兄って呼ばれるのも好きだから」


 そう言って小凰は、点穴を受けた手をにぎにぎしながら、笑った。


 すると、秋先生が俺の方を見て、


「さて、次は天芳くんの番だよ。いいかな」

「はい! 秋先生!!」

「君も凰花くんと同じように、得意な技で攻めてきたまえ。いいね」

「はい。では……参ります!!」


 せっかくだから、色々試そう。

 まともにやったら小凰のように点穴を受けるだけだ。

 ここは意表をついて──


「『猫丸鞠如 (猫はマリの類似品)』!」


 俺は『獣身導引じゅうしんどういん』の『猫丸鞠如』で地面に転がる。

 そのまま回転しながら、秋先生の足元へ。

 地面を蹴って──『五神剣術ごしんけんじゅつ』の『潜竜王仰天せんりゅうおうぎょうてん』を発動する。


『猫丸鞠如』は柳阮りゅうげんから星怜を取り戻したときに使った技だ。

 導引の技だけど、相手の意表を突くのに役立った。

 それと『五神剣術』を組み合わせたらどうなるか、ずっと気になってたんだ。

 せっかくの機会だ。試させてもらおう。


導引法どういんほうを目くらましに使うか!! やはり君は面白い!!」


 足元から迫る木剣を秋先生は──あっさりと受け流す。

 そのまま俺の手首に、二本の指で触れる。


 直後、腕がしびれた。秋先生の点穴だ。

 俺はとっさに別の技を出す。五行の属性を変えて、秋先生が打ち込んできた『気』を打ち消す。

 腕の感覚を取り戻して、さらに木剣を──


「筋はいい。だが、まだ甘いね。天芳くん」



 ぽんぽん、ぽん。



 秋先生が、俺の両肩と両膝、背中を叩いた。

 身体の五か所に、秋先生の『気』が入ってきて──


 気づくと俺は、うつぶせに倒れ込んでいた。


「て、天芳!? 大丈夫!? しっかりして!!」


 ──動けなかった。

 腕と脚が完全にしびれてる。動かそうとしても、びくともしない。


「がんばって解除してみなさい。天芳くん」

「は、はい」

「繰り返し、点穴を解除することで、君たちは内力のあつかいがうまくなる。そうすれば技の威力も上がるし、『天元の気』も、自由自在にあつかえるようになるはずだよ」

「は、はい!」

「わかりました!」

「解除できないようなら言いなさい。だけどその前に、自分の内面を見つめること。自分のなかにどんな『気』があるのか、しっかり把握はあくするんだ。解除してあげるのはそれからだよ」


 秋先生は雷光師匠よりもきびしい。

 まるで、倒すべき敵がどこかにいて、必死に対抗策を教えようとしてるみたいだ。


 俺は呼吸を整える。

 身体の中に、つっかえ棒のように入っている、秋先生の『気』。

 それを打ち消すように、内力をめぐらせる。

 全身がしびれているから、『五神剣術ごしんけんじゅつ』の技は使えない。『天元の気』を使って、秋先生の『気』を打ち消すしかない。『天元の気』は全属性だから、『木』にも『水』にも変換できるはずだ。


 そういえば、前に試験を受けたとき、雷光師匠らいこうししょうが言ってたな。

『四神になってごらん』って。


 ──技の型をおぼえただけじゃ不十分。

 ──青竜せいりゅう朱雀すざく白虎びゃっこ玄武げんぶになりきりなさい。

 ──『獣身導引じゅうしんどういん』は、そのためにあるのだから。


 雷光師匠の教えの通りなら……四神ししんになりきることで、内力の『属性』を変えられるはず。

 技を出す必要はない。

 四神……麒麟きりんを含めた五神をイメージして、なりきればいい。


 そんなことを思いながら、俺はしばらく、じたばたしていた。

 十分くらい、そうしていて──


「…………点穴を……解除しました」


 ──俺は、やっと、立ち上がることができた。


 小凰よりも時間がかかった。

 やっぱり内力の使い方は、小凰の方がうまいみたいだ。


「…………………………そ、そうか」


 秋先生は俺の手首に触れた。

 それで『気』の状態を確認したのか、納得したように、


「ふたりとも、よくがんばったね。今日はここまでだ」

「「ありがとうございました!!」」


 俺と小凰はそろって、秋先生に頭を下げた。

 秋先生はなぜか、じーっと、俺の顔を見ていた。

 それから、こほん、とせきばらいして、


「では、家に入って『天地一身導引てんちいっしんどういん』と『獣身導引じゅうしんどういん』をするように」

「「はい。秋先生!!」」

冬里とうりがお茶の用意をしているから、それを飲んだ後だね。導引には冬里も混ぜてあげて欲しい。それが終わったら、ゆっくり休みなさい」


 そして秋先生は、今日の修行の終わりを告げたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る