第2章

第38話「天下の大悪人、親友の父と出会う」

 お待たせしました。

 第二章、開始します。



────────────────────




 奏真国そうまこくに到着した翌日、俺は使者の人とともに、王宮に来ていた。

 奏真国王と謁見えっけんするためだ。


「……まさか俺が、王様と会うことになるなんて」


 藍河国あいかこくの使節が奏真国に来たのは、小凰しょうおうと彼女のお母さんを送り届けるためだ。

 当たり前だけど、使節の責任者は俺じゃない。

 責任者──正式な使者は、燎原君りょうげんくんの側近の男性だ。


 男性の名前は炭芝たんし。年齢は20代後半。

 ゲーム『剣主大乱史伝』でも、燎原君りょうげんくんの知恵袋として活躍かつやくする人物だ。


 彼は正使として奏真国とのやりとりを担当している。

 俺の仕事は彼の手伝いと、小凰のサポートだ。

 それは奏真国に着いた時点で、半分、終わってる。

 あとは帰り道、藍河国まで小凰を送り届けるのが俺の役目だったんだけど──



「奏真国王は、姫殿下の弟弟子おとうとでしに会ってみたいとおっしゃっている」


 

 到着した日の夜、炭芝たんしさんはそんなことを言った。


 小凰と彼女のお母さんは、すでに王宮に入り、奏真国王と会っている。

 そのとき、俺のことを話したらしい。

 だから、炭芝さんが王陛下に謁見するとき、俺も同席するようにという指示が出たそうだ。


 ちょうどいい。

 俺も、奏真国王に会ってみたかった。


 ゲームに登場する奏真国王は、黄天芳の仇敵きゅうてきだった。

 怒りっぽい性格で、『目の前に黄天芳がいたら、その首をたたき切ってくれる!』なんてさけんでいたこともある。

 その奏真国王が、現在はどんな人物なのか、見ておきたいんだ。


 それに、奏真国王は小凰しょうおうのお父さんでもある。

 彼女の朋友ほうゆうとして、あいさつくらいはしておきたい。

 あとは……藍河国にいい印象を持ってもらえるようにしないと。


 そんなことを考えながら、俺は炭芝たんしさんと共に王宮へと向かったのだった。





「ようこそ我が国へいらっしゃいました。藍河国あいかこくの方々!」


 王宮の通路には人々が並び、頭を下げていた。

 人々は口々に、藍河国と奏真国の友情をたたえている。

 大歓迎だった。


 南方にある奏真国は、少し暑い。

 人々が着ている服のすそそでが短いのはそのせいだろう。


『剣主大乱史伝』のゲーム内でもそうだった。

 涼しげな服を着て、川の近くでゆっくりするイベントがあったっけ。

 ……この時代でも、同じようなことが起こるんだろうか。


 そんなことを考えながら、俺は王宮を進んで行く。

 柱の並んだ通路を抜けると、空の玉座が見えてくる。

 俺たちが玉座の前で膝をつくのに合わせて、侍従じじゅう銅鑼どらを鳴らす。


 そして──



「──第二王女、奏凰花そうおうかさま。ご入来にゅうらい



 声がした。

 銅鑼のと共に、小凰が謁見えっけんの間に入って来る。


「…………あ」


 思わず、ため息が出た。

 現れた小凰は髪を結い上げて、装飾のついたほうを着ていた。

 きれいに着飾った小凰は、どこからどう見ても、美しい姫君だ。


『剣主大乱史伝』に出てくる奏凰花とは、雰囲気が違う。

 あっちの奏凰花は、いつも強い視線で周囲をにらみつけていた。


 でも、玉座の横に立つ小凰は、やさしい表情だ。

 ほほえみながら、誰かを探すように、あたりを見回している。


「…………」


 小凰と、視線が合った。

 でも、すぐに小凰は視線をらしてしまう。

 それからまた、こちらを見て、小さく口を動かす。

『恥ずかしいからあんまり見ないで』……かな?



