第3話夢見る現実





パラサイト

夢見る現実




楽観的であるということは、顔を常に太陽に向け、足を常に前へ踏み出すことである。


          ネルソン・マンデラ




誰かの為に生きてこそ、人生には価値がある。


          アインシュタイン










 「連れてきたか」


 「はい」


 長髪の男はぐったりと椅子に座っていた。


 「麻酔は?」


 「これだけ寝てるし、大丈夫だと思うけど、一応かけとく?」


 「まあいい。さっさと準備しろ」


 すでに使われていない古い病院に、暗闇を灯す灯りが幾つかある。


 階段をあがってつきあたりの部屋まで進むと、そこには数人の男女がいた。


 「ルイスは麻酔打つ?」


 「ああ、頼む」


 身体を横にしているルイスの隣では、先程の長髪の男を寝かせる準備をしていた。


 髪を結ったままでは寝かせにくく、結っていた紐を解くと、顔立ちのせいか完全に女性に見える。


 アリーナがルイスに麻酔を打つ前に、謙一が最後に確認をする。


 「本当に良いの?成功するかわからないよ。前にも言ったけど、拒絶反応とか副作用が起こる可能性だってあるからね」


 「ああ、血液の方もな」


 「はいはい。けど血を入れ替えたとして、トワナの力を百パー受け継げるとも限らないからね。後で文句言うのだけは勘弁してほしいよ」


 「早くしろ」


 適当に返事をすると、謙一はトワナの身体にメスを入れようとする。


 「じゃあ始めようか」


 「はーい」


 間延びしたアリーナの返事など気にすることなく、謙一はトワナのお腹にメスをつける。


 ぐっと力を入れて切ろうとしたとき、パッとトワナの目が開いた。


 「わあっ!」


 驚いた謙一は思わずメスを持ったまま後ずさる。


 ぎょろっと自分を見ているトワナに意識があるのか、最初は分からなかった。


 だが、トワナの目が覚めたことにより、麻酔をかける前だったルイスが身体を起こすと、トワナは瞬時に身体を移動させた。


 「・・・・・・」


 辺りを確認しながら、状況把握をする。


 「移植でもする心算だったのか」


 そう問えば、謙一とアリーナはルイスの後ろに隠れていて、ルイスは手術着の上にパーカーを羽織る。


 ベッドに腰かけて足を組むと、ルイスは余裕そうに微笑む。


 「それだけじゃねえ。お前の血も俺に入れて、お前の力を最大限に引き出せるかの実験でもある」


 「馬鹿なことを」


 「馬鹿かどうかはやってみねーとわかんねーだろ?」


 トワナは自分の力を使ってここから逃げようとするが、どうにもこうにも力が出て来なかった。


 その様子を見て、ルイスはまた笑う。


 「お前の力は使えないようにちょいと薬打たせてもらったよ。つーわけで、お前は今、ただの人間ってことだ」


 髪を垂らしながらルイスをじっと見据えていたトワナ。


 そんなとき、部屋の外から大きな音が聞こえてきた。


 「なんだ?また英之か?」


 物音が大きくなっていき、ルイスはベッドから下りて様子を見に行こうとした。


 だが、扉を開ける前に、トワナの背後の壁が壊れた。


 「!?」


 それにはトワナも驚き、反対側の壁まで後ろ向きに進んだ。


 するとそこで謙一とアリーナによって後ろで手錠をはめられ、首にも鎖つきのリードをつけられてしまった。


 力付くで振りほどこうとするも、思う様にいかない。


 「お前本当にいい加減にしろよ!なんでいつもいつも俺の前を歩くんだよ!」


 「お前が遅いからだろ」


 「そんなことねーからな。決してねーから。なんだかんだ良いところもっていこうとするの縁の悪い癖だ」


 「持って行ってる心算はないな。お前が勝手に手放して、それを拾ってるだけだ」


 「嘘だろ!俺落とした覚えなんかねーぞ!まじで!な!康史!」


 「・・・俺に聞かれても」


 「いや、縁の得意なでまかせだと思うんだ。よし、冷静になるんだ、俺」


 「チャンスが目の前に来ても逃すタイプだな。よく一般通行人に間違われるだろう」


 「ああ、確かに間違われ・・・てか俺一般通行人じゃね?それ間違ってなくね?逆に一般通行人以外にどんな人がいる?」


 「お兄ちゃん!アクルはお兄ちゃんがどんなに普通の平凡なお兄ちゃんでも好きだよ!」


 「アクル!お前って奴は!」


 「・・・大丈夫だよ。その髪は至って普通の人がする髪じゃないと思うから」


 「お兄ちゃんはね、ちょっと打たれ弱いところあるの。いつもは堂々としてるくせに」


 「くせにとか言うな」


