第18話「天下の大悪人、王太子と語り合う」
──
「──そうだったんですか。
廊下を歩きながら、俺と師兄は話をしていた。
案内してもらわないと、迷子になりそうだ。
化央師兄は、親切に道案内をしてくれた。
外に出るにはどのルートが近道か。偉い人の邪魔をしないためには、どの
そんな中で、化央師兄の出身地の話になったのだった。
「つまり化央師兄は留学生ってことですか」
「まぁ、そんなところだ」
「……申し訳ありません。
「……なぜあやまる?」
「師兄は遠くの国から武術を学びに来たんですよね。なのに、ぼくはそこに割り込んじゃったわけですから」
「もういい」
「え?」
「その話は終わりだ。師匠が君を弟子と認めたのだ。僕が文句を言うことはない」
「……師兄って、いい人ですね」
「う、うるさいなぁ!」
「改めて、これからよろしくお願いします。兄弟子として、びしびし指導してください」
俺は師兄に頭を下げた。
何度思い返しても『
もちろん、ゲーム内に
でも、その中に化央師兄はいない。
兄上は
たぶん、師兄は奏真国に帰ったあとは、乱世には関わらずに暮らすんだろう。
つまり……化央師兄は俺の敵にはならない。
だから、安心して付き合えるんだ。
「師兄と一緒にいるとほっとしますね」
「急になにを言い出す!?」
「すみません。つい本音が出ました」
「変な奴だな。君は」
師兄は俺をにらんで、
「言っておくが、なれあいはごめんだ。君は僕の競争相手なのだからな。
「はい。師兄」
「ふん」
師兄は横を向いてしまった。
ゲームに関係ない相手だからといって、気安くしすぎたかな……。
そんなことを考えながら、俺と師兄が廊下を曲がると──
「おや。まだいたのか。奏真国の
声がした。
見ると、廊下の先に太子の狼炎と、数名の武官がいた。
「南西の小国から来た田舎者……確か、
太子は笑った。
後ろを歩いていた兵士たちが、
「太子殿下には、ご機嫌うるわしく」
化央師兄は落ち着いた表情で、
「国王陛下のご厚意にあずかりまして、この
「ご厚意か。確かに、父上は
太子は吐き捨てた。
「敵対しない限りは友好関係を保つ。
「……お望みなら。この場で」
「父上に感謝せよと言ったのだ 誰が私に叩頭せよと言った?」
膝を突こうとした師兄を、太子は笑いとばした。
……性格悪いな。この人。
『剣主大乱史伝』では、狼炎が
プロローグでは『藍河国の王、狼炎は悪女の
ゲームでは、すべての悪事は黄天芳のせいになっていた。
この人も、黄天芳と星怜のせいで道を誤ったことになっていたけど、本当に、そうなんだろうか。
俺と星怜が関わらなければ、この人は普通の君主でいられるのかな……。
……まぁ、それは先の話か。
それよりも今は師兄のことだ。
これから俺と師兄は、雷光師匠のもとで一緒に修行をするんだ。俺が師兄の世話になることもあるはず。ここは弟弟子として、手を貸すべきだろう。
そんなことを考えながら、俺は化央師兄の前に出た。
「失礼します。ぼくは『
俺は言葉が途切れたタイミングで、声をかけた。
「太子殿下にお目通りする機会をいただき、光栄に思います」
「お前は……
「はい。先日は大変失礼をいたしました。父の職場で太子殿下に無礼を働いてしまったこと、この機会にお
「なんのことだ?」
太子狼炎は横目で、俺を見た。