「国王陛下。ご入来!」



 やがて、奏真国王が現れる。

 黒いひげと、がっしりとした体格が特徴の男性だ。

 威厳のある表情で、部下や、俺や炭芝さんを見回している。


 ゲーム『剣主大乱史伝』では、奏真国と藍河国は敵対関係にあった。

 国交は断絶され、奏真国王は国境に兵を配置して、両国の往来を禁止していた。

 やがて英雄たちが現れ、奏真国王は彼らを支援するようになる。

 それが、最終的に『黄天芳破滅こうてんほうはめつエンド』へと繋がっていくんだ。


 そんな未来は、絶対に回避しなきゃいけない。

 奏真国王を敵にまわさないように気をつけないと。


「遠路はるばるいらしたことに感謝申し上げる。藍河国の方々」


 奏真国王は言った。


「また、数々のご厚意をいただいたことに感激している。人質として送り出した妻が帰還しただけではなく、貴国きこくからは灌漑かんがい鉱山開拓こうざんかいたくの技術者を派遣することを提案していただいたのだから」


「──なんと」

「──藍河国の方々が、我が国に技術支援を」

「──そのようなことが、かつてあったでしょうか……?」


 国王の言葉を聞いて、奏真国の文官・武官たちがざわめく。


 技術者派遣のことは、小凰から聞かされている。

 話によると、燎原君から藍河国の王様に『藍河国が支援して、奏真国をおおとりにするのはどうだろうか』という提案があったそうだ。


 前に、俺が太子狼炎に言った言葉に似てる。

 燎原君も、同じようなことを考えていたらしい。それをすぐに実行に移すのが、あのひとのすごいところだと思う。


「藍河国のご厚意に、あらためて感謝申し上げる」


 玉座に座ったまま、奏真国王は言った。


「貴国からのご提案は、よろこんでお受けする。これほどの支援に対し、どのように礼をすればいいか想像もつかぬほどだ」

「我が王は、奏真国との友好を大切にしたいとお考えです」


 顔を伏せたまま、正使の炭芝さんは答えた。


「また、凰花殿下おうかでんかは藍河国のために力を尽くしてくださいました。お礼をするのは、当然のことと存じます」

「うむ。それにもおどろいている」


 奏真国王が笑う気配がした。


「送り出したときの凰花おうかは武術ばかりを好む子どもであったが、貴国で大きく成長したようだ。貴国は、凰花の才能を引き出してくださったのだな」

「もったいないお言葉です」

「そして、娘に力を貸してくれた者が、この場にいると聞いた」


 奏真国王の視線が、俺に向けられるのを感じた。


「藍河国『飛熊将軍ひゆうしょうぐん』の子、黄天芳こうてんほうよ。顔をあげるがいい」

「はい。陛下へいか


 顔を上げると奏真国王が、俺を見下ろしていた。

 俺はまた一礼して、


「黄天芳と申します。陛下にはご機嫌うるわしく」

「うむ。娘とともに武術を学ぶ者に出会えたこと、うれしく思う」


 奏真国王は落ち着いた口調で、


「貴公は娘と協力して、藍河国の敵を退けたと聞いた。おかげでわが妻は帰国が叶い、藍河国より多大な支援をいただくこととなった」

「もったいないお言葉です」

「その働きに対して、特別に褒美ほうびを与えたいと思うが」

「ぼくは、炭芝たんしさまの部下です。正式な使者にお仕えする、従者としてここに来ております」


 俺は言葉を選びながら、答える。


職分しょくぶんを越えたものをいただくわけにはまいりません。ご容赦ようしゃを」

「……職分か。なるほどな」


 奏真国王は考え込むように、あごをなでた。


「貴公は謙虚けんきょな人物のようだ」

「おそれいります」

「ならばたずねよう。藍河国の使者、炭芝どのよ」

「ははっ」


 名を呼ばれて、炭芝さんが答える。


「王として、娘の友人に贈り物を与えても構わぬだろうか」

「陛下のご厚意をいただくというのに、どうして我らが邪魔立ていたしましょうか」

「黄天芳よ。使者の方はこのように申しておるぞ」

「身に余る光栄です」


 俺はふたたび頭を下げて、


「それでは……貴国を自由に移動する権利をいただけますでしょうか」

「移動の権利だと?」

「奏真国には、すぐれた武術家がいらっしゃると聞きます。ぼくは師匠の命により、内力を指導してくださる方を見つけたいのです。そのために、貴国内で旅ができれば、と」


 雷光師匠の手紙に書いてあった。


 ──黄天芳の体内には『天元てんげんの気』というものがある。

 ──それは強力なもので、使いこなすには指導者が必要になる。

