第39話「天下の大悪人、武術家の町に向かう」

天芳てんほうどのは内力の指導者について、心当たりはおありですか?」


 奏真国王との謁見えっけんを済ませた日の夜、俺は炭芝たんしさんと話をしていた。

 場所は、使節のために用意された宿舎だ。


 俺はこれから、内力ないりょくの指導者を探しに行くことになる。

 通行用の──いわゆる通行証は小凰しょうおうが届けてくれた。

 大きな町に入るときには、これが必要になる。

 たぶん、これから行く場所にも。


天芳てんほうどのが奏真国に来るのは初めてのはず。指導者を探すのも大変でしょう?」

「心当たりはあります」

「と、おっしゃいますと?」

「まずは『滴山てきざんの町』に行ってみようと思います」


滴山てきざんの町』は『剣主大乱史伝』に登場する町のひとつだ。

 武術家が集まる場所で、武術を学んだり、内力をきたえるための施設がある。

 プレイヤーはその町で、内力の属性を変化させたり、強化したりもできるんだ。


「おぉ。『滴山の町』ですか! それなら納得ですな!!」


 炭芝さんは感心したようにうなずいた。


「さすがは炭芝たんしさまです。滴山についてご存じでしたか」

「私は王弟殿下の部下として、情報収集にも関わっておりますからな」

「滴山は、武術家が集まる場所と聞いておりますが、間違いありませんか」

「おっしゃる通りです」

「ですよね。けわしい道のりかもしれませんが、行く価値はありますね」

「険しくはありませんが、時間は余分にかかるかもしれませぬ」

「そうなんですか? 確かに……慣れない場所ですからね」

「ですが、雷光らいこうどのの教えを受けた天芳どのなら、たやすく指導者を見つけられることでしょう」


 雷光師匠が『奏真国で内力の指導者を探せ』といったのも、首都の近くに『滴山の町』があるからだろう。

 奏真国王の許可ももらったし、安心して指導者を探せそうだ。


「首都を出て、街道を1日ほど進めば、『滴山の町』が見えてきます」


 炭芝さんは言った。


「天芳どのは内力の指導者を見つけたら、その場で弟子入りされるのですか?」

「いいえ」


 俺は首を横に振った。


「まずは指導者になっていただけるかを聞いて、それから一度、戻ってきます。ぼくは使節の一員ですからね。藍河国に戻って、王弟殿下に復命ふくめいしなければいけませんから」

「そうですな。留学するには、父君の許可もいるでしょうからな」

「指導者の方が、藍河国あいかこくに来てくださればいいのですが」

「難しいでしょうな」

「やっぱり、そうですよね」

「優秀な人材ほど、すでに誰かの部下であったりしますからな。人材登用とは難しいものです。王弟殿下も常に人材を探していらっしゃいますが、苦労されております」

「お察しします」


 炭芝さんの言葉に、俺はうなずいた。


 俺に人材を動かせるほどの力はない。

 10年後ならともかく、今の黄天芳は無名で無位無冠むいむかんだ。

 俺がスカウトしたくらいで、藍河国まで来てくれる人はいないだろう。


 だから、今回は顔合わせだけだ。

 まずは『滴山の町』に行って内力の指導者を見つけよう。それから藍河国に戻って、燎原君や父上に相談する。

 奏真国に留学するかどうかは、それから決めよう。


「明日、出発します。心配をかけてすみませんが、よろしくお願いします」

「旅の無事をお祈りしております」


 そうして翌日、俺は使節の人たちに見送られながら出発したのだった。






 ──天芳が出発した後で──




「天芳は、もう、行ってしまいましたか?」

「これはこれは姫殿下」

「姫殿下はやめてください。炭芝たんしさま。凰花おうか化央かおうと呼んでいただければ」

「では、凰花おうかどのに申し上げます。天芳どのは、内力の指導者を探しに出かけられましたよ」

「そうでしたか……見送りできなくて残念です」


 凰花は胸を押さえて、ため息をついた。

 それから彼女は、炭芝の方を見て。


「それはそうと炭芝たんしさま。奏真国そうまこくに技術者派遣のご提案をいただき、ありがとうございます。父もよろこんでおりました。藍河国あいかこくの王陛下と王弟殿下のご厚意に、改めて、王女として感謝申し上げます」