 「お前等何しに来たんだ?」


 なぜか康史たちがいて、ルイスたちのことなどお構いなしに話をしていた。


 ルイスが会話を中断させると、ようやく四人もルイスたちの方に気付く。


 「そのお兄ちゃん、アクルのこと助けてくれたから!」


 「アクルの鼻はすごいだろ。どんなところにいても辿りつくんだ。例え地球の裏側にいてもな」


 「それは無理だよ」


 部屋に入って見渡して見ると、どうやらルイスとトワナが何かするようだ。


 だがきっと碌なことではないだろう。


 そこへやっと英之とセントが現れた。


 「すみません」


 「おっせーぞ。何処行ってやがった」


 「英之に誘われて合コンに」


 「お前らも何してんだ」


 誤ってはいるが悪びれている様子はなく、いつもより着飾ったセントの横で、落ち込んでいる英之がいた。


 謙一とアリーナは部屋の奥へ奥へと避難し、様子だけを窺っている。


 「おいおい、勘弁してくれよ。これから俺は最強になるってところで、こんな邪魔してくれるなよ」


 額に片手をあてて、もう一方の腕は腰に置くと、大袈裟にため息をしてみせる。


 そのまま額に置いていた手でゆっくりと髪をかきあげながら、ルイスは足下にあったゴミ箱を蹴飛ばした。


 ガシャン!と大きな音をたてて壁にぶつかったゴミ箱の中からは、注射器や透明の袋、もとから割れていたと思われるフラスコなどが飛び出て床に落ちた。


 もっというと、人間の臓器であろうぐちゃぐちゃのそれらも。


 思わず康史は鼻を腕で覆うほどの異臭が漂う。


 「ああ、もういいや。まとめて片づけてやるよ」


 ルイスを纏う空気が一気に変化すると、康史たちは身構える。


 「!!」


 ひゅんっと頬を掠めて、英之の大鎌が縁の横を通って行った。


 全員それを避けることが出来たのは、いち早く英之の攻撃に気付いた縁がみんなを蹴飛ばしたから。


 「俺の相手はお前がしてくれるのか?」


 「それが望みなら」


 縁に蹴飛ばされた吾朗は、一番強く蹴飛ばされたようで、向かいの壁に頭をめり込ませていた。


 ガラガラ、と強引に頭を抜くと、背後から感じた殺気に素早く身体を横に移動させた。


 「姉ちゃん随分と積極的だな」


 「・・・弱い男に興味ないわ」


 ルイスはすでに康史と戦う心算のようだが、面と向かい合ったまま動かない。


 と、その横ではアクルが謙一とアリーナによって追いかけまわされていた。


 「進化を見せたのはこいつだ!アリーナ捕まえろ!」


 「はいさ!良い実験材料ですのです!」


 「やーーーーだーーーー!!!!」


 二人の大人が子供一人捕まえるだけなのだが、アクルは犬や猫になって機敏に逃げているためか、なかなか捕まらないようだ。


 「英之、セント。殺さない程度にさっさと始末しろよ」








 縁が身体から出した大きな蜘蛛は、英之に覆いかぶさろうとしていた。


 ドシン・・・


 抵抗も見せること無く蜘蛛に押し潰された英之だが、縁は自分の身体に異変を感じた。


 通常の包丁やナイフ、どんなにキレ味の良い刃物類でも切断することの出来ない蜘蛛の足が、英之のソレによって半分も、一瞬にして真っ二つにされた。


 「!」


 一気に全部が斬られてしまうと動きが一時的にでも止まってしまう。


 それを避けたい縁はなんとか残りの足だけで英之から距離をとる。


 「さて、動きが鈍い今のうちに止めでもさしておくか」


 余裕そうに大鎌の柄の部分を肩に置き、何回かぽんぽん、と叩く。


 「可哀そうにな。すぐに足を再生でも出来りゃあ、まだ良かったかもな。けどどのみち俺が蜘蛛くらい指でちょいっと潰してやるよ」


 そう言うと、蜘蛛が反応する前に英之が大鎌を振るう。


 そうなればもう蜘蛛は俊敏に動くことが出来ず、残りの足も全て切り落とされてしまう。


 次の手を準備しようとした縁だが、それよりも早く英之が縁の首筋に大鎌をかける。


 「弱いってのは罪なもんだ」


 「弱肉強食ってのは、そういうことだからな」


 「お?ついに観念したか?」


 そのままスパッと首を斬ってしまうのかと思ったが、英之はその大鎌を下に振り下ろした。


 「・・・!!!」


 視界に広がった真っ赤な血は、縁の片腕とともに床に落ちていく。


 考えるよりも先に動いたもう一方の腕は、無くなった腕をいたわるように触れる。


 ドクドクと止まらない血液と止める術などなく、縁は意識を手放さないようにすることで精一杯だった。


 「ハハ・・・ハハハハハハ!!!」


