第12話「天下の大悪人、達人と出会う」
俺がやるべきなのは、それまでの時間稼ぎだ。
その後は『
そのまま大通りまで逃げて、星怜と合流する。
それだけだ。
「……こんなところで死ぬものか、だとぉ?」
俺の前には、
その後ろには柳阮が。
さらにその後ろには黒ずくめの服を着て、棒を持った男がいる。
「
小男が蹴りを繰り出す。
──速い。やっぱり、こいつも武術使いか。
だったら『
がきんっ!!
「────っ!」
俺が使ったのは『獣身導引』の亀のかたち。
両腕に
痛みはない。たぶん、俺の内力のおかげだ。
だけど……敵は強い。今の蹴りも恐ろしく速かった。
対するこっちは最弱だ。どこまで……時間稼ぎができる?
星怜は、もう、大通りまで逃げただろうか。
俺もこの場を離れるべきか?
いや、安全のために……もう少し、こいつらを足止めした方が──
「その坊ちゃんを甘く見るな。お前の蹴りは効いてねぇぞ」
黒ずくめの男が声をあげた。
「内力で防がれてる。油断するんじゃねぇ!」
──見抜かれてた。
あの黒ずくめが、一番の
「武術の心得があるのは当然でしょうよ。兄貴」
小男が笑った。
「『飛熊将軍』の子が武術を使えないわけがねぇ。だからなにもできねぇように痛めつける必要があるんでしょうが!」
小男が振り返る。
黒ずくめの男と話しながら、俺を蹴るために足を振り上げる。
──今だ!
俺は『獣身導引』の『猫丸鞠如 (猫はマリの類似品)』で身体を縮める。
そのまま地面に転がって路地の隙間に──
「────がっ!?」
脚を、黒いものがかすめた。
黒塗りの短剣──武術家が使う、
「……だから油断するなって言ってるんだ。馬鹿が!」
黒ずくめの男が、俺を見ていた。
短剣を投げたのは奴だ。
あの黒ずくめは、強い。
もしかして……『剣主大乱史伝』に登場するキャラなのか?
「その坊ちゃんは、いい
「経験を得る機会なんざ与えませんぜ、兄貴!!」
「がはっ!?」
蹴りが来た。
俺は再び『
衝撃が来て──俺は壁に叩きつけられる。路地の隙間が……遠くなる。
「修行すればひとかどの者になれただろうに。気の毒になぁ」
「こ、殺せ! 殺してしまえっ!!」
その声を聞いた黒ずくめの男は、口をゆがめて、
「おいおい
「……ぐっ」
「兄貴の言う通りですぜ。こいつには、別の役に立ってもらいましょう」
「だ、だったらどうするっていうんだ。
柳阮は横目で、小男をにらんだ。
「わかるでしょう? 逃げられないようにしてから、交渉に使うんですよぉ」
小男が舌なめずりをしながら、小刀を抜いた。
「まずは手足の
「い、いや……そこまでは」
「殺せと言ったじゃねぇですか」
「そ、それは勢いで……黄家の実子を殺したら……あの家を敵に……」
「覚悟を決めましょうや。なぁ」
小刀を手にした小男が近づいて来る。
柳阮は、後ろで怯えている。黒ずくめの男は興味なさそうな顔だ。
俺は身体を丸めたまま、じっと機会を持つ。
『獣身導引』の『
相手が攻撃しようとした直後に、反撃する。通らなくてもいい。
とにかく、逃げる隙ができればいいんだ。
ここは路地だ。入り込めそうな隙間はあちこちにある。
もう、十分に時間は稼いだ。
ここでなんとか逃げ延びれば──俺の勝ちだ。
「顔を見せろ」
小男が近づいてくる。
俺が動けないと思ったんだろう。
「良家のガキのおびえた顔を見るのは、この仕事の楽しみのひとつで──」
「……やめとけ」
黒ずくめの男が、小男を止める気配がした。
「は、はぁ!? なんでですかい。
「名を呼ぶな。それに、この坊ちゃんを甘く見るんじゃねぇ」
「……え?」
「こいつが
黒ずくめの男は、ため息をついた。