「これはこれはご丁寧ていねいに」


 凰花と炭芝は拱手きょうしゅを交わす。

 それから、炭芝は顔を上げて、


「ここだけの話ですが……実は、技術者を派遣することになったのは、天芳てんほうどのの言葉がきっかけなのです」

「そうだと思っていました」


 凰花は口を押さえて、笑った。


「『奏真国をおおとりに育てればいい』という言葉は、天芳が口にしていたことですから」

「王弟殿下のお屋敷でのことですな。あのときの王子殿下とのやりとりを、王弟殿下は聞いていらっしゃったのです」


 炭芝はうなずいた。


「その後で王弟殿下は、私に奏真国への技術派遣について検討するようにと申しつけられました。その結果、国同士の友好を深める意味でも、技術者を育てる意味でも価値があるとの結論を得ました。その後、凰花どのの母君が奏真国に帰られることになり、その機会に提案をと」

「そうだったんですね」

「本来ならば天芳どのの提案であることを明らかにするべきなのはわかっております。それを隠したのは、彼の身を守るためでもあるのですよ」

「と、おっしゃいますと?」

「天芳どのが奏真国への支援について語ったとき、狼炎殿下ろうえんでんかと、その取り巻きの者たちがおりました。狼炎殿下はともかく、取り巻きには様々な者たちがおります。天芳どのが語ったことが国の政策となったことを知れば、彼に嫉妬しっとし、余計な手出しをするものもいるでしょう」

「……確かに」

「王弟殿下は天芳どのの父君と相談の上、技術者派遣が天芳どのの発案であることを隠すことにしたのです。天芳どのはいまだ無位無冠むいむかん。権力から身を守るすべを持ちません。ならば──」

「今は、彼の身を守ることを優先すべきと?」

「実際に技術者が派遣され、ある程度の成果を出すころには、天芳どのも仕官されているでしょう。そのころになったら、技術者派遣は天芳どのの提案によるものだと公開するつもりでおります。ご安心ください」

「ありがとうございます。炭芝さま」


 凰花は改めて、炭芝に一礼した。


「僕の朋友ほうゆうのことを考えてくださったことに、感謝します」

「有為な人材が若いうちに潰されてしまっては一大事ですからな。王弟殿下も私も、彼のことを考えているのですよ」

「ぼくとしては天芳に、このことを教えてあげたいのですが……」

「お気持ちはわかりますが。ご遠慮えんりょ願います」

「……そうですね」


 凰花はうつむきながら、


「でも天芳は、みんなが彼のことを気に掛けていることを知るべきだと思いますよ。彼はいつも、僕をやきもきさせるんだから。今日だって、あいさつもなしに飛び出していっちゃうし。本当に、天芳は……まったく」

「後ほど、上司として注意しておきましょう」

「それにはおよびません。それで、天芳は内力の指導者を探しに行ったのですよね。あてはあると言っていましたか?」

「『滴山の町』に向かう、とおっしゃっていました」

「滴山……ああ。そうでしたか」


 凰花は安堵あんどの息をついた。


「それなら、すぐに帰ってこられますね」

「天芳どのは武術家が集まる場所をご存じだったようです。凰花どのが教えてさしあげたのですかな?」

「いえ。僕ではありません」

「ですが雷光どのは『内力の指導者を探すように』としか伝えておらぬのでしょう? 天芳どのは、どこで『滴山の町』のことを?」

「天芳なら、そういうこともあるでしょう」

「そうかもしれませぬな。それで凰花どの、『滴山の町』は──」

「滴山のふもとにあります。交通の要衝ようしょうで、奏真国内を移動する商人が集まる場所でもあります。商人の護衛をする者たちが集まったことで、自然と、武術家の町になったそうです」

