豪邸にて
荒川祥子と南りかは、豪邸、いや大豪邸の門の前で呆然としていた。
後輩にして部下、全妖精隊員の中で男性自衛隊員に屈指の人気を誇る、スーパールーキーにして超絶美少女、高野藍に声をかけられたのが数日前のこと。
「せんぱ〜い!今度わたしのお家、来ませんかぁ?」
訓練後の更衣室でのことだった。まだ13歳の藍は身体つきも小さく、胸もまだ膨らみかけだ。
この子が自衛隊の人気No.1だなんて最初はこのロリコンどもめ!と思っていたのだが、気がついたら自分も彼女の魅力に取り憑かれていた。藍を見てると、無性に守ってあげたくなる。
まるでそうするのが当然のように——
「急にどうしたの?藍」
「おねーちゃんが先輩にお会いしたんですよね?それで呼んできなさいって」
「え、そうなの?別に構わないけど」
「先輩のお兄様もおいでになるみたいですよぉ」
「え!?ええ?」
「おねーちゃんが今度研究所から連れて来るんだそうですよぉ」
「行くわ。行くに決まってるじゃない!絶対行くわ!」
それを聞いて藍はくすくすと笑う。
「うふふふ。おねーちゃんが言った通り。お兄様の名前を出せば前のめりで承諾するって。本当にお兄様が好きなんですねぇぇ、先輩」
「ちょ!上官をからかうの禁止!前のめりなのは否定しないけど」
再び笑う藍。その笑い声を聞いて南りかが下着姿のまま近づいてきた。
「どうしたんだい、藍?」
認めたくはないが、りかの胸>>越えられない壁>>祥子の胸である事実は覆すことはできない。それでいてほっそりしていてスタイル抜群のりかを見てると無性に腹が立つ。妙な男口調のくせに。
「あ、りか先輩。是非りか先輩も藍のお家に来ませんかぁ?おねーちゃんが会いたいって言ってましたよぉ」
「ああ、美世さんとは話が合うからね。彼女は博識だから」
「ふん、どうせ私はおバカですよ、りかとは違って」
「はえ?どうしたんだい、しょーこ?何怒ってるんだい?」
そう言ってりかは祥子の顔を覗き込むが、祥子はプイッと顔を背けてしまう。
「ははーん、もしかして賢さんを僕に取られるかもしれないって焦ってるのかな?美世さんがいるなら、賢さんがいないわけがないしね。というか、男はすべからくおっぱいには弱い生き物だからね。きひひ」
「その、きひひって笑い方やめなさいよ!何度も言うように、お兄ちゃんは乳の大きさで女を見るような低俗な人間じゃないわ。お兄ちゃんの好みは小さい頃から暮らしてきたこの私が一番わかってるんだから」
「そうは言っても本能だからねぇ。男ってものは大きな胸を見ると思わず目で追いかけてしまうんだぜ」
「ぐぬぬ。勝負よ、りか。どっちがお兄ちゃんの熱い眼差しを受けられるか。藍のお宅で。どちらがよりお兄ちゃんの熱い視線を浴びられるかの真剣ガチンコ勝負。最高に可愛く決めてやるんだから」
「いいだろう、その勝負乗ったぜ。僕もこの自慢の胸を強調してそれでいて下品じゃない、童貞な君のお兄さんを瞬殺するお洋服ってやつを用意してきてやろうじゃないか、きひひ」
「負けないんだから」
「僕だって」
2人は、賢をめぐって歪み合う。そんな2人を見て藍は本当に楽しそうに言うのだった。
「やっぱり祥子先輩もりか先輩も見てて飽きません、おねーちゃんの言う通りぃー」
そんなこんなで、勝負当日。
「なになに、どういうこと!?」
「どういうことって…。そんなこと僕に言われたって分からないよ」
祥子とりかは、立ち尽くしていた。壮大なお屋敷の門の前で。
2人は藍に教えてもらった住所にそれぞれ直接向かったのだが、目の前に現れたのは彼女たちの所属する第1妖精隊群の司令部庁舎よりも大きな建物であった。
「藍がお嬢だってことは薄々気がついていたけど、まさかこんな大きなお屋敷に住んでいたなんて…」
「藍が言ってたインターフォンってのはこれのことだろうかね?」
藍には、パーティーの準備があるので迎に行けないことを詫びられ、玄関に着いたらインターフォンで連絡してほしいと言われていた。とりあえずインターフォンのボタンを押すと、
