第37話「天下の大悪人、夢を見る」
旅に必要なものは、
そのため、燎原君の腹心が、正使として任命された。
俺はその従者という立場になったんだ。
小凰も、小凰のお母さんも、ついでに俺も、燎原君に
国に帰れることを知った
雷光師匠の宿舎は、無人になっていた。
でも、荷物や書物はそのままだ。だから師匠は、ちゃんと北臨に帰って来るつもりなんだろう。
師匠を信じて、待つことにしよう。
前に言っていた『動物に近い姿での獣身導引』についてたずねると「それは兄さんが戻ってくるのを待って、万全の準備をしてから」という答えが返ってきた。
だから俺たちはこれまで通りに『獣身導引』を続けていたのだけど……導引の最中、気づくと、星怜の距離が近くなっていた。肩がくっついて、息が触れ合うくらいの距離に。
星怜に言わせると「その方が内力が高まる気がする」らしい。
俺の方は、あまり実感がないんだけど。
導引が終わった後の星怜は、言葉少なに、部屋に戻っていった。
胸を押さえて、真っ赤な顔で。
それでも翌朝は部屋に来て、また一緒に導引をしていた。
……この年頃の女の子のことは、よくわからないな。
とにかく、北の砦の問題は落ち着いた。
父上や兄上からは定期的に手紙が届いている。それを家族みんなで読むのが、俺や星怜、
そうして、落ち着いた日々は続き──
奏真国への旅の準備も進んでいた、ある日──
──夢を見た。
「──やめろ星怜! その扉を開いてはいけない!!」
北臨の町が燃えていた。
城を取り囲むのは、英雄たちのときの声だ。
『悪王
『
『天下万民のために、藍河国に終焉を!!』
人々は、口々に叫んでいた。
彼らはなにも知らないのだ。
自分たちを動かしているのが、何者なのか。
どうして
「
藍河国王狼炎が、深紅の
なぜ今なのだ。機会はいくらでもあったはず。
壬境族を恐れるあまり、北の地からの報告を握りつぶしてきた王が、なぜ、今になって。
「我が妻がおびえている」
狼炎王がこちらを見た。
いつから王は、これほど冷たい目をするようになったのだろうか。
若いころは違った。
「妻の心を乱す
「もはや手遅れです。今は落ち延び、再起をはかるべきかと!」
「ならば問う! 落ち延びたとして、どれほどの兵が付き従うというのだ!?」
「──それは」
おそらく、王についていく兵数は、二十に満たないだろう。
落ち延びる途中で、王の
藍河国王の首を敵軍に差し出せば
(──どこで道を間違えたのだろう)
民を
それは地方の反乱と、壬境族の侵攻を招いた。
だから、武力で押さえ込むしかなかった。
けれど乱の
奏真国の協力を得ようとしたが、遅すぎた。
藍河国王の度重なる無礼な行動に、奏真国王は怒りを隠さなかった。
協力要請は拒否された。
いや……もっとも大きな問題は、王妃の
彼女が
「いずれこの大陸は、
国王狼炎は、吐き捨てた。
「そんな世で、生きながらえたとしてなんになる?」
「
「お前はよくやってくれた」
穏やかな声だった。
これから
「天下の大悪人よ。お前にも運命は変えられなかったのだ。もはや希望はあるまい」
「……力が、足りませんでした」
「お前には逃げてほしいが……無理か。すでに運命が迫っているようだ」
敵が、王城に入り込んだのだろう。
やがて、扉が蹴り開けられる。神聖であるはずの玉座の間に入ってきたのは、血刀を提げた者たち。英雄と呼ばれ、人を集め、藍河国を
「見つけたぞ! 悪王! そして天下の大悪人!!」
灰色の髪の男性が叫ぶ。
玉座の間の外から、歓声が聞こえてくる。
英雄を名乗る者たちが、近づいてきたのだ。
先頭にいるのは、剣を手にした灰色の髪の青年。
側にひかえているのは、青年の側近の、細身の男性。
英雄軍団を名乗る連中の、
「お逃げください! 王よ!!」
誰かが生き延びなければならない。
この国を、陰で
彼に武術は使えない。内力もない。
それでも彼には、この事態を避けられなかった者としての責任がある。
今は、この身を盾に、時間を稼ぐしかない。
彼は短刀を手に、英雄たちに向かって走り出す。
「まだ命を惜しむのか! 貴様のせいで、どれだけの民が苦しんだと思っている!!」
知っている。他に方法がなかったのだ。
──を押しとどめ、崩壊を止めるためには──
「貴様など! 刃にかける価値もない!!」
衝撃が来た。
短刀が手から落ちる。身体が崩れ落ちる。意識が遠のく。
そして──最後に聞こえたのは──
「
──天下の大悪人を捕らえたことを喜ぶ、英雄たちの声だった。
「……夢?」
目を開けると、そこは自分の部屋だった。
思わず身体に触れて、自分が生きていることを確認する。
「……今のは夢……だよな」
リアルだった。
まるで、過去に起こったことのようだ。
夢の中の俺がいたのは、王宮だった。
燃えさかる炎と、遠ざかっていく星怜の背中が見えた。
そして玉座の間に踏み込んでくる英雄たちと──藍河国王と──天下の大悪人、黄天芳と──
「────がはっ!?」
思わず吐き気がこみあげてきて、口を押さえる。
あのシーンは覚えている。
『剣主大乱史伝』のラストで、英雄たちが北臨の王宮に踏み込むシーンだ。
ゲーム中に、何度も見た。
だから、夢に見てしまったんだろうか?