 ぴた、ぴた、と大鎌についた血に、英之は興奮を隠せない。


 「すぐに殺すわけねーじゃん!散っっっ々コケにしやがって・・・。どうせ必要なのはパラサイトだけ。お前自身はただの宿主というより、受け皿だからな」


 「・・・!お前等とは違って、本当の意味で一心同体だからな」


 「そんなことどうでもいいんだよ。必要なのは強いか弱いか、ただそれだけだ」


 今度は片足に大鎌をあてがうと、英之は愉しそうに笑ってまた振り乱す。


 「・・・!!!ぐあっ!!!」


 「ハハハハハハハ!たまんねえ!その悲鳴、心地良いな!」


 「縁!」


 吾朗が縁の助けに入ろうとするが、セントがそれを邪魔する。


 「くそっ!」


 「人間の肉は思ってるより美味しくないの。でも食べたくなるのはどうしてかしら」


 「まず食べようなんて思ったこたぁねーからよ」


 普通の狼とは違い、セントは二本足で立ち上がっている。


 走るときは四本で走る為早く、鋭い牙で喰らいつかれると骨など簡単に折れるだろう。


 「ほら、遅い」


 「!ちっ」


 瞬きを一度しただけでも、セントの動きを見逃してしまう。


 「・・・美味しくない」


 「だろうな」


 避けきれなかった吾朗は、セントに腹を少しばかり齧られてしまった。


 次々に溢れ出て来るわけではないが、それでも止血は必要だ。


 「逃げてばかりじゃ、勝てないわよ」


 「わかってらィ」


 とはいえ、吾朗は縁のように戦う術など持っていないのだ。


 セントの素早い動きに目を鳴らし、避けることを第一に考えている。


 「それじゃ、つまらないの」








 「お前のは実に興味深いからな。遠慮なく次世代の為に活用させてもらうとするよ」


 まだ手術着のままのルイスは、康史を前にくつくつと喉を鳴らして笑う。


 「俺はよくわかんないけど、でもきっと俺達みたいなのが力を振り乱したって、何も変わらないんだよ」


 「それはやってみねーとわからねー。だろ?所詮動物ってのは、本能として自分よりも強い者には刃向かわねーようになってる。権力しかり地位しかりな。だが、そんな肩書きさえ覆せるのは力だ。そんじょそこらの力なら金で買えるかもしれないが、俺達のような特別な力ってのは、金じゃどうにもならないんだ」


 「特別?」


 「ああ。確立として低い存在ってのは、恐れられ怯えられ拒絶されるもんさ」


 周りは戦いの真っ最中だというのに、ルイスはそんなこと気にせず、ベッドに腰かける。


 一定の距離を保ったままの康史は、そんなルイスの行動ひとつひとつに注意を払う。


 「拒絶・・・?」


 言っていることは理解できるが、拒絶された覚えのない康史は、眉を顰める。


 「自分とは違う。ただそれだけで、虐げられる」


 「何を言ってるんだ?そもそも、俺達はその、他の普通の人達に認識されてるのか?」


 「・・・・・・。認識されてみろ。それこそ、俺達に生きていくための生活圏も環境も何もかも、与えられやしねーよ」


 「・・・・・・」


 以前に何かあったのか、ルイスの表情は影になっていて良く見えなかったが、暗い雰囲気を感じた。


 「宿主と寄生虫との間には優劣関係がある。知ってるな」


 「ああ」


 「自然パラサイトとは違って、人工パラサイトは“劣”に陥ることが多い」


 「なんで?」


 「なんでって、そりゃそうだろ。母親の腹ん中にいるときから寄生されてる奴らなら、身体も脳も心臓も、浸透していってるからな」


 「浸透・・・ねえ」


 「けど俺達は違う。もともとは受け入れられない身体として産まれてきたのに、そこに無理矢理寄生させるんだ。寄生虫の方にも選ぶ権利はあるからな」


 「それって拒絶反応を起こすんじゃ」


 前に聞いたことがあるような、そんな曖昧なまま康史は聞いた。


 ルイスは小馬鹿にしたように鼻で笑う。


 「拒絶反応を起こした奴は当然死ぬ。それだけだ。それが無かった俺達は、かろうじてパラサイトを宿すことが出来た。だが、ここからが難しかったんだよ」


 話しながら、ルイスは手術台の頭の方に置いてあった幾つかの器具の中から、メスを取り出す。


 それを自分の腕にあてがうと、スッと切った。


 ルイスの腕からは普通の人間と同じような赤い血が流れていた。


 ただひとつ、その血が意思を持つように動いたことを除いては。


 「耐えられたとしても、順応出来たわけじゃなかった。身体と脳と心臓はバラバラに活動を始めた。それだけじゃない。臓器も血液も神経もな。要するに、自分の思うように動かすことは相当な体力と精神力が必要だったってことだ」


