第31話「天下の大悪人、強敵に立ち向かう」

 ──天芳てんほう視点──




「……冗談みたいな強さだな」

「……なんなのだ。この敵は」


 俺と小凰しょうおうは『五神歩法』の『玄武地滑行げんぶちかっこう (玄武は地面を滑って高速移動)』で、敵から距離を取る。


 目の前にいる赤い髪の敵は、その名をゼング=タイガ。

『剣主大乱史伝』に登場する、壬境族じんきょうぞく最強の武将だ。


 ゲーム『剣主大乱史伝』には、タイムリミットがある。

 英雄たちが一定期間内に藍河国あいかこくの首都を陥落かんらくさせられなかったときは、北方から壬境族の軍団が攻めて来る。

 奴らに負けると、バッドエンド直行。

 しかも奴らは、主人公格のキャラが殺されるほど強い。


 その壬境族の中には、最強クラスのキャラが数人いる。

 最も武力が高いのが、黒馬に乗った赤毛の将軍、ゼング=タイガだ。


 ゲーマーの間では『バグキャラ』『永久パターン防止キャラ』『先制されたらリセット推奨すいしょう』『武力設定を盛りすぎた呂布りょふ』の異名で呼ばれている。


 特にやっかいなのが『包囲無効ほういむこう』と『一騎当千いっきとうせん』スキルだ。

 普通は相手を包囲した側が有利になるのに、こいつにだけは通用しない。

 包囲して攻撃すると、100%反撃を喰らう。

『一騎当千』は敵陣突破用のスキル。普通は敵が隣接してると動きが止まるんだけど、こいつの場合は問答無用で通り抜けてくる。

 文字通り、規格外の強キャラなんだ。


 でも、今はゲーム開始の10年前だ。

 現在の奴の年齢は、15歳か16歳。まだ成長途中だ。

 なのに太子と兄上でも敵わないっておかしいだろ。しかも、こいつは大人並みに身体がでかい。強さの設定間違えすぎじゃないのか!? この世界は!


 さっき兄上は太子狼炎たいしろうえんをかばって、殺されかけてた。

 本来の歴史では、ここで兄上は死ぬはずだったのかもしれない。

 太子狼炎たいしろうえんは敵に捕まって……人質にでもされるんだろう。太子を人質にすれば藍河国との交渉材料になる。身代金はもちろん、領土を削り取ることもできる。

 その結果、太子狼炎は立場が悪くなって、暴走することになるんだろうか。


「……ふたりが逃げる時間をかせがないと」


 俺がゼング=タイガの攻撃を受け止められたのは、小凰しょうおうのおかげだ。

 彼女が駆けつけてきてくれたから、ゼング=タイガの注意がれた。

 それで攻撃の威力が下がったんだろう。

 でも──


「小凰。離れてください」

「……嫌だ」

「こいつは危険なんです! 見たでしょう!? 数人がかりでも敵わなかったのを!!」

死地しち天芳てんほうだけを残せるわけないだろう!?」

「小凰!」

「どうしても逃げろと言うなら絶交する! 絶交相手の言うことを聞く必要はない! だから僕は一緒に戦う。結局同じことだ! 絶交して一緒に戦うか、朋友ほうゆうのまま一緒に戦うか、天芳はどちらを選ぶ!?」

