第11話「星怜、義兄(あに)の想いを知る」

 ──星怜せいれい視点──




「……ごめんなさい。天芳てんほう兄さん」


 引きずられるように歩いていた。

 叔父おじ柳阮りゅうげんが見せつけてくる短刀が、怖かった。


 叔父の柳阮は素行が悪かったせいで、柳家から絶縁ぜつえんされている。

 そんな人が黄家を訪ねてくるなんて思いもしなかった。

 本当は、話をするつもりもなかった。


 けれど星怜は、柳阮がよこした書状が気になった。



『お前の母の居場所を知っている』



 書状には、そんなことが書かれていたからだ。


 星怜には、どうしても確かめたいことがあった。

 だから話を聞きに行ったのだ。


 けれど──星怜が柳阮に近づくと、彼の背後から別の男たちが現れた。

 星怜は短刀を突きつけられ、荷物のように運ばれることになった。


 助けてくれようとした白葉はくようが殴られて、倒れるのを見た。

 それを見たら……涙があふれて、止まらなかった。


 ──どうして、自分はこうなんだろう。

 ──どうして、まわりの人を不幸にしてしまうんだろう。

 ──どうして、静かに暮らせないのだろう。


 自分は……不吉な運命を背負っているんだろうか。

 もしかしたら両親が死んだのも、自分のせいかもしれない。

 だったらいつか、黄家こうけの人たちにも、迷惑をかけることになるんだろうか。

 大切な、天芳兄さんを傷つけることになるんだろうか。


(……わたしは……兄さんから、離れた方がいいのかな)


 柳阮が自分を、どこに連れていこうとしているのかは、わからない。

 でも、天芳から遠ざかれば、迷惑をかけることもなくなる。


(……それなら……このまま)


 兄さんのことは、大切だから。

 迷惑をかけたく、ないから。

 …………このまま、どこかへ──



「────星怜せいれい──っ!!」



 闇に落ちかけた星怜の意識が、覚醒かくせいする。

 天芳の声が星怜の不安と恐怖を、打ち砕く。


 見えたのは、猫のように身をかがめて走ってくる、兄の姿。

 衝撃しょうげきとともに叔父の柳阮が地面に転がる。

 解放された星怜の腕が、よく知っている手に、引っ張られる。


 すぐ近くに、兄の顔があった。

 怒っている。

 いつも優しい兄が、眉をつり上げて、激怒している。


(──怒られる)


 そう思った星怜は、目を閉じる。

 けれど、次にやってきたのは、優しく頭をなでてくれる手の感触。

 兄の顔は怒りから、泣きそうなものに変わっていた。

 男の子なのに。涙をこらえるような顔で、懸命に星怜の髪をなでている。


「星怜は、誰にもやらない」


 声が、聞こえた。

 星怜の心の深いところまで染み渡るような、声だった。


「星怜は、俺が・・幸せにする!」


 そう言って兄──黄天芳こうてんほうは立ち上がる。

 彼は星怜を背中にかばいながら、柳阮りゅうげんと、その仲間たちをにらみつけたのだった。







 ──天芳視点──



 ……間に合った。

 本当に、ぎりぎりだった。


 この先は下町だ。ごちゃごちゃした場所で、人の出入りも激しい。

 そこに逃げ込まれたら追いつけなくなってた。

 本当に……その前に見つけられてよかった。


「……う、うぅ」


 褐色かっしょくの髪の男が、地面に倒れてる。

 俺が内力をこめた体当たりをくらわせたからだろう。

 この男……星怜の叔父は武術家じゃないみたいだ。


「大丈夫か。星怜」

「……はい、兄さん」


 星怜はぼーっとした顔で、俺を見てる。

 俺は彼女の肩をつかんで、


「ひどいことされなかったか? 怪我はないか? 痛いところは?」

「だ、だいじょうぶ、です。兄さんが、助けてくれた……から」

「あのな、星怜。いくら叔父だからって、ひとりで会うのは危ないだろ」

「……それは」

「そっか。お母さんの居場所を知ってるって言われたんだっけ」


 父さまと兄さまは、星怜のお母さんの消息しょうそくを知っていた。

 というよりも、つい数日前に入ってきた情報らしい。


 それをふたりは隠していた。

 星怜と母さまにショックを与えないように、話すタイミングを測っていたんだ。

 でも、それが今回の事態を招いた。

 星怜がお母さんのことを知っていたら、叔父に呼びだされても無視できたはずだ。


「…………あのさ。星怜。きみのお母さんは──」

「亡くなってるのは……知っています」


 星怜は、ぽつり、と、そんなことを言った。

 倒れていた柳阮りゅうげんが目を見開いて、星怜を見た。


「……おかあさんは、わたしを、飛んでくる矢からかばってくれました。背中に、何本もの矢が刺さっているのを……見ました。おかあさんはわたしと一緒に、がけから落ちて……そのとき、おかあさんはもう、事切れていたんです……」


 星怜は続ける。


「わたし、お母さんの身体が……落ちて行くのを見ました。ずっと下の方の……岩に当たって……そのまま川に落ちて……それで……」

「…………そっか」


 それは兄上が教えてくれた情報と一致していた。



 柳家が襲われた数日後、下流で遺体が見つかったそうだ。

 発見したのは、北の地を巡回じゅんかいしていた兵士だった。


 遺体は、背中に数本の矢を受けて──身体を崖下に打ち付けられて、ひどい状態だったらしい。

 北の砦の兵士はそれを、柳家の夫人だと確認した。

 そうして、丁重ていちょう埋葬まいそうしたそうだ。

 そのことは、まだ一部の者しか知らない。


 父さまに報告が伝わるのが遅れたのは、北の地に盗賊団が現れたからだ。

 その対処に追われて、砦の者たちは使者を出せなかった。


 だから、父さまと兄さまが星怜のお母さんのことを知ったのは、つい最近なんだ。



「だったらどうして、叔父に会おうなんて思ったんだ?」

「叔父さんが『お前の母の居場所を知っている』と言ったから。お墓がどこにあるのか、知ってると思ったから。だから、お参りして……報告したくて……」


 気づくと、星怜は泣きじゃくっていた。


「……あたらしいかぞくが、できて、わたし、てんほうにいさんとくらして、しあわせだって、言いたくて! だから……だから!!」

「もういい」

「ごめんなさい……ごめんなさい」

「もういいんだ。わかったよ。星怜」


 俺は星怜を抱きしめた。

 そっか。星怜は叔父が、母親の遺体を見つけて、墓を作ったと思っていたのか。

 その場所を、柳阮が知っていると思った。だから話を聞きに行ったんだ。


 母親の墓にお参りするために。

 黄家にいてしあわせだって、墓前に伝えるために。


「…………星怜の叔父さん。いや、柳阮」

「──な、なんだよ」

「あなたは星怜のお母さんに会わせると言ったんですよね。彼女の母親が死んでいることを、知らなかったんじゃないんですか?」

「ちっ!」


 星怜の叔父──柳阮は吐き捨てた。

 汚れた服の裾を払って、立ち上がる。


 柳阮の背後には2人の男たちがいる。こいつの仲間か。

 一人は手には棒を、もうひとりは短剣を持ってる。

 距離をおいて、じっとこっちをうかがってる。


「答えてください。あなたは星怜を……いえ、黄家こうけをだましたんですか?」


 俺は星怜を背後にかばったまま、柳阮に問いかける。


「だましたとは人聞きが悪いですよ。黄家の坊ちゃん」


 柳阮はねばついた目で、俺を見た。


「叔父が姪に会いに来ただけのこと。他人は黙っていてもらいましょうか」

「星怜は、ぼくの義妹いもうとだ」

「そうですなぁ。黄家は、とてもいい拾いものをしました」

「拾いもの?」

「銀髪と赤い目が不気味、なんて言う者もいますがね。オレらに言わせれば馬鹿げてますな。そいつの髪も目も、きれいだと思う連中はいるんですよ。変わり種を好む、好事家こうずかもね」

「……なにが言いたいんですか」

「へへっ」


 柳阮が笑みを浮かべる。

 やつは俺に近づいて、ささやくような声で、


器量きりょうよしなのは間違いない。星怜には色々と使い道があるってことですよ」


 ──そんなことを言った。


「たとえば、男をよろこばす手練手管てれんてくだを仕込めば、後宮にだって上がれるかもしれませんぜ。星怜が偉い人の子を産めば、オレも黄家もその外戚がいせきだ。どうだい。このままオレらに、星怜を任せてはもらえませんかね?」

「──!?」


 頭の中が、真っ白になった。

 胸の奥から、熱のようなものがこみ上げてきた。

 痛みが走り──気づくと、血が出るくらいに唇をかみしめていた。


 今、こいつはなんと言った?

 星怜に『男をよろこばせる手練手管を仕込んで、後宮に入れる』?

 つまり、それは──


「……お前か。お前だったのか」

「え? なにを言っ──」



「お前か──────っ!!」



 はっきりと、わかった。

『剣主大乱史伝』の星怜を後宮に送り込んだのは、こいつだ。


「『獣身導引じゅうしんどういん』──『飛鶏蹴爪ひけいしゅうそう (飛び上がって蹴るニワトリ)』!!」

「──ぐあぁっ!?」


 俺の蹴りが、柳阮のあごをとらえた。

『獣身導引』のひとつ、鶏のかたちだ。

 鶏がケンカして、相手を蹴飛ばす姿をかたどっている。

 健康法だけど、当たると痛い。


「──がぁっ!? ぐぉおお。こ、小僧……!?」

「あんたは俺たちの敵だ。あんたなんかに星怜は渡さない!」


 俺は後ろ手に、星怜の肩を押した。


「逃げろ。星怜」

「兄さん!?」

「こいつは俺と星怜の敵だ!」


 ゲーム世界の正しい歴史では、このまま星怜は連れ去られるのだろう。

 そして、怪しい手練手管を教え込まれ、柳阮によって後宮に入れられる。


 そんな目にあったのなら、星怜がゆがむのも当然だ。

 自分が辛い目にあったことを思い出して、他人に同じことをするようになるのかもしれない。


 冗談じゃない。

 俺の妹を、そんな目にあわせてたまるか!