 「ならもうこんなこと止めた方がいいだろ。きっといつか死ぬぞ」


 「だろうな。だがそれでいいんだ」


 「は?」


 一体ルイスが何を言っているのか分からなかった。


 さも当然のように答えたルイスの顔が、徐々に別人へと変わっていく。


 「例え自分の心とやらが死んでも、この身体が朽ちるまで強さを求め続けられるなら。俺は喜んで俺を殺そう」


 「!?」


 ゆっくりとベッドから下りたルイスは、康史目掛けてメスを投げてきた。


 それは、康史の危険を察知して現れた式神によって止められた。


 「先に言っておくが」


 「?」


 「逃げるんだったら、俺の意識が残ってるうちだぜ?」


 「!」


 目の前に、それはいた。


 青い髪を揺らしながら、闇に塗りつぶされたような瞳には、何も映らない。


 式神が鬼に変わりルイスを捕まえようとするが、鬼の大きさを利用してルイスは死角から康史を狙う。


 それでも康史に直接攻撃が当たることはないのだが、間一髪、鬼によって止められているだけだ。


 決して鬼も大きいからと言って動きが鈍いわけではないはずなのだが。


 「でかぶつ、邪魔すんなよ」


 康史を守る鬼さえ倒せればと、ルイスは鬼に噛みついた。


 すると、痛みを感じたのか、鬼は顔をしかめてルイスを何度も振って落とそうとする。


 だが、強く噛みついて放れないルイスに、鬼はルイスが噛みついている腕ごと天井にぶつけた。


 天井が崩壊して思わずルイスのことを探す。


 すると、天井と鬼の腕の間に挟まれる寸前、逃げ出したようだ。


 「ただの人喰いじゃあねーんだよ。俺は」


 ぺろり、と自分の唇を舐めながら、ルイスははぎ取った鬼の腕の一部を食べ始めた。


 「・・・!?」


 前にも見たことのある光景だが、人間とは思えない形相だ。


 「うっ」


 吐き気を覚えた康史は口元を手で押さえる。


 「なあ、お前。康史だっけか」


 「な、なんだよ?」


 突然自分の名前を呼ばれて驚いた康史だが、少し距離を置いて返事をする。


 ゆっくりとした動作で康史の方に顔を向けると、ルイスは狂気の笑みを浮かべる。


 「俺とひとつになれよ」








 片腕と片足が動かなくなってしまった縁。


 英之はニマニマと笑ったまま、更に縁の身体を切り刻んで行こうとする。


 「どうせならひと思いにやってほしいもんだがな」


 「それは無理なお願いってもんだ。これは俺の趣味だから」


 「とんだクソ野郎だな」


 痛む手足に顔を歪ませながらも強気に笑えば、気に入らなかったのか、英之は縁の顔を蹴り飛ばした。


 「さてと、死ぬ前にパラサイト摘出しないとな。ルイスに怒られちまう」


 口調は至って穏やかだが、言っている内容はとても穏やかなものではない。


 切り落とした縁の腕を拾うと、そこから滴る血を舐めるようにして舌を這わす。


 見ているだけで気持ち悪いが、それを黙ってみていれば、睨んでいるのかと、今度は髪を思い切り掴まれ、切られた部分に大鎌の先を喰い込ませた。


 「・・・・!!!!ッッッ!!!」


 「あまりの痛さに声も出ないってか?」


 激痛どころの騒ぎじゃないが、声にもならない痛みというのがある。


 「さて、もうちょい遊んでやりたいとこだが、あんまり遊んでるとそれこそ怒られるからな」


 スッ、と縁の残された足の方に大鎌を向けると、英之は無邪気に微笑んで言った。


 「残った足と腕切ってミノムシ状態にしたら、保存液に浸しておいてやるからな」


 ひゅん、と風を斬るように英之は大鎌を振り下ろした。


 これで足を使って逃げることは愚か、腕を使って這って逃げることも出来なくなると。


 そう思っていたのだけれども。


 いつの間にか縁はそこにいなかった。


 「あ?何処だ?」


 目の前にあるのは、透明な何か膜のようなものだけ。


 すると、顔の横に何かが触れたのを感じた。


 「!?」


 バッと勢いよく顔を上げると、そこには天井に張り付いている蜘蛛がいた。


 いや、蜘蛛だけではなく、縁もだ。


 天井からゆっくりと下りてきた縁を見て、英之は思わず目を見開いた。


 自分が斬り落としたはずの腕や足が元に戻っていたからだ。


 「どういうこった?なんで手足が生えてる?それにその蜘蛛も、なんで足が元通りなんだよ!?」


 確かに、確実に切り落としたはずだ。


 それなのに、今前に立っている縁も天井に張り付いたままの蜘蛛も、何事も無かったかのように手足を動かしている。


 「蜘蛛は足を斬られても、脱皮をするとまた生えてくるんだ。覚えておけ」


 「蜘蛛は生えても、お前までなんで生えてんだよ。人間はそんなこと出来ねえだろ!」


 「・・・・・・お前、何と戦ってると思ってんだ?」


 「あ?何って・・・何だよ?」


 呆れたような顔をする縁は、先程斬られた腕を確認するように動かす。


 「お前が今敵に回してんのは、生まれながらに寄生されたDNAを持つ、自然パラサイトだ」


