イザベラの来襲

「女ぁ!?どういうことだ?」


小田副司令は指揮所の大型スクリーンに望遠画像からAIで解像度を上げた画像を写し説明した。

基地上空に出現したいつもの妖魔の中心に赤いドレスを着た女、それもかなりの美女が浮かんでいた。さらに、


「もう1人、中世の甲冑のようなものをつけたガタイの良い男も女の側に浮かんでいます。まるで、女をエスコートする騎士のように」


「赤いドレスの女と甲冑の騎士…。この女はこないだの奴が言っていた『女王』に違いない。配下がやられたお礼参りにでも来たのか?」


「わかりません、舞踏会にでも出るんじゃないですかね!」そう小田副司令が吐き捨てるように言った矢先、通信オペレーターから報告があった。


「群司令!敵から通信が入っています。我々の秘匿回線に」


「毎度毎度、簡単に秘匿回線に割り込みおって。よし、回線を繋げ」オペレータが通信を繋ぐと女が通信に出た。


「あー、えーと、聞こえてるかしら?」


「ああ聞こえてるとも。貴女は『女王』というやつか?」


「その通りよ。察しがいいわね。私は女王。女王イザベラよ。あなたはこの間の指揮官さんね?」


「貴女とは初対面のはずだが?」


「あの子とお話ししたでしょ?死んじゃったけど。結構言いくるめてたじゃない?笑ったわよ」


「あの子?あの『妖魔将』とか抜かしてたやつのことか?貴女はアイツの上司なのだろう?」


「そうその子よ。上司というか主人だけど。『妖魔将』とか子供っぽくって笑っちゃたけどね」


「それで今回はそいつを連れてきたということか?その脇にいる鎧を着てる奴のことだが」


「この子のこと?そう、この子は私の新しい分身。前の子とは一味違くてよ」


「その新しい分身とは、」


「おしゃべりはここでおしまい。こちらの要求を言うわ。私たちは、そうね、ここの基地の中の空き地に降りるから、指揮官は私たちのところに来なさい。歓迎するわよ。それにもう一つ」


「もう一つ?」


「そう、あの坊やも連れてきなさい」


「坊やとは誰のことだ?」


「あの光ってた坊やのことよ。私の子を圧倒してたでしょ?私たちは『幼虫』って呼んでるわ。その子も連れてきなさい」


「ケン坊のことか…嫌だと言ったら?」


「そうね」


イザベラは、右手をスッと上げた。


「望遠レンズか何かで見てるかしら?例えばあのお山をね」


そういうと、基地のすぐそばの裏山を指差した。一テンポ置いてから、


「な!!!なんだ!!」


凄まじい轟音が鳴り響いた。


「何が起こった!」


「群司令!!とんでもない重力波が発生しています!小惑星レベルの質量の出現を検出!それも、基地近くのあの山の上空に!」


山の頂上付近の木々が次々と剥がれて、上空の一点に吸い込まれ始めた。


「何をしたんだ!やめろ!!」山下群司令は思わず叫んだ。


「言われなくてもあんまり続けると私でも止められなくなっちゃうから、止めてあげるわよ」


イザベラが手を下げると浮かんでいた木々が力を失ったかのように落下を始めた。


そして続いて轟音が鳴り響く。


「稲ヶ原地区付近で地滑りが発生した模様です。麓の集落に被害が発生した恐れがあり」


「くそ!なんて女だ!」


敵は人間が何人死のうが気にしていないらしい。妖魔がそんなことを気にするはずもないが、たった一体の、それも見た目は華奢な女が、大規模な災害を発生させたことに山下群司令は大いに動揺していた。


「私の能力は重力を操ること。質量保存の法則だったからしら?その法則を無視してしばらくの間強力な重力を発生させられるわ。今のは微小なブラックホールを発生させてみたのよ。すごいでしょ」


「…要求に応じよう。少し時間をくれ」


「私、あんまり気が長くないから早くしてね。それじゃ降りて待ってるからよろしくお願い」


イザベラからの通信は切れた。


「クソ女め!被害状況はどうだ?」山下群司令は指揮所にいるスタッフに問いただした。


「偵察ヘリを飛ばしていますが、麓の集落が土石流に見舞われているようです。被害者等は不明」


士官の1人が答えた。


「陽子君。通信を聞いていたかね?君は今回は航空機で出るな。隊の副長と共に地上部隊と待機していつでも出撃できるようにしろ」


「は、はい、わかりました、群司令」


「副司令は私に代わって指揮を取れ。私は赤のドレスのクソ女に舞踏会に呼ばれたので行かないとな。それと」


「袴田賢については現在手配しています。今回は群司令を止めるわけにもいきません。どうかご無事に」


副司令以下幕僚たちに見送られ、山下群司令は指揮所を出ようとするが、


「群司令、今回もついてきますよ、副官の務めですからね」


「山田くん。君も命知らずだね」


「群司令ほどではありませんけどね」


この上官にしてこの部下、なかなかいいコンビである。その後ろ姿を半ば呆れ顔で見送る、第1妖精隊群副司令小田1等空佐であった。

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