第32話「天下の大悪人、敵を捕らえる」

「冗談じゃねぇぞ! オレはあんたにけたんだ。王子さまよぉ!!」



 背後から気配。

 兄さまたちを振り切った敵が近づいてくる。そいつが馬を蹴り、跳ぶ。

 声に覚えがある。短剣使いの燕鬼えんきだ。


師兄しけい!」「天芳てんほう!!」


 俺と小凰しょうおうは同時に振り返り、剣を繰り出す。



「ぎぃあああああああっ!?」



 そして──俺たちの剣が燕鬼の両脚りょうあしを、切り裂いた。

 奴は血を噴き出しながら、地面に落ちる。


 だけど──


「感謝するぞ。燕鬼」


 一瞬のすきを突いて、ゼング=タイガが逃げ出した。


 俺と小鳳が追いかけようとした瞬間、背後から短剣が飛んで来る。

 払い落として振り返ると──地面にいつくばった燕鬼が、俺たちをにらんでいた。


 短剣を投げたのはこいつだ。

 身を捨てて、ゼング=タイガを逃がした、ってことか。

 悪人にしては、義理堅いな。


「こんなはずはねぇ……藍河国あいかこくほろぶ……はずだ」


 奴はあしを押さえながら、吐き捨てた。


「滅ぶはずなんだ。藍河国の領土は、すべてが壬境族じんきょうぞくのものになる。てめぇらもいずれ思い知るだろうぜ。オレたちを敵に回した恐怖をな……」

「藍河が滅ぶ?」


 俺は剣を燕鬼に突きつけて、たずねた。


「そんな話をどこから聞いた? あんたが壬境族と協力関係にあったのは、そんな与太話よたばなしを信じたからなのか?」


 燕鬼は答えない。

 ただ、殺気混じりの目で、俺をにらんだだけだ。


「黄家の坊ちゃん。やっぱり、てめぇはあの時、殺しておくべきだった!」

「俺も、あんたが壬境族と繋がってるって知ってたら、あの時、殺されてでも足止めしていたよ」


 星怜せいれいの家族を襲ったのが壬境族で、燕鬼が彼らと繋がっていたなら……こいつは星怜の家族の死にも関係があるのかもしれない。


「話してもらうぞ。知ってることを、全部」

「…………」


 燕鬼はもう、口を開かなかった。


 燕鬼は脚に深手ふかでを負った。得意の『軽功けいこう』は、もう使えない。

 ゼング=タイガには逃げられたけど、奴は利き腕を失った。

 以前のような戦闘能力はない。

 これで『剣主大乱史伝』とは、違うルートに入ったはずだ。


「天芳! 大丈夫か──っ!?」


 振り返ると、兄さまが近づいてくるのが見えた。

 配下の兵士数人と『狼騎隊』が馬を駆り、ゼング=タイガを追いかけてる。奴に止めをさすつもりなのか、あるいは、奴の本拠地ほんきょちを探すつもりなんだろう。

 ゼング=タイガは重傷を負っているから、数人がかりなら捕らえられると思う。

 たぶん……だけど。


「無茶をするな。だが、助けられたぞ。ありがとう……天芳」

「ぼくは大丈夫です。それよりこいつの……燕鬼えんきの手当てをお願いします。こいつからは、情報を引き出さなきゃいけませんから」


 俺が言うと、すぐに兄さまは治療兵ちりょうへいを呼んでくれる。


 燕鬼には、聞くべきことが山のようにある。

 敵がどこまで入り込んでいるのか。拠点はどこにあるのか。どうして太子がここにいることを知っていたのか。燕鬼と壬境族は、いつから繋がっていたのか。燕鬼の背後に、なにか組織があるのか。

 そのへんの尋問じんもんの方は、兄上に任せよう。


「それと、兄上に確認なのですが、あれは星怜せいれいの鳩ですよね?」


 俺は、商隊の護衛についている兵士たちを指さした。

 兵士の中にひとり、鳥籠を持っている人がいる。籠の中にいるのは白い鳩だ。


「よくわかったな。天芳」

「あれは星怜が兄上に預けたんですよね。足に筒がついていますから、文書を送る用にでしょうか?」

「ああ。よくしつけてあるから、緊急時に使うようにと」

「それなら、ひとつお願いがあります。『飛熊将軍ひゆうしょうぐん』の代理として、許可をいただけませんか?」


 俺は兄さまに、事情について説明をした。

 兄さまはすぐに許可をくれた。

 すぐに俺は紙と墨を借りて、『飛熊将軍』への手紙を書いた。


 それから俺は、星怜の鳩に話しかけてから、かごから解き放った。

 ……これで父さまに、情報が伝わればいいんだけど。


「これで、ぼくたちのお役目は完了ですね」

「そうだな。しかし……身体が熱いな」


 俺と小凰は地面に座り込んだ。

 限界だった。ふたりとも、汗びっしょりだ。


「師匠に、聞いたことがあるんだ。天芳はすごい武術の才能を持ってるって」

「……はい?」

「天芳には内力がほとんどない。つまり無の状態から『獣身導引じゅうしんどういん』で気を高め、内力を育てた。そして『獣身導引』は高純度の気を集めるための導引だから……天芳の内力は、純度の高い『気』だけでできてるって」

「…………あの、師兄」

「うん」

「その話は、はじめて聞くんですけど」

「言ってなかったからね」

「どうして教えてくれなかったんですか?」

「自分が奇妙な内力を持っているって知ったら、天芳は僕と『獣身導引』をするのを、ためらうようになるんじゃないかと思ったから」


 小凰はさみしそうな口調で、


「天芳は優しいからね。僕に与える影響を考えて、一緒に導引をするのはやめようと言うかもしれない。そう思ったんだ。そしたら、すごくさみしい気分になっちゃったんだ。だから今まで言えなかったんだよ」

「そうだったんですか……」

「でも、天芳はすごいね。太子殿下を倒した敵に勝っちゃうんだから」

「師兄が一緒にいてくれたからですよ」

「うん。僕も天芳が一緒にいてくれたから戦えたんだ。それに……あの……」


 なぜか頬を赤らめて、小凰は、


「天芳と一緒に戦ってるとき、すごく……きもちよかったんだ」

「そうなんですか?」

「ああ。僕と天芳の境目が消えて、ひとつの生き物になったみたいだった。あんなのはじめてだよ。身体が熱くなって……すごく、どきどきした」

「あとで師匠に相談しましょう。師匠なら、原因がわかるかも」

「そうだね。でも本当に……天芳と一緒にいると、びっくりすることばかりだよ」


 そう言って小凰は、笑った。


「僕の内力もすっごく強くなったし、それに……身体もちょっと変わったんだ」

「変わったというと?」

「……あのね」


 小凰は俺の耳元に口を近づけて、


「天芳と『獣身導引』をするようになってから、僕の胸が大きくなってきたんだ」

「……えっと」

「ほら、天芳が家を訪ねてきたとき、母さまが僕に怒ってたでしょ? あれは僕の胸が大きくなって、身体つきが女の子っぽくなったからなんだ。それで母さまが不安になったんだよ。ほら、よく見て。最初に会ったときよりも僕は……って、天芳? 聞いてる?」

「聞いてます聞いてます」

「ちゃんとこっちを見て話そうよ。隠し事しないのが朋友ほうゆうだよね?」


 なぜか身体をくっつけてくる小凰。

 そうして、俺は『朋友ほうゆうには一切の隠し事をしない』主義の小凰から、彼女の変化について、とても詳しい話を聞かされることになったのだった。



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 次回、第33話は、明日の夕方くらいに更新する予定です。



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