苦々しい口調のまま、彼は、
「ああ、そういえばお前とは、
「……さようでございますか」
父上が言っていたっけ。『太子と内力比べをしたことは、なかったことになった』。太子は、年下の俺に内力比べを仕掛けたことを、後悔している……って。
本当に太子狼炎がそう思ってるかどうかはわからないけど……本人が『なにもなかった』と言ってるからには、触れられたくないんだろうな。
だったら、それに合わせよう。
「失礼いたしました。太子殿下」
俺は太子狼炎に向かって、
「いずれにせよ、太子殿下にお目にかかれたこと、幸いに思っております」
「……そうか」
「自分はこのたび、王弟殿下のおはからいにより、
微妙な表情の太子を見ながら、俺は話を続ける。
「この機会に師匠よりすぐれた武術を学び、師兄からは異国の文化について学ぶことができれば幸いです」
「…………天芳」
「異国の文化か。ふっ。ははっ 」
太子は不機嫌そうに床を踏みならしてから、俺を見た。
「藍河国の者が、奏真国の者に学ぶことなどあるのか? 奏真は建国して日も浅い。王も二代を数えるのみだ。国としてはまだ
「雛鳥が成長して
「将軍の子ともあろうものが、ものを知らぬな?」
「と、おっしゃいますと?」
「この狼炎が聞くところによれば、奏真は山に囲まれた小国だ。水が豊富と言えば聞こえがよいが、数年に一度は川が
「…………」
太子の言葉に、化央師兄が拳を握りしめる。
それが面白かったのか、太子は俺に顔を近づけて、
「そんな国が、今後どのように発展するというのだ? 言ってみるがいい!」
──勝ち誇ったように、鼻を鳴らしていた。
……奏真国を見下すのはやめてほしいな。
外交トラブルになりかねないし、下手をすると、奏真国を敵に回す可能性もある。
俺はこの世界で生きていくんだ。
『
太子がこんなありさまじゃ、
余計なことかもしれないけど……忠告だけしておこう。
それで太子が考えを変えてくれるかは、わからないけれど。
「申し上げます」
俺は太子に一礼して、
「太子殿下は奏真国を、山に囲まれた国とおっしゃいました」
「ああ。言ったな。それがどうした」
「山が多いということは、良質な
「…………なに?」
「殿下は、奏真国からの貢ぎ物は『山で獲れた毛皮』とおっしゃいました。つまり、奏真国の人々は山で狩りをしているわけです。となると、彼らは山に詳しいということになります。未開発の山には鉱脈があるものです。我が国から技術者を送り、協力して山を調べれば、良質な鉱脈が見つかるのではないでしょうか?」
ゲームでも、奏真国では良質な武器が買えた。
ということは、あの国には武器の素材があるわけだ。
探せば、良い鉱脈が見つかるかもしれない。
あとは……確か奏真国の町の人との会話で『我が国は食料は不自由していない』というセリフがあったな。
だとすると──
「川が
「……む、むむむ」
「でしたら、藍河国から
「…………む、むむむ!?」
「殿下のおっしゃる通り、奏真国は
これから奏真国が発展するのは間違いない。
そんな国を敵に回さないで欲しい。
太子には『奏真国すごい』って伝えて、見下すのをやめてもらわないと。
「いかがでしょうか。殿下」
「…………黄天芳。お前は……」
「殿下?」
あれ? どうして太子は俺をにらみつけてるんだ?
