第3話「天下の大悪人、作戦を練る」

黄天芳こうてんほう破滅はめつエンド』を避けるためには、星怜せいれいと仲良くなる必要がある。

 仲良くなって、星怜が健全に育つようにすれば、彼女がヤンデレ化……いや、悪女になるのを防げるはずだ。


 そのためには、星怜のことをもっと知らなきゃいけない。

 そうすれば、この家を彼女にとって居心地のいい場所にできる。黄家の居心地がよければ、星怜も後宮に入ったりしないはずだ。


 でも……13歳の女の子と仲良くなるってどうすればいいんだろう?


 前世の俺には、弟や妹はいなかった。今世でもそうだ。

 だから──


「教えてください。白葉はくよう。女の子と仲良くなるにはどうすればいいんですか」

「従者に聞くことではありませんよ。ほうさま」


 そう言ったのは従者の少女、白葉だった。

 白葉の家は代々黄家に仕えている。

 その流れで白葉は、小さいころから俺の護衛と遊び相手をしてきた。

『白葉には黄家を支える者になって欲しい』という父さまの方針により、俺と机を並べて学ぶ学友でもある。


 俺は白葉より年下で。そして、星怜は俺より年下だ。

 つまり、白葉が俺と仲良くなった方法がわかれば、それを参考に、星怜と仲良くなる方法がわかるかもしれない。

 そう思って聞いてみたのだけど──


ほうさまは、物怖ものおじしない方でしたから。仲良くなるのは簡単でした」


 白葉は記憶をたどるような表情で、そんなことを言った。


「いつも、白葉のまわりをついて歩いていらっしゃいました。どこかに行ってしまうこともありましたが、呼べば来てくださいましたよ」


 参考にならなかった。

 というか、昔の俺はチョロかったらしい。


「それじゃあ、人見知りする女の子と仲良くする方法は知っていますか?」

「難しく考えなくてもいいと思いますよ」


 俺の意図を察したのか、白葉は優しい笑みを浮かべて、


「一緒においしいものを食べたり、遊んだり、ご本を読んだりすればいいのではないでしょうか」

「普通ですね」

「普通が一番です」

「そうでしょうか?」

「白葉も、芳さまが普通に接してくださったから、すぐに黄家になじむことができたのです。ここににいても大丈夫なのだと、安心することができました。そういう当たり前のことが大切なのだと思います」