「こいつらは俺が足止めする。大通りまで逃げるんだ。馬車に乗った偉い人に向かって名乗れば、たぶん、助けてくれる」

「で、でも、兄さんが……」

「ぼくは星怜の兄だ! 兄の言うことは聞く! そうだろ!?」

「は、はい。兄さん!」


 星怜が走り出す。大通りまでは十数分の距離。

 その間、俺がこいつらを足止めする!


「せ、先生、お願いします!! こいつらを捕まえて──」

「『獣身導引』──『蛇足下掬へびそっかこく (蛇は足下をすくう)』!!」


 即座に俺は『獣身導引』の、蛇になりきったスライディング。

 追いかけようとした柳阮の足をすくう。転ばせる。

 でも、もう一人は星怜を追いかけてる。

 大人の足だ。このままだと追いつかれる。だったら──


「星怜!! 合図したら『猫液状化ねこえきじょうか (猫は液体である)』を!!」

「は、はい!! 兄さん!!」

「なにを言ってやがる!!」

「「せーのっ!!」」



「「にゃーんっ!!」」



 男が星怜の服のえりをつかむ直前、星怜は身体を丸め、地面に転がった。

 そのまま、家と家の隙間に滑り込む。


 星怜の頭がやっと入るくらいの、狭い場所に。


『獣身導引』の猫のかたちのひとつ、『猫液状化』だ。

 全身をゆるめることで、頭が通る場所なら、どんなに狭くても入りこむことができる。


 星怜は俺と一緒に、ずっと『獣身導引』の修行をしてきた。

 特に星怜は、猫のかたちを念入りにやってきた。


 最近はいたずらで、俺のベッドの下に入り込むこともあった。

 頭がぎりぎり入るくらいの隙間に。

 そんな星怜にとっては、路地の隙間に入り込むなんて簡単なことだ。


「お、おいっ!? こんな……狭いところを!?」

「仕方ねぇな。ふたりがかりで先回りを──」

「『飛鶏蹴爪 (飛び上がって蹴るニワトリ)』!!」


 俺は星怜を追おうとする男に蹴りを飛ばす。

 けれど──



 がきんっ!



「……甘く見るなよ。小僧」


 俺の攻撃はあっさりと、別の男に防御された。

 棒を持った黒ずくめの男だ。腰に短剣を提げている。


 動きが素早い。たぶん、武術家だ。

 こいつらのボスだろうか。


 ……武術家相手に『獣身導引』は通じないか。あれは健康法だもんな。


「ったく。面倒なことをしてくれたもんだな」

「こっちは前金をもらってるってのになぁ。どうする。柳さんよ」


 用心棒らしき男たちが、横目で柳阮を見る。

 柳阮はうずくまったままだ。

 星怜を逃がしたことが、信じられないらしい。


「しょうがねぇな。坊ちゃんを人質にするか!」

「ああ。妹をおびき出すのには使えるだろうよ! なあ、妹さんよ! あんたの兄はここまでだ! 腕と脚を寸刻すんきざみに──」

「ふざけるな小悪党!!」


 奴らは星怜に聞かせるために、声を張り上げてる。

 俺を傷つけると言って、彼女を呼び戻すために。


 だから、俺は奴らの声をかき消すために、声をはりあげた。


「この黄天芳が、こんなところで死ぬわけがないだろうが!!」


「──こ、小僧!」

「──なんと!? てめぇ、なにを言ってやがる!?」



「我が名は黄天芳! 『飛熊将軍ひゆうしょうぐん黄英深こうえいしんの子にして、天下を動かす者だ! 俺の死に方は牛裂うしざきか、国が乱れる中での惨死と決まっている!! こんなところで、この黄天芳が死ぬものか!!」



 胸を張って、空を仰いで──

 内力ないりょくをめいっぱいに込めたセリフを、俺は叫んだ。


 やぶれかぶれだった。

 相手は3人。しかも武術使いがいる。

 むりやりにでも気合いを入れなきゃやってられない。


 星怜が逃げきるまで、十数分。

 それまでなんとかして、時間を稼ごう。

 





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 次回、第12話は、明日の夕方くらいに更新する予定です。



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