第12話「天下の大悪人、達人と出会う」

 星怜せいれいが逃げ切るまで、十数分。

 俺がやるべきなのは、それまでの時間稼ぎだ。


 その後は『獣身導引じゅうしんどういん』の『猫液状化ねこえきじょうか』で路地の隙間に逃げ込む。狭い場所なら、敵は追って来られない。

 そのまま大通りまで逃げて、星怜と合流する。

 それだけだ。


「……こんなところで死ぬものか、だとぉ?」


 俺の前には、柳阮りゅうげんの仲間の小男がいる。

 その後ろには柳阮が。

 さらにその後ろには黒ずくめの服を着て、棒を持った男がいる。


大言壮語たいげんそうごを吐くもんだな。死ぬより悪いことも、この世にあるんだがなぁ!」


 小男が蹴りを繰り出す。

 ──速い。やっぱり、こいつも武術使いか。


 だったら『獣身導引じゅうしんどういん』──『亀甲羅堅きっこうらけん (亀の甲羅こうらは堅い)』!!



 がきんっ!!



「────っ!」


 衝撃しょうげきが来た。

 俺が使ったのは『獣身導引』の亀のかたち。

 両腕に内力ないりょく──『気』を集中させて、亀の甲羅こうらのようにする技だ。それでなんとか、蹴りを受け止められた。

 痛みはない。たぶん、俺の内力のおかげだ。

 だけど……敵は強い。今の蹴りも恐ろしく速かった。


 対するこっちは最弱だ。どこまで……時間稼ぎができる?

 星怜は、もう、大通りまで逃げただろうか。

 俺もこの場を離れるべきか?

 いや、安全のために……もう少し、こいつらを足止めした方が──


「その坊ちゃんを甘く見るな。お前の蹴りは効いてねぇぞ」


 黒ずくめの男が声をあげた。


「内力で防がれてる。油断するんじゃねぇ!」


 ──見抜かれてた。

 あの黒ずくめが、一番の手練てだれだ。奴らのボスだろうか。


「武術の心得があるのは当然でしょうよ。兄貴」


 小男が笑った。


「『飛熊将軍』の子が武術を使えないわけがねぇ。だからなにもできねぇように痛めつける必要があるんでしょうが!」


 小男が振り返る。

 黒ずくめの男と話しながら、俺を蹴るために足を振り上げる。


 ──今だ!


 俺は『獣身導引』の『猫丸鞠如 (猫はマリの類似品)』で身体を縮める。

 そのまま地面に転がって路地の隙間に──

 

「────がっ!?」


 脚を、黒いものがかすめた。

 黒塗りの短剣──武術家が使う、暗器あんきだ。


「……だから油断するなって言ってるんだ。馬鹿が!」


 黒ずくめの男が、俺を見ていた。

 短剣を投げたのは奴だ。


 あの黒ずくめは、強い。

 もしかして……『剣主大乱史伝』に登場するキャラなのか?


「その坊ちゃんは、いいかんをしてる。経験は足りねぇようだがな」

「経験を得る機会なんざ与えませんぜ、兄貴!!」

「がはっ!?」


 蹴りが来た。

 俺は再び『亀甲羅堅きっこうらけん』で防御。

 衝撃が来て──俺は壁に叩きつけられる。路地の隙間が……遠くなる。


「修行すればひとかどの者になれただろうに。気の毒になぁ」

「こ、殺せ! 殺してしまえっ!!」


 柳阮りゅうげんが叫ぶ。

 その声を聞いた黒ずくめの男は、口をゆがめて、


「おいおいりゅうさんよ。殺しちまったら人質にならないだろうが」

「……ぐっ」

「兄貴の言う通りですぜ。こいつには、別の役に立ってもらいましょう」

「だ、だったらどうするっていうんだ。れんよ」


 柳阮は横目で、小男をにらんだ。


「わかるでしょう? 逃げられないようにしてから、交渉に使うんですよぉ」


 小男が舌なめずりをしながら、小刀を抜いた。


「まずは手足のけんを切る。動けないようにしてから指を切って、黄家に送りつけてやりゃあいいでしょう。次男の命と引き換えなら、黄家こうけだって星怜を差し出すでしょうよ。違いますかねぇ。柳阮さん」

