第28話「天下の大悪人、北に向かう」

 俺と小凰しょうおう燎原君りょうげんくんと会ってから、十数日後。

 父上と兄上と星怜せいれいの一行は、北の砦へと出発した。


 それからしばらくして、俺と小鳳しょうおうも『お役目』のために、北臨ほくりんの町を出た。


 旅の日数は、往復で十数日。

 ふたりとも荷物を背負った旅人スタイルだ。馬には乗っていない。

四神歩法ししんほほう』──いや、麒麟きりんを含めた『五神歩法ごしんほほう』が使える俺たちには、徒歩の方が速いからだ。


 町を出ると、北に向かう広い街道がある。

 そこを少し歩くとすぐに、広い田園地帯が見えてくる。

 街道沿いを流れる川は水量が豊富だ。遠くに見える山々からは、良質な木材が取れる。

 そのせいか街道には、多くの人たちが行き交っている。

 これが北臨ほくりん周辺の、現在の姿だ。


 この街道が10年後には荒れ果てて、盗賊が跋扈ばっこするようになるなんて、想像もつかない。

 ゲームの中では北の砦も、そのまわりの町も、壬境族じんきょうぞくの領地だ。


 いくら天下の大悪人といっても、黄天芳ひとりのせいでそうなるとは思えない。

 他にも原因があるはずなんだけれど……今はまだ、見当もつかない。


「ありがとう。天芳てんほう


 そんなことを考えていると、隣を歩く小凰しょうおうが声をかけてきた。


「僕がこうして旅に出られたのは、天芳のおかげだよ」

「いえ。ぼくがいなくても、師兄しけいは『お役目』を受けられたと思いますよ?」

「その場合はお目付役がついてきていただろう。僕は奏真国そうまこくの人質だからな」

「……なるほど」

「それにお前以外の者と十日以上も旅をするのは……嫌だな」


 小凰は苦いものを飲み込んだような顔になる。


「きっと、もっと大変な旅になっていただろう。こうして気楽に過ごせるのは、天芳のおかげだよ」

「師兄がそう言ってくれるのはうれしいです」

「あのな。天芳」

「はい」

「ふたりきりのときは、僕をなんと呼ぶんだったか?」

「……そうでしたね。小凰しょうおう

「う、うん。そうだな」

「でも、燎原君りょうげんくんは小凰が旅をしやすいように考えてくれてますよ。旅費──いえ、路銀ろぎんを多めにくれたのも、宿でそれぞれが個室に泊まれるようにでしょう? ぼく以外の人とでも、それなりに楽しく旅ができたと思いますよ」

「……天芳はどうなんだ?」

「え?」

「天芳は、僕と一緒に旅をすることを、どう思ってる?」

「そりゃもちろん、小凰と一緒の方がいいに決まってます。気軽に話ができますし、一緒にいて楽しいですし、なにより、小凰と一緒にいると落ち着いて、温かい気持ちに……って、小凰?」

「なんでもない。なんでもないんだ」


 小凰は横を向いてしまった。


 ……なんだか、変な感じだ。

 俺の中で、化央師兄と小凰しょうおうが入り交じってる。

 正義感あふれる頼もしい師兄と、照れ屋の小凰が。


 隣にいるのがどちらなのか、ときどき、わからなくなる。

 しかも小凰──奏凰花そうおうかは『剣主大乱史伝』では黄天芳の首を狙い続けたヒロインでもある。


 俺は小凰を信じているし、これから小凰が俺の首を狙うことになるのなら、納得できる理由があるんだろうと思ってる。

 ただ……今はまだ、なんとなく落ち着かないんだ。


「とりあえず、今は『お役目』を果たすことを考えましょう」

「そうだね。天芳」


 そんな話をしながら、俺と小凰は先を急ぐのだった。









 旅は順調に進んだ。

 燎原君りょうげんくんから多めに旅費をもらっていたおかげで、俺たちはそれなりの宿に泊まれた。


 日程にも余裕がある。

 今はちょうど、燎原君が国内の巡回じゅんかいに出ているからだ。

 あの人が巡回を終えて、北臨ほくりんの町に戻るには20日以上かかる。

 俺たちはその前に町に戻り、燎原君の屋敷に報告書を届ければいい、という感じだ。


 旅の間、小凰は少し緊張した様子だった。

 たぶん、個人で旅をするのが初めてだからだろう。


 人質として藍河国あいかこくにやってきた彼女は、許可なく北臨を出ることはできない。

 彼女が北臨の外に出たのは、この前の試験も含めて二度目だそうだ。

 