 最初は縁の言っていることが理解出来ていなかった英之だが、少しずつ把握出来てきたようだ。


 生まれながらに寄生されていたということは、宿主である縁は、寄生虫である蜘蛛の特徴を併せ持った人間蜘蛛のような存在だ。


 しかし英之は考えが少し甘かったのだ。


 単に寄生虫を戦わせる力があるとだけ認識していたようだが、それは違う。


 縁自身が、蜘蛛の特性を生かし生存出来ると言う事だ。


 「嘘、だろ」


 「お前等とは違って、幾ら長く寄生されても自我を忘れることもない。それに、この勝負はもう決着がついてる」


 「ああ!?ふざけんな!まだだ!まだ決着はついてねーよ!」


 「いいか。最後の忠告だ」


 縁の言葉など待たずに攻撃しようとした英之だったが、身体が言う事を聞かない。


 大鎌を動かそうにも、なぜか動かない。


 「蜘蛛は自ら獲物を狙う事はしない。なぜなら」


 「!!!くそっ!」


 「罠にかかった獲物を喰らうからだ」


 「!!!!!とれねっ!」


 気付けば、英之の周りは蜘蛛の糸で張り巡らされていた。


 こんな糸、大鎌で刈ってしまえば、そう思っていたようだが、それは出来なかった。


 通常の蜘蛛の糸同様細いのだが、強く、粘着力も強いその糸は、英之を捕えていたから。


 簡単に切れそうな糸は、英之を逃すまいと纏わりついてくるようだ。


 「!」


 自分の身体を覆う真っ黒な影が下りてくると、英之はゆっくりと顔を上げた。


 そこには、涎を垂らして口を開けた巨大な蜘蛛がいた。


 「あれ?気絶した?」


 蜘蛛の口が英之の顔だけを含もうとした瞬間、英之の身体はカクン、と項垂れた。


 「・・・ま、いっか」








 「どうして弱いのに戦うの?あなたは戦いに不向きだわ」


 「俺もそう思うけどな。逃げるわけにはいかねーだろ?」


 「理解出来ない」


 吾朗はセントに背を向けないように注意しながら逃げていた。


 あれからも何度かセントに噛まれたが、深手とまではいかなかった。


 「考えなくてもわかることよ。人狼とくじゃく、勝ち負けなんてはっきりしてるわ」


 「人狼ってのは満月だけかと思ってた。そうじゃねーのか?」


 今日もこの前も満月ではなかった。


 でもセントは人狼となっていた。


 そのことにふと疑問を持った吾朗が質問した。


 「折角身体に強者を埋め込むのに、満月だけなんて限定があったら、どうしようもないじゃない?」


 「ああ、あの変な医者みたいな奴に改造してもらったってことか」


 「それにしても、不憫ね」


 「ああ?不憫?」


 セントの言葉に、吾朗は首を傾げる。


 「だって、折角の自然パラサイトなのに、そんなに弱い生物なんだもの」


 「弱いってか、綺麗代表みたいなもんだからな」


 「綺麗とかどうでもよいわ。必要なのは強さよ。だからあなたは可哀そう」


 「可哀そう、ねえ」


 どうやらセントは、戦いに不向きな動物が寄生されている吾朗に同情しているようだ。


 それなら人工の強いパラサイトの方がマシだとでも言いたいのだろうか。


 確かに弱いが。確かに不向きだが。


 吾朗は今日まで不満思ったことはないし、それよりも煌びやかなくじゃくであることに誇りさえ持っていた。


 縁のような蜘蛛など自分には似合わないと、満足しているというのに。


 「正直、保存する必要もないと思うけど、コレクションくらいにはなるかしら」


 「オークションで売ればきっと高く売れるぜ。俺に寄生してたことでプレミアもついてな」


 「五円スタートね」


 「低っ。あまりに低くてびっくりしたよ」


 急に、くらっとした。


 きっとセントによって傷付けられた箇所からの出血による貧血だろう。


 もっと血になるようなものを沢山食べておくんだったとか、そんなことを今になって思う。


 「そろそろ終わりにしましょう」


 セントは毛並の揃った狼になると、吾朗に襲いかかってきた。


 避けようにも壁に背をつけている今の状況では、きっとすぐに捕まってしまうだろう。


 セントが吾朗を食べようと口を開けたまま突っ込んできたため、吾朗はギリギリまで引き寄せて一気にセントの身体の下にもぐりこみ、下から逃げる。


 すると、セントは後ろ足で吾朗を蹴飛ばすと、吾朗の身体はベッドに叩きつけられる。


 「いって・・・」


 「大人しくしてれば痛くしないわ」


 「嘘だね。絶対痛いだろ」


 じりじり距離を詰めてくるセントに、吾朗は痛めたお腹に力を入れながら考える。


 「終わりよ」


 吾朗が逃げられないように、セントは前足を吾朗のお腹の傷を抉る様に置く。


 「・・・・!!!」


 ついでに足にも体重をかけて動けないようにする。


 普通の人間の女性の体重であれば多少動けるのだが、今のセントの体重は女性のものではなく、狼のものだ。


 そしてセントは吾朗の喉元を狙って口を開ける。


 「!」


 ぐっと力を入れると、そこに肉と骨の感触を覚えるが、どうも喉の柔らかいものとは異なった。


 「へへ・・・っぶね」


 吾朗は自分の腕をセントに噛ませていた。


 「馬鹿な人。このまま噛み砕いてあげる」


 「・・・!!!!」


 さらに顎の力で吾朗の腕を噛み砕いてやろうと、セントは力む。


 だが、逆に力が抜けていく感覚に襲われる。


 「な、なに?」


 「おー、やっとか」


 「なにを、したの?」


 「なーんも?」


 頭がクラクラとしてきて、セントは人狼の姿を保っていることさえ困難になる。


 吾朗の腕から口を放し、胸元をおさえる。


 「俺の身体にある毒が、ようやく効いてきたんだな。もっと早く回ってくれると助かったんだけどな」


 「毒、なんかに・・・」


 ぐっと唇を噛みしめ、なんとか意識を保とうとするも、足もフラフラする。


 「あんまり動かね―方が良いぞ」


 「毒は、出すだけじゃ・・・」


 「確かに、いつもは空気中に出してたけどな。この狭い部屋で出したら、仲間ともども倒れちまうよ。けど、体内にある毒なら、お前しか吸収しねーだろ?」


 「そんな、馬鹿な・・・。お前なんかに」


 ついには立っていられなくなり、セントは壁に背をつけて座りこむ。


 「綺麗な薔薇には棘があるっていうだろ?お前は棘に触れちまっただけさね」


 かくん、とそのまま目を瞑ってしまったセントは、しばらく目覚めることはなかった。


 「やれやれ。死ぬかと思ったー」








 「は?」


 康史は、耳を疑った。


 この目の前の男は、確かに言った。


 “自分とひとつになれ”と。


 口説き文句のようにも聞こえるその台詞は、決して愛だの恋だの、そういった意味が含まれていない。


 きっと康史の身体からパラサイトを抜き取って、それを自分に移植することでひとつになろうと言ったのだろうが、もうちょっと言い方を変えて欲しかった。


 「やだよ」


 「俺とひとつになったほうが、きっと良い。これからの人生もっと有意義に過ごせる」


 「やだよ」


 「遠慮するな。俺は準備出来てるんだ」


 「拒否してるんだけど。準備しなくて良いし」


 一向に一致しないであろう回答。


 それだけならまだ良かったのだが、ルイスは鬼をまるでお菓子のように食べようとしていた。


 相性が悪いのか、康史が力を出し切れていないのか、ルイスの攻撃の一方通行だ。


 そしてついには、鬼は食われてしまった。


 「鬼が、食われた?」


 その事実に、康史はごくりと喉を鳴らす。


 鬼以外に何か出せるのか、それとももうこれで終わりなのか。


 何も分からない康史は、ルイスから離れることだけを考えた。


 「お前ごと喰って、俺の一部にしてやるよ」


 「断る」


 きっと殺す心算でかかってこられたら、康史は自分などひとたまりもないことも分かっていた。


 しかし、だからといって逃げたり命を乞うなんて真似も出来なかった。


 ―どうする?このままじゃ・・・。


 自分の中の式神に対して、問いかける。


 いるかいないか、そこにいるのかいないのかも分からないが。


 ―俺の中にまだいるなら、出てくるんだ。


 ―こんなところで死ぬわけにはいかない。








 「やだーーーー!助けてーーーー!!!」


 「ちょ、めっちゃすばしっこいんだけど。アリーナ!挟み撃ち!」


 「いえっさー!」


 まだアクルは捕まらずに逃げていた。


 だが、挟み撃ちにあうとすぐに捕まってしまった。


 「確保―!」


 「はなしてはなして!!!」


 「念願の逮捕なのですー」


 二人は、アクルを奥の部屋に連れていって早速パラサイトの摘出を行おうとしていた。


 だが、アクルの今の姿を見て、思わず悶絶。


 アクルは仔犬になっていて、その大きな瞳は不安に揺れ、小さな身体は小刻みに震えていた。


 「かっ・・・かっ・・・かわゆいのですー!!!」


 「だな!だな!なんだこのプリチ―な生き物は!脳殺ズッキュン!」


 「もふもふなのですー!とっても柔らかくて気持ち良いのですー」


 「まじか!うほっ!」


 「これは写真を撮っておくべきなのです!」


 「そうだな!まずは単体で撮影して、その後ツーショットだな!」


 謙一とアリーナがこんな馬鹿をやってくれている間に、動けた者がいた。


 「待ってろ!今カメラを!」


 トンッ・・・


 謙一がカメラを持ってこようとしたとき、謙一の背後には人影があった。


 その影によって謙一は首の裏を叩かれ、倒れてしまった。


 それに気付いたアリーナも同様に。


 「大丈夫か?時間を稼いでくれたお陰で、逃げられたよ」


 アクルがもとの姿に戻ると、半べそをかきながらも安心したように笑った。


 「さて、こいつらには後で仕事をしてもらわないとな」


 人影、トワナは手錠や首についていたリードを外し、アクルを救出に来ていた。


 「お兄ちゃん、やっぱりお姉ちゃんみたい」


 「・・・・・・」


 やはり失礼な奴だと思ったが。








 「どうする?俺に勝てるか?」


 次の手を考えたいところだが、どうすれば良いのか分からない。


