第30話「黄海亮と太子狼炎、北の地を進む(2)」

「歩兵は周囲を固めよ! 民に被害がおよばぬように──」

「まどろっこっしいぞ! 海亮かいりょう!!」


 太子狼炎たいしろうえんが馬を走らせる。


「『狼騎隊ろうきたい』はこの狼炎に続け!! 藍河国あいかこくの敵を一掃いっそうするのだ!!」

「お待ちください。殿下!!」


 海亮が止めるのも聞かず、太子狼炎は馬を駆る。

『狼騎隊』がそれに続く。

 それを見た海亮は、即座に判断を下した。


「私は太子殿下をお止めしてくる。騎兵と歩兵は民のまわりを固めろ!」


 彼は部下に向かって叫ぶ。


「3人だけついてこい。太子殿下は命令に違反した。お止めして……場合によってはばっしなければならない!!」


 言い捨てて海亮は馬を走らせる。


 民たちは不安そうな様子を見せている。

 異常事態であることが、彼らにも伝わっているのだろう。


 中には丘を駆け上がり、まわりの様子を見ている者もいる。頭巾ずきんをつけた少年ふたりだ。彼らに「後ろにさがっていろ!!」と命じながら、海亮は太子を追いかける。


 海亮の視界に、敵兵の姿が映る。

 彼らが身に着けているよろいは汚れ、あちこちに傷がある。槍も粗末そまつなものだ。一見すると盗賊のように見える。

 だが、様子がおかしい。


 敵は突進してくる太子と『狼騎隊ろうきたい』を迎え撃つ態勢でいる。

 藍河国の正規兵が一斉に向かって来ているのに、まったく動揺していない。

 確かに、奴らは危険な者たちなのだろう。


 けれど、太子狼炎が直接、手を下す必要などない。

 太子に万一のことがあったら、国が動揺する。敵兵の命と引き換えるには、あまりに重すぎるのだ。


(どうして太子には、それがおわかりにならないのか!)


 海亮は必死に馬を走らせる。


「『飛熊将軍ひゆうしょうぐん』の命令を受けた黄海亮こうかいりょうが、狼炎どのと『狼騎隊』に命じる!」


 海亮は『狼騎隊ろうきたい』の後方へと近づき、叫ぶ。


「後方に下がりなさい!! 『狼騎隊』は『飛熊将軍ひゆうしょうぐん』の指揮下にあるはずだ! 父の指示に従っていただく!!」

「もう遅い! 敵は向かってきているのだぞ!!」


 振り返った狼炎が叫び返す。

 彼の言うとおりだった。盗賊たちは、海亮たちに向かって走り出している。


「『狼騎隊』よ。敵を迎え撃つがいい!」

「「「おおおおおお────っ!!」」」


 雄叫びとともに、『狼騎隊』が一斉に槍を構える。

 それを見た盗賊たちが、馬首ばしゅを返す。

 彼らは槍を合わせることもなく、逃げ出す。


「見るがいい我が友よ。盗賊などこの程度だ!!」


 狼炎は勢いに乗って、盗賊たちを追いかける。

 盗賊たちの向かう先には、首領らしき者がいる。赤い髪の少年だ。


 年齢は、弟の天芳てんほうよりも少し上くらいだろう。

 黒馬にまたがり、大きな槍を手にしている。その隣には、黒い──砂避すなよけの襟巻えりまきで顔を隠した男性がいる。手にしているのは黒塗りの短剣だ。

 彼らは声を上げて、盗賊たちを呼び寄せている。

 どちらかが頭目とうもくなのだろう。


「奴らをたたきのめし、盗賊団の根城ねじろの場所を白状させようではないか!!」


 太子が猛然もうぜんと駆け出す。

 止める間もなかった。

 太子狼炎と『狼騎隊』は、まるで狩りでもしているかのように、敵に向かって駆け出す。


(申し訳ありません、父上。私では太子殿下を止められません……!)


 太子と『狼騎隊』を加えれば、敵よりも数が多い。

 勝利は疑いないが、それは太子が傷つかなければの話だ。


 いざとなったらこの身を盾にして、太子を守るしかない。

 そう思って海亮が必死に馬を走らせていたとき──



「駄目だ兄上! そいつらと戦っちゃいけない!!」



(──天芳てんほうの声!?)