小男は慌てたような口調で、
「ど、どういうことですかい!?」
「聞こえねぇのか? 無能が! てめぇと組んだのは失敗だったな。あぁ!」
黒ずくめの男が、小男を
それから奴は気配を探るように、目を閉じて、
「悪ぃな、柳さん。オレはこの仕事から下ろさせてもらう」
不意に、黒ずくめの男が後ろにさがる。
それを見た
「なんだと!? どういうことだ!?」
「な、なに言ってんですか!? 兄貴!!」
「時間切れだって言ってるだろうが! ……この坊ちゃんの勝ちだ」
黒ずくめの男が後ろに跳ぶ。
次の瞬間──
「ああ。確かにその少年の勝ちだ!」
──壁を走ってきた女性が、短剣使いに斬りつけた。
「
「ちぃっ!!」
銀色の長剣が、黒ずくめの男の短剣を弾き飛ばす。
即座に男は後退。二撃目を避けるために、距離を取る。
「
「人の評価などに興味はないな」
「そうかよ!!」
黒ずくめの男が女性を蹴りつける。かわされる。
けれど男はその勢いのまま、後方に飛ぶ。
女性は長剣を手にしたまま、黒ずくめの男をにらみつける。
「貴公こそ何者だ。それだけの腕を持ちながら、犯罪に手を染めるとは」
……すごい。
長剣の女性はわずか一瞬で、この場を支配してしまった。
小刀を手にした小男も柳阮も、動けない。
下手に動いたら切り捨てられる──そんな空気が
「…………君。大丈夫ですか?」
目の前の光景に気を取られていた俺の前に、別の人物が現れた。
「足を怪我してますね。でも、傷は浅いです。あとで師匠の
「……君は?」
「
剣を手にした人物──少年は言った。
背格好は、俺と同じくらい。長い黒髪を後ろで三つ編みにしている。
人が近づいてきていたのには、気づいていた。
『猫耳探知』を使ったときに、足音が聞こえたからだ。
でも……それが
「僕は、実力もないのに無茶をする人はきらいです」
少年は俺を見ながら、言った。
「ですが、妹を助けようとする心根は尊敬します。あ、妹さんは、師匠のお仲間が保護しました。それと、助けに来るのが遅くなったことをお詫びします。このあたりは入り組んでいますからね。ここまで来るのは大変だったんですよ」
「……ありがとうございます」
俺は少年に頭を下げた。
それから、ふと、気づいて、
「お名前を、聞かせてもらえますか?」
「僕の名は
「雷光さま!?」
「安心してください。師匠に勝てる者などいません」
少年、
ふたりが雷光さんの邪魔をしないように、見張っているんだ。
黒ずくめの男はまだ戦っている。
奴の上着の裏側には、無数の短剣がある。黒ずくめはそれを手に、武術家の雷光と渡り合ってる。
防戦一方……というよりも、逃げるタイミングを測ってるようだ。
「もったいないな。貴公は」
雷光先生が剣を構えて、告げる。
「それだけの腕があれば、武術の一派を立ち上げることもできただろうに」
「興味ねぇ。オレが見ているのは天下だ」
「天下を語るものが人さらいか?」
「
「貴公とは相容れないようだ」
「オレも、むやみに吠える犬は苦手でな。ここは引かせてもらう」
黒ずくめの男が、後ろに跳んだ。
奴が腕を振る。直後、10を超える短剣が宙を飛ぶ。
そのうち数本が──俺と少年に向かって飛んでくる。
「子どもを
直後、雷光先生の長剣が、空中に銀光を描いた。
弾かれた短剣が宙を舞い、壁に、地面に突き刺さる。
その間に、黒ずくめの男は背中を向けて走り出す。
雷光先生は舌打ちして、
「名乗るがいい。人さらいめ」
「人さらいは、さっき辞めた。わざわざ名乗る馬鹿がどこに──」
黒ずくめの男が言いかけた、そのとき──
「そいつの名は
俺は、思わず口走っていた。
