第36話「天下の大悪人、師匠の手紙を読む」

 師匠からの書状には、次のようなことが書かれていた。



『私の弟子、黄天芳こうてんほうへ。


 この書状を読んでいるということは、君たちは使命を果たしたのだろう。

 よくやってくれたね。私は君たちをほこりに思うよ。


 そんな君たちから離れなければいけないのは、とても残念だ』



 ……え?

 離れなければいけない……って。どうして……?



『実は最近、武術者たちの間で、よからぬうわさが広まっている。


 それは、「藍河国あいかこくが滅び、乱世が訪れる」というものだ。


 あらゆる占いにそのような兆候ちょうこうが現れている。そういううわさだ。

 うわさを広めているのは、とある地下組織らしい』



 ……藍河国は滅び、乱世が訪れる。それが占いに現れている?


 もしかして……ゲームがそうなっているからか?

『剣主大乱史伝』では10年後に大乱が起きる。

 そうなるように、世界が設定されている。


 そして、占いは世界の流れを読み取るものだ。

 だから『藍河国は滅び、乱世が訪れる』という結果が現れてるってことだろうか。


 でも、それを信じる者がいるとしたら……。

 そのうわさによって、本当になってしまう可能性もあるのか……?



『けれど、私は占いは信じない。運命なんてものは存在しないと思っている。

 それは、君と凰花おうかが証明してくれた。


 これまで「獣身導引じゅうしんどういん」「五神剣術ごしんけんじゅつ・歩法」を学ぶ者は、常に強さを競い、相争あらそってきた。

 私の師匠の代もそうだった。


 でも、君と凰花は仲良しだ。君と一緒に導引どういんをしている妹くんもそうだろう?

「獣身導引」と「五神剣術」の弟子は相争うという宿命を、君たちが変えたんだ。


 だから、藍河国の運命も変えられるのだと思う。

 そのために私は、旅に出ることにした。

 変なうわさを流している組織の、首根っこをつかむためにね』



 ……師匠。



『天芳。君はこれまで通りに修行を続けなさい。


 そして凰花おうかと一緒に、奏真国そうまこくに行くんだ。

 あの国は新興国しんこうこくだけど、いい武術家がそろっている。

 君の内力の、よりよい使い方を教えてくれる人もいるはずだ。

 そんな相手を見つけて、君の内力をみてもらうといい。


 いや、実はね、君と凰花、君と妹さんに「獣身導引」をやらせたのは「天元てんげんの気」というものを作るためだったんだ。「獣身導引」の奥義というものだね。


「獣身導引」で男女の「気」を混ぜると、陰陽いんようの気が昇華しょうかして最強の内力ができる。

 それを知らずに、君と妹さんは、一緒に「獣身導引」をやってしまった。

 その結果、君たちの中には「天元の気」が生まれたんだよ。


 しかも、君は元々、内力がほとんどなかったらしいね。

 その状態で妹さんと「獣身導引」をしたもんだから、君の中には純粋な「天元の気」だけが生まれたんだ。

 普通の人間がふたりで「獣身導引」をすると、身体の「気」の一部が「天元の気」に変化するんだけどね、君だけは違う。強力な内力だけが、身体中をめぐっているんだ。


 そんな人間は、これまでにいなかった。

 すごいよ。世界初だよ。

 それを強化するために、凰花とも「獣身導引」をさせたんだけどね』



 ……はい?

 あの……師匠。もしかして俺と凰花で、人体実験をしたんですか?