将来のことを考えて、軽くアドバイスしたつもりだったんだけど……。
「天芳」
「あ、はい。師兄」
「……ありがとう」
ふと横を見ると、化央師兄は照れた顔で、
「君はすごいな。正直、僕自身でさえ、自分の国をそんなふうに見たことはなかった。山も、氾濫する川でさえも、可能性の宝庫か……そうか」
「師兄?」
「僕の国を評価してくれたことには感謝する」
師兄は俺に向かって一礼した。
でも、すぐに唇をとがらせて、
「だ、だが、武術の修行に関しては別だ。僕と君とは競争相手なんだからな! 故郷をほめられたって手加減はしないぞ。勘違いするなよ!!」
「ぼくは護身術程度のものを学べれば十分です。武術の秘伝は師兄が受け継いでください」
「それを決めるのは師匠だ。弟子が譲り合ったりするものではない!」
「ですが、ぼくは後から来た者ですから……」
「それは関係ない。師匠の評価と、実力がすべてだ。わかったか、天芳!」
「は、はい。師兄!」
「う、うむ。それならいいんだ」
師兄はうなずいて、それから、太子の方を見た。
「失礼いたしました。殿下」
師兄はそう言って、太子に頭を下げた。
「太子殿下のおっしゃる通り、僕の故郷はまだ田舎です。偉大なる藍河国に比べれば、飛び立つ前の
師兄の言葉に、太子は答えない。
それでも師兄は、ひとつひとつ言葉を選ぶように、ゆっくりと、
「僕自身も気づかなかった可能性を、
「ぼくも、無礼なことを申し上げてしまったことをおわびします」
俺と師兄は、そろって
タイミングがぴったりとそろってしまって、俺たちは顔を見合わせて苦笑いする。
太子は答えに
俺と師兄は動かない。
というか、太子たちに先に進んでもらわなきゃいけない。身分があるからな。
俺たちが太子の前を通り過ぎるわけにはいかないんだ。
「殿下。
「…………あ、ああ」
まわりの者にうながされて、太子が歩き始める。
俺と師兄は
「いい気になるな。『
俺の前を通り過ぎるとき、太子が、ぽつり、と、つぶやいた。
「お前の父は北方の異民族──
そんなことを言いながら、太子は俺たちの前を通り過ぎていったのだった。
「おぉ、天芳。ここにいたのか」
太子がいなくなった直後、廊下の向こうから父上と
燎原君との会食が終わったらしい。
「お疲れさまでした。父上」
「うむ。国防について、有意義な話ができた。さすがは王弟殿下だ」
「……兄さん。そちらの方は?」
父さまの後ろで、星怜が不思議そうな顔をしている。
俺は化央師兄の横に移動して、
「こちらは
「はじめてお目にかかります。『飛熊将軍』
「おお! 雷光師匠の弟子ということは、天芳と星怜を助けてくださった……」
「僕は師匠について回っていただけです。なにもしていません」
師兄が一礼する。
それを見た父さまは、感動した様子で、
「うむうむ。礼儀正しい方のようだ。よい兄弟子ができたな。天芳」
「はい。化央師兄はすばらしい方です」
なんといっても、『剣主大乱史伝』に無関係だからね。気楽に付き合える。
本当は師兄じゃなくて、対等の友人になれればよかったんだけど。
「ぼくは師兄と出会えたことを幸運に思っています」
「うむ。翠化央どの。困ったことがあったら、わしを頼ってくれ。兄弟子と弟弟子は兄弟同然と聞く。ならば、貴公はわしの身内のようなものだ」
「ありがとうございます。将軍閣下」
「ぼくはこれから、師兄と一緒に
「……なんでもないのです」
気づくと、星怜が化央師兄をじっと見つめていた。
不思議そうに首をかしげている。
「星怜。師兄をじろじろ見るのは失礼だよ」
「す、すみません。兄さん」
星怜は小走りに俺の左側……化央師兄がいるのとは反対側に来る。
俺の
『獣身導引』をやっていると、すぐに星怜は俺にくっつきたがる。家の中では手を繋いだり、ほっぺたを押しつけたり、外では袖をつかんだりするようになったんだ。
「仲のいいご家族のようだね」
その様子を見て、化央師兄がほほえむ。
「実家の家族を思い出してしまったよ。僕は……天芳がうらやましいな」
「いつか、師兄のご家族にも会ってみたいです」
「そうだね。そうできたらいいね」
それから屋敷の門を出て、そこで俺たちは、父上や星怜と別れた。
その後は雷光師匠の宿舎に入り、修行場の見学と、修行の手順について教えてもらった。
「それでは、明日からよろしくお願いします。化央師兄」
「うん。こちらこそ」
ぎこちない表情だったけれど、師兄は笑ってくれた。
さてと、『
────────────────────
次回、第19話は、明日の夕方くらいに更新する予定です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます