第4話「天下の大悪人、交渉する」
「出かける前に、
「なんでしょうか。
「僕と内力比べをしてもらえませんか」
武術書を手に入れる前に、自分の状態を確認しておきたい。
白葉は俺の護衛役として武術を修めている。
それなりの『気の力』──つまり、
今の俺と比較するには、白葉がちょうどいい。
父さまや兄さまが相手だと、俺が吹っ飛ばされるだけだからね。
「芳さま……めずらしいことをおっしゃいますね」
「どうしてですか?」
「少し前から芳さまは、内力比べを嫌がるようになりましたから」
「……そうでしたね」
たぶんそれは、自分に内力がないのがわかったからだ。
この世界では子どものころから、気を高めるための
毎日欠かさず導引をして、大気や地面から、気を取り込む。
そうやって
もちろん俺も、小さいころから導引法を続けている。
なのに、まったく内力は身につかなかった。
そのことを認めるのが嫌で、俺は白葉との内力比べを避けていたんだ。
でも、
「ぼくは自分の弱さから、目をそらすわけにはいかなくなったのです」
俺は白葉をまっすぐに見つめて、告げる。
「だからお願いします。まずは、ぼくの肩に気を放ってみてください」
「承知いたしました。では、失礼いたします」
白葉が構えを取る。
膝を曲げ、姿勢を下げて、拳を引く。
それから白葉はゆっくりと、俺の肩に向けて、
「──はっ!」
「────っ!」
白葉の手は、俺の肩に軽く触れただけ。
それでも突き飛ばされるような
これが白葉の内力──『気の力』だ。
この世界の人々は、内力で身体強化を行う。
武器に気を込めることで威力を上げたり、相手の身体に衝撃を与えたりできる。
上位の武術家になると、自然現象を操ったりもできるらしい。
「だ、大丈夫ですか。
「平気です。それじゃ内力比べをお願いします」
俺は体勢を立て直した。
それから白葉の前に、両の手の平を差し出す。
白葉はうなずいて、俺の手の平に、自分の手の平を合わせる。
内力による攻撃は、内力で防げる。
衝撃を喰らったのは、白葉の内力を俺が防げなかったからだ。
正直、きつい。
でも、俺は自分がどれくらい弱いのかを確かめる必要がある。
そうしないと、黄天芳は運命を変えられないんだ。
「手の平を合わせて、白葉の内力を注いでください。ぼくは、それに抵抗します」
「よろしいのですね。芳さま」
「かまいません」
「では、失礼します」
ずん、と、白葉の手が、重くなる。
白葉は軽く手を合わせただけ。なのに強烈な圧力が、俺の身体にかかってくる。
内力比べは、おたがいの『気』をぶつける遊びだ。
『気』の強い方は、弱い方に強烈な重さや力、圧力を与えることができる。
この世界の人たちはこうやって、内力の強さを競っているんだ。
「……やっぱり、ぼくじゃ抵抗できませんね」
最強の内力を100とすると──将軍の父上は、内力80以上。
その後継ぎの兄上は、60前後。
それに比べて白葉は20から30ってところだろう。
そんな彼女の内力に抵抗できない
「こ、ここまでにしましょう。芳さま」
俺の様子を見た白葉は、あわてて手を放した。
「大丈夫ですか芳さま。しっかりしてください!!」
「大丈夫です。これくらい……がまんしないと」
内力がゼロの人間は、強い内力を持つ人間には敵わない。
そのコンプレックスが、ゲーム世界の黄天芳を悪人にしたんだろうか。
最弱の黄天芳にとって権力は、自分を守る唯一のものだったのかもしれない。
「時間を取らせてごめんなさい。出かけましょう」
「承知しました。それで、なにを買いにいくのですか?」
「書物です。武術書……みたいなものですね」
「とおっしゃいますと?」
「『
『
装備した者は内力がプラス10される。
ただし、内力が最低ランクの者しか装備できない。ゲームの攻略には役に立たないカスアイテムだ。
だけど、今の俺には必要だ。
気の力がゼロじゃなくなれば、それなりに武術が使えるようになる。
攻撃されても抵抗できるし、逃げる隙を作り出すこともできる。
それに、ゲームには『獣身導引』を身に着けた者だけが修得できる、移動系のスキルがある。
その名は『
移動力が2倍になり、敵に
まずは『獣身導引』の武術書を手に入れて、少しでもいいから、内力を上げよう。
最低限の内力が身につけば、武術が使えるようになる。
自分の身を守ることができるようになるんだ。
そしてできれば……いつか『四神歩法』を身につけたい。
そうすれば10年後、万が一、この国が
『黄天芳破滅エンド』を回避できるし、星怜も助けられるはずだ。
「ですが芳さま。書物は高価ですよ? お金はあるのですか?」
言いかけた白葉は、すぐに
「……そういえば芳さまは、当主さまのお手伝いをされているのでしたね」
「はい。ぼくはずっと父さまの
父さまは、かなりの
書いた文字を自分でも読めないことがあるっていうんだから、相当なものだ。
ちなみに兄さまもすごいくせ字だったりする。
だから、普段は俺が代筆してる。
武術が使えない俺は、自分が小役人になるんだと思っていたからな。文字はきれいに書けるように、練習してきたんだ。
父さまは「将軍府の
使い道がなかったから、ずっと貯金してきたんだ。
「では、市場につれていってください。白葉」
「はい。芳さま」
そうして俺と白葉は、北臨の市場へと向かったのだった。
市場が開かれているのは、王城へと続く大道の近く。
旅商人は道ばたにむしろを敷いて露店を開き、大商人は石造りの商店で商売をしている。豪華な朱塗りの柱は「長年稼いでいます。信用できる店です」ということを表している。
俺が探しているのは『
『剣主大乱史伝』では、北臨の市場で手に入る。
レアなものじゃない。買うこともできるし、倒した敵が落とすこともある。
ただ、今はゲームスタートよりも10年以上昔だ。
まだ売っていない可能性もあるかと思ってたんだけど──
「まさか……4つもヴァージョンがあるなんて思わなかった」
白葉と一緒に店を数軒まわったら、それらしい武術書を4巻見つけた。
店主に頼んで最初の方だけ読ませてもらったけど、全部、内容が違っていた。
『
『剣主大乱史伝』がスタートするのは10年後だ。
もしかしたら、『獣身導引』のやり方は統一されていないのかもしれない。
今あるのはプロトタイプかベータ版なんだろうか……?
「書物をすべて買うわけにはいかないのですか? 芳さま」
「ぼくの予算で買えるのはふたつまでです」
だから、ハズレをつかまされたら取り返しがつかない。返品も無理だ。
子どもの俺が店の人たちに相手をしてもらえたのは、『飛熊将軍』の次男で、護衛の白葉が一緒だったからだ。
商品に文句をつけたら、父さまの名前に傷をつけてしまう。
買ったものがハズレだったら……お金を貯めてまた来るしかないか。
「もう一度、お店をまわってみましょう。それでどれを買うか決めます」
「わかりました。芳さま。それで、どこからまわりますか?」
「さっきとは逆にします。
俺は白葉を連れて、最後に行った露店に向かった。
旅商人が開いている店だ。
さっきと同じように、むしろの上に商品が並んでいる。
その向こうで商人が、大きな荷物に寄りかかって座っている。
荷物の上にあるのは、厚手の
「先ほどの書物を見せていただけるか?」
俺の代わりに、白葉が商人に声をかけた。
商人は薄目を開けて、俺を見て、
「先ほどの坊ちゃんですか。書物を検分するのは構いませんが、最初の数行だけにしてくださいよ。こちらも商売なんですから」
「わかっています」
「では、どうぞ」
俺が答えると、商人は、むしろの上で書物を開いた。
『──獣を真似て内力を高める法。
天地と一体となり、よりよく体内に気を取り込む。心身を獣と化し──』
──俺がそこまで読んだところで、商人は書物を閉じてしまった。
……これは本当に『
他の3冊は立派な店舗で売られていた。信用できそうなのはそっちの方だ。
逆に、そんな立派な店で売れ残っているんだから、怪しいもの……ということもありうる。
うーん。どうするかな……。
「芳さま。書物は高価なものです。店を構えている場所で買ったほうがいいですよ」
「わかってますよ。白葉」
「ここは売っているものがバラバラです。適当に仕入れたものを売っているのでしょう。書物に、服に、
「……ん? 髪飾り?」
ふと見ると、むしろの隅に、桜色の髪飾りが置いてあった。
これは──
「そちらは、北の地に咲く花を
俺の視線に気づいて、商人が髪飾りを手に取った。
「北の町、
「……いくらですか?」
「そうですねぇ……」
商人が告げた値段は『獣身導引』の武術書より少し高いくらい。
髪飾りを買ったら、武術書が買えなくなる。
白葉に確認してもらうと『意外ですが、この髪飾りは良いものです』という答えが返ってくる。本当に掘り出し物らしい。
この髪飾り……
母さまが言ってた。単越では『雪縁花』が咲くと、みんながお祭りをするって。
髪飾りをあげたら、星怜はよろこんでくれるかな。
……でも、俺の貯金は生き延びるためのものだ。
武術書を手に入れるのが遅くなればなるほど……俺の生存確率は減っていく。
無駄なことに、お金を使うわけにはいかないんだ。
「商品を買います」
俺は商人に向かって、そう言った。
「ただし、値段の交渉をさせてください。旅商人なら、荷物は少ない方がいいでしょう。売れ残りを減らすために、ぼくの提案を聞いてくれませんか?」
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第5話は、今日の夕方くらいに更新する予定です。
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