『ごめん。武術家として、がまんできなかった。

 人体実験をしたのかって言われても仕方ないよね』



 正直者だった。



『けれど、ここから先は、私とは違う指導者が必要だ。

 武術の技や型じゃなくて、内力の問題になるからね。

 だから奏真国に行って、内力の師匠を探しなさい。


 そして、君に与えた剣は「白麟剣はくりんけん」という。

 私の師匠が「天元の気」に耐えられるように作ったものだ。

 たぶん、君にしか抜けないんじゃないかな。


 そういうわけだから、よろしく。

 最後に、師匠としてひとつ、言葉を贈るよ。


「この世に、あらかじめ決まっていることなんかない」だ。


 私は、そう信じているよ。

 また会おう。


 雷光。またの名を、しん



「…………はぁ」


 この書状は……小凰には見せられないな。

 小凰は師匠を尊敬してる。

『天元の気』を作り出す実験に付き合わされたって知ったら、ショックを受けるかもしれない。

 いや、もちろん師匠は、俺たちを強くするためにしてくれたんだけど。


 でも、地下組織の話はした方がいいな。

 その組織は、たぶん、壬境族じんきょうぞくの侵攻にも関わっている。

 奏真国にも手を伸ばしているかもしれない。

 王女の小凰は、知っておいた方がいい。


「この剣は……俺にしか抜けないっていうけど」


 箱に入った剣に触れてみる。

 いつも使っているものと変わらない。ただ、軽い。

 表面には、師匠が教えてくれた通りのめいが刻まれている。

白麟剣はくりんけん』──って。


 ……ん? 『白麟剣』?

 これって、売却専門のアイテムじゃなかったっけ?

 確かどのキャラも装備できないから、売るしかないやつだ。

 高値で売れるから、それで別の装備を整えるのが普通なんだけど。


 鞘に手を掛けると……普通に抜けた。

 本当に俺にしか抜けないのかな。後で小凰にも試してもらおう。


「……とにかく、兄上の死亡フラグはたたき折った……と思う」


 ゲーム『剣主大乱史伝』の中に黄海亮兄上がいなかったのは……たぶん、ゼング=タイガに殺されたからだ。


 あのとき割って入らなければ、奴の槍は兄上を貫いていた。

 兄上が死ねば、まわりの兵士たちは動揺する。


 その結果……太子狼炎は壬境族に捕まったのかもしれない。

 そうして、身代金や領土と引き換えに解放されることになった……それが、本来の歴史だったんだろうか。


 太子狼炎がとらわれの身になったのなら、父上は、その責任を取らされることになっていただろう。

 更迭されるか……処刑ということはないだろうけど、たぶん、長生きはできなかっただろう。


 さらに、壬境族の人質になったことが太子狼炎にトラウマを植え付けて……それが、彼が星怜せいれいおぼれる原因になったのかもしれない。

 