「い、いや……そこまでは」

「殺せと言ったじゃねぇですか」

「そ、それは勢いで……黄家の実子を殺したら……あの家を敵に……」

「覚悟を決めましょうや。なぁ」


 小刀を手にした小男が近づいて来る。

 柳阮は、後ろで怯えている。黒ずくめの男は興味なさそうな顔だ。


 俺は身体を丸めたまま、じっと機会を持つ。

『獣身導引』の『猫耳探知ねこみみたんち (猫は気配を探る)』で気配を探る。


 相手が攻撃しようとした直後に、反撃する。通らなくてもいい。

 とにかく、逃げる隙ができればいいんだ。

 ここは路地だ。入り込めそうな隙間はあちこちにある。


 もう、十分に時間は稼いだ。

 ここでなんとか逃げ延びれば──俺の勝ちだ。


「顔を見せろ」


 小男が近づいてくる。

 俺が動けないと思ったんだろう。


「良家のガキのおびえた顔を見るのは、この仕事の楽しみのひとつで──」

「……やめとけ」


 黒ずくめの男が、小男を止める気配がした。


「は、はぁ!? なんでですかい。えんの兄貴!」

「名を呼ぶな。それに、この坊ちゃんを甘く見るんじゃねぇ」

「……え?」

「こいつが命懸いのちがけで柳家りゅうけの娘を助けに来るのも、これほど粘るのも計算外だ。だから、時間切れになっちまった」


 黒ずくめの男は、ため息をついた。

 小男は慌てたような口調で、


「ど、どういうことですかい!?」

「聞こえねぇのか? 無能が! てめぇと組んだのは失敗だったな。あぁ!」


 黒ずくめの男が、小男をにらんだ。

 それから奴は気配を探るように、目を閉じて、


「悪ぃな、柳さん。オレはこの仕事から下ろさせてもらう」


 不意に、黒ずくめの男が後ろにさがる。

 それを見た柳阮りゅうげんと、小男が目を見開く。


「なんだと!? どういうことだ!?」

「な、なに言ってんですか!? 兄貴!!」

「時間切れだって言ってるだろうが! ……この坊ちゃんの勝ちだ」


 黒ずくめの男が後ろに跳ぶ。

 次の瞬間──



「ああ。確かにその少年の勝ちだ!」



 ──壁を走ってきた女性が、短剣使いに斬りつけた。


悪漢あっかんめ! 燎原君りょうげんくんのお膝元ひざもとで好き勝手できると思うな!」

「ちぃっ!!」


 銀色の長剣が、黒ずくめの男の短剣を弾き飛ばす。

 即座に男は後退。二撃目を避けるために、距離を取る。


燎原君りょうげんくんの客人に剣術の達人がいると聞いているが、あんたのことか」

「人の評価などに興味はないな」

「そうかよ!!」


 黒ずくめの男が女性を蹴りつける。かわされる。

 けれど男はその勢いのまま、後方に飛ぶ。


 女性は長剣を手にしたまま、黒ずくめの男をにらみつける。


「貴公こそ何者だ。それだけの腕を持ちながら、犯罪に手を染めるとは」


 ……すごい。

 長剣の女性はわずか一瞬で、この場を支配してしまった。

 小刀を手にした小男も柳阮も、動けない。

 下手に動いたら切り捨てられる──そんな空気がただよってる。


「…………君。大丈夫ですか?」


 目の前の光景に気を取られていた俺の前に、別の人物が現れた。


「足を怪我してますね。でも、傷は浅いです。あとで師匠の軟膏なんこうをつけてあげましょう」

「……君は?」

燎原君りょうげんくんの命により、君を助けに来た者です」


 剣を手にした人物──少年は言った。

 背格好は、俺と同じくらい。長い黒髪を後ろで三つ編みにしている。


 人が近づいてきていたのには、気づいていた。

『猫耳探知』を使ったときに、足音が聞こえたからだ。

 でも……それが燎原君りょうげんくんからの救援だとは思わなかった。


「僕は、実力もないのに無茶をする人はきらいです」


 少年は俺を見ながら、言った。


「ですが、妹を助けようとする心根は尊敬します。あ、妹さんは、師匠のお仲間が保護しました。それと、助けに来るのが遅くなったことをお詫びします。このあたりは入り組んでいますからね。ここまで来るのは大変だったんですよ」