 しかも彼女が『お役目』を果たせば、母親を奏真国そうまこくに帰すことができる。

 だから、失敗はできない。

 それで移動中は、ずっと気を張っているみたいだった。

 そのせいか宿に入ると、すぐにぐっすり眠っちゃったみたいだけど。



 そんな感じで俺たちは、二人一緒に旅を続けて──

 町についたら手早く食事を済ませて、ただの旅人として、宿を取って──

 それぞれの個室で眠る前に、『獣身導引じゅうしんどういん』を済ませて──


 数日後、無事に目的地に着いたのだった。




「……行こうか。天芳」

「はい。約束の場所に、ですね」


 俺と小凰が向かったのは、町の茶館ちゃかんだった。

 安いお茶を注文して、通りに面した席に座る。


 一息ついて町を眺めると、自分が遠くまで来たって実感する。

 北臨とは空気が違う。人も、急ぎ足で歩いている。

 俺はお茶を飲みながら、じっと通りを見ていた。


 やがて──



「どちらから、いらしたのですか?」



 年若い女性が声をかけてきた。

 髪をお団子にまとめてる。目立たないようにか、草色の服を着ている。

 背中にかごをかついでいるのは、農作業の途中だからだろうか。


「南方の、燎原りょうげんの地から来ました」


 俺は、用意していた言葉を口にした。

 女性は笑って、


「まぁ、それは遠いところから。どのようなご用事で?」

「馬の様子を確かめに」

栗毛くりげの馬ですか? 白馬ですか?」

「その境目さかいめの馬です。暴れ馬で困っています」

「それはご苦労様です。うちに良い手綱たづながありますが、どうされますか?」

「お茶を飲んでから、うかがいましょう」

「承知いたしました」


 そう言って、女性は言葉を切った。

 俺と小凰はお茶を一気に飲み干し、代金を置いて立ち上がる。

 それを待っていたかのように、女性は歩き始めた。


 向かう先は裏通り。

 十五分ほど進み、まわりに人がいなくなったところで、女性は立ち止まる。

 それから彼女は、俺と小鳳の方を向いて──


「はじめまして。燎原君の使いの方。わたくしはあの方の部下で、名を昌明蘭しょうめいらんと申します」


 そう言って、彼女は拱手きょうしゅした。


 さっき俺たちが交わしたのは、本人確認のための会話だ。

『南方の、燎原の地』は、燎原君の部下であることを、『境目さかいめの馬。暴れ馬』は騎馬民族の『壬境族じんきょうぞく』の情報をもらいに来たことを示している。


「……覚えられたのは、天芳てんほう相手に練習をしたからだな」

「……がんばりましたよね」


 俺と小凰は毎日、合い言葉の練習をしてた。

 前世で面接の練習くらいはしたことがあるからね。その知識も役に立った。

 おかげで、一字一句、間違いなく答えられたんだ。


「こちらが、調査結果を記した書状です」


 明蘭さんはふところから二枚の紙を取り出した。

 これが壬境族じんきょうぞくについての報告書らしい。


「念のため、情報は口頭でも申し上げます」

「お願いします」「うかがいましょう」

「最近、北の地に盗賊が多く出没しております。商人や輸送部隊に近づき、護衛がついているのを見ると、すぐに逃げてしまうとのことです。壬境族が盗賊に化けているのではないか、というのがうわさもあります。奴らの出現場所については、書状にも記しておきました」


 明蘭さんはすらすらと話し始める。

 盗賊たちが現れた場所と、出現時間についても、ひとつひとつ教えてくれる。

 燎原君の部下だけあって、優秀な人のようだ。


「そのため『飛熊将軍ひゆうしょうぐん』が、民を守るための部隊を派遣はけんしてくださいました。北へ移動する者は、彼らと同行するようにと告知が出ております。今も護衛部隊の兵士が、北門の前に集まっているところです」

「『飛熊将軍』が、そこまでしているのですか?」

「以前に柳家りゅうけの方々が襲われていますからね。同じことが起きないようにしたいのでしょう」


 俺の言葉に、明蘭めいらんさんは答えた。

 すると、ふと気づいたように、小凰が、


「旅人を装うなら、僕たちも同行した方が自然でしょうか?」

「そうですね。安全のためには、その方がいいかと」

「わかりました。ありがとうございます」


 小凰と俺は明蘭さんに一礼した。

 彼女は礼を返してから、野菜の入った籠を背負い直す。

 少し腰をかがめた姿勢は、農家の女性そのものだ。通りに出た彼女は、もう、他の人たちと見分けがつかない。

 さすが燎原君の部下だ。ああやって町の中に溶け込んで、情報収集をしているのか……。


「これからどうする? 天芳」

「ぼくも護衛部隊と一緒に移動した方がいいと思います」


 俺と小鳳は、北の地に慣れていない。

 護衛の兵士が来ている状況で二人旅をするのも人目を引く。

 どうして護衛部隊と一緒に移動しない? やましいことでもあるのか、って。


「旅人を装うなら、ついていった方がいいでしょう」

「だが、来ているのは『飛熊将軍』の部下だぞ。天芳のことを知っているかもしれない」

「そうですね。もうちょっと、旅人っぽくしましょう。頭巾ずきんを被って……と」


 俺は砂ぼこりを避けるための頭巾を取り出し、目深に被る。

 あとは顔を土でよごして、背中を丸めて、顔が見えないようにして、と。

 それに『獣身導引』の鶏のかたち『探餌鶏迷たんじけいめい (ニワトリがえさを探してふらふら歩く)』を使えば──


「……こんな感じでどうでしょう」

「すごいな……うん。別人に見えるよ。ただの疲れた旅人みたいだ」

「知り合いが見ても、俺だと気づきませんか?」

「大丈夫だと思う。僕も、同じようにしてみよう」


 俺たちはいつも『獣身導引』で、動物になりきってる。手足の動き、歩き方、呼吸までもコントールしてる。それを応用すれば、疲れた旅人に化けるのは簡単だ。

 俺と小凰は頭巾ずきんで顔を半分隠して、疲れた感じで歩き出す。

 そうして、北門に近づくと……人が集まっているのが目に入った。


 明蘭さんが言っていた通りだった。

 北門のまわりは商人の荷馬車や、その護衛、旅人たちでいっぱいだ。


 その向こうに兵士たちがいる。歩兵が数十人と、騎兵が数人。

 騎兵の中には『飛熊将軍』の紋章が入った外套マントを着けた青年がいる。あれが指揮官だろう。


 年齢は十八歳くらい。

 顔つきは『飛熊将軍』に似ているけど、体格はやや細身。

 真面目そうな顔で、兵士たちを指揮している青年で…………俺の、兄上だった。


 予想外だった。

 海亮かいりょう兄上が護衛の兵士を率いるなんて聞いてない。兄上は父上の仕事を覚えるために、北の砦に行っているはず。いきなり部隊を任されるのは不自然だ。

 なにか不測ふそくの事態でも起こらない限り──


「……天芳。後ろにいる騎兵が見えるか」

「……見えます。黒髪で長身の……って、あれは……!?」

「……ああ。藍河国あいかこくの太子、狼炎殿下ろうえんでんかだ」


 太子狼炎は、立派な白馬にまたがっている。

 着ているのは、赤色に染めたよろいだ。

 まわりの騎兵たちも同じ色の甲を身に着けてる。太子の直属部隊かな。


「北の地の民よ。君たちはこの狼炎が、必ず守ってみせよう」


 太子狼炎は騎乗きじょうしたまま、人々に向かって告げた。

 隣で兄上は、困ったような顔をしている。

 たぶん、俺も小凰も、似たような顔をしていると思う。


 太子狼炎は何度も俺や小凰にちょっかいを出してきている。

 できれば、会いたくない人物だった。


「……どうして太子殿下が、ここにいらっしゃるんだ?」

「……前に、父上が言っていました。『あの方は自分が指揮する部隊を編成したいと、国王陛下に願い出た』って」

「……その部隊が、あの赤いよろいの騎兵たちか」

「……兄上が一緒にいるのは……太子殿下が海亮兄上と親しいからですね」


 だから太子狼炎の部隊に、兄さまが同行しているんだろう。

 太子狼炎は気位プライドが高く、なんでも自分でやろうとする人物だ。

 それは『剣主大乱史伝』のラストバトルで、彼がみずから英雄軍団を迎え撃ったことからもわかる。


 彼を普通の部下が抑えるのは無理だ。

 言うことを聞かせられるのは、『友人』と呼ばれている海亮兄上くらいだろう。


 小声で話をしながら、俺と小凰は商人の荷馬車の後ろに移動した。

 本当は、ついていくのをやめた方がいいのかもしれない。

 でも、兵士たちは出発準備を整え、人々のようすを見て回っている。

 今、この場を離れたら目立ってしまう。


「……太子殿下からはできるだけ離れて、ついていくことにしましょう」

「……そうだね。天芳」


 やがて、海亮兄上の合図とともに、人々が歩き出す。

 兵士たちの後ろを進むのは商人の荷馬車だ。それを民間の護衛が囲んでいる。

 さらに後方を旅人や、単越に向かう民たちがついていく。

 俺たちは人々の中にまぎれて、歩調を合わせて進んで行く。


 そんな感じで俺たちは、人々と共に北へと向かうことになったのだった。





────────────────────


 次回、第29話は、明日の夕方くらいに更新する予定です。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る