「……太子狼炎は……少しは変わってくれればいいんだけど」


 可能性はあると思う。兄上が生き残って、太子狼炎についていてくれるんだから。

 海亮兄上なら、太子狼炎を変えてくれるかもしれない。

 俺は陰ながら、兄上のサポートをすることにしよう。


 そんなことを考えていると──



「…………兄さん。少し、よろしいですか?」



 廊下から星怜せいれいの声がした。


「いいよ。入って」

「失礼します。兄さん」


 入って来た星怜は、いつもと違う服を着ていた。

 装飾の入った外出着だ。雰囲気が、チャイナドレスに似てる。


「……よそいきの、練習、です」


 恥ずかしそうな顔で、星怜は言った。


「わたしも……黄家こうけのために、社交をしたいですから。その練習です。見てください」

「うん。可愛いよ」

「……えへへ」


 星怜は俺の隣に座った。

 嬉しそうに、俺の身体に体重を預ける。


「あの……兄さん」

「なにかな?」

北臨ほくりんの町に戻ったあとで、兄さんは、奏真国そうまこくに行ってしまうんですよね?」

「すぐじゃないよ。燎原君りょうげんくんが戻ってくるのを待って、それからかな」

「……しばらく会えないのですよね」

「……そうだね」


 奏真国までは片道で半月以上かかる。

 向こうに小凰のお母さんを送り届けて、あいさつをして戻ってくるとなると……帰るのは1ヶ月以上先になるだろう。


「……さみしい、です」

「星怜も一度、北臨に戻るんだよね」

「はい」

「だったら、出発までたくさん話をしよう」

「……はい。兄さん」


 よかった。笑ってくれた。

 星怜は今回の事件でがんばってくれたからな。

 父さまに素早く情報を伝えられたのは、星怜のはとのおかげだ。


「……それで、兄さんに提案があるのです」

「提案?」

「『獣身導引』のことなんですけど。あれは……動物になりきることで、気を高めるものなんですよね?」

「そうだね」

「だとすると、より動物に近い姿になると、効果が高まるのではないでしょうか?」

「動物に近い姿」

「…………ですから、兄さん。出発前に。あのその……」



「天芳。ちょっといいだろうか?」



 ふたたび、扉の向こうで声がした。


「あ、はい。師兄・・

「む? 誰かいるのかい? 入るよ」


 さすがは小凰だ。

 俺が『師兄しけい』と呼んだことで、部屋に他の者がいるって気づいたんだろう。

 少し間があって扉が開き、小凰が姿を見せる。

 

「あれ? 天芳。その子は……確か妹さんの……」

「前に会ってますよね。星怜です」

「そうだったね。改めて自己紹介しよう」


 小凰は納得したようにうなずいて、


「僕は翠化央すいかおう。天芳と同じく、雷光師匠の弟子だ。天芳の兄弟子だね」

姉弟子あねでしではなくて、ですか?」


 星怜は言った。

 あっさりと、迷いなく。


「…………なにを言ってるのかな。星怜」

「…………見ればわかるだろう? 僕は男の子だよ?」

「いいえ」


 でも、星怜は首を横に振って、


「なんとなくですけど、わかります。化央さんからは、わたしと同じようなものを感じます。それに……この子たちも『化央さまは女の子だ』って」

「にゃーん」「くるくる」


 いつの間にかやってきた黒猫と白鳩が、星怜のまわりで声をあげる。

 ……同じようなもの、か。

 星怜と小凰は俺と『獣身導引』をやってるからな。

 それで通じ合うものがあったのかもしれない。


「……うん。そうだね」


 不意に、小凰がうなずいた。


「僕は女の子だ。でも、内緒ないしょにしてくれるとうれしいな」

「師兄?」

「いいんだよ。天芳。この子には、僕の正体を知っておいて欲しいんだ」


 小凰は覚悟を決めたような顔で、


「改めて自己紹介するね。僕の名前は奏凰花そうおうか。天芳の姉弟子で、共に武術を学ぶものだ。しばらく天芳を借りるけど、でも、大丈夫。ちゃんと君の元に返すからね。嘘はつかないよ。天芳の家族なら、僕にとっても家族のようなものなんだから」

「ありがとうございます。奏凰花さま」


 星怜はうやうやしい動作で、拱手きょうしゅして、


「信じてくださってありがとうございます。秘密は、固く守ります」

「うん。信じるよ。君は天芳の家族で、妹なんだからね」

「いえ、わたしは黄家の養女です。姓は……柳家りゅうけのままですから」

「ふむ……そうなのかい?」

「そう決めています」

「なるほど。同姓の兄妹じゃないってことだね」

「はい。わたしからも、改めて自己紹介いたします」


 星怜は力強い視線で、小凰を見つめながら、


「わたしは柳星怜りゅうせいれい柳家りゅうけの娘で、天芳兄さんとは別姓の、一番身近な家族です。兄さんの姉弟子で、ともに武術を学ぶ方にお会いできて光栄です。どうか、お友だちとして、兄さんと仲良くしてください。いつまでも家族であるわたしからのお願いです」


 うん。仲良くしてくれるみたいだ。よかった。

 ……ふたりがいつまでも見つめ合ってるのは、気になるけど。


 ふたりが自己紹介をしたあと、俺たちはお茶をもらってきて、くつろいで──

 翌日から、朝晩は星怜と『獣身導引』をして、昼は小凰と『五神剣術』の修行をして──


 そうして、準備が整うのを待って、俺たちは北臨の町へ帰ったのだった。



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 次回、第37話は、明日の夕方くらいに更新する予定です。

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