第9話 父様から真実を聞きました。

 翌朝、ユキノは早々に起きて朝餉あさげの支度を終えると、カヒラが起きてくるのを待った。夜明けと同時に寝床から出たのは、昨夜あまり眠れなかったせいもある。


「どうしたんだい?」


 朝餉の並ぶ机の前にかしこまって座るユキノを見て、カヒラは驚いたような顔をする。


「父様、聞きたいことがあるの」

「ええと、何? 食べながらでいいのかな?」


 カヒラは警戒したように言いながら、ユキノの向かい側に座った。


「もちろん、食べて」

「じゃあ、いただくことにして……」


 カヒラが食べ始めてから、ユキノもキビ粥の椀を取り上げた。


「父様、単刀直入に聞くわ。どうしてわたしには見張りがついているの?」


 カヒラはびくりとしたように口に運ぶさじの手を止めた。


「……やっぱり?」


「ということは、父様は知らなかったと。でも、心当たりはあるのね?」


 カヒラはささっと粥をかき込むと、座り直した。


「ユキノも大人になったし、話をしようとは思ってたんだよ」


「なら、その話を今聞かせてもらえる?」


 カヒラは小さくうなずいてから口を開いた。


「その……実はユキノは僕の娘じゃないんだ」


 昨夜から確信はあったものの、カヒラの口から聞くまでは信じたくない気持ちもあった。


「本当の父は?」


「今の大王おおきみになる。君の母サクナは、采女うねめとして後宮にいたんだ」


「そう……」


「驚かないね」


「なんとなくそうかなって。こんな下国の姫を見張る理由が、他に考えられないもの」


「そうだよね」


 カヒラは苦笑した後、過去に何があったのか話してくれた。




 *****




 二十年ほど前、サクナが十三歳の時、緋ノひのくにから采女としてイナミの大王に献上された。


 サクナはカヒラの母違いの妹にあたる。


 カヒラもサクナの護衛という形で都まで付き添い、そのまま残って伊呂波宮いろはのみやの警護の任についた。


 サクナは特別美しい娘ではなかったので、後宮に入っても大王の目に留まることはなかった。


 もちろん二人の父である前の国守は、サクナがちょうを受けられるようにカヒラをせっついたが、カヒラはあえて無視していた。


 その方がカヒラとサクナにとって都合がよかったのだ。


 二人は愛し合っていて、いつか国に戻ることができたら、結婚しようと約束していた。その間触れ合うことはできなくとも、心はしっかりと結ばれていた。


 それから五年ほどが経って当時の国守が死に、カヒラが後を継ぐためにサクナと一緒に緋ノ国に戻った。


 献上していた姫を連れ戻したのだ。緋ノ国に課される税は一気に増えた。


 それが原因で、弟のオヒトは『愚かな兄には付き合いきれない』と、怒って国を出て行った。


 それでもカヒラとサクナは予想よりも早く結婚できたことを喜び、二人の生活は始まった。


 ところが、それから間もなくサクナのお腹に子がいることがわかった。サクナが後宮を去ると知ったせいか、伊呂波宮を出る前にたった一晩、大王に召されたのだ。


 それでもカヒラのサクナへの気持ちが変わることはなかった。


 サクナの身体を労わり、生まれてくる子を一緒に育てるつもりだった。次は自分の子を産んでくれることを期待していた。


 しかし、サクナはユキノを産んだ時に亡くなってしまった。


 今でもカヒラにとって愛する妻はサクナ一人。彼女の面影を残すユキノがいればそれでよかったという。


 ユキノに采女献上の話が来た時に断ったのも、大王が実の父であることを除いても、手放したくないというのは嘘ではなかった。




 *****




「だから、何度も言っただろう? ユキノのせいじゃないって。全部僕の責任なんだよ」


 カヒラはそう言ってかすかに笑った。


「もっと早く言ってくれてたら、わたしだってそのつもりでこの国の将来について考えたのに」


 無駄に悩まずに済んだのに、とまでは言えなかった。


「すまない」と、カヒラはぺこりと頭を下げる。


「いつまでもユキノには『父様』と呼ばれたくて、言い出せなかったんだ」


 ユキノは小さく息をついて、カヒラの頭を上げさせた。


「父様は父様よ。生まれて一度も会ったことのない大王が父だって聞いても、正直ピンとこないわ」


「大王も先は長くない。やはり一度くらい生きている間に、本当の父に会ってみたいんじゃないかと思ったりして……」


「それでオヒト叔父様のところから戻った時に、話しづらそうにしてたの?」


 うなずくカヒラを見て、ユキノはやはりため息が出ていた。


 大王が病になったという話をするだけのわりには、様子がおかしかったのだ。カヒラはこのことも合わせて話をしようか迷っていたらしい。


 まったく、この父様は……。

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