「そのような場所なら、天芳どのの指導者も見つかるでしょうな」

「本当は、僕がついていきたかったんですけど……」

「凰花どのがそうおっしゃると思って、天芳どのは朝一番に出発されたのでしょう」

「そうかもしれませんね」

「凰花どのが気兼ねなくご家族と過ごされることこそ、天芳どのの望みでしょう」

「ありがとうございます。炭芝さま」


 そうして、凰花は宿舎をあとにした。


「滴山への道のりが、天芳にとっておだやかな旅でありますように」


 ──そんな言葉をつぶやきながら。








 ──天芳視点──



「なるほど。ゲーム開始の10年前だから、山頂への道は整備されてないのか」


『滴山の町』は、山の頂上付近・・・・・・にある。

 あの町の場所は、よく覚えている。

 ゲーム『剣主大ヒストリー=オブ乱史伝=ソードマスター』の重要ポイントだからだ。


 奏真国の首都を出発して、1日半。

 俺は滴山てきざんを登っていた。


 山道への入り口は、草で隠されていた。

 見つけることができたのは、近くにあった洞窟どうくつのおかげだ。ゲームではセーブポイントになっているあの場所が、『滴山の町』に通じる山道の目印だ。


 山のふもとに着いてすぐ、俺は洞窟を探した。

 探したら、すぐに見つかった。

 滴山を登る道も、そこから北に少し進んだところにあった。


 山の中腹から見下ろすと、城壁に囲まれた町が目に入る。

 あれはたぶん、『礫庭れきていの町』だろう。

『剣主大乱史伝』では、はじめて滴山を登るときに立ち寄る場所だ。

 それ以降は、あまり用はないんだけど。


「それにしても……道が悪いな」


 山道には、大きな岩がいくつも転がっている。

獣身導引じゅうしんどういん』の『猫液状化 (猫は液体である)』で、なんとか隙間を抜けることができたけど、意外と大変だった。

 この道は、武術家しか通れないようになっているんだろうか。


 そんなことを考えながら進んでいると、道が途切れた。

 その先には、流れの早い川がある。その下は滝だ。

 でも、このくらいの隙間なら飛び越えられる。


「『五神歩法ごしんほほう』──『潜竜王仰天せんりゅうおうぎょうてん (潜っていた竜王が天を仰ぐ)』!!」


 ふわりと身体が浮き上がって──よし、越えられた。


 この先は崖近くの細い道が続いている。

『五神歩法』の白虎のかたちを使おう。

 あれは爪で地面をつかみながら進むから、落ちることはないはず。


 そうやって山道を1時間ほど歩いていると……建物が見えてきた。

 あれが『滴山てきざんの町』だ。


 滴山の頂上付近には、広い平地がある。

 ゲーム『剣主大乱史伝』では、そこにたくさんの家が建っていた。


 町の入り口には門があり、その向こうは広場。そこで多くの武術家が修行をしていた。内力の修行場は町の奥だ。内力の専門家が寺院にいて、内力の調整をしてくれた。

 ゲームの攻略には必須の場所だったんだけど──


「道を間違えたのかな?」


 滴山の山頂付近には……小さな家が、一軒だけ建っていた。

 人の姿は、ふたりだけ。

 ひとりは長身の女性。ひとりは、俺と同年代の少女だ。


 ゲームで見たような門も、広場も、寺院もない。

 ただ、たくさんの木が生えているだけ。

 そこを切り開いた場所に、一軒だけ、家が建っている。


 もしかして、道を間違えたのか?

 この時代の『滴山の町』は、もっと山奥にある、とか?


 あるいは、まだ町が作られていない可能性もある。

 ただ、ここに来るための道は、それなりに整備されていた。ある程度の能力を持つ武術家しか通れないようにはなっていたけど。


 だから、俺はここまで来てみたんだ。

 とりあえず、住人に話を聞いてみよう。


「失礼いたします。ぼくは藍河国あいかこくから参りました。名を、黄天芳こうてんほうと申します」


 俺は家の前にいる人たちに向かって頭を下げた。


「滴山には武術家の方々が集まっていると聞きます。ぼくは、内力を指導してくれる方を求めてやってきました。心当たりがあったら、教えていただけないでしょうか」









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 次回、第40話は、月曜日くらいに更新する予定です。

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