第34話「『飛熊将軍』黄英深、北の国境で戦う」

 ──『飛熊将軍ひゆうしょうぐん黄英深こうえいしんの軍勢で──




天芳てんほうの情報の通りであったな」


 天芳の父、黄英深こうえいしんは、逃げ去る壬境族じんきょうぞくの軍勢を見ていた。

 急いで来たつもりだが、敵の対応も早かった。

 それでも、敵の計画を撃ち砕き、軍勢を追い払うことはできた。戦果としては十分だろう。


「だが、星怜せいれいよ。お前まで来ることはなかったのだよ」


 英深は、隣にいる少女──星怜せいれいにたずねた。


「お前のはとが、天芳の書状を届けてくれた。だから敵軍の居場所がわかった。お前は十分に役に立ってくれたのだ。無理をすることはない」

「……天芳兄さんも、戦っていたみたいですから」


 星怜は小さな声で答えた。

 彼女の肩には白い鳩が乗っている。海亮かいりょうに預けていたものだ。


 それが天芳からの書状を届けてくれたのは半日前のこと。

 書状には海亮が敵と戦ったことと。壬境族についての情報が書かれていた。

 敵軍の本隊が国境近くまで来ているかもしれないという、天芳の推測も。


 英深えいしんはその情報を元に、敵軍の位置を割り出した。

 難しくはなかった。

 鳩は、燎原君の部下の報告書の写しも運んできたからだ。


 そこには壬境族じんきょうぞくが盗賊に化けて出没した場所について、短くまとめて記されていた。

 英深はそれを元に、敵の位置を特定したのだった。


「武器も、兵糧ひょうろう家畜かちく、馬さえも放り出して逃げたか。これでしばらくは侵攻しては来られぬだろう」


 特に、馬を奪えたのは大きい。

 壬境族にとって馬は友であり、移動手段でもあるからだ。

 そのうえ、大量の兵糧ひょうろうと家畜が放置されている。あれだけの量を集めるのは大変だっただろう。


 壬境族は、それらすべてを失ったのだ。

 次の収穫しゅうかくまでは、大規模な軍事行動はできない。


 周到しゅうとうに準備をしていたということは、敵は全力で藍河国に侵攻するつもりだったのだろう。

 それを未然に防げたのは、本当に幸運だった。


「これも、天芳が敵を倒してくれたおかげか。だが……」


 天芳はいつのまに、それだけの武芸を身に着けたのだろうか?

 半年前の天芳は弱かった。内力を感じ取れないほどに。

 なのに今の天芳は、壬境族の武将を倒すほどになっている。

 燎原君の客人のもとで修行をしたのはわかるが、これほど急速に成長するものだろうか……。


「兄さんは、すごい才能をお持ちなのだと、思います」


 ふと、星怜はそんなことを言った。


「わたしは……ずっと、兄さんのお側でお仕えしたいです。兄さんは天下を動かす人だと思うんです。そんな兄さまのお役に立ちたいのです」

「うむ。だが、王弟殿下も天芳を狙っておるようだぞ」

「王弟殿下も、ですか?」

「そうだ。天芳を異国への使者に出したいという話だったな。貴人をお送りするのに同行させたいそうだ。断るわけにもいくまいよ」

「…………わたしも、行きたいです」

「それは難しいだろうな。国としての大事な役目だからな」

「そうですか……」

「星怜はそうまでして、天芳に仕えたいのか?」

「はい。父さま」

「そうか。ところで……これは玉四ぎょくしに聞くように言われたのだが『星怜は、天芳に仕えるだけでよいのですか?』だそうだ。意味はわからぬが、北臨ほくりんの町に戻るまでに答えを出しておくようにと……む? どうした、難しい顔をして。え? 『玉四母さまはいじわる?』……そうか? ううむ……わしには、よくわからぬな……」





 こうして──北の地で起きた『飛熊将軍ひゆうしょうぐん』と壬境族の戦いは、『飛熊将軍』の勝利で終わった。

 壬境族は少数の兵のほか、武器と馬、多数の兵糧ひょうろうを失った。


 さらに、最強と名高いゼング=タイガが片腕を失った事実は、壬境族を動揺させた。

 その後、壬境族の中では、藍河国との和平論が広まりはじめる。


 だが、壬境族の星読ほしよみ (占い師)は言う。



『大国の星は落ちる。藍河国が滅亡する運命は、変わらない』と。



 ──まるで、はじめからそう定められているように。

 ──10年以内に藍河国では大乱が起こり、壬境族が南下する好機が訪れると。


 藍河国で行われるあらゆる占いも、同じ答えを出し続ける。


 ──『藍河国、危うし』と。


 その理由もわからぬまま、うわさは人々の間を流れ続けるのだった。





────────────────────



 次回、第35話は、明日の夕方くらいに更新する予定です。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る