4章の核心

男の猛攻は止まらない。

「この生活を支えてきたのは誰だと思っている!離婚した際の慰謝料を俺がもらうのは当然の権利だよなあ!?」

そう叫びながら、何度も私の顔や体を殴りつけてくる。

…痛い。私の体と心はすでにぼろぼろだった。

「もう、やめて…。」

辛うじて、出た言葉だった。

しかしそれが男の逆鱗に触れてしまったのか、男は吠えた。

「腹が立つんだよお前のそういう態度がな!」

男はまた拳を振り上げる。そして、それが私の顔に直撃した。

「うぐっ!」

頬に激痛が走る。歯が一本抜けたことに気づいた。




…もう、やめてよ。

私はお母さんがクソ親父に殴られたり蹴られたりしているのを、泣きながら見ていた。それは私を庇うためだと知っている。でも怖くて動けない。

私はお母さんを助ける方法を探そうとしたが目の前の巨体を前に、頭が真っ白になった。

お母さんの「もうやめて」と助けを求めている声が聞こえて、私は無意識に目が動いた。するとあるものが私の目に映った。

それは台所に置いてあるキッチンナイフだった。

…なんだ、あるじゃん。あいつを止める方法…。何で気づかなかったんだろう…。

私はクソ親父がお母さんに意識を向けていることを確認し、気づかれないようにナイフを手に取った。

まだクソ親父の猛攻が続いている。私はナイフを力強く握りしめた。

私はナイフを両手で振り上げ、クソ親父の首を目掛けて走る。

「…もう、これ以上お母さんを、苦しめないで!!!」

ザクッ

見事に的中した。すると血飛沫が勢いよく飛び出し、クソ親父は倒れた。

「……詩織?」

お母さんの声で、私は我に返った。そして、お父さんを見た。目に光が宿っていないことがわかった。

「あ…」

死んで…。

私は、自分が何をしたのか、今になってわかった。




突然クソ男の暴力が止まったことに疑問に思い、目を開けると、私の元夫がうなじから血を出して倒れていることがわかった。そして、顔を上げるとナイフを持っている詩織が見えた。

「……詩織?」

私は詩織に呼びかけると、詩織は涙を零した。

「あ…」

もしかしてこの子が…。

私はほんの少しだけ目を輝かせてしまった。次の瞬間私はとても後悔した。

「お母さん…」

「詩織…!」

詩織は涙を零していた。

「他の…、やり方があったかもしれないのに…。お母さん…、ごめんね、ごめんねぇ…?」

すると詩織は持っていたナイフを自分の首に向けていた。

「え…、待って詩織!?」

私は止めようとかけつけたが、遅かった。詩織は自分の首を刺し、大量の血飛沫を上げながら仰向けに倒れて行く。

私はすぐさま息を確認した。

…息を、していない。

「私の、せいだ…」

全部この子に、責任を感じさせてしまったから……。

私は詩織を守れなかったことに酷く後悔し、何も出来なかった自分の不甲斐なさに負い目を感じて、私は泣いた。

「詩織ぃ…っ!」

その時だった。一瞬だけ、『詩織』がこの部屋を飛び出していく姿を私は見た。

…今、『詩織』が走っていったような…。






「という風に、詩織の走っていく姿を確かに見ました。もちろん、亡くなっ…た詩織はちゃんといたんです。こんな話、信じてくれないと思いますが…。」

「信じますよ。それが僕の仕事ですので」

まだ本職は高校生でもありながら、光本くんは長々と私の話を聞いてくれた。

「ふふっ、そうでしたね。本当に心が救われます。…あ!私の過去話は以上です。ここまで聞いてくださってありがとうございます」

「いえいえ!お辛い中、話してくださってありがとうございます。」

私はこの子が高校生とは思えないくらい大人に見えた。

「それで、本題なんですが…。」

「もし、幽霊だとしても娘さんともう一度話したい、でしたよね?」

「はい。そうなんですが…。」

そんな超常現象的なことは起こるはずがないと、少しだけ自分を諭した

「それならさっきから、おいでになっていますよ」

「…え?」

私は耳を疑った。

「僕の仕事仲間が探してきてくれたんです。びっくりさせてすみません。」

彼が休憩中に腕時計を必要以上に見ていたので、不思議に思っていたが、ようやく理解した。

「…ってことは、詩織は今近くにいるの?」

「はい。そのドアの向こうにいますよ。」

突然のことが積み重なって、私は驚いていたが、詩織に会えるなら早くそうしたい。

「呼んでも、いいですか?」

「もちろんです。…では、どうぞお入りください。」

すると、ドアが開いた。

「…お母さん」

聞き慣れた、あの子の声が聞こえた。透けて見えるけれど、たしかに詩織だ。

「詩織…!」

数週間ぶりに、娘と再開して、私は涙が溢れた。








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