黒い短剣と、小男が口にした『
俺の知っている姿よりも若いけれど、たぶん、間違ってないはずだ。
「……黄家の坊ちゃん。てめぇは殺しておくべきだった!!」
そう言い捨てて、黒ずくめの男──
「顔は覚えた。名前もわかった。今はそれで満足しておこう」
武術家雷光が、俺のところにやってくる。
「今はこの子の手当てが先だ。子どもは大事。
「は、はい。師匠」
「奴の名前がわかったのはその子のおかげだ。これで奴の足取りをたどることもできるし、二度とこの町に入れないように手配することもできる。たいしたものだよ、この子は」
「確かにそうですね。ねぇ、君はどうしてあいつの名前を知っていたの?」
「……市場で」
俺は少し考えてから、
「市場で買い物をしていたとき、旅商人がうわさをしているのを、聞きました」
「その旅商人は?」
「北方から来たと言っていました。大分前のことなので、どんな人だったかは……」
……少しだけ、嘘をついた。
前世の記憶だとは言えないからな。仕方ないよね。
それより重要なのはこの女性だ。
長剣使いの武術家、雷光。
彼女は『剣主大乱史伝』の強キャラのひとりで、唯一の『
『四神歩法』は、究極の逃走スキルだ。
習得すれば移動力が二倍増しになり、どんな相手からも逃げられるようになる。
ただし『四神歩法』を習得するには『獣身導引』を覚えている必要がある。
『獣身導引』は最弱キャラにしか効果がない。
だからゲーム内で、『四神歩法』を習得する意味はほとんどなかった。
弱キャラの移動力を上げても仕方がないからだ。
でも、武術家雷光はゲームに登場したときから『四神歩法』を習得している。
強キャラで移動力が高く、その上どんな敵からも逃げられるということで、ゲームのバランスブレイカーと呼ばれていた。
ただ、一緒に戦うのはゲームの途中までで、途中で離脱してしまうんだけど。
その雷光先生が、目の前にいる。
話しかけないと……お願いを、しないと……。
「おいおい。大丈夫かい?」
気づくと、雷光先生が俺の身体を支えていた。
駄目だ……気が抜けたのか、身体がうまく動かない。
そりゃそうだ。前世も含めて、誰かと命のやりとりをしたのなんてはじめてなんだから。
しかも相手はゲームの強キャラだ。
雷光先生と少年が来てくれなかったら……死んでいたかもしれない。
「君はよくやったよ。少年。ごほうびに、お姉さんが願いを聞いてあげよう」
「……願い、ですか」
「がんばる子どもにはごほうびが必要だ。なにかあるかい?」
「…………弟子に」
「ん?」
「……ぼくを、あなたの弟子にしてください」
「ああ。いいよ」
「ちょ、ちょっとお待ちください。師匠!」
「なにかな、
「師匠の弟子は僕ですよ!? どうしてそう簡単に弟子を──」
雷光先生と、その弟子の
うすれていく視界に──銀色の髪が映った。
星怜だ。隣には、燎原君の部下らしき人がいる。
……よかった。無事だったのか。
これで星怜が後宮に行くことはなくなったはず。
あ、でも……星怜が太子を好きになって、自分から後宮に入る可能性はあるのか……いや、悪女にならなければ、それでいいのかな。
星怜はこの世界の、俺の妹だからなぁ……。
幸せになってくれれば、それでいいや…………。
そんなことを考えながら、俺は意識を手放したのだった。
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次回、第13話は、明日のお昼くらいに更新する予定です。
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