 ルイスは高笑いしながら、康史の首を手で掴み、そのまま康史の身体を宙に浮かす。


 尋常ではないその力に、康史はルイスの手に自分の手をあてて抵抗しようとする。


 だが、びくともしない。


 「このまま気絶してくれよ。そしたら、お前の身体に俺の意識を埋め込む実験が出来るんだ」


 「・・・!?」


 視線だけをルイスに向ければ、柔らかく笑う。


 「そうなれば、拒絶もなく自然パラサイトを自由自在だろ?まだ研究途中だけどな。やる価値はあるんだ」


 「っ・・・!」


 床についていない足をバタバタさせるが、フッと意識が飛びそうになる。


 ―ああ、俺、死ぬんだ。


 そう思ってしまった時だった。


 重低音のような声が、耳ではなく脳にダイレクトに聞こえてきた。


 ―それは困る。


 「・・・?」


 何だろうと目を少しだけ開けてみるが、そこにはやはりルイスしかいない。


 だが、ルイスの表情は徐々に曇っていき、ついには康史の首からルイスの手が放れた。


 「ごほっ・・・!」


 急にどうしたのかと思っていると、ルイスの目線が自分よりも高い位置にあることに気付いた。


 そこに何があるのかと、康史も同じように後ろを振り向いて見る。


 「・・・へ?」


 そこには、見たこともない生物がいた。


 何やら幾つもの生物が合わさったような身体をしたそれの名称は、康史には分からなかった。


 虎のようでもあり、蛇のようでもあり、鬼のようでもあり猿のようでもあり。


 「鵺・・・」


 「え?」


 その生物を見て恍惚とした表情を浮かべたのはルイスだ。


 まるでようやく巡り合えた恋人を迎えた時のように、ルイスは両手を広げていた。


 そして鬼の時のようにその鵺という生物にも噛みつこうとした。


 だが、鵺が鳴き、その途端に地面も空気も大きく揺れ出した。


 「鵺!お前の力を出し切るには、俺が必要だ!今すぐ俺とひとつになろう!」


 まだ言ってるよ、と思った康史だったが、ルイスはきっと本気だ。


 何も反応を示さない鵺に、ルイスは自ら近づき、喜びのあまり噛みつこうとした。


 また式神が喰われる。


 そう思っていた康史だったが、鵺は喰われることはなかった。


 「どうして俺じゃない?なんでこんな奴が選ばれた!?」


 ルイスは怒りに震え、自我を失い康史に向かってきた。


 目を瞑って衝撃に耐えようとしていた康史だったが、衝撃はいつまでも来なかった。


 そっと目を開けると、すでに床にうつ伏せになって倒れているルイスがいた。


 「???」


 何が起こったのか見逃してしまった康史に、鵺はこう言った。


 ―宿主はあくまでお前だ。それ以外の人間なんぞにつくつもりはない。


 「え?俺?」


 そのまま姿を消してしまった鵺に、康史はもう何も言えなかった。


 どうして出てきたのかも分からないまま。


 「とりあえず、終わったのか?」


 つんつんとルイスをつついてみるが、寝ているのか、規則正しい呼吸をしたまま起きない。


 「うおっ!」


 いきなり、背後から背中を叩かれ、康史は思わず大声をあげてしまう。


 後ろを見ると、そこには吾朗がニシシと笑っていた。


 「すっげーな。なんだありゃ。なんか気持ち悪いもんが出てきたな」


 「分かんない。とにかく変な奴出てきた」


 吾朗の後ろには、縁とアクル、そしてトワナもいた。


 トワナは謙一とアリーナだけでなく、英之とセントもベッドに寝かせて紐で縛りつけていた。


 「あとはルイスだけだな」


 そう言うと、吾朗が軽々とルイスを持ちあげてベッドに運び、同じように縛った。


 「これで、どうするの?」


 「決まってるだろ」








 「落ち着いてくれ。俺は何もしないから。解放してくれ」


 目覚めた謙一の前には、四人の男と一人の少女がいた。


 顔を横に動かせば、自分と同じように捕まっているルイス達が目に入る。


 自分の置かれている立場をすぐに把握した謙一は、康史たちを説得しようと試みていた。


 トワナは無言で謙一を解放する。


 「じゃあ、お前には仕事をしてもらおう」


 「え?仕事?」


 キョトンとする謙一に向かって、トワナは捨てられていた瓶を投げつけた。


 顔スレスレで横を通っていった瓶は、粉々になって屑へと変わる。


 口をぱくぱくと金魚のように動かすと、謙一は両手を身体の脇にぴったりとつけて気をつけの姿勢を取る。


 「そ、そそそれで、わわわわたくしめは、な、なにを・・・すれば、よいのでしょうか」


 どもりながらもなんとか声を絞り出した謙一に対し、トワナはこう告げた。


 「こいつらの身体からパラサイトを除去し、ここに保管されている全てのパラサイトを焼いて殲滅しろ」


 「な!それは研究する者として出来な・・」


 ガンッ・・・


 静まり返った部屋で、謙一の顔の両脇に黒い物体が置かれる。


 それが縁の蜘蛛の足であることを理解するのに、そう時間はかからなかった。


