第4話おまけ①【失敗は成功のうち】






パラサイト

 おまけ①【失敗は成功のうち】







 「またダメか」


 一人の白衣を着た男が呟いた。


 男の前にあるのは手術着を身につけている、多分、人間。


 多分というのは、原型をとどめていないからだ。


 身体からは大量の血液が溢れ出し、口からは泡を吹いている。


 白目を向いて横たわっているその人間の横には、ぴー、と一定の音しか出していない機械がある。


 カラン、と銀色をしたトレイにメスを投げいれると、男はマスクや被っていた布の帽子を脱いでゴミ箱に捨てる。


 ピッタリとした手袋も捨てると、男は部屋の隅にある小さな椅子に腰かける。


 「・・・はあ。何がいけなかったんだ」


 これでもう、何人目だろうか。


 実験に協力してくれたら報酬を支払うと言われ、男に着いてきた老若男女。


 誰かは発狂して自殺した。


 誰かは自分の手足を斬って逃げようとしたため、手をかけた。


 誰かは手術中に心停止を起こした。


 それから、それから・・・。


 「この前よりも健康体の若い男を連れてきたというのに。心拍数も正常だった。病気も持っていなかった」


 独り言をぶつぶつ言いながら、男はカルテをさらさらと書きだす。


 「思った以上に副作用が起こり易い。弱毒化したものを入れてみるか?それとも薬と注入して麻痺させてみるか?」


 男は腰をあげ、再び手術台の方に歩く。


 そして開きっぱなしだったお腹に直接手を強引に入れ、そこから何やら奇妙なものを取り出した。


 動物とも植物とも言い難いそれを掴むと、男はソレを瓶に入れる。


 瓶は長さが三十センチほどで、それなりに厚みもある。


 その瓶の中には液体が入っている。


 男は瓶に蓋をして鍵をかけると、手術室を出てしばらく歩く。


 三つの鍵がついた部屋に着き鍵を開けると、その中には同じような瓶が幾つも綺麗に並んでいた。


 ボコボコと酸素を送り込まれていて、中には生きているようにドクンドクンと波打つものまである。


 「お前たち、もう少し待っていてくれ。きっと人間と共存できるようにする」








 それから数カ月後のこと。


 男の研究は成功したのだが、それによって他の研究者が男の研究所に忍び込んだ。


 「逃げろ」


 自分のやってきた研究が、これからの未来に役立つものだと信じてやってきた。


 『頼むぞ。君にしか出来ないことなんだ』


 テロや戦争、暴動を繰り返し起こす人間は、人間の手で止めなければいけない。


 同じ人間同士で共存出来ないというのは、とても愚かしいことだ。


 そんな中、寄生虫を用いての未来平和的実験が始まった。


 男に託されたことは、人工的なパラサイト人間を産み出し、政府に協力させること。


 詳しくは教えてくれなかったが、これがきっと未来を救うのだと信じてきた。


 「俺はここに残ります」


 「お前は生きて、同じ過ちを繰り返させないようにするんだ。それがお前の役目だ」


 「早く見つけ出せ!実験体は全部焼き払うんだ!一匹も逃がすな!」


 ドアの向こう側から声が聞こえてきた。


 「全て証拠は消せ。こんな実験が公になれば、我々政府は叩かれてしまう」


 「責任者はどうします?」


 「・・・消せ。奴の口から情報が漏れることもならん」


 研究所は燃やされ始め、政府から渡されたパラサイトたちは回収され、実験に使った身体は資料共々炎を纏う。


 「長官!」


 「どうした」


 「これを・・・」


 手渡された資料を見てみると、そこには実験に成功したことが書かれていた。


 ぐしゃりと握ると、声を荒げる。


 「一刻も早くこいつを始末するんだ!」


 「はっ!」


 「忌々しい存在め」


 「長官!責任者を捕えました!」


 そこには、両手をあげて投降してきた男の姿があった。


 長官の男は白衣を着た男に手錠もつけることなく、首に剣をあてがう。


 「成功した奴は何処だ?研究室にも手術室にもいなかった。ここへ連れてこい」


 「・・・もうここにはいませんよ」


 「なんだと!?」


 白衣の男に詰め寄り、長官は剣に込める力を強める。


 「あなた方に言われて実験や研究を重ねてきました。きっとあなた方はそもそもの私の研究を敵視していた。だからこそわざわざこのような実験をさせ、私を陥れたのでしょう?」


 「そんなことはどうでもよい。早く居場所を吐け。吐かぬと貴様の首は飛ぶぞ」


 「こんな首など幾らでも差し上げます。だが、彼は見逃していただきたい」


 「それは出来ない。もしもあんなものが自分達の生活圏を脅かしていると知れば、地球上の人間は毎日怯えながら暮らしていくようではないか」


 「・・・ふふ。御冗談を」


 「なに?」


 白衣の男は笑いながら続けた。


 「怯えているのは、あなた方ではありませんか」


 ガラガラ、と燃え広がる炎の煙が、徐々に男たちにも襲いかかる。


 「自然の脅威にも勝てず、自然との共存にさえ不向きな人間は、滅ぶべき時がいずれ訪れます。武器を持たねば恐怖を拭えぬようなら、武器など持つべきではない」


 「・・・」


 長官は自分の剣を鞘に収めると、白衣の男の両脇にいた男たちに告げた。


 「その男を殺せ」


 白衣の男は逃げることもせず、静かに目を瞑った。


 ―上手く逃げるんだぞ。


 ―お前は生きろと言われたのだ。


 ―その身体で世界を見極めていくんだ。


 白衣の男の首が、宙を舞った。


 そこから止めどなく溢れる真っ赤なものは、まるで薔薇の花弁のように散る。


 指示されることの無くなった身体は、前のめりになって床に崩れ落ちる。


 「大分火が回ってきたな。俺達もそろそろ退避だ」


 男たちが去って行ったあと、一人残された同じ格好をした男が、すでに死んでいる白衣の男に近寄った。


 そっと横たわる身体に触れると、頬を冷たい何かが伝う。


 そして何も言わずに立ち上がると、男たちが去って行った方とは逆の方向に足を進めた。


 外に退避した男たちは、建物が完全に燃え尽きるのを見ていた。


 「結局、見つかりませんでしたね」


 「はったりだったのかもしれん」


 「はったり、ですか」


 「実験が成功したように思わせる為のな」


 次第に大人しくなっていく炎に、長官の男は背を向ける。


 「愚かなのは貴様だったな」








 ―ごめんな。だが、未来の為なんだ。


 ―分かっています。お父さん、私の身体が少しでも役に立つのなら、どうか使ってください。


 ―きっと成功してみせる。そして、また一緒に生きていこう。


 ―お父さん、そんな悲しい顔しないで。私、後悔なんてしないわ。


 ―ああ。ああ。そうだな、トワナ。










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