第42話「天下の大悪人、説得する」

 秋先生と話をしたあと、俺は奏真国そうまこくの首都に戻った。

 炭芝たんしさんに話を通しておく必要があったからだ。


 俺は藍河国あいかこく使節しせつの一員として奏真国に来ている。

 勝手に帰国するわけにはいかないし、無断で秋先生と冬里さんを合流させるわけにもいかない。ちゃんと、責任者の許可を取っておく必要がある。

 そんなわけで、俺は首都に戻り、炭芝さんと話をしたのだった。





「あの玄秋翼げんしゅうよくどのが、天芳てんほうどのの指導者に!?」


 事情を伝えたあと、炭芝さんはおどろいたような声をあげた。

 俺は一礼して、


「さすがは炭芝さまです。秋先生のことをご存じでしたか」

「無論です。王弟殿下もあの方を、何度も招聘しょうへいされていましたからな」


 炭芝さんは興奮こうふんしたように、


「私が使者として話をしたこともあります。ですが『興味がない』ということで、いつも拒まれてていたのです」

「秋先生は雷光師匠の師匠……大師匠おおししょうの最後の弟子だったそうです」


 俺は答えた。


「そのえんで、ぼくの指導を引き受けてくださったのです」

「玄どのが仰雲ぎょううんどのの。そうだったのですか……」

「ぼくは秋先生と娘さんを、藍河国にお連れしたいと思っています」


 俺は拱手きょうしゅして、


「雷光師匠が戻られれば、師匠は秋先生と会うことができます。同門どうもんの者同士、話したいこともあるでしょう。それに秋先生が藍河国にいらっしゃるなら……ぼくの母をていただくこともできますから」


 母上は身体が弱い。

 季節の変わり目には、よく体調をくずしてる。

 最近は良くなってきているけど、念のため、秋先生にてもらいたい。


 父上は母上のことが大好きだ。

 母上が早死にしたら気落ちして……そのせいで、戦場で不覚を取ることもあるだろう。もしかしたら、それが父上が『剣主大乱史伝』に登場しない原因なのかもしれない。

 秋先生の力を借りれば、そんな展開は防げるはずだ。


 俺の家族は、なにがなんでも生き残ってもらう。

 父上も兄上も母上も、星怜も、白葉たちも、全員。

 そのためにできることは、なんでもするつもりだ。


「王弟殿下は母のために、身体によい薬草を送ってくださいました。ぼくの父──『飛熊将軍ひゆうしょうぐん』のことを考えてくださったのです。母の治療のために、秋先生が藍河国に滞在することも許可いただけるのではないでしょうか」

「……確かに。そうですな」


 炭芝たんしさんは小声でつぶやきはじめる。


遍歴医へんれきいならば奏真国そうまこく戸籍こせきはありません。藍河国が引き抜いたとしても問題にはならないでしょう。しかも玄秋翼げんしゅうよくどのがそれを望んでいるなら、王弟殿下には利益しかない。拒否する理由はない……か」


 炭芝たんしさんは燎原君りょうげんくんの側近だ。

 ゲームでも、どうすれば燎原君のメリットになるかを、常に考えていた。


 そんな人なら、俺の提案の意味もわかるはずだ。

 秋先生が藍河国に来てくれれば、燎原君は貴重な人材を得ることになるんだから。


「よろしいでしょう」


 しばらくして、炭芝さんは顔を上げた。


玄秋翼げんしゅうよくどのと彼女の娘さんを、藍河国あいかこくへ連れ帰りましょう」

「ありがとうございます!」

「王弟殿下は多くの客人を養っていらっしゃいます。玄秋翼どのなら、間違いなく受け入れてくださるでしょう。おふたりの住居も、用意してくださるでしょう」

「感謝いたします」


 俺は深々と頭を下げた。


「ただ、秋先生は『自分の食い扶持ぶちくらいはなんとかする』とおっしゃっていました」

「そのような気骨きこつのある人材であれば、ますます王弟殿下は客人にしたがるでしょうな」


 炭芝さんは笑いながら、


「玄秋翼どのには、国境近くの町で待っているようにお伝えください。我々が藍河国に帰るのにあわせて、合流することといたしましょう」

「承知しました」

「それにしても……高名な医師で武術家でもある・・・・・・・げんどのをせるとは、天芳どのもなかなかやりますな」

「……え?」

「おや、ご存じなかったのですか?」


 不思議そうな顔の炭芝さん。


「玄秋翼どのは遍歴医へんれきいになる前は、高名な武術家だったのですよ。そのころも王弟殿下は、玄秋翼どのを客人にしたがっておりました」

「そうだったんですか……」


 知らなかった。

 俺が知っているのは、遍歴医へんれきいの秋先生だけだ。

 あの人はゲーム内ではノンプレイキャラクターだった。そのせいで、パラメータや過去の経歴は不明だったんだ。

 そっか。秋先生は、もともと武術家だったのか……。


「よければ、武術の指導も受けてみてはいかがですかな?」

「機会があればそうします。秋先生は、どのような武術を?」

「『操律指そうりっし』だそうです」


 炭芝さんの答えは、短かった。


「いわゆる『点穴てんけつ』の技を得意とされていたと聞いております。指先から内力を送り込み、相手の動きを封じる武術ですな。その技で玄どのは、あまたの武術家を倒してきたそうですよ」





 そのあとで、俺は小凰しょうおうと話をした。


「そういうことなら、僕も天芳と一緒に学びたいな」


 俺の話を聞いた小凰は、迷わずにうなずいた。


「僕はこれからも、奏真国そうまこく藍河国あいかこくの友好のために働きたいからね。そのためには、もっと強くならないと」

「小凰はすごいですね」

「当たり前のことをしているだけだよ」


 小凰は照れた顔で、


「僕の夢は、ふたつの国の者たちが、普通に一緒に暮らせる世の中にすることだからね。たとえば、奏真国と藍河国に生まれた者たちが、家族のように生きることだよ。夏は涼しい藍河国で暮らして、冬は温かい奏真国で暮らす……そんな生き方が、あってもいいと思わないかい?」

「そうですね。いいと思います」


 本当にそう思う。

 自由に行き来ができるということは、ふたつの国が平和だということ。

 敵対せず、乱世にもならない、ってことだ。


「素晴らしい夢だと思います。ぼくも応援しますよ」

「うん。天芳なら、そう言ってくれると思った」


 小凰は未来のことも、しっかり考えてる。

 お母さんを奏真国に帰して終わりじゃない。

 その先を、小凰は見据みすえてるのか。


 すごいな。小凰は。俺も見習わないと。


「一緒に強くなりましょう。雷光師匠が戻ってきたときに、びっくりするくらいに」

「うん。約束だよ。天芳」

「はい。小凰」


 こうして俺は小凰と一緒に、内力ないりょくの指導を受けることになったのだった。



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