第10話 恋のために権力がほしいんです。

「それで父様、実際にどうなの? わたしが都に行って大王おおきみに会いたいって言ったら、会わせてもらえるの? 朝廷から采女うねめの話が来る時点で、『皇女ひめみこ』がここにいるって知らない気がするんだけど」


 ユキノは気を取り直して、改めて聞いてみた。


「ええと……」と、カヒラは目を泳がせる。


「どうなの?」


「たぶんご存じないと思う。だから、ユキノに会いたいって言われても困るなぁ、と思っていた」


 面目なさそうにたどたどしく言うカヒラを見て、ユキノはがっくりと脱力した。


「わたしが皇女だって証明する方法はないの?」


「それはオヒトにも聞かれたんだけど、ユキノが生まれた時に報告しなかった時点で、もう遅いというか……」


 ユキノはあきれて言葉も見つからなかった。


 自分の手元で育てるにしても『皇女』となれば、大王の名で朝廷から金品や身の回りの物が贈られる。世話をする人間も派遣される。


 年頃になれば、大王と血縁を持ちたがる上国からも妻問つまどいも来る。そこでも贈られる結婚の品は破格だろう。


 結果、国は潤う。そもそもどこの国でも、国守たちが娘を采女献上して期待するのはそれしかない。


 それをカヒラは、ユキノをあくまで自分の娘として育てるためだけに、当然もたらされるはずの利益を全部捨てたのだ。


 わたしが国守だったら、絶対そんな判断はしないと思うけど――


 献上していたサクナを連れ戻した時点で、カヒラは国より愛を取ったのだから、今さらな話かもしれない。オヒトが怒って出ていったのも、今ならユキノも理解できる。


「叔父様のところでそんな話になったということは、わたしに妻問いの話でもあったのかしら?」


 ユキノの顔色をうかがうようにうなずくカヒラを見て、やっぱりといった気持ちだった。


 昨夜、トウガが妻問いの話題を出した。あれは実際にそういう話があったからだ。


 オヒトはカヒラの弟だけあって、ユキノが大王の娘だということを知っているはず。援助を頼みに来たカヒラに交換条件として持ちかけてもおかしくはない。


 穂ノほのくににすれば、皇女が手に入るのだ。緋ノひのくにの足りない税など微々たるものだっただろう。


 カヒラがユキノの出生について黙っていた時点で、この話も聞くことはなかったのだ。


「どなたからの妻問いだったの?」


「あちらの国守には五人の御子がいるから、その誰かという話だったけど」


「誰でもいい状態だったと」


「ユキノが皇女だって証明しようがないから、それ以上の話にもならなくて、断ってきたんだ」


「まあ、そうなるわよね」


「けど、ユキノに見張りがついているっていうことは、風の民はそのことを知っているわけだろう? もしかして、証明できるってことかな」


 初めてカヒラの口から『風の民』の言葉が出て、ユキノはドキリとした。


「……へえ。監視している人、風の民っていうのね」


「そういえば、ユキノには話したことはなかったね」


 そこから延々と風の民についての説明が続いたが、ユキノが知っていることばかりなので、かなり今さらな気分だった。


 父様に『見張りが付いているみたいなの』って、もっと前に聞けば、話は早かったのかしら?


 おそらく、大王がもうじき亡くなるという今、この時でなければ、カヒラは本当の話はしなかっただろうと思った。風の民の話もすっとぼけられて終わっていたような気がする。


 あくまで『父様』でいることにこだわってた人だものね……。


「――ただねえ、風の民は法外な金品を要求してくるから、うちでは用意できないんだよね」


 カヒラは申し訳なさそうに言った。


 ……うん、知ってるわ。風の民に証明してもらうとなると、最低でも金十両は要求されるわよ。


「風の民の情報でわたしが皇女だって証明できるのなら、今頃穂ノ国の方で依頼しているんじゃないかしら」


 上国である穂ノ国なら、皇女を手に入れられるとなれば、金十両くらいすぐに用意するだろう。しかも、ユキノはまだ大王も知らない皇女。他の国と争奪戦をしなくて済む分、今ならさらに安く、、手に入れられる。


「ただ、あれから一か月経っても何も言ってこないからねぇ。依頼自体していないか、風の民でも無理だったってことじゃないかな」


「その可能性がないとは言わないけど……」


 昨夜の時点で、この情報の価値はまだ金十両あった。風の民が証明できないのなら、この値が付くはずがない。どちらかといえば、穂ノ国がまだ依頼していない可能性の方が高い。


 これはトウガに確認すべきところよね。


「ねえ、ユキノ、そこまで言うってことは、皇女として名乗りをあげたいってことかい?」


 不安そうな顔をするカヒラに、ユキノは笑顔を向けた。


「心配しないで。父様の娘でいたくないって言ってるわけじゃないのよ」


「なら、どうして? やっぱり大王に会いたいから? それとも、国のために穂ノ国からの妻問いを受けるつもり?」


 そのどちらでもないことに気づいて、ユキノはくすりと笑ってしまった。


 わたし、やっぱりこの父様と母様の娘なんだわ。


「わたしがほしいのは大王の直系血族としての権力よ。この国の未来のために、朝廷を変えるために」


 すべては、わたし自身の恋のために――。


 カヒラは懐かしいものを見るような、どこか切ないような目でユキノを見つめてきた。


「そういうところは――」と、言いかけてやめる。


「何?」


「いや、何でもない」


 カヒラは小さく笑ってかぶりを振った。


 もしかして、大王に似てるの?


 遠く離れた伊呂波宮にいるイナミの大王とはどんな人なのか。


 ユキノは初めて興味を持った気がした。

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