 「頭は良いはずだよね?そんなあんたならわかるはずだ。この状況で俺達の言う事を聞くのが利口だってことくらい、ね?」


 普段は見せないような笑みを見せる縁に、謙一は首がもぎとれるくらいに懸命に頷いてみせた。


 謙一が手術の準備を終え、除去を始めようとする。


 すると、今度は耳元に吾朗の口が近づき、こう言った。


 「変なことしたら、大事なアレ、ちょんぎっちゃうぞ☆」


 御茶目に言っているが、内容はえぐい。


 一人心細いまま謙一は三人の身体からパラサイトを取り出した。


 すると今度はそれを持ったまま、保管庫に連れていかれてそこにまとめて置くように言われ、言う通りにした。


 トワナが何処からか持ってきた灯油をまくと、マッチで火をつけてそこに落とす。


 燃えていくそれらを見つめながら、ふと謙一は口を開く。


 「ルイスはもう脳がおかしくなってたから、除去したとはいえ、安心出来ないと思うけど」


 「なら脳に薬を使って記憶をなくさせろ」


 「え?」


 「出来るだろ?」


 またルイスのもとに向かうと、謙一は注射器に何かの薬の入った液体を注入し、それをルイスにさした。


 それが終わると、トワナは自分に別の薬を持ってこいと言ってきた。


 「何の薬?」


 康史が聞くと、トワナは最初黙っていたが、代わりに謙一が答えた。


 「これは寄生虫の働きを完全に止める薬。まあ、人工パラサイトにしか効かないんだけどね」


 「トワナ、いいのか?」


 「・・・・・・」


 その薬は一時的にしか効かないらしいが、定期的に注入していると力が弱まり、そのうちに使えなくなると言う。


 つまり、普通の人間に戻れるということだ。


 「人工物は所詮、自然のものに比べると脆く弱い。俺はルイスと違ってなりたくてこうなったわけじゃないしな」


 燃やしたパラサイトの残骸を調べ、跡形もなく燃え尽きたことを確認した。


 ルイスたちはまだ眠っているため、縛っていた紐を解いておいた。






 それから康史たちは帰っていったから、それからルイスたちがどうなったのか、それは何とも言えない。


 だが、記憶が消えているのであれば、これからは普通の人間として生きていけるだろう。


 トワナもあれからどうしたのだろう。


 「康史、お前本当に出て行くのか?」


 「うん。もうあんなことに巻き込まれるなんてないだろうし」


 「そっか。ま、住むところなかったらいつでも来いよ」


 「俺の家だ」


 「ありがと。じゃあね」


 「おう。気ィつけてな」


 また以前のように一人暮らしを始めようと思った康史は、貯金の残高を確かめてから前住んでいたアパートに向かった。


 やはり安いに越したことはないと、向かったまでは良かった。


 「あれ?」


 もう、別の人が住んでいた。


 不動産屋に行き、安いところを探してもらったが、ほとんど埋まっているという。


 空いている部屋はなんというか、こう、なんとなく住みたくない感じのじめっとした部屋であって。


 「・・・戻ろう」


 ピンポーン・・・


 「はいはーい」


 返事が聞こえてきて、玄関が開くとそこには見知った顔が目を見開き、その後盛大に笑った。


 「戻ってくるとは思ってたけど、それ以上に早いご帰還だったな」


 「アパート良いとこなくて。前のとこももう人住んでたし」


 「それはそれは。お生憎様」


 部屋に戻ると、縁には大きなため息を吐かれるし、吾朗には馬鹿にされるし。


 「あれ?さっき出て行ったの気のせい?」


 なんて、アクルにまで言われてしまう始末。


 「縁―、腹減った」


 なんてことないいつもの光景が心地よくて。


 「五月蠅い」


 同じような風景が待ち遠しくて。


 「アクル、グラタン食べたい!」


 「俺煮込みうどん」


 「せめて統一しろ」


 「俺はピザ食べたい」


 縁が顔を顰めるのを分かっていながら、ちょっと意地悪言ってみたり。


 「じゃあ間を取って、ステーキはどうだ!?」


 「どこが間?」


 「しゃぶしゃぶでも可!」


 「可が不可だよ」


 こんなどうってことないことが、一々楽しいと思ってしまうようになっていて。


 「じゃあ、ジャンケンしよ!」


 「ジャンケンてお前なあ・・・」


 そうは言いながらも、負けまいとしている大人気ない姿も。


 「買ったら寿司な」


 「いつどこで寿司なんて出てきたんだ」


 「今」


 「吾朗、お前いつも唐突すぎんだよ」


 「人生は唐突で溢れてるんだよ」


 「いくよー!さーいしょーはグー!じゃーんけーんぽーん!!!」








 かつて、人工パラサイトの実験を成功させた研究者がいた。


 その研究者が唯一成功させたその人工パラサイトには、ある特別な力が託された。


 それは―




 宿主とした人間が自らの力を抑えようとしたとき、宿主を喰らい、寄生虫が主として動き出すという、優劣の逆転。








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