「荒川様と南様ですね?藍お嬢様よりお二人のことは伺っております。正門を開けますので、そのままお進みください。玄関にてお待ちしますので」
と返事があり、正門が開く。
「玄関ってどこにあるんだろうね?」
「知らないわよ」
某遊園地のようにさまざまなキャラクターの造形に刈られたトピアリーやら、花壇やら、ゆっくり鑑賞してたいが藍たちを待たすわけにもいかず、ズンズンと進んでいく。
「僕はもう疲れたよ」
「妖精隊員がなに言ってるのよ。上官命令よ。とっとと進みなさい」
などど言ってる間になんとか玄関にたどり着いた。
玄関の前には2人の人物が立っていた。1人は初老の蝶ネクタイを付けた男性、もう1人は、これぞメイド、という出立の妙齢の女性だ。2人は客人として招かれた祥子とりかを見ると、恭しく頭を下げた。
「ようこそおいでくださいました。わたくしは世話役の佐藤と申します。こちらは女中の赤川です。どうかお見知り置きを。準備に忙殺されておりまして、お迎に上がれなかったこと、平にご容赦ください」
「こちらこそお忙しいところお伺いしまして申し訳ありません」
若干16歳にして中隊長の地位にある彼女は社交辞令も自然に身についていた。
「うわおう!本物の執事とメイドじゃないかああ!!」
一方、若干16歳ながらメイド喫茶の実質的経営者にして重度のオタクである彼女は、見逃せない稀有なシチュエーションに興奮し、奇声を発した。
「ちょっと!りか!失礼じゃない。ちゃんと挨拶なさい」
祥子はオタク的欲望丸出しのりかの頭をガシっと掴み、無理やり頭を下げさせた。
「なにするんだい!!僕は本物をこの目に収めなければならんのだ。メイド喫茶の責任者としてね。だから邪魔しないでくれるかい!?」
「自衛隊内では上位でも、あたしたちは一般社会ではただの小娘の16歳なのよ。礼儀を弁えなさい!」
「まあまあお鎮まりを、荒川様。メイド喫茶というのはどういうものなのか存じ上げませんが、使用人がいる家庭などさほど多くはありませんからな。参考になるというのであれば、存分にご観察くださいませ」
「佐藤さんもこう仰ってるだろう、さっさと離してくれたまえよ、しょーこ」
「ったくもう。佐藤さんごめんなさい。こいつが失礼なことをして」
「いえいえ、藍お嬢様のご先輩方にお気に召していただければ望外の喜びでございます。では邸内にご案内いたしますのでこちらへどうぞ」
案内されるがままに2人の使用人の跡をついて行く祥子とりか。豪華なシャンデリアやら絵画やらで飾られた廊下を通り過ぎていくと、藍がガチな意味でお嬢様であったことを再認識させられた。藍とのコミュニケーションで時々噛み合わない場面に遭遇したが、藍は祥子たちとは生きている世界が違いすぎたのだ。確かに話が噛み合わなくても不思議はない。
「この部屋にてしばらくお待ちください。私めは準備をいたしますのでこれにて失礼します。ご要望がございましたら、メイドの赤川に何なりとお申し付けください。それでは」
祥子とりかは、控室らしい部屋に通された。調度品も当然豪華だ。日常生活ではまず座ることのないだろう豪華な椅子に戸惑い緊張しながらながら2人は腰掛けた。
「お飲み物をお持ちしますが、なにがよろしいでしょうか?」メイドの赤川が声をかけた。
りかはコーヒー、祥子は紅茶を注文した。
「すぐお持ちします。しばしお待ちを」
なんだか落ち着かない心持ちでソワソワしながら待っていると、すぐに飲み物を持って赤川が戻ってきた。
「ミルクとお砂糖はお好みでお使いください。失礼ながら私も準備をお手伝いいたしますので、しばし失礼します。何かございましたらそこのお電話でお知らせくださいませ」
「は、はいありがとうございます、赤川さん」
「それではしばしおくつろぎくださいませ」
部屋を後にする赤川さんを見送った後、コーヒーを一口、口に含み、りかは言った。
「コーヒーの味も参考にしようと思ったんだが…こんなコーヒー出してたら採算が合わなくて参考にならないな」
「あたりまえでしょ!!」
20分余り待っていると再び赤川さんが部屋に入ってきた。
