第4話 お礼に友達になってもらいました。
ユキノは約束を守って、少年のことはカヒラにも話さなかった。
だからといって、気にならなかったわけではない。ユキノの幼い好奇心をくすぐるだけの何かはそこにあった。
風の民って何?
お父様やお母様はどうしているの?
名前、聞かなかったけど、あるのかな?
ユキノは翌日も裏山に入って、耳をすませていた。
あの少年はきっと近くにいる。ユキノはそう確信していた。
だってそうじゃないと、本当に約束を守っているか、わからないでしょ?
そして、見つけた――。
木の葉に隠れてその姿は見えないが、二本先の高い杉の木の上にヤマドリの呼吸が感じられる。しかし、ヤマドリは大きくても三尺(一メートル)程度。その呼吸の深さから判断するに体長は倍近い。
大人の男の人……? あの子じゃないの?
「あなたも風の民なの?」
ユキノは内心がっかりしながら声をかけると、はっと息を飲む気配があった。そして、ため息をつく音が続く。
「その
この男もユキノの質問には答えてくれないらしい。とはいえ、肯定も否定もしない時点で、その通りだと言っているようなものだ。
「うるさいだけで、何の得もないよ」
男の言い草にユキノはむうっと口を尖らせる。
好きで良く聴こえる耳を持って生まれたわけじゃないのに。
「お前に得はないが、その耳のおかげでトウガは救われた。礼くらいはすべきところか」
ぜんっぜん、意味がわからないんだけど!?
とりあえず昨日の少年の名前が、『トウガ』ということがわかったくらいだ。
「ねえ、どうしてあたしの耳がトウガを救ったことになるの?」
「聞かなかったか? 姿を見せないのが我々の
「それは聞いたけど……もしかして掟を破ると、殺されちゃうの?」
「話が早いな」
ユキノがトウガを見つけた時、悲しみと怒りが入り混じった表情をしていたのは、そういうことだったのだ。去っていく時も、自分の死を覚悟していたはず。
怖かったよね……。
「トウガはどうして罰を受けずに済んだの?」
「あれで将来の
「そんなことでよかったの?」
ユキノが首をひねると、男がふっと笑う気配があった。
「お前にとっては簡単か。逆にトウガがこれまで見つからなかったことを褒めてやらなけりゃならないな」
「これまでって……トウガはいつもあたしのそばにいたの? 何のために?」
「その情報には対価がいる。知りたければ、金十両相当を用意しろ」
金十両は
子供だと思って、バカにしてるの? それとも――
「あたしを見張るのは、それだけの価値がある情報になるってこと?」
男は感心したように笑うので、ユキノの推察は間違いではなかったらしい。
ただ、その理由はわからない。下国の中でも下の方になる貧しい国の国守の娘を監視して何が得られるというのか――。
「どうしても知りたいというのなら、トウガを救った礼に教えてやってもいいぞ。金とどっちがいい?」
「金十両と同じ価値の情報……」
「もっとも今のお前なら、そんな情報より金の方だろうが」
「むう……」と、ユキノは言葉に詰まった。
向こう十年、朝廷に支払う税が賄えるのだ。好奇心を満たすために使うにはもったいなさすぎる。
しかし、ここで金をもらってしまったら、自分に関することなのに、この先一生知る機会を失ってしまう気がする。
ここは……考える時間が必要よね。
「救われたのはトウガなんでしょ? お礼なら本人からもらう」
「いいだろう」
その返事を最後に鳥の羽ばたきのような音が聞こえ、男の気配はいつの間にか遠ざかっていた。
その夜、ユキノが寝床に入ったのを見計らったかのように、床がコンコンと鳴らされた。
ユキノははっと起き上がって耳栓を取り除くと、床下の気配に耳をすませる。
間違いなくトウガの息づかいが聞こえた。
「よかった。殺されずに済んだのね」
「
やはりユキノの言葉に対する返事はない。しかし、今日の男――どうやら、風の民の長だったらしい――とのやり取りで一つだけわかったことはあった。
彼らは情報を売ることを
「金十両って言ったら、本当にくれるの?」
トウガが一瞬言葉に詰まったのがわかった。
……あれ? もしかして多すぎるの?
「わかった、用意する。朝まで待て」
トウガがすぐにでも立ち去る気配を感じて、ユキノは慌てた。
「待って、待って、待って! 違うの! ただ聞いただけなの! お礼に欲しいのは違うものなの!」
「……なら、何がほしいんだ?」
トウガがまだ床下にいることにほっとしながら、ユキノはコクンと息を飲んだ。
少なくとも風の民はたった一晩で金十両を用意できるらしい。
隣の
うちの国のどこかに隠してあるってことよね? ていうか、そんな大金、ポンとあげられるなんて、風の民って、あたしたちよりずっとお金持ちなんじゃない。
その金を情報で得ているとなると、『情報』こそ最も価値のあるものになる。その『情報』を得るために一番大事なものは――。
あ、そうだ!
ユキノはにんまりとしながら、
「あたしがほしいのは『友達』。トウガ、あたしの友達になって」
「はぁ!?」と、トウガの驚きに上げる声が聞こえる。
「お前、バカなのか? 姿を見せない相手とどうやって友達付き合いできる?」
「一度姿を見ちゃったんだから、今さら隠しても意味ないでしょ?」
「数年もすれば姿も声も変わる。俺が子供だから、長も今回に限り見逃してくれただけだ。次はもうない」
「今度は殺されちゃうの?」
「そうだ」
「そっかぁ。それじゃ仕方ないね」
「だから、金十両っていうなら――」
「こうしておしゃべりするだけでもいいよ」
「ちょ、待て……!」
「トウガだって、あたしを見張ってるだけで退屈でしょ?」
「それが俺の仕事だ」
「へえ。あたしを見張る役、トウガが続けることになったんだね」
しまった、とトウガが息を飲むのが聞こえて、ユキノはふふふっと笑った。
ほら、やっぱり。『情報』を得るには『時間』が一番大事ってことでしょ?
直接質問しなくても、話の端々から得られる情報は確かにある。これからトウガと話をする中で、見張られている理由も見つけられるかもしれない。
領地のみんなには申し訳ないけど、もともと金十両なんてもらえることしてないもん。
いきなり大金を手に入れるより、大きな価値を生むかもしれない情報を得られる可能性、くらいの方が、ユキノにはお礼として妥当に思えた。
それに、友達もほしかったんだもん。
『国守の姫様』と敬われこそ、対等な相手として見てくれる子供は一人としていない。それどころか、姫様にケガをさせたら大変だと、子供の親たちが一緒に遊ばせることを怖がっていた。
だから、出会い頭から『お前』などと偉そうに呼んでくるトウガなら、友達になれるかもしれないと思ったのだ。
「どうせ誰がやってもお前に気づかれるからな。それくらいなら、すでに知られてる俺が続ける方がいいって、長が判断した」
「うん、そうだね。もうトウガの呼吸は覚えたから、近くにいたらすぐにわかるよ。だから、隠れて見てるくらいなら、おしゃべりしようって言ってるの。そうだなぁ、あたしもお勉強があるから、毎日
「毎日!?」と、トウガの声が裏返る。
「だって、見張りは毎日してるんでしょ?」
「……いつまで?」
「あたしを見張らなくていい時まで。呼んだらちゃんと声が聴こえるところまで来てね」
トウガの大きなため息が『了解』の印だった。
「その代り、俺に会ってることは誰かに言うな」
「言ったらやっぱり殺されちゃうの?」
「そういうことだ」
「わかった。秘密は守るよ」
「わかったなら、とっとと寝やがれ」
誰のせいで遅くまで起きていることになっているのか。ユキノはくすくすと笑いながら寝床に戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます