第13話「天下の大悪人、帰宅する」

「…………あれ?」


 目を開けると、見慣れた天井があった。

 自宅の、俺の部屋だ。

 いつの間に戻ってきたんだろう。


 路地で柳阮りゅうげんや武術家たちと戦って……敵わなくて、結局、雷光先生とその弟子に助けられたところまでは覚えている。

 あの人たちが、家まで運んでくれたんだろうか。


「……痛みは……ないな」


 短剣で斬られた傷も、今はなんともない。

 少年──翠化央すいかおうの言っていた通り、軽傷だったみたいだ。


 でも、右手が動かない。なにかやわらかいものに包まれている。

 そちら側に顔を向けると……銀色の髪が見えた。

 ベッドにうつぶせになって、静かに眠っている姿も。


「…………にいさん」

星怜せいれい……」


 星怜は寝台ベッドにつっぷしたまま、俺の手を握っていた。

 いつから、こうしていたんだろう。ずっと星怜が看病してくれてたのかな。


 額に触れると、濡れた布が置かれていた。

 寝てる間、熱がでていたらしい。

 仕方ないか。生まれて初めての命のやりとりをした後だもんな。

 実際……よく生き残れたもんだ。


「失礼します……!? ほ、ほうさま。お目覚めになられたのですか!?」

「し────っ」


 俺は唇に指を当てて、眠る星怜を指さした。

 こくこく、とうなずいたのは、白葉はくようだ。

 彼女も俺の看病をしてくれていたみたいだ。


「もうお身体はよろしいのですか?」

「大丈夫です。白葉は?」

「私はなんともありません。それより、ほうさまは三日も眠りっぱなしだったんですよ?」

「三日もですか?」

「最初の夜は熱を出してらっしゃいました。あれだけのことがあったのです。無理もないですよ」

「……ですよね」

「そうそう、脚の傷はもう大丈夫ですよ。お医者さまにていただいたので間違いありません。とっさの処置が良かったようです」


 白葉はほっとした顔で、


「居合わせた方が、治癒の軟膏なんこうを塗ってくださっていたとか。あとでお礼に行かなければいけませんね」


 処置をしてくれたのは、やっぱり雷光先生だったそうだ。

 本当に感謝しないと。


「星怜は、ずっとここに?」

「はい。『兄さんの面倒はわたしが見ます』とおっしゃって」


 白葉は優しい笑みを浮かべた。


「星怜さまがあれほど強い口調で話をされたのは、はじめてでした」

「……そうだったんですね」


 俺は空いた手で、星怜の頭をなでた。


「それで……事件の方はどうなりましたか?」

柳阮りゅうげんと仲間の小男は捕らえられ、ろうに送られました」


 白葉は星怜が眠っているのを確かめてから、説明をはじめた。



 今回の事件の主犯は、星怜の叔父おじ柳阮りゅうげんだった。

 奴は柳家りゅうけから絶縁ぜつえんされた後、裏社会の連中と関わっていたそうだ。

 そして柳阮は、柳家の人たちが殺されたことを知り、星怜に目をつけた。


 奴は柳家にいた頃から、星怜には優しかった。

 けれど、それは家族としての優しさではなく、珍しい生き物を大事にするようなものだったそうだ。

 あいつは星怜のことを『高価な希少生物きしょうせいぶつ』として、お金に換えることをたくらんでいたんだ。


 だから柳阮りゅうげんは人買いを生業なりわいとする小男──れんに声をかけて、仲間に引き入れた。

 れんが連れてきたのが短剣使いの燕鬼えんきだった。

 燕鬼は黄家こうけの名前を聞きつけて、仲間になりたいと言ってきたらしい。


 星怜を後宮に入れることを提案したのも燕鬼だった。

「狙うなら大魚を」を言って、柳阮たちをその気にさせたそうだ。

 そうして柳阮は、星怜の元にやってきた。


 ──その後は、俺の知っている通りだ。



柳阮りゅうげんれんは、刑に服すことになるでしょう。ただ、黒ずくめの男は……」

「逃げられたんですね?」

「すでに北臨ほくりんを出たと、将軍はお考えのようです。ああいう連中は素早いですから。荷駄にでも隠れて、町の門を抜けたのではないかと」

「そうですか……」

「いずれにせよ。芳さまと星怜さまがご無事でなによりでした」


 そう言って、白葉は床に膝をついた。

 そのまま床に頭を打ち付ける。

叩頭こうとう』といって、この世界の最も丁重ていちょうなお辞儀だ。


「星怜さまがさらわれてしまったのは、私のせいです。私はもっと柳阮を警戒するべきでした。お詫びいたします。芳さま」

「やめてください。白葉のせいじゃないです」

「ですが……」

「むしろ逆です。白葉が危機を知らせてくれたから、ぼくは星怜を救うことができたのです。ぼくからも、父上にはそう申し上げます。白葉は悪くない、って」

「…………芳さま」

「ぼくも星怜も無事だったんです。それでいいじゃないですか」


 俺はまた星怜の頭をなでた。


「でも、星怜には辛いことになってしまいましたね」

「星怜さまは大丈夫だと思いますよ」

「そうなんですか?」

「星怜さまはお強くなられました。なにがあったのかを将軍さまたちに説明されたのは、星怜さまなのですよ」

「……星怜が?」

「ご立派でした。これから黄家のために尽くしたいとおっしゃっていましたよ」


 白葉はそう言って、笑った。


「星怜さまが目を覚ましたら、ほめてあげてください。それが星怜さまにとって、一番のごほうびだと思います」

「そうします。でも……その前にしなければいけないことがあるんです」


 俺は顔を上げて、白葉に問いかける。


「父上は今、お部屋におられますか?」

「いらっしゃいます。急ぎのご用事ですか」

「はい。王弟殿下おうていでんかに関わることです」


 俺は言った。


「ぼくは星怜を助け出すために、王弟殿下のお力を借りてしまいました。その時に『必ずお礼をします』と申し上げたんです。父上にその話をしなければいけません」


 そうして俺は、星怜を起こさないように──静かに父上の部屋へと向かったのだった。



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次回、第14話は、今日の夕方くらいに更新する予定です。

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