「……ありがとうございます」


 俺は少年に頭を下げた。

 それから、ふと、気づいて、


「お名前を、聞かせてもらえますか?」

「僕の名はすい化央かおう。あの方は僕の師匠の雷光らいこうさまです」

「雷光さま!?」

「安心してください。師匠に勝てる者などいません」


 少年、翠化央すいかおうは剣を手に、柳阮りゅうげんと小男を見据みすえている。

 ふたりが雷光さんの邪魔をしないように、見張っているんだ。


 黒ずくめの男はまだ戦っている。

 奴の上着の裏側には、無数の短剣がある。黒ずくめはそれを手に、武術家の雷光と渡り合ってる。

 防戦一方……というよりも、逃げるタイミングを測ってるようだ。


「もったいないな。貴公は」


 雷光先生が剣を構えて、告げる。


「それだけの腕があれば、武術の一派を立ち上げることもできただろうに」

「興味ねぇ。オレが見ているのは天下だ」

「天下を語るものが人さらいか?」

燎原君りょうげんくんの飼い犬に、オレの大望たいもうはわからねぇよ」

「貴公とは相容れないようだ」

「オレも、むやみに吠える犬は苦手でな。ここは引かせてもらう」


 黒ずくめの男が、後ろに跳んだ。

 奴が腕を振る。直後、10を超える短剣が宙を飛ぶ。

 そのうち数本が──俺と少年に向かって飛んでくる。


「子どもをたてにするか!? 外道げどう!!」


 直後、雷光先生の長剣が、空中に銀光を描いた。

 弾かれた短剣が宙を舞い、壁に、地面に突き刺さる。


 その間に、黒ずくめの男は背中を向けて走り出す。

 雷光先生は舌打ちして、


「名乗るがいい。人さらいめ」

「人さらいは、さっき辞めた。わざわざ名乗る馬鹿がどこに──」


 黒ずくめの男が言いかけた、そのとき──



「そいつの名は燕鬼えんき! 短剣使いの暗殺者です!!」



 俺は、思わず口走っていた。


 燕鬼えんきは『剣主大乱ヒストリー=オブ史伝=ソードマスター』に登場するキャラだ。

 黒い短剣と、小男が口にした『えん』という姓でわかった。

 俺の知っている姿よりも若いけれど、たぶん、間違ってないはずだ。


「……黄家の坊ちゃん。てめぇは殺しておくべきだった!!」


 そう言い捨てて、黒ずくめの男──燕鬼えんきは姿を消した。


「顔は覚えた。名前もわかった。今はそれで満足しておこう」


 武術家雷光が、俺のところにやってくる。


「今はこの子の手当てが先だ。子どもは大事。義侠心ぎきょうしんを持つ子どもはもっと大事。怪我をしてるなら、なおのこと放っておけない」

「は、はい。師匠」

「奴の名前がわかったのはその子のおかげだ。これで奴の足取りをたどることもできるし、二度とこの町に入れないように手配することもできる。たいしたものだよ、この子は」

「確かにそうですね。ねぇ、君はどうしてあいつの名前を知っていたの?」

「……市場で」


 俺は少し考えてから、


「市場で買い物をしていたとき、旅商人がうわさをしているのを、聞きました」

「その旅商人は?」

「北方から来たと言っていました。大分前のことなので、どんな人だったかは……」


 ……少しだけ、嘘をついた。

 前世の記憶だとは言えないからな。仕方ないよね。


 それより重要なのはこの女性だ。

 長剣使いの武術家、雷光。

 彼女は『剣主大乱史伝』の強キャラのひとりで、唯一の『四神歩法ししんほほう』の使い手だ。


『四神歩法』は、究極の逃走スキルだ。

 習得すれば移動力が二倍増しになり、どんな相手からも逃げられるようになる。


 ただし『四神歩法』を習得するには『獣身導引』を覚えている必要がある。

『獣身導引』は最弱キャラにしか効果がない。

 だからゲーム内で、『四神歩法』を習得する意味はほとんどなかった。

 弱キャラの移動力を上げても仕方がないからだ。


 でも、武術家雷光はゲームに登場したときから『四神歩法』を習得している。

 強キャラで移動力が高く、その上どんな敵からも逃げられるということで、ゲームのバランスブレイカーと呼ばれていた。

 ただ、一緒に戦うのはゲームの途中までで、途中で離脱してしまうんだけど。


 その雷光先生が、目の前にいる。

 話しかけないと……お願いを、しないと……。


「おいおい。大丈夫かい?」


 気づくと、雷光先生が俺の身体を支えていた。

 駄目だ……気が抜けたのか、身体がうまく動かない。

 そりゃそうだ。前世も含めて、誰かと命のやりとりをしたのなんてはじめてなんだから。

 しかも相手はゲームの強キャラだ。

 雷光先生と少年が来てくれなかったら……死んでいたかもしれない。


「君はよくやったよ。少年。ごほうびに、お姉さんが願いを聞いてあげよう」

「……願い、ですか」

「がんばる子どもにはごほうびが必要だ。なにかあるかい?」

「…………弟子に」

「ん?」

「……ぼくを、あなたの弟子にしてください」

「ああ。いいよ」

「ちょ、ちょっとお待ちください。師匠!」

「なにかな、化央かおうくん」

「師匠の弟子は僕ですよ!? どうしてそう簡単に弟子を──」


 雷光先生と、その弟子の翠化央すいかおうの声が、遠くなっていく。

 うすれていく視界に──銀色の髪が映った。

 星怜だ。隣には、燎原君の部下らしき人がいる。


 ……よかった。無事だったのか。


 これで星怜が後宮に行くことはなくなったはず。

 あ、でも……星怜が太子を好きになって、自分から後宮に入る可能性はあるのか……いや、悪女にならなければ、それでいいのかな。

 星怜はこの世界の、俺の妹だからなぁ……。

 幸せになってくれれば、それでいいや…………。


 そんなことを考えながら、俺は意識を手放したのだった。






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 次回、第13話は、明日のお昼くらいに更新する予定です。


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