 ──奏真国にはいい武術家がそろっているから、そこで指導者を探すといい。


 ……と。


 俺はその『天元の気』を操れるようにならなければいけない。

『天元の気』は小凰しょうおう星怜せいれいの中にも生まれている。

 ふたりのためにも、内力の指導者が必要なんだ。


 すでに北方では壬境族じんきょうぞくが動き出している。

 十数日前には、最強キャラのゼング=タイガが南下して、父上のいる北の地を攻撃した。なんとか撃退できたけど、それは小凰が力を貸してくれたからだ。

 俺ひとりだったらたぶん、瞬殺しゅんさつされてた。


 それに、壬境族の強キャラはゼング=タイガだけじゃない。

 黄家うちの危機は、まだ終わっていないんだ。


四神歩法ししんほほう』を身につければ危機から逃げられると思ってたんだけど……危機の方が、問答無用で近寄ってきたからなぁ。

 せめて、それを打ち払える力を身に着けないと。


 だから──


「ぼくはこの機会に、貴国のすぐれた武術を学びたいのです」

「藍河国の将軍の子が、奏真国の武術を、か」

「どうか。許可をいただけないでしょうか」


 俺は再び、頭を下げた。


 もちろん、俺が勝手に指導者を探すこともできる。

 ただ……『天元の気』をあつかえる人が、奏真国の家臣や、その関係者だったりする可能性もある。俺が接触して『指導者になってください』とお願いすることで、人材の引き抜きをかけていると疑われるかもしれない。

 下手をすると、藍河国と奏真国の間の問題になってしまう。

 そんなことにならないように、許可を取っておきたいんだ。


「我が娘は、面白い友を見つけたようだ」


 しばらくすると──奏真国王の笑い声が聞こえた。

 怒ったような感じは、なかった。


「いいだろう。詳細しょうさいは聞かぬ。我が国で、貴公の指導者を探すといい」

「ありがとうございます!」

「後ほど通行用のを渡す。自由に使われよ」

「──父上」


 小凰の声がした。


ぼく……いえ、私は天芳の旅に同行したく思います」

「いや、凰花よ。お主は王宮にいるのだ」

「ですが……」

「父は、お前の武勇伝ぶゆうでんを聞きたいのだよ」


 奏真国王はおだやかな表情で、そう言った。


「余はお前をみくびっておった。藍河国との友好を深めるために送り出したのだが、これほど深いえにしを結んでくるとはな。お前は、自慢の娘だよ」

「父上!?」

「お前にはまた、藍河国へと戻ってもらわねばならぬ。それまでの間、話をしたいのだ。お前の母も交えてな」

「は、はい。父上!」


 小凰は奏真国王に向かって、一礼した。


 よかった。

 奏真国王は、小凰や彼女のお母さんを、大切にしているみたいだ。


「では父上。別の提案をお許しいただけますか」

「言ってみるがいい」

「天芳の内力の指導者を、こちらで探してあげるのはどうでしょう」

「こちらで、か」


 奏真国王はうなずきかけて……すぐにかぶりを振った。


弟弟子おとうとでしを大切に思うのはわかる。だが、我らが指導者を探すのは、やめたほうがよいだろう」

「どうしてですか?」

「お前の友人を指導できるほどの武術家なら、余が側に置きたくなってしまうからだ。また、こちらが指導者を押しつけることで、彼の武術に探りを入れるとも受け取られるかもしれぬ」

「……父上」

「礼を尽くしてくれた藍河国の方に対して、それは無礼であろう」


 奏真国王は俺と炭芝さんを見て、言った。

 俺たちは同時に頭を下げる。

 それから、正使の炭芝たんしさんは、


「王陛下のお心遣いに感謝いたします」

「これからも貴国とは、よい関係を保ちたいものだ」

「ありがとうございます。陛下」


 炭芝さんが頭を下げるのと同時に、俺も同じようにする。


 本当に、このまま藍河国と奏真国にはいい関係でいてほしい。

 今みたいな外交関係が、ずっと続けばいい。


 小凰は藍河国の師匠に武術を学び、俺は奏真国の師匠に内力を学ぶ。

 そんな関係でいて欲しいと思う。

 できれば、10年後も。


 俺はずっと、そんなことを考えていたのだった。




────────────────────


 次回、第39話は、日曜日くらいに更新する予定です。

(しばらくの間は週に2、3回の更新になると思います)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る