第11話 大王は知っていたそうです。
トウガとの約束は日暮れまでだった。ユキノは
ユキノは中腹まで登ってから耳栓を外して、トウガを呼んだ。
すぐ近くのモミの木の上にその存在を見つけたと同時に、ここまで監視していた少年の気配は遠ざかっていった。二人きりで話をさせてくれるらしい。
「トウガ、風の民はわたしがイナミの
「もちろん」と、木の上から声だけ降ってくる。
「どうやって?」
「それを教えるのは、依頼するのと同じだ。対価がいる」
「いいわ、言ってちょうだい。ただし、後払いよ。皇女と認められたら、大王から払ってもらうから」
「それでは足りないな」
トウガの一言に、ユキノは「え!?」と目を丸くした。
「大王にも払えないほどの金品を要求されるの!?」
「お前のこれからの人生すべてと、その命もだ」
「人生っていうのはわかるけど、命っていうのは具体的にどういう意味なの? 昨夜も言っていたわね」
「今、この時期に大王の娘だと名乗り出るということは、確実に継承争いに巻き込まれる。殺し合いに参加するようなものだ」
「でも、大王には六人も
「女なら関係ないなんて思ってるのなら甘いな。
「誰でもいいってくらいに、正式なものじゃないらしいけど……。単に皇女をめとって、大王の血縁になりたいだけの話じゃないの?」
「穂ノ国では
ユキノはごくりと息を飲んだ。
トウガが言っていた『方法』って、わたしが
たった一つの方法がそれだというならば――
『皇女』ではなく『女王』でなければ、風の民の扱いを変えることはできないということだ。
朝廷で最高の権力が必要だと――。
「穂ノ国の国守からはすでに依頼があったの?」
「ああ」と、トウガがうなずく気配があった。
「……ちょっと、トウガ。わたしにまで依頼料を要求して、二重取りするつもりだったの!?」
ユキノはトウガがいる辺りの
「お前、ちゃっかり『後払い』とか言って、最初から払う気なんてないくせに。二重取りとまで言うのか?」
「も、もちろん皇女になれたら払うわよ!」
思わず言いよどんでしまったユキノの上に、トウガの笑い声が降ってくる。
「まあ、それはこっちも最初からあてにしてないから、どうでもいいが」
「どうでもいいの!?」
「俺が要求したのは、お前の人生と命だ」
「金品は穂ノ国からもらうから、どうでもいいと」
「依頼を受けるかどうかは、今のところ保留にしてある」
「どうして?」
「どうしてって……」と、トウガが困ったように口ごもっている。
「わたしも証明したいんだから、穂ノ国からもらえるものはもらっておけばいいじゃない」
「お前、穂ノ国の目的がわかっていてそれを言うのか?」
「わたしがあっちの子息と結婚しなければそれまでの話でしょ。それとも、わたしの結婚も根回ししろって依頼されてるの?」
「さすがにそれはないが……。お前の方がよっぽどあくどいことを言ってないか?」
「賢いと言って」
ユキノが真顔で返すと、トウガは笑っていた。
「それで、トウガ、わたしが皇女だって、どうやって証明するの? どの道、穂ノ国から依頼を引き受けるんだから、わたしが聞いてもかまわないでしょ」
「ここまで話を引っ張ってから言うのも何なんだが――」
トウガは言いづらそうに切り出した。
「何?」
「イナミはお前が自分の娘だってことを知っている」
「……え? でも、三年前に采女の話が来たってことは知らないからでしょ?」
「だから、その時に知ったんだ。この貧困な国で娘がいるのに、采女として出さない方がおかしい。イナミはどういうことか調べさせるために風の民を雇った」
ユキノは異なことを聞いた気がして、眉根を寄せた。
「ちょっと待って。大王も風の民を雇ったりするの!? 見つけたら処刑しろって言ってる張本人じゃないの!」
「あれもたいがい変な男でな」
「変、なの……?」
自分の実の父をこういう風に言われると、複雑な気分になる。
「使えるものは何でも使う。風の民も自分の目的のためなら平気で利用する。見つかるようなバカは使えないから、殺されても仕方がない、という頭らしい」
「それは……うん、わかるような気がするけど。でも、納得いかないわ! 結局、大王も国守たちも風の民をいいように利用しているだけじゃない。おかげで、あなたたちは隠れてコソコソと生きなくちゃならないのよ」
「それで俺たちも食っていけるんだから、仕方ない部分もあるさ」
「それでも……!」
「まあ、そういうわけでイナミにはその時、お前が娘だってことを教えてやったんだ」
ユキノを遮って、トウガが話を戻した。
「もしかして、金十両?」
「ああ、もらったな」
トウガにあっさり肯定されて、ユキノの方が驚いてしまった。
本当にそんな価値があったとは……。
「でも、そんな情報、わたしが生まれた時点でわかることよね。どうして監視し続ける必要があったの? それこそ大王の代替わりしそうな時に使うだけの情報でしかないじゃない」
「俺たちが監視しているのはお前だけじゃない。イナミの血族から国守、金を持っている人間、情報になりそうな人間にも、誰かしら張り付いている」
「わたしもお金になりそうだったってこと?」
「実際、三年前からイナミはお前の情報を買っている」
「何のために?」
「采女の話を断って、代わりに茜を献上しただろ。それで興味を持った。俺もイナミの子は一通り見てきたが、お前が一番似ているかもしれない。先代もそれに気づいて、お前を見張らせていたんだろうな」
「さっき『変』って言ったわよね? その人に似てるって言われてもあんまりうれしくないような……」
トウガがくっくと喉を鳴らして笑うので、ユキノはじろっと睨み上げた。
「結局のところ、カヒラがお前を手放す気がなかったから、イナミもこのことは公にはしていない。だから、お前が皇女として名乗り出たいということを告げれば、それで済む話だ」
「え、ちょっと待って。それって、急がなくちゃいけないってことじゃない。大王が亡くなったら、証明してくれる人がいなくなるってことでしょ!?」
「その通り。イナミが死ぬ前には一度都まで行く必要がある」
「じゃあ、明日にでもすぐに出発しないと――」
都まで行くとなると、馬で三日はかかる。年を越せるかどうかという大王に会うには、もうギリギリと言ってもよかった。
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