「……絶交されるのは……嫌です」


 正直言うと、めちゃくちゃ怖い。

 黄天芳は『剣主大乱史伝』の最弱キャラ。ゼング=タイガは最強キャラだ。

 まともに戦ったら……敵うわけがない。下手をすれば瞬殺しゅんさつされる。


 でも、小凰と一緒なら、時間稼ぎはできるかもしれない。


「力を貸してください、小鳳。兄上が他の敵を倒すまでの間、こいつをここに釘付けにします」

「心得た」

「それから──」


 俺は小凰に作戦を伝えた。

 敵は強い。こっちは、手数で勝負するしかない。


 俺は目の前にいるゼング=タイガを見据みすえる。

 赤毛の少年は冷めた目でこっちを見ている。

 大槍を手に、俺たちをどうするか考えているようだ。


「……まだ年若いのにその技量ぎりょう。よほど高い身分の者に違いないな」


 俺はめいっぱい胸を張って、叫んだ。


「貴様は壬境族の将軍の子息……いや、王の子どもか? きっとそうだ! 間違いない!!」

「……お前は、なんだ?」


 ゼング=タイガは首をかしげる。

 俺は続ける。


「ぼくは『飛熊将軍ひゆうしょうぐん』の次子、黄天芳こうてんほうだ。こちらは師兄の翠化央すいかおうだ。貴様が名誉を知る武人ならば、名乗ってもらおう!」

「……ゼング=タイガ。王子だ」


 よし。言質を取った。

 これで俺がこいつの名前を呼んでも大丈夫だ。


「ゼング=タイガ。やはり壬境族の王子だったか。そいつがどうして燕鬼えんきを連れている?」

「……貴様に言う必要は──」

「なるほどわかった! 燕鬼は犯罪者集団のひとりだ。金で動く。つまり壬境族は奴を雇い、藍河国あいかこくの情報を得るのに使った。だからお前たちは国境を越えてきた! そうだな!?」

「すごいな! 天芳!」


 ごめん。小凰。これはゲームの知識を利用した推理だ。

 燕鬼は犯罪組織の一員だ。だから、金のためならなんでもする。

 ゲーム中も、壬境族の一員として現れることもあるからな。


「…………気持ちがわるい。お前は、なぜそこまで知っている」


 ゼング=タイガが俺をにらんだ。


「……お前は、藍河国の住人に見えない。なんだ。お前は、お前はなんなのだ!?」


 奴が再び槍を手に取る。

 直後、黒槍が信じられない速度で動き出す。

 ──ったく。これだから最強キャラは!!


「天芳!!」

「わかってます!!」


 ゼング=タイガの槍を、俺は『五神歩法ごしんほほう』の『玄武地滑行 (玄武げんぶは地面を滑って高速移動)』で避ける。

 ゼング=タイガはすぐに距離を詰めてくる。その目が、血走ってる。


「お前は強いのか!? 弱いのか!? 弱いならばすぐにわかる。強くてもわかる。なのに……なんだお前は。なんなのだ!?」

「天芳に近づくな!!」


 小凰が『五神剣術』の『朱雀降下襲 (朱雀は急降下して獲物を狩る)』を放つ。跳躍ちょうやくしての斬りおろしを、ゼング=タイガは身体を反らして避ける。

 即座に俺は飛び上がり、近くにいた馬の背に乗る。

 それを足場に『麒麟きりんのかたち』を発動。突き技『麒麟角影突きりんかくえいとつ (麒麟の角は武器にあらず。影のみで悪を討つ)』を放つ。

 俺の剣が、ゼング=タイガの槍に当たる。

 衝撃しょうげきの後──ゼング=タイガが後ろにさがった。


 ……ん? なんだか、妙な手応えだったな。

 俺の内力が剣を伝わって、ゼング=タイガにぶつかっていったような……。

 それに、技の威力が上がってるような……?


 そういえば、この世界には五行属性というものがあるんだっけ。

 金は木に勝ち、木は土に勝つ……というやつだ。木・火・土・金・水で属性が回っている。


 でも、それはほんの味付け程度。攻撃力が10%上がるくらいの効果だけ。

 なのに……それなりに戦えてる。

 しかも、ゼング=タイガの腕が震えている。本当に、俺の剣が効いているみたいだ。


「小凰。五行属性については?」

「知っているとも」

「試しに、俺の技に対して『相生そうしょう』になる技を出してもらえますか? 俺が青竜 (木)なら朱雀 (火)を。白虎 (金)なら玄武 (水)を」

「それでなにか変わるのか?」

「気休めみたいなものですけど」

「わかった。天芳の言うことなら、信じよう」

「お願いします。では──」


 俺と小凰は剣を構える。

 周囲には、乗り手を失った馬が走り回っている。

 それらを足場にすれば、馬上の敵とも戦えるはずだ。


 以前、雷光師匠が俺を助けてくれたときのことを思い出せ。

 あのとき師匠は『四神歩法』で普通に壁を走っていた。宿舎の庭で追いかけっこをしていたときもそうだ。師匠はまるで体重のない人のように、自由自在に飛び回っていた。

 『四神歩法』──いや『五神歩法』には、そういう力がある。

 だったら俺たちにも、同じことができるかもしれない。


「────なんだ、お前たちは。小物が英雄の道をさえぎるか!!」


 ゼング=タイガは目をつり上げて、こわれたような叫び声をあげている。


 奴は『剣主大乱史伝』の最強キャラだ。自分の強さを疑ったことなんかないだろう。

 太子狼炎を一蹴いっしゅうして、海亮かいりょう兄上を殺しかけて──なのに俺や小凰に足止めされてるなんて、理解できないはずだ。


「藍河国の小物が!!」


 ゼング=タイガの槍が速度を上げる。

 俺と小凰は『五神歩法』の玄武げんぶのかたちで回避する。

 蛇と亀、両方の姿を持つ玄武の歩法は敵に実体をさとらせない。

 右と思えば左、上と思えば下。虚実きょじつを交えて回避にてっする。


 一瞬、ゼング=タイガの槍の速度が落ちる。即座に俺は技を繰り出す。


「『潜竜王仰天せんりゅうおうぎょうてん (潜っていた竜が空を仰ぐ)』!!」


 俺は青竜の──五行属性の木の技を放つ。

 斬り上げた剣が、ゼング=タイガの身体をかすめる。


「『朱雀大炎舞すざくだいえんぶ (朱雀は火炎と共に大いに舞う)』」


 木は火を産む。そして、朱雀は火の属性を表す。

 小凰の剣がゼング=タイガのよろいに当たる。傷を付ける。


「『麒麟角影突きりんかくえいとつ (麒麟の角は武器にあらず。影のみで悪を討つ)』!!」


 火は燃え尽きて土を生み──麒麟を生かす。

 俺の突きが、奴の槍に当たる。受け止めた奴の腕が、小刻みに震え出す。


「『白虎大激進びゃっこだいげきしん (白虎が力任せに突進する)』」


 地は熟して金──白虎を生む。

 見なくてもわかる。小凰のりが、奴の胸にヒットした。


「『玄武幻双打げんぶかくえいだ (亀と蛇がわかりにくい連続攻撃)』!!」


 金は冷えて水──玄武を生む。

 技の威力が上がる。内力が、俺の剣を振るわせる。

 俺は斬撃と打撃をからめた二連撃を放つ。

 衝撃を受け止めきれずに、ゼング=タイガの馬がいななく。


「──なんだ? なんなのだお前らは!?」


 ゼング=タイガが叫んでいる。

 俺と小凰は答えない。


 無言のまま、俺たちは青竜になり、朱雀になり、麒麟になり白虎になり玄武になる。

 技のタイミングを合わせる必要はない。

 小凰がいつ技を出すのか、いつ俺に技を出して欲しいのか、完璧にわかる。

 まるで身体の境目が消えてしまったように。


 もしかしたら、これが『獣身導引』が目指したものだったのかもしれない。

 ふたりで導引をして、繋がりを作る。

 ふたりで、さまざまな神獣へと変わっていく。

 ひとりではたどりつけない境地に、ふたりならたどり着ける。

『獣身導引』や『五神歩法』『五神剣術』には、そんな意味があるのかもしれない。


「気持ち悪い。お前たちは、気持ちが悪い!!」


 奴の声が聞こえる。


「我が祖霊それいの伝承に、お前たちのような者は存在しない。このゼング=タイガに勝てる者など存在しない。なのに、どうしてお前たちは存在している!?」

「知ったことか!!」

「僕は僕だ。天芳が見つけてくれた僕だ!!」


 俺の『麒麟角影突』が奴のよろいを切り裂く。

 小凰の『白虎連爪牙 (白虎の爪と牙の二連攻撃)』が奴の脚を傷つける。

 ゼング=タイガの黒馬がおびえる。バランスを崩した奴が必死に手綱を掴む。体勢が崩れる。


 そして、ゼング=タイガの腕を、俺の『玄武』の剣が──り飛ばした。







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 次回、第32話は、明日の夕方くらいに更新する予定です。


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