 おどろく海亮の視界の先で、黒い襟巻えりまきを着けた男性の姿が──消えた。


「────ぐぁっ!?」


 直後、悲鳴が上がり『狼騎隊』のひとりが落馬する。

 彼が乗っていた馬の背に、襟巻きの男性が立っていた。


 海亮が目を見開いた直後、男性は別の『狼騎隊』に接近する。

 そのまま男性は馬の背を蹴り、宙を舞う。二人目の『狼騎隊』を打ち倒す。


「──な、なんだ!? なにが起きた!?」

「『軽功けいこう』で馬上の者を斬り伏せたのか!」


 襟巻きの男は次々に宙を跳び、『狼騎隊』に襲いかかる。

 空中からの攻撃に、『狼騎隊』は対応できない。

 頭を蹴られ、よろいの隙間を短剣でえぐられ、次々に落馬していく。


「な、なんだこいつは!?」


 太子狼炎がようやく、馬の速度をゆるめる。

 しかし、遅かった。

 もうひとりの敵──赤毛の少年が馬を駆り、太子狼炎に向かって突進してくる。


「──お逃げくださ──がぁっ!?」

「この敵は……!?」

「ぐ、ぐわぁっ!?」


 赤毛の青年に近づいた『狼騎隊』は、3人まとめて吹き飛ばされた。

 一瞬の、出来事だった。

 彼らは馬上からたたき落とされ、地面でうめき声をあげる。


「うっとうしい。気持ちが悪い。『飛熊将軍』の配下がこの程度か」


 赤毛の敵が、太子狼炎を睨んだ。

 体勢が崩れた『狼騎隊』を突き崩し、そのまま、狼炎に向かっていく。


(こいつらは……盗賊などではない)


 おそらくは壬境族じんきょうぞく。それも、精鋭部隊せいえいぶたいだ。


「離れてください! その敵は私が食い止めます!!」

「なにを言う、海亮! こちらは数で勝っているのだぞ!?」

「指揮官は私です! 命令に従われよ!!」


 数秒のやりとりだった。

 が、その間に赤毛の敵が、狼炎の前へとたどりついていた。


「平原の民は城郭じょうかくの中で息を潜めていればいい。出てくるから、死ぬ」

「盗賊ごときが!!」


 赤毛の敵が繰り出す槍を、狼炎の槍が受け止める。

 さらに一合、二合。撃ち合うごとに、太子狼炎が押されていく。


「……なんだ。こいつは!? 何者だ貴様は!!」

もろいな」


 敵兵の槍が、太子狼炎の肩を切り裂いた。

 太子狼炎の体勢が崩れる。

 即座に海亮は馬を駆り赤毛の敵と太子の間に割って入る。


「逃げなさい! 私が時間を稼いでいる間に、早く!」

にぶい」


 敵の槍が、海亮に向かって繰り出される。反射的に受け止めた海亮の腕が、しびれた。

 敵の内力が強すぎる。

 次は受け止められない。それがわかっていても、引けない。


致命傷ちめいしょうは避ける。その間に太子を逃がす!!)


 そう判断した海亮は、痺れの残る手で槍を構える。

 そんな海亮の姿を見ながら、赤毛の少年は薄笑いを浮かべる。


「──指揮官らしき者がかばう相手。背後の者は王族とみた!」


 敵の問いに、海亮は答えない。

 ただ敵の槍を防ぐことだけに集中する。そして、次の瞬間──



 ガギィィイイイイン!!



 赤毛の敵の槍が──背後から振り下ろされた剣を、受け止めた。


「逃げてください兄上。こいつは別格の相手です!!」


 剣を手にしていたのは海亮の弟、天芳だった。

 彼が『軽功けいこう』で飛び上がり、剣を振るったのはわかった。

 彼が燎原君りょうげんくんの使いとして、砦に来る予定だったことも知っている。


 だが──海亮に理解できたのはそこまでだ。


 ──どうして、天芳が馬に追いつけたのか。

 ──どうして、狼炎と海亮を圧倒する相手の動きを止めることができたのか。

 ──どうして、目の前の敵が危険であることを、いち早く察知していたのか──

 

「兄上はその人を安全なところへ。ぼくだって、その人が死んだら困るんです!」

「…………わ、わかった」


 すべての疑問を飲み込み、海亮は天芳の指示に従う。

 部下を呼び、狼炎の身柄を預ける。後方へ連れて行くように指示を出す。


 その間も天芳は、赤毛の敵と切り結んでいる。

 隣にはもうひとり、天芳と同年代の剣士がいる。

 ふたりは必死に、狼炎を圧倒した敵を食い止めていた。


「──海亮どの! 加勢しますぞ!」


 近づいた騎兵が赤毛の敵に槍を繰り出す。

 だが──弾かれた。すぐさま石突であごを打たれ、落馬する。


 敵の強さが、異常だった。


「天芳! あの方は逃がした。今、加勢に──」

「兄上は、襟巻えりまきの敵の相手をお願いします!!」


 天芳の声が返って来る。


「あの男の名は燕鬼えんき! 流れ者の武術家で『軽功』と短剣の使い手で、星怜せいれいをさらおうとした連中の仲間です!! この赤毛の少年は、壬境族じんきょうぞくの強力な武将なんです!!」


 必死に敵と切り結びながら、天芳はそんな言葉を叫んだのだった。




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 次回、第31話は、明日の夕方くらいに更新する予定です。



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