第16話「天下の大悪人、王弟殿下と会う」

 ──天芳てんほう視点──




 星怜せいれいの事件から数日後。

 俺は父上や星怜と一緒に、燎原君りょうげんくん屋敷やしきを訪ねることになった。

 助けてもらったことへのお礼と、俺が無礼ぶれいを働いたことのお詫びをするためだ。


 馬車を仕立てての訪問だった。

 御者は白葉はくよう。座席には、父上と俺と星怜が乗っている。


 馬車の後ろには、礼物れいもつを持った者たちが続く。

 数は数人。これは少ない方らしい。

 これが王侯貴族おうこうきぞくになると百人以上の行列が続く。人数と大量の礼物を並べることで、相手への敬意を表すそうだ。

 貴族の人づきあいって大変だな……。


「見るがいい。あれが王弟殿下のお屋敷やしきだ」

「お城みたいですね」

「……びっくり、です」


 やがて、高い壁に囲まれた建物が見えてくる。

 正面には大きな門があり、その前には数名の門番がいる。門の向こうには見張り台。そこにも兵士が配置されている。

 いかにも、高位の貴人の屋敷といった感じだ。


 壁の向こうに高楼こうろうが見える。

 父上によると、『望月楼ぼうけつろう』という名前らしい。

 月見をするためのうてなで、登れば北臨ほくりんの町を見渡せるそうだ。


 屋敷のまわりに建っているのは、燎原君の部下や食客しょっかくの家だそうだ。

 食客──つまり燎原君の客人はさまざまな才能を活かして、燎原君に仕えている。

 雷光先生もその一人だ。ゲーム世界では燎原君の用心棒をしていたっけ。


「ふたりとも、馬車を降りよ。くれぐれも王弟殿下に失礼のないようにな」

「はい。父上」

「わ、わかりました」


 門の少し手前で馬車を降り、父上を先頭に門に近づいていく。

 すでに話は通っていたのだろう。父上が名乗ると、ゆっくりと門が開いていく。


 門の向こうは、石畳いしただみの広場だった。

 通路の左右を衛兵が守り、そのまわりには、様々な人々が集まっている。


 武術の練習をしている人がいるかと思えば、碁を打っている人もいる。詩歌しいかを口ずさんでいる人の隣では、異民族に対する議論が行われている。すべて、燎原君りょうげんくんの客人らしい。


 人々の間を抜けて、俺たちは先へと進んで行く。

 建物に入り、朱塗りの柱の間を通り、奥の間へ。


 その奥の間で、燎原君は俺たちを待っていた


 最高位の貴族なのに、着ているものはそれほど高級には見えない。

 王家の人はキラキラした飾りを好むと聞いていたけど、この人は違うようだ。

 そういえば屋敷の中に、高級そうな調度品や飾り物はなかったな。


 俺はゲーム中の燎原君のセリフを思い出す。

 確か『乱費らんぴする奸賊かんぞくめ。金品は人材に使うものだ』だっけ。

 資金は贅沢品ぜいたくひんではなく、人材を養うのに使っているんだろうな。


燎原君りょうげんくん』の名前の由来は、戦で焼き払われた──燎原りょうげんと化した町や村を復興させたことから来ている。

 王弟にして宰相。外交の達人で、人望豊富。質実剛健しつじつごうけん


 それが藍河国あいかこくのナンバー2。

 王弟、燎原君りょうげんくん──本名、あい伯勝はくしょうだ。


「王弟殿下には、ご機嫌うるわしく」


 父上は床にひざをついた。

 俺と星怜も同じようにする。


「本日はお目通りの機会をいただいたこと、感謝いたします。黄英深こうえいしんとその子、黄天芳こうてんほう、ならびに養女の柳星怜りゅうせいれいでございます。王弟殿下にごあいさつの機会をたまわり、光栄に存じます」

「堅苦しいあいさつは不要ですよ。黄英深どの」


 燎原君が席を立ち、父上に近づく。

 そうして、まるで同僚にするかのように、父上の肩を叩いた。


「私たちはともに王家の臣下です。それに、これは私的な席。ひざまづく必要などありませんよ」

「恐れ入ります」


 父上は恐縮したように、身体を震わせた。

 許可をもらって視線を上げると、燎原君は穏やかな表情でこちらを見ていた。


 この人は、ゲーム内では……黄天芳の敵だった。

 今は味方してくれてるけど、油断はできない。慎重に行こう。


「先日、王弟殿下が町をご散策されているときに、息子が無礼を働いてしまったと聞いております」


 父上の挨拶は続いている。


「王弟殿下への無礼は、臣下としてあるまじきこと。今日はそのおびに参った次第であります。また、王弟殿下の部下の方が、天芳と星怜の窮地きゅうちを救ってくださったとうかがっております。それらのお礼をしたくてうかがった次第です。どうか、礼物をお納めください」

「謝罪とお礼の言葉は受け取りました。それで十分ですよ」

「……なんと?」

「事情はご子息から聞いています。かどわかされた妹を探していたとか」


 燎原君はあごに手を当てて、納得したようにうなずく。


「あの日は祭りのせいで、町はごったがえしておりましたな。ならば妹を探すため、車上にいる私に声をかけるのは合理的な判断だ。黄家は、賢いご子息を得ましたな」

「お、恐れ入ります」

「黄天芳どの」


 燎原君の細い目が、俺を見た。


「妹君が無事に戻られたことに、お祝いを申し上げよう」

「王弟殿下のおかげをもちまして」

「それと、君の希望については聞いている。武術家の雷光への弟子入りだったね」


 ──来た。

 俺は膝をついたまま、深呼吸してから、答える。


「はい。できましたら、ぜひに」

「理由を聞いてもいいだろうか」

「ぼくは生まれつき内力ないりょくが弱く、武術を学ぶことができませんでした」


 俺はゆっくりと、言葉を選んでいく。


「最近は少しだけ内力もつきましたが、それでも、正式に武術を学んだ方には敵いません。妹の星怜がさらわれたとき、それを実感しました。暴漢ぼうかんに抵抗することはできましたが、彼らを排除することはできなかったのです」

「うむ。続けなさい」

「その後、助けに来てくださった雷光先生の動きに、ぼくはせられました。あの方は身体の重さなどないかのように、壁を走り、宙を舞っていらっしゃいました。あのような軽功けいこうや歩法を身につけることができれば、戦えないぼくでも、敵から逃げることができるかもしれないと思ったのです」

「君が逃げるだけかね?」

「いいえ。逃げるときは、家族も一緒です」


 俺は答える。


「危機におちいった家族を守り、共に逃げる。あるいは、雷光先生のような動きで敵を混乱させて、家族が逃げる時間を稼ぐ。それが、ぼくが雷光先生に弟子入りしたい理由です」

「理解した」


 こつん、と、足音をさせて、燎原君が星怜の方に移動する。


「柳家の長女、柳星怜りゅうせいれいよ」

「は、はい! 王弟殿下!」

「君を助けるために、君の兄は私に頼み事をした。私は彼に手を貸した。その結果、君は今ここにいる。それはわかるね?」

「はい!」

「その上で、君の兄は私に頼み事をしている。家族を守りたいという願いは叶えてあげたいと思うが、代わりに君は我慢しなければいけないことがある」

「……は、はい」

「簡単なことだよ。君の兄は私が依頼した仕事をする。君は兄が自分のために苦労することを受け入れなければいけない。できるかな?」

「────!?」


 星怜が息をのんだのが、わかった。

 燎原君は真面目な表情で、俺と、星怜を見下ろしている。


「黄天芳は『飛熊将軍ひゆうしょうぐん』の名を使い、私に、君の手がかりについてたずねた。それはいい。子どもの命がかかっていることだからね。同輩である『飛熊将軍』の家族を救うためなら、私が手を貸すのは当然だ」


 燎原君は厳しい口調で、


「けれど、私の客人に弟子入りしたいというのは、黄天芳個人の願いだ。無条件で叶えるわけにはいかない。願いを叶えるには対価が必要だ。彼は武術を学ぶ代わりに、その技術を使って、藍河国のために仕事をしなければいけない」

「は、はい」

「そんな彼に、君はなにをしてあげられるのかな?」

「……わたしは……できる限り、天芳兄さまをお助けします」


 星怜は、震える声で答えた。


「できることは、なんでもします。なにが兄さまの助けになるのかを考えて……できることを。私の命は、天芳兄さまにもらったようなもの……ですから」

「そうか、わかった」


 燎原君はうなずいた。


「私は、黄天芳が君の所在をたずねたときの顔を覚えている。まるで自分の命がかかっているような必死さ。君を、心から大切に思っているのが伝わってきたよ」

「……は、はい。兄さまは、そういう方です……から」

「そんな君が兄をどのように思っているのか、確認したかったのだよ」

「王弟殿下におたずねします」


 不意に、父上が声をあげた。


「殿下は天芳に、なにか役目を申しつけるおつもりなのですか?」

「わかるように説明しよう。黄天芳も柳星怜も座りなさい」


 燎原君がそう言うと、まわりにいた家僕かぼくが音もなく椅子を差し出す。

 一糸乱れぬ動きに圧倒されながら、俺たちは椅子に腰掛ける。


「黄天芳にたずねる。雷光が君を助けたとき、一緒にいた少年を覚えているかな?」

「覚えています。翠化央すいかおうさまですね」

「彼もまた雷光の弟子だ。私にとっては、部下の弟子ということになるね」


 燎原君は言った。


「彼も、これから『お役目』を果たすことになる。王弟である私は、国のために尽くすのが義務だ。その私の客人から学ぶ武術は、藍河国のために使ってもらわなければいけない。君も同じだよ、黄天芳。ある程度の武術を身に着けた後で、私の依頼する役目を果たしてもらうことになる。いいかな?」

「はい。承知いたしました。お仕事をさせてください」

「……君は、話が早いな」


 燎原君が目を見開く。

 予想外の反応だったのだろうか。


 でも、こちらに選択の余地はない。

『黄天芳死亡フラグ』は、どこに落ちてるかわからない。

 いざというときに生き残るには、逃走スキルの『四神歩法』が必要だ。

 それを学ぶ機会を逃すわけにはいかないんだ。


「若い子は思い切りがいいものだね。どんな役目を任されるか、不安に思わないのかな?」

「高名な王弟殿下が、理不尽な仕事を依頼されるとは思えません」

「名高い? 君はうわさだけで判断したということかな?」

「この場に父……いえ『飛熊将軍』が同席していることも、理由のひとつです」

「続けたまえ」

「王弟殿下のおっしゃる『お役目』とは、父のお役目とも関わりのあるものだと思ったんです」


 燎原君は、他人の深いところまでのぞき込むような目で、俺を見ている。

 願いを聞くに値する者かどうか、測っているようだ。

 やっぱり……この人は怖いな。


「父は異民族から国境を守るため、一年の半分を北の砦で過ごしています。その父が納得するようなお役目なら、おそらくは北の地に──」

「そこまで」


 燎原君は手を挙げて、俺の言葉を止めた。

 満足そうな笑みを浮かべて、それから、父上を見た。


「やはり、黄家は良い子を得たようだ」

「もったいないお言葉です」

「『飛熊将軍』の後継者である黄海亮こうかいりょう。智恵と勇気を兼ね備えた弟、黄天芳か。ふたりがいれば黄家も安泰だろうね。惜しいな。兄上にも彼らのような子が……」

「王弟殿下?」

「いや、失言だった。忘れてくれたまえ」


 燎原君は気分を変えるように、手を叩いて、


「『飛熊将軍』に申し上げる。ご子息を私の客人に預けてもよいだろうか」

「王弟殿下が天芳を認めていただいたのであれば、なにも申し上げることはございません」


 父さんは立ち上がり、拱手きょうしゅした。


「息子をよろしくお願いいたします。殿下」

「承知した。では、黄天芳どの」

「はい。王弟殿下」

「別室に案内しよう。君をあらためて、雷光と翠化央に紹介しなければいけないからね」


 そう言ってから、燎原君は父上と星怜の方を見た。


「黄英深どのと妹君には、うたげの用意が整っている。この機会に黄英深どのと親睦を深めたいからね。ああ、柳星怜。心配そうな顔をする必要はない。君の兄君は私が責任をもって、君のもとにお返ししよう。燎原君りょうげんくんというたいそうな名前にかけて、約束するとも」



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 次回、第17話は、明日の夕方くらいに更新する予定です。



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