第35話「黄天芳と奏凰花、報酬を受け取る」

 ──天芳てんほう視点──



 戦いのあと、俺と小凰しょうおうは北の砦に入った。

 兄上と太子狼炎ろうえんも一緒だ。


 太子狼炎は意気消沈いきしょうちんしてた。

狼騎隊ろうきたい』の半数を失ったのだから当然だろう。


 兄上の兵も被害を受けた。でも、死者は出なかった。

 ゼング=タイガが危険な相手だということに気づいて、防御にてっしたからだ。


 兄上の兵たちと『狼騎隊ろうきたい』は、傷ついたゼング=タイガを追いかけたけど、捕らえることはできなかった。奴は左腕だけで、兵士たちを撃退げきたいしたらしい。予想以上にぶっこわれたキャラだった。

 結果として、『狼騎隊』の者たちが重傷を負った。

 兄上の兵士たちは、彼らを回収してくることしかできなかったんだ。


 その後、とりでに入った俺と小凰は、父上の帰りを待つことにした。

 兄上は、すぐに仕事に戻った。

 軍を率いて出た父上の代わりに、砦の兵の指揮を取り始めた。


 兵士たちは熱い目で、兄上を見ていた。

 太子狼炎を守って戦ったことが、兄上の名を上げたらしい。


 太子狼炎は、部屋に閉じこもったままだった。

 兵士たちが食事を運んでも、扉を開けることもしない。

 ただ、いつの間にか皿が空になっているので、食事はしているらしい。


 砦に着くまでの間、ずっと、太子狼炎は言っていた。



『……私は……不吉の太子などではない』



 ──と。


 ……『不吉の太子』か。はじめて聞く言葉だ。

『剣主大乱史伝』にも、そんな言葉はなかったはずだ。


 確認したかったけれど、太子狼炎は話ができる状態じゃなかった。

 代わりに兄上に聞いてみると──



『太子殿下がお生まれになったとき、空に凶星まがつぼしが流れたという話があるのだよ』



 ためらいながらも、兄上は話しはじめた。


『それを見た学者たちが言ったそうだ。「狼炎殿下は不吉な星をもって生まれてきたのかもしれない」「殿下の時代に、藍河国あいかこくれるかもしれない」と。殿下はそのことを気にされているのだよ』


 ──だから殿下は、そのうわさを払拭ふっしょくするために必死なのだ。

 ──自分が王として、国を守る能力があると、常に証明しようとされている。

 ──『狼騎隊』を率いて北の砦に来られたのも、そのためだろう。


 ──だから、私はあの方のお側にいる。

 ──不器用ではあるが、あの方は常に、国のことを考えていらっしゃる。

 ──そのことだけは、天芳にもわかってほしい。


 そんなふうに、兄上は説明してくれた。


 ……なるほど。

 それが『不吉の太子』の意味か。


 ゲームでは狼炎が国王になった時代に、藍河国は滅んでいる。

 だからこの世界でも、不吉な兆候ちょうこうが現れたのかもしれない。

 それが太子狼炎のプレッシャーになっているとしたら……気の毒な気がする。


 でも、太子は無茶しすぎだ。

 ゼング=タイガとの戦いで、太子狼炎が前に出る必要なんかなかった。

 そのせいで兵力が分散した。兄上たちは、太子と民の両方を守らなきゃいけなくなった。


 守りに徹すれば、ゼング=タイガはともかく、奴の配下を撃退することはできたと思う。

 まわりに味方が誰ひとりいなくなれば、ゼング=タイガも撤退するしかない。

 そういう戦い方だってできたはずだ。


 そうならなかったのは、太子が前に出たからだ。

 結果として『狼騎隊ろうきたい』に犠牲者が出てしまったんだから。


 ……いつか、太子狼炎と話ができればいいな。

 転生とか、そういうことは隠して、藍河国の未来について。

 本当に、そういう機会があればいいんだけど。


「父上が戻り次第、殿下は北臨ほくりんにお戻ししよう」


 太子のことを話したあと、兄上は言った。

 それで太子は、しばらくそっとしておくことになったのだった。


 砦に着いてからは、俺と小凰も、ほとんど部屋の中にいた。

 外に出ると大騒ぎになるからだ。


 俺たちがゼング=タイガを撃退したことは、砦の兵士たちに知れ渡っている。

 ゼング=タイガは少数で藍河国に侵入し、何度も人々を襲った強敵だ。

 そんな奴を撃退して、さらには敵兵と燕鬼えんきを捕らえたことが、評判になってしまったんだ。


 でも俺は、あまり目立ちたくない。

 下手に目立って出世したら『黄天芳こうてんほう破滅ルート』に入ってしまうかもしれない。


 ゼング=タイガと戦ったのは、兄上を助けるための緊急避難だ。

 それが終わった今は、目立たず静かに暮らしたい。

 俺の目的は地方で乱世が終わるまでのんびり暮らすことなんだから。


「僕も……あまり目立つのは困るからね」


 俺の部屋で、小凰はそんなことを言った。


「最近、女の子っぽくなってきたからね。大勢の前に出ると、性別がばれるかもしれない。だから、天芳の側にいるよ」

「それがいいかもしれませんね」


 とにかく、俺たちはしっかりと『お役目』を果たした。

 燎原君に頼まれた書状は受け取り、その写しを、星怜せいれいの鳩で父上に届けた。

 父上が砦に戻ったあとは、書状の原本を渡すことになるだろう。


 さらに、小凰は藍河国の太子狼炎を救っている。その功績は大きい。

 まちがいなく、小凰のお母さんは奏真国そうまこくに帰れるはずだ。



 そんなことを話しているうちに、父上が砦に帰ってきた。



「ご苦労だったな。海亮かいりょう、天芳。それに……天芳の兄弟子の方だったか」

翠化央すいかおうと申します。『飛熊将軍』黄英深さま」


 俺と小凰と兄上は、父上の執務室に集められていた。


「では、報告をしてくれ。海亮よ」

「はい。黄海亮こうかいりょうが『飛熊将軍ひゆうしょうぐん』に申し上げます──」


 そうして兄上は、報告をはじめたのだった。





「──報告は以上です。捕虜は壬境族じんきょうぞくの者が10数名。その他に、燕鬼えんきという者がおりました」

「星怜の誘拐ゆうかいに関わっていた者だな?」


 父上が俺を見た。

 俺は拱手きょうしゅしてから、


「そうです。もしかすると柳家の人々が壬境族に襲われたのは、奴が情報を流していたからかもしれません。太子殿下が北の地にいらしていることも、奴はつかんでいましたから」

「一理ある。それに、太子殿下の情報を得るのは……難しくはないだろう」


 父上はじげをなでながら、


「太子殿下は派手なことがお好きだ。北臨を出る際に、多くの兵に見送らせていたそうだからな」


 ……まぁ、太子の初陣だから、それくらいはするんだろうけど。

 それに、まさか壬境族が太子をピンポイントで狙ってくるとは、誰も思わないだろう。

 あれはゼング=タイガという最強キャラがいたから、成立した計画だ。


「いずれにせよ、太子殿下はご無事だ。わしも壬境族を追い払うことができた。北の地はしばらくは安泰だろう。海亮、天芳、それに翠化央すいかおうどの。よくやってくれた!」

「「はい、父上!」」

「ありがとうございます。『飛熊将軍』さま」

「すぐに太子殿下は北臨にお戻しする。もちろん、護衛をつけてな。天芳たちも同行するがよい」

「わかりました」

「海亮はしばらく休んでおれ。太子殿下をお守りするために、無理をしたのだろう?」

「どうということはありません。それに──」


 兄上は俺を見て、苦笑いした。


「天芳が助けてくれた命です。無駄にはできません」

「大事な命だから、無我夢中むがむちゅうでお助けしたんです」


 俺は答えた。


「ご自分を大切にしてください。兄上は、この藍河国に必要な方なんですから」

「ふふ。わかっているとも」

「……うらやましいですね」


 ぽつり、と、小凰が言った。


「仲のいいご兄弟でうらやましいです」

「師兄?」

「……はっ。し、失礼しました」


 あわてて小凰は父上に拱手きょうしゅする。

 父上は笑って、


「構わぬよ。とにかく、海亮は部屋に戻って休むがいい。わしは天芳と、翠化央どのに話があるのだ」

「わかりました。それでは父上、また後ほど」


 一礼して、兄上は部屋を出て行った。

 部屋には俺と小凰、父上の3人になる。


「実は北臨を出る前に、雷光どのから託されていたものがある。まずは翠化央どの。君への書状を渡そう」

「は、はい。ありがとうございます」


 小凰が書状を受け取る。

 彼女はそれを開き、しばらく目を通していた。そして──


「燎原君はもう、母が奏真そうま国に帰れるように手配してくれていたんですか……? 僕も一度、故郷に……?」

「雷光どのは『藍河国のために危険な役目に出かけたこと。それを燎原君は評価された』と、言っておられたよ」

「……師匠」


 小凰は書状を抱きしめて、涙ぐんでる。

 さすがは師匠と燎原君りょうげんくんだ。

 すぐに小凰のお母さんが国に帰れるように、手配を済ませておいてくれたのか。


「燎原君と雷光どのは、奏真国への旅に、天芳が付き添うようにと言っておられた。わしは同意したが、構わぬだろう? 天芳」

「ぼくも師兄と一緒に、ですか?」


 おどろいた。

 小凰と、そのお母さんが国に帰るのはわかる。

 でも、俺が同行するのは……予想外だ。


「…………うん。天芳が一緒に来てくれたら……うれしいな」


 小凰は書状を抱きしめていた。


「天芳にも、僕の国を見てほしいな」

「……そうですね」


 俺はうなずいた。


「わかりました。父上のお許しをいただけるなら、ぼくも奏真国に同行したいです」

「うむ。それで、これは天芳に渡すように言われていたものだ」


 父上が次に取り出したのは、書状と、細長い箱だった。


「天芳が奏真国に行くのは、燎原君からの正式な依頼ということになる。箱の方は、その報酬だそうだ。ただし書状の方は、ひとりのときに読むようにと」

「箱にはなにが入っているのですか?」

「開けてみるがいい」


 父上が差し出した箱に、俺は手をかけた。

 古い、木製の箱だった。表面にはなにも書かれていない。

 隙間に手を入れて開いて見ると──


「これは、剣ですか」

「詳細は書状に書かれているそうだ。後で確認してみるがよい」


 父上は俺の肩に手を乗せた。


「いずれにせよ、天芳はわしと海亮を救ってくれた。太子殿下にもしものことがあれば……わしは自らの命をもってびなければならぬところだった。お前は、それを食い止めてくれたのだ」

「ぼくだけの力じゃありません。師兄がいてくれたからです」

「うむ。翠化央どのも、よくやってくれた!」

「ありがとうございます。『飛熊将軍』さま」

「黄家は、翠化央どのに借りができた。武人として約束しよう。必ずこの借りは返すと」


 父上はうなずいた。


「わしにできることがあったら言って欲しい。可能な限り、叶えよう」

「…………可能な限り、ですか」

「う、うむ。まぁ、それほどたいしたことはできぬがな」

「…………お時間を、いただいてもいいですか?」


 しばらく考えてから、小凰は顔を上げた。


「奏真国に戻って……父と話をしてからにしたいのです」

「構わぬよ。時間は、いくらでもあるのだからな」

「ありがとうございます」


 小凰はひざまづき、父上に礼をした。

 それから俺たちは、それぞれの部屋に戻った。

 小凰は書状を、俺は書状の他に、剣の入った箱を抱えて。


 ……雷光師匠。どうして俺にこんなものを渡したんだろう。

 それに、書状はひとりのときに読むように、って。

 別に小凰が一緒でもいいと思うんだけどな。


 そんなことを考えながら、俺は部屋に戻り、書状を開いたのだった。



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 次回、第36話は、明日の夕方くらいに更新する予定です。




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