第3話
翌日の朝。昨夜の
そこで、妹に相談するべきだと思いついた彼は、トークアプリで『相談したいことがあるから、暇な時に電話してください』と送信。
それから昼食の時、スマホが鳴り出して彼が電話を受けて、相談内容を話すことになった。ただし、贈りたい相手を伏せたままで。
一通り聞き終えた
『まさか、あの兄さんが誰かと喧嘩する日が来るとはね……』
「いやぁ~ん、こう見えて私、実は一般人なんデスヨ、妹よ」
『その“一般”の枠に、兄さんが当てはまらないと思いますけど?』
「あはは、ごもっとも」
『の割には、随分と元気そうですね』
「はい、とある
『それはよかった。兄さんのことだから、てっきりその看護師さんに迷惑を掛けてたと思いましたよ』
「そりゃあ迷惑を掛けまくりましたよ。それもたっぷりと!」なんて言葉は後々地獄を招かねないから、たとえ口元が裂けても割らないぞ、と亮は内心で誓った。
『まあ、肝心の物については相手の好みに寄りますから、そこは兄さんに考えてもらうことにして……。もし相手が年頃の女の子なら、やはりサプライズが無難なんじゃないかな』
二人の女性、しかも年の離れた異性に聞いても同じ答えに辿り着くということは、彼の中ではサプライズはほぼ決定事項となった。
最後に亮は礼を言い、電話を終わろうとしたその時、スマホの向こうで『あ』という声がした。
『まさか兄さん、喧嘩した相手はあの時のお姉さ――コホン、お嬢様なんてことはありませんよね?』
「あ、あー。もしもし~? あれ~、急に電波が悪くなったなぁ~」
『ちょっと、本当にお姉様としたの?! お姉様に何かあったらタダじゃおか――』
亮は
そこで彼は昔見たある動画を思い出した。
凄腕のマジシャンが脱出マジックを披露し、観客がそれを「奇跡」だと褒め称えるといった内容なもの。
「奇跡……奇跡か……」
自分の状況をもう一度思い出させるように、一度俯瞰的な視点から考えることにした。彼は額の皺を深め、目を瞑って考えていたが、突然「ほう」と共にポンと手を打った。
「行ける!」
彼が思い付いた策は以下の通り。
車椅子が必須な彼はある日、突然姫の前で「じゃじゃーん!」と立てるようになって驚かせる→姫が「すごい!」と大喜び!
勝ち誇った顔と共に、彼は自分に一つ制限をかけることを決めた。成功するまで絶対に彼女と会わない、と心に誓ったのだ。
あれから二週間。
今日も姫は窓辺に座って、つまらなさそうに空を見上げている。実際につまらないだろう。亮は一度も談話室に足を運ぶことはなかったから。
今日こそ来るかも、と心のどこかで期待していたけど、姿を現すことは一度もなかった。
「……
姫がそう呟いてはため息つき、再び空模様を仰いだ。
二人が喧嘩してから、
そのこともあってか、7階は昔の静けさを取り戻した。まるで、三人で一緒に遊んでいた時間が幻かのように。
――これでいい。これでいいんだ。
そう自分に言い聞かせても、昔のわちゃわちゃに慣れ過ぎてしまった彼女にとって、この静寂はある種の拷問みたいなもの。
談話室の至るところに三人との思い出が詰まっているから、尚更。
「……おかしくなっちゃったのかな、私」
質問を投げかけても、虚しく響くだけ。
昔の姫ならこれくらいの静寂は日常茶飯事みたいなもの、それが一人、また一人に崩されていって。いつしかあの笑い声が聞こえないと落ち着かない体質になってしまったようだ。
「……なんで、こうなっちゃったのかな」
胸に手を寄せても、答えが見つけるわけもなく。やがてその手はガクンと力なくぶら下がる。
以前なら、心にぽっかり空いた空洞をすぐに認識できたのに、今となってはそれすらできなくなってしまった。
なんで。どうして。
そう自問しても、やはり解答が出てこない。ただ自問すればするほど、微かな焦りばかりが募る。
「……このままではダメだ」
とりあえず空虚な気持ちを誤魔化さないと。そう思った彼女は、二週間ぶりに7階を後にした。
だけどいざ離れたら、特に行く当てがあるはずもなく、敷地内をぶらぶらすることにした。患者たちの他愛もない雑談やスタッフたちの事務的な会話を耳にして、心中にあった焦りが霞んでいく。
――そっか。どうやら私はウサギさんになったみたいだ。
そう思って、姫は苦笑いに転じた。
以前、分家の人からウサギのぬいぐるみをもらって、その際に『こんなに多くの友達に囲まれたんだから、これで寂しがり屋のウサギさんが死ななくて済んでよかったね』と言われたけど。今になって思い返すと、子供相手に言うことはないだろうとツッコみたくなる。
どうやら、自分はいつの間にか寂しがり屋になったようだ。
それが判ったからとは言え、別に先程の質問に答えたわけでもなく。どうやって答えを分かるようになるだろう、と途方に暮れるその時、ふと背中から「あの、すみません」という声がした。
「……?」
振り返ると、見知らぬ二人が立っていた。夫婦なんだろうか、とちょっと小首を傾げる姫。若々しく見える割にはどこか憔悴している二人の様子に不思議そうにしていると、ふと女性の手に持つあるモノに目が行った。
そのモノには勿論ハッキリと見覚えがあった。
忘れるはずもない――彼女がついこの間まで見慣れていた、みおの三角帽子だ。
「“お姉ちゃん”の方です……よね?」
それを聞いて、眼前の二人はみおの両親だということを、姫は確信した。不安そうに尋ねてくる顔から、目を伏せる。
もしかして、娘さんの急死への当てつけに来たのだろうか。彼女が碧眼から微笑を消すと、身体を向き直って堂々と答えた。
「……そうだけど」
「やっとお会いすることができました……。私たちはみおの両親です。娘のみおがお世話になっておりました」
「いつもみおと一緒に遊んでいただいて、本当にありがとうございます」
男性に続いて、女性も深々とお辞儀をした。
予想外の展開に姫は目をまん丸くして「怒ってないの?」と尋ねると、
「とんでもない! 今まで娘のことを良くしていた相手にぞんざいに扱うわけにはいきませんよ」
すぐに否定されて、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。
「その、後日改めてちゃんとお礼がしたいのでよろしければ、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
ごく簡単な質問に返答を渋る姫。苗字のことで二人に負担を掛けたくないと思ったからだろう。それに、彼ら自身が気付いていないだけかもしれないが、二人はまだみおの死から立ち直っていない様子だ。
「……お礼とかは別にいいから。それよりも、自分たちのことをちゃんと労ってあげて。他の二人へのお礼も、きちんと私から伝えておくから、もう来なくてもいいよ」
話は終わりだとばかりに、二人に背中を向ける姫。まるで、彼女の気遣いに救われたかのように、男性の方は先にホッと胸を撫で下ろした。
「…………お気遣いありがとうございます」
彼らは最後にもう一度頭を下げて、その場から去って行った。
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