本当に?
「でも……夢にでてきた黄天芳は……」
悪人には、見えなかった。
すべての手を尽くしても国の崩壊を防げなかったことを、悔やんでいた。
涙は流していなかったけれど、まるで、泣き叫んでいるように見えたんだ。
……わからない。
『剣主大乱史伝』の黄天芳は、本当に悪人だったのか?
藍河国王が言っていた『
確か、中国の伝説にある悪神のことだけど、ゲームにはそんなものは登場しない。
あるいは、本当に『
「……ただの夢なら、いいんだけど」
また、目を閉じる。けれど眠りは訪れることはなくて──
俺は結局、
そうしているうちに時は過ぎて、1ヶ月後。
俺と
奏真国の首都までは十数日の道のりになる。
宿を取りながらの、のんびりとした旅だった。
移動中、俺と
小凰のお母さんが、娘との時間を望んだからだ。
小凰のお母さんは、明るい表情をしていた。
故郷に帰れるのが、うれしくて仕方ないみたいだ。
彼女は、見るものすべてに目を輝かせて、小凰に話しかけていた。
小凰も楽しそうだった。
でも小鳳は、日が暮れると俺の部屋にやってきて、お母さんのことを相談してた。
国に帰ったあとのお母さんのあつかいが、心配になったらしい。
小凰が国を離れて1年以上が過ぎている。
しかも奏真王には、小凰のお母さんのほかにも
だから、お母さんが
「大丈夫なのはわかってるんだよ。
書状は『奏凰花が藍河国の滞在中に、大功を立てたことに感謝する』ものだ。
そこに書かれている通り、小凰は大きな功績を立てている。
なんといっても、
藍河国は大国だ。
その国王と王弟から感謝状をもらったことには、大きな意味がある。
いざというときに、奏真国が藍河国から支援をもらう助けにもなる。
その原因を作った小凰を粗略にあつかうことはできないはずだ。もちろん、その母親も。
「それはわかってる。でもね、不安になるんだよ。ごめんね。
「いいですよ。俺は、話を聞くくらいしかできないですけど」
「それが重要なんじゃないか」
そんな話をしたあと、小凰は俺と一緒に
旅はおだやかに続いていく。
馬車からは街道や、まわりの風景が見える。
平和だった。
10年後、この街道が戦いの場所になるなんて、信じられないくらいだ。
このまま世の中が平穏であればいいと思う。
星怜だって、小凰だって、戦いに巻き込まれて欲しくないんだ。
もちろん『
俺の目的は、地方でのんびりと文官としての人生を送ることなんだから。
『剣主大乱史伝』をやってたせいで、歴史物は大好きだからね。
落ち着いたら、歴史書なんかも書いてみたい。
そんな人生が送れたらいいと思うんだ。
そんなことを考えているうちに、旅は続き──
俺と小凰は、無事に奏真国の首都へと到着したのだった。
────────────────────
ここまでが第1章になります。
第2章はただいま書いております。もう少しまとまったら第2章を開始しますので、少しだけお待ちください。
それでは、今後とも『天下の大悪人』を、よろしくお願いします!
もしも、このお話を気に入ってくださったら、応援やフォローをいただけるとうれしいです。更新のはげみになります!
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