「ありがとう。やっぱり白葉は頼りになりますね」


 なるほど。

 一緒においしいものを食べたり、遊んだり、本を読んだりすればいいのか。

 よし。まずは試してみよう。






 翌日。俺は星怜せいれいの部屋を訪ねた。


 まずは扉の前で、何度か深呼吸をした。

 星怜をおどろかせないタイミングで、話をしたかった。

 今の彼女がどんな思いをしているのか、なんとなく、想像できたからだ。


 急に知らない環境に放り込まれたのは、俺も同じだ。


 俺はこの世界で14年生きてきたけれど、前世の記憶がよみがえったせいで、まわりの環境に違和感をおぼえるようになってしまった。

剣主大乱史伝ヒストリー=オブ=ソードマスター』のエンディングを思い出したせいで、未来に恐怖を感じるようになった。


 俺は将来、王都で文官をやるつもりだったのに。

 今は王都に住んでいるだけでも、怖いんだ。


 星怜はもっと大変だ。

 彼女は家族を失った上に、違う環境に放り出されてしまった。

 そのストレスはすごいものだろう。心が病んでしまっても、仕方がないと思う。


 だから、俺は星怜と仲良くなりたい。できれば、ちゃんとした家族として。

 星怜が病むことがないように。

 なにより『黄天芳こうてんほう破滅エンド』を回避するためにも。


「星怜。ちょっといいかな」


 俺は扉越しに声をかけた。


 しばらくして扉が開き、星怜が顔を見せた。

 銀色の髪をお団子にまとめて、その上から頭巾ずきんをかぶってる。


「昨日は、びっくりさせてごめんね」

「……いぇ。なにか、ご用……ですか?」

「おやつを用意したんだけど、どうかな?」


 俺は湯飲みと、皿に載った油餅あげもちを見せた。

 厨房ちゅうぼう係にお願いして、作ってもらったんだ。

 湯飲みには生姜しょうが入りのお茶が入っている。もちろん、猫舌でも飲めるようにしてある。油餅あげもち蜂蜜はちみつ入りの甘いものだ。


 まずは、一緒においしいものを食べるところからはじめよう。


「……ありがとう。ございます」


 星怜は俺に向かって黙礼もくれいした。


「でも……今は、お腹がすいていません……から」

「……そうなの?」

「…………はい」


 嘘だと思った。


 今朝も星怜は、ほとんどなにも食べてなかった。

 お腹はすいてるはずだ。


「そっか。じゃあ、厨房ちゅうぼうに置いておくよ。食べたくなったら……」

天芳てんほうさまが……食べて……ください」


 そう言って、星怜は深々と頭を下げた。


「ありがとう……ございました。天芳さま」

「……うん」


 扉が閉じた。


 ……星怜は両親を亡くしたばかりだから、食事が喉を通らないのかもしれない。

 だから昨日の夕食も、今日の朝食も、少ししか食べられなかった。

 そんな彼女に、こってりした油餅あげもちは無理か。


 失敗した。考えればわかることだったんだ。


「厨房係に謝っておこう。それと……お昼はおかゆにしてもらおう」


 それならのどを通るだろう。

 あと、猫舌用に少し冷ましてもらって……と。


 そんなことを考えながら、俺は星怜の部屋を後にしたのだった。






 

 星怜に近づくには、時間をかける必要があるかもしれない。

 彼女は両親を亡くしたばかりだ。黄家にも来たばかりで不安がってる。

 一緒に遊んだり、本を読んだりするのはまだ無理だ。


 まずは星怜のことを知らなきゃいけない。

 そう思って、俺は情報を集めることにしたのだった。


「星怜がいた町のことを知りたいのですか?」


 体調が良さそうな日を選んで、俺は母上に星怜のことをたずねた。


 星怜のいた町のこと。その町の特徴。そこで柳家りゅうけが、どんな生活をしていたのか。

 それを知れば、星怜がよろこびそうなものがわかると思ったんだ。


「星怜が住んでいたのは北にある単越たんえつの町です。あの町は、北の砦の近くにあり、砦に食料を運ぶための拠点でもあります」

「北の砦というと異民族の攻撃を防ぐためのとりでですね」

「そうです。ですが単越はきれいな場所でもあります。春になると雪を割って、桜色の花が咲くのです。星怜も、あの花が好きでした」


 花の名前を『雪縁花せつえんか』というそうだ。

 その花が咲くと、単越の町では、春の訪れを祝う祭りが行われる。

 男たちは楽器を鳴らし、女性たちは『雪縁花せつえんか』で髪を飾って踊りあかす。


 母さまも一度だけ、お祭りに参加したことがあるらしい。

 そのときは星怜も髪に『雪縁花』を差して、楽しそうに踊っていたそうだ。

 星怜が笑っているのを見たのはそのときだけだと、母さまは言った。


「単越の町で、星怜はどんなふうに暮らしていたのですか?」

「あの子は町の者からは仲間外れにされていました。常に異民族の脅威にさらされている町の者たちは……他の者とは違う姿──銀色の髪と赤い目の星怜を、受け入れることができなかったのでしょう」


 母さまはため息をついた。


「だから星怜は、家族以外と触れ合うことはありませんでした。代わりに星怜は、動物を友としていました。あの子がいつも猫を抱いていたことを覚えています」

「ありがとうございます。母上」


『雪縁花』か。それがあれば、星怜の気も安まるかもしれない。

 でも、単越にしか咲かない花を用意するには時間がかかる。

 動物は……星怜だって好みがあるだろうし、なんでもいいってわけにはいかない。


 今すぐ、星怜の好きなものを用意するのは無理だ。

 彼女とは、時間をかけて仲良くなるしかないかみたいだ。


 となると……『黄天芳破滅エンド』回避のためには、俺の『気の力』──つまり内力ないりょくきたえるのが先かな。


「母上。町に買い物に行ってきてもいいですか?」

「いいですよ。なにか欲しいものがあるのですか?」

「この町──北臨でしか買えないものを、今のうちに入手しておきたいのです」

「わかりました。護衛に白葉を連れてお行きなさい」

「ありがとうございます。母上」


 俺は母上に一礼した。


 必要なのは、内力を底上げするアイテムだ。

『剣主大乱史伝』には『武術書ぶじゅつしょ』と呼ばれる書物がある。

 装備するとパラメータが上昇するものだ。

 その中に内力を底上げするものがあるんだ。


 ゲーム内ではこの北臨で手に入るものだから、探せば見つかるかもしれない。

 あれがあれば、俺の内力はゼロじゃなくなるはずだ。



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 4話は明日のお昼に更新する予定です。


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