第14話「天下の大悪人、父に願いごとをする」

「ぼくは、王弟殿下おうていでんか無礼ぶれいはたらいてしてしまいました」


 俺は父上に、星怜せいれいを見つけるまでのことを話した。


 将軍府しょうぐんふを出たあと、町で燎原君りょうげんくんの馬車を見つけたこと。

 その馬車に近づいて、星怜についてたずねたことを。


「王弟殿下は許してくださいましたが、ぼくが無礼を働いたことに変わりはありません。くつろいでいらっしゃるところに近づき、無断で声をかけてしまったのですから」

「……ううむ」


 父上は腕組みをして、考え込んでいる。

 俺は続ける。


「なのに王弟殿下は部下に命じて、ぼくと星怜を探してくださいました。ぼくが柳阮りゅうげんたちに捕まりそうになったとき、その方々が助けてくれたのです。武術家の雷光らいこう先生と、翠化央すいかおうという少年でした」

「そうか……」

「ぼくは王弟殿下に『このお礼はいずれ』と申し上げました。約束をたがえては父上の名に傷をつけることになります。どうか、王弟殿下にお目にかかる機会をいただけるよう、父上からお願いしてはいただけないでしょうか」


 俺は頭を下げた。


 お礼をしたいのは本当だ。

剣主大ヒストリー=オブ乱史伝=ソードマスター』に登場する燎原君は、知略と人望でゲーム内の黄天芳こうてんほうを追い詰めていた。

 敵に回すと怖い人だから、できるだけ礼儀正しくしておかないといけない。


 それに、これは雷光先生に弟子入りするチャンスでもある。

 雷光先生は『四神歩法ししんほほう』の使い手のはずだ。

 だから壁を走ってたわけだし、あれを見れば雷光先生の移動力が高いのがわかる。


 俺は意識を失う前に、先生に『弟子にしてください』と言った。

 雷光先生もうなずいてくれたけど……それは、あの場でのことだ。

 うやむやにしないためにも、きちんと弟子入りしておかないと。


「……おどろいたな」


 しばらくしてから、父上は首をかしげた。


「こんな偶然ぐうぜんがあるものなのだな。おどろいておるよ」

「偶然、と言いますと?」

「以前、わしは玉四ぎょくし海亮かいりょうと話し合い、わしらは天芳てんほうを王弟殿下……燎原君の客人に弟子入りさせると決めていた。そのための準備を整えていたのだよ」

「そうだったのですか!?」

「言い出したのは海亮だ。燎原君のもとには多くの武術家がおる。その中には、天芳の才能を伸ばせる者もおるかもしれぬと言ってな。それで、燎原君にお願いするところだったのだ」

「そうだったんですか……」


 そっか。

 俺は知らない間に、家族に助けられていたのか……。


 ……そりゃそうだよな。

 一般人が王弟の馬車の前に飛び出したら、斬り殺されても文句は言えないよな。

 許してもらえたのは、父上のおかげだったのか。


「ありがとうございます。王弟殿下がぼくの話を聞いてくれたのは、父上がぼくのことを伝えていてくださったからだったのですね……」

「いや、まだ伝えておらぬが?」

「……え?」

「伝えようとした矢先に、星怜がさらわれたのだ」

「…………え?」

「そもそも、わしの書状はお主が代筆だいひつしておる。お主は、燎原君あての書状を書いた記憶があるか?」


 ……そうだった。

 じゃあ、燎原君が話を聞いてくれたのは、あの人がいい人だったからで……。

 運が悪ければ、護衛に問答無用で斬りすてられていた可能性もあったのか。

 ………………はぁ。


「今さらになって青くなってどうする。お前は豪胆ごうたんなのか臆病おくびょうなのかわからぬな」

「臆病ですよ。ぼくは」


 俺はため息をついた。


「父上の職場で……太子殿下に無礼を働いたことも、気になって仕方がないんです。内力比ないりょくくらべの最中に、思わず殿下の『気』を受け流してしまって……結果、殿下が転んでしまったのですから」

「あれは遊びだったと聞いているが」

「それでも、殿下に無礼を働いたことに代わりはありません。きちんと謝罪をしなければ──」

「いや、海亮の話では、あれはなかったことになったらしいぞ。殿下はその場にいた者に『私の足が滑っただけだ。転がされてなどいない』『お前たちはなにも見ていない。いいな』と言っていたらしい」

「……そうだったのですか」

「殿下も、年下の者に内力比べを仕掛けたことを後悔されているのだろう。気になるならば、いずれわしが謝罪の機会を設けてやる。それでよいな?」

「は、はい。お願いします」

「太子殿下の方はこれでよいとして……やはり燎原君には、直接お礼をしなければならぬな」


 父上はひげをなでながら、笑った。


「わしとお前、それと星怜を連れて、あいさつにうかがうとしよう」

「ありがとうございます。父上」

「それで、弟子入りの話だが……」

「燎原君のもとには雷光先生という方がいらっしゃいます。その方に弟子入りしたいと思います。すでに話は通していますから、あとは燎原君の許可をいただければと」

「承知した」

「ぼくが書状を代筆します。紙とすずりをお借りできますか?」

「今からか? 少し休んだらどうなのだ?」

黄家こうけは王弟殿下に大きな恩を受けました。できるだけ早くお返しするべきだと思います」

「それはわかるのだが。少し待て」

「……どうしてですか?」

「星怜が、扉の向こうからのぞいておるからだ」


 言われて振り返る。

 父上の部屋の扉がうっすらと開いて、星怜の顔が見えた。

 おどおど……といった感じで、こっちを見てる。後ろには母上の姿もある。

 母上公認で、様子を見に来たらしい。


「星怜はお前のことが心配でたまらぬのだろう。まずは、話をしてやるがよい」


 苦笑いしながら、父上はそんなことを言ったのだった。







 俺は星怜を連れて、自室に戻った。

 燎原君のことは、父上が話をするとけ合ってくれた。

 今は、ゆっくり休むように言われたんだ。


「……兄さん」


 星怜は、目に涙をためて、俺を見ていた。


「兄さん。兄さん……星怜は……あの」

「星怜が無事でよかったよ」


 俺は言った。


「それに……王弟殿下の部下の人を連れてきてくれたのは星怜だよね。おかげで助かったよ」


 燎原君は部下を使って、俺と星怜を探してくれていたそうだ。

 雷光先生もそのひとりだった。

 彼女と出会った星怜は、正確に、俺の居場所を伝えてくれたんだ。


「ありがとう。星怜」

「で、でも……兄さんがひどいめにあったのは、わたしのせいで……」

柳阮りゅうげんに『お母さんのゆくえを知ってる』って言われたんだよね。それじゃ仕方ないよ」

「お母さんは亡くなってるって、わたし、知ってました……」

「それでもだよ。星怜は、お母さんのお墓にお参りしたかったんだから」


 この世界の人たちは、親や祖先をうやまう気持ちが強い。

 亡くなった人は数十日間、この世に留まって、子孫を見守るといわれている。

 これは俺の前世の世界にもあった風習だけれど、この世界ではそれが強い。

 そのためか、遺体をきっちり埋葬まいそうしようとする。


 逆にゲームの中の黄天芳が牛裂うしざきの刑にされたり、死体が放置されたりするのは、『埋葬まいそうなんかさせるか!』という意味だったりするんだが。


「星怜はお母さんのお墓に行って、自分は大丈夫だって伝えたかったんだよね?」

「……はい」

「その気持ちはわかるよ。うん。仕方ないね」

「兄さん……」

「悪いのは、星怜の気持ちを利用した柳阮だ。星怜は少しも悪くない」

「で、でもでも、わたしのせいで、兄さんが……」

「だったら、その分、星怜が幸せになってくれればいいよ」


剣主大ヒストリー=オブ乱史伝=ソードマスター』で星怜が後宮に入るきっかけを作ったのは、たぶん、柳阮りゅうげんだ。

 あいつが星怜に変な教育をして、後宮に入れたんだろう。


 星怜は、むしろ被害者だった。

 だまされて誘拐された上に、むりやり後宮に入れられたら、性格がゆがんでも仕方がない。


 ゲーム世界の黄天芳こうてんほうが悪人になったのも、それがきっかけだったのかもしれない。

 義妹がさらわれて、悪女になって戻ってきたら……責任を感じるはずだ。

 その自己嫌悪から逃れるために、地位や財力を望んだ。そういうこともあり得る。


 でも、星怜が後宮に入るフラグはたたき折った。

 あとは、星怜が幸せになってくれればいい。黄家でのんびり暮らしていれば、悪女になることはない。自分から後宮に入ろうとも思わないだろう。

 そうすれば、俺が破滅することもなくなるはずだ。


「ぼくは、星怜が幸せでいてくれれば、それでいいんだ」

「……兄さん」


 星怜はうるんだ目で、じっと俺を見ていた。

 それから、恥ずかしそうな口調で、


「兄さんは言ってくれました……『星怜は誰にもやらない』『星怜はぼくが幸せにする』って」

「うん」


 正確には『俺が・・幸せにする』だったけど。

 とっさに『俺』って言ってしまった。前世の地が出ちゃったんだよな。

 星怜は気にしてないようだから、いいんだけど。


「あれは……本当のきもち、ですか?」

「もちろん」


『後宮入りフラグ』を復活させないためにも、星怜には黄家で幸せに暮らしてもらいたい。

 うん。なにも間違ってないな。


「……そ、そうですか」


 星怜は真っ赤な顔で、胸を押さえた。

 それから彼女は、なにかを決意したような表情で、


「兄さん。わたしはもっと、強くなりたいです」


 ──そんなことを、言った。


「強くなって、黄家の皆さんに恩返しがしたいです。兄さん……いえ、英深えいしんさまや海亮かいりょうさま、玉四ぎょくしさま、天芳兄てんほうにいさんの役に立ちたいんです」

「そっか」

「それに、もう、外の世界が怖くなくなりましたから」

「あんな目にったのに?」

「はい。あれに比べれば……他のことなんて、たいしたことじゃないですから」


 星怜は胸を押さえて、自分の心の中を確認するように、続ける。


「強くなって……それから、たくさん友だちを作りたいです」

「それなら、黄家の社交の手伝いをするといいよ」

「社交の、ですか?」

「うちは、母上の身体があまり強くないからね、他の将軍家や貴族への付き合いは、兄上が担当してるんだ。星怜が手伝ってくれれば助かるよ」

「は、はい。がんばります!」


 星怜はそう言って、笑った。


「それで……兄さんにお願いがあるのですけれど」

「なにかな?」

「これからも、一緒に導引どういんをやってもいいですか?」

「それはもちろん」

「……よかった」


 星怜は安心したようなため息をついた。

 照れた顔で、指先に銀色の髪を、くるくると絡めている。


 黄家に来たばかりとは別人のようだ。

 あのときの星怜は両親を亡くしたばかりで、まわりのものすべてを恐がっているように見えた。

 今は……普通に笑ったり恥ずかしがったりしてる。

 まるで、忘れていた感情を、取り戻したみたいに。


「わたし……柳星怜りゅうせいれいは、これからも天芳兄さんにお仕えします。どうか、見守っていてください。兄さん」


 星怜は優しい笑みを浮かべて、そんなことを言ったのだった。





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 次回、第15話は、明日のお昼くらいに更新する予定です。



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