第19話「天下の大悪人、武術の修行をはじめる」

「──『狼騎隊ろうきたい』か。そういえば太子殿下が独立部隊を作るという話があったな」


 家に帰ったあと、俺は父上と話をしていた。

 太子が口にした『この狼炎ろうえんひきいる「狼騎隊ろうきたい」』という言葉が気になったからだ。


太子殿下たいしでんかが何度か将軍府しょうぐんふにいらしていたことは知っておるか?」

「はい。ぼくが祐筆ゆうひつに行った日にもお会いしました」

「殿下はあの場所で、ご自分の部隊に加える人材を探しておられたのだ。あの方は北の町が異民族におびやかされていることをうれいていらした。それで、ご自身の直属部隊を作りたいと、国王陛下に願い出たのだよ」


 父上は腕組みして、ため息をついた。


「だが異民族──壬境族じんきょうぞく一筋縄ひとすじなわではいかぬ。わしは奴らを国境の向こうへと押し返し、最終的には不戦の約定を結ぶのが良いと考えておる」

「はい。それが父上のお考えですよね」

「しかし殿下は敵の領土へと侵攻し、彼らを根絶やしにするべきだとおっしゃっている。そうすれば国境地帯のうれいを一掃できるとおっしゃってなぁ」

「そんなことができるのですか?」

「難しいだろうな。奴らを滅ぼすには、はるか北まで遠征しなくてはならぬ。それに、北の地にいるのは壬境族じんきょうぞくだけではない。我々が壬境族討伐に向かうことで、彼らを刺激してしまうことも考えられる。万が一、北方の異民族たちが壬境族のもとで団結してしまえば……藍河国あいかこくは大きな敵を作ることになるのだ」

「難しいものですね」

「そうならぬように、わしが北の守りを固めているのだよ」


 そう言って、父上はふと、思いついたように、


「そういえば天芳てんほう燎原君りょうげんくんから聞いたのだが、お主は『お役目』を命じられるそうだな」

「はい。それが弟子入りの条件でした」

「うむ。わしにも異論はない。しっかりやりなさい」


 父上は、俺の頭をなでた。


「天芳よ。お前は燎原君りょうげんくんに評価されておる。懸念けねんだった内力も身につけた。そして、これからは武術を学ぶことになるのだな」

「父上のおかげをもちまして」

「わしはなにもしておらぬ。だが、お前は出世を望まぬのか? 能力があり、向上心もあるというのに……ただの文官を目指すつもりなのか?」

「そうですね。できれば地方の文官になりたいです」

「それもよかろう。功績を立てれば、中央に戻ってくることもできるのだから」

「いえ、無理はしません」

「そうなのか?」

「はい。地方で静かに、人々の生活を見守っていければと」

「う、うむ。まぁ、それもひとつの生き方ではあるな。よし!」


 父上はうなずいてくれた。


 ごめん。父上。

 黄天芳こうてんほうにとって都は危険なんだ。

 どこに死亡フラグがあるかわからないから。


 できれば地方で静かに暮らしたい。それと、万が一のときのために、家族が逃げ込める場所を作っておきたい。

 中央で政変に巻き込まれるより、その方がいいと思うんだ。


 俺は父上と話をしながら、そんなことを考えていたのだった。







「では、修行を始めるとしよう」


 次の日。

 宿舎では雷光師匠らいこうししょうが待っていた。


 ここは、師匠の宿舎の中庭だ。

 燎原君りょうげんくんからもらった建物だからか、かなり広い。

 中庭が建物で囲まれているのは、修行する姿を外から見られないようにするためだろう。

 俺と化央師兄かおうしけい道着どうぎに着替えて、師匠の前に立つ。


「天芳。まず最初に、私の指導方針に従うことを誓って欲しい」


 師匠は言った。


「私は君がよりよく武術を身につけられるように努力するつもりだ。だから君も私を信じて、指導方針に従ってほしいのだよ。いいかな?」

「はい。師匠」


 俺は雷光師匠をはいして、


「約束します。ぼく……黄天芳こうてんほうは雷光師匠の指導方針に従います」

「よろしい。では、化央かおうも同じようにしたまえ」

「僕もですか? でも、僕はとっくにちかっていますけれど……」

「それでもだよ。弟子がふたりになったからね。指導のやり方を変えることにしたからね」

「わかりました。師匠」


 化央師兄も、俺と同じように雷光師匠を拝する。


「故郷にいる父に誓います。この翠化央すいかおう、いかなる方針であっても雷光師匠に従います」

「よろしい。ではふたりには『獣身導引じゅうしんどういん』をしてもらおう」


 雷光師匠は言った。あっさりと。

 化央師兄の目が点になった。


「あ、あの。師匠? それは……?」

「指導方針に従うと言ったよね。化央」

「ですが、僕はその『獣身導引』というものを知らないのですが……」

「うん。天芳に教えてもらって、一緒にやるといい」


 雷光師匠はにっこりと笑って、


「これから毎日、修行のはじめと終わりには、ふたりで『獣身導引』をやること。それが新たな方針だ。最初は私が指導するが、いずれはなにも言わなくても、ふたりで自然とできるようになってもらいたいんだ」

「わかりました。師匠」


 俺はうなずいた。

 化央師兄はおどろいた顔で、


「いいのかい? 『獣身導引』とは、天芳が苦労して身につけたものなのだろう?」

「ぼくは師匠の指導方針に従うと約束しました。それに、化央師兄になら構いません」


 俺が身につけたいのは逃走スキルの『四神歩法ししんほほう』だ。

『獣身導引』はそのための手段だからね。

 独占したってしょうがないよな。


「わかった。それなら僕はお前に、上手な内力の使い方を教えよう」


 化央師兄は俺をにらみながら、そんなことを言った。


「僕が一方的に利益を得るわけにはいかないからな。これで対等だ」

「そんなに気を遣わなくても……」

「師兄の言うことには従うものだよ。天芳」

「ですが……」

「わかったな! 天芳!」

「は、はい。師兄!」


 化央師兄はいい人だけど、頑固がんこだった。


 それから雷光師匠は、これからの指導方針について教えてくれた。

 俺と化央師兄は毎日、決まった時間に修練場に来ること。

 ふたりがそろったら『獣身導引』を始めること。


 それが済んでから、雷光師匠が武術を教えてくれること。

 その後はもう一度『獣身導引』をして、最後に師兄が俺に内力の上手な使い方を教えること。

 これが、1日の流れになるそうだ。


「化央にはこれまで通り剣術を教えよう。天芳は歩法と体術を学びたいのだったね」


 雷光師匠は俺と師兄を見て、そう言った。


「ふたりとも同門どうもんの弟子だからね。たがいに足りないところを補い合って欲しい。その方が、君たちも強くなれるだろう」

「「はい。師匠!!」」

「うん。いい返事だ。それじゃ天芳」

「は、はい」

「『獣身導引』をはじめてくれたまえ。君と化央で仲良く、動物になってもらおうじゃないか」


 雷光師匠はなぜかすごくいい笑顔で、そんなことを言ったのだった。



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 次回、第20話は、明日の夕方くらいに更新する予定です。



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