「準備が整いました。パーティーのお部屋にご案内いたします」
パーティー会場に行くと既に、高野姉妹、そして賢が座っていた。
兄を一目見るなり、祥子の表情がぱあっと明るくなり、喜びの声を発した。
「お兄ちゃん!!」
「しょーこは子犬か何かかい?お兄さんを見るとすぐこれだ。反応が可愛すぎだよね。どうも賢さん、お久しぶり」
「やあ、祥子、それにりかちゃんも」
「お兄ちゃん、大丈夫?なにもされてない?」心配そうに兄に質問する祥子に対して、高野美世が口を挟んだ。
「賢君は大丈夫よ、祥子ちゃん。私がついてるんだから。2人ともきてくれて嬉しいわ」
「先輩、本当に来てくれて嬉しいですぅ」続けて妹の藍も2人の訪問に喜びの声を上げた。
「それじゃ、2人とも席に座ってね。パーティーを始めましょ」
メイドの赤川さんに椅子をひいてもらい、祥子とりかは席についた。2人の席の前に飲み物が用意されたのを確認すると、美世が挨拶を述べた。
「当主は私のお祖父様なのだけど現在入院中なので、代わりに私が当家を代表し2人を歓迎するわ。本当においでいただけて嬉しいわ。私以外皆さん未成年なので今日はアルコールはナシだけど、乾杯しましょ」
生粋のコカコーラジャンキーの、りか、のみコカコーラで、彼女以外はオレンジジュースで乾杯を行った。
「ところで、祥子ちゃんにりかちゃん。今日は、賢君の前でファッション対決って藍から聞いたんだけど」不意に美世が話を振った。藍の住む場所があまりに大豪邸だったことで、2人とも本来の目的を忘れそうになっていたのであった。
「そう、そうだわ。今日こそはお兄ちゃんにどちらか好みか聞くことにしたのよ。お兄ちゃん!よーく私たちを、じっくりねっとり観察してね♡」
「そうそう、僕たちはこれでも結構おめかししてきたんだよ。男の本能ってやつを賢さんも発揮してくれたまえ♡」
「それじゃ2人とも、あっちのステージで賢君にアピールしてみて。うふふふふ」
美世に促されて、2人はステージに登る。即席のファンションショーが始まった。まずは、りかから。
りかは今日は肌の露出を控え、水色を基調としたジャンバースカートのワンピースだ。しかし、合わせた白のブラウスが自慢の胸をこれでもかと強調している。これぞ、童貞を殺す服というやつなのではないだろうか?
一方、祥子は赤のストライプのオーバーニーソ、チェックの紺のミニスカートに黒い飾りのついた白のブラウスに紺の薄いセータという出立だ。祥子の白くて細い太ももによる絶対領域が強調され、やっぱり男心をくすぐる服だ。
「さあ、お兄ちゃん!!どっちが好みなのか、今日こそハッキリして!」
「そうそう、賢さんも朴念仁なんて言われている場合じゃないぜ。さあ、今こそ己がリビドーを解放したまえ」
迫る2人の美少女に賢が返した言葉とは。
「うーん。2人とも可愛いんじゃないかな。でも俺は女の子のファッションのことは詳しくないから、よくわからないよ」
「そういう話じゃなくて!どっちの女の子が好きかって聞いてるの!」
「そうだ。僕たち2人の美少女がえっち可愛く迫ってるんだぜ。男としてくる物はないのかね?主に股間に」
「股間とか下品だけど、そうよ。お兄ちゃんは欲望を解放していいのよ」
しかし、賢の答えは2人の美少女を呆れさせるものだった。
「うーん。2人とも可愛いよ。でも仲間なんだろ。あまり争うのはよくないと思うな。もっと仲良くしなきゃ」
このあまりな賢の返しに思わず美世が口を挟んだ。
「うふふ。賢君の朴念仁さは2人の想像を上回っているみたいね」
祥子もりかも、この賢の返事には心から呆れ顔だ。2人とも賢に詰め寄った。
「これはひどすぎだよ!僕たちがどれだけ賢さんにドキドキして欲しくて頑張ったのかわかってないんだよ。もう。どんだけ朴念仁なんだよ。賢さんは王様だなんて聞いたけど、王は王でも朴念仁王だよ、賢さんは!」
「言っている意味がよくわからないけど、そうよ、お兄ちゃんはどんな気持ちで私たちがオシャレしてきたと思ってるの!!」
「2人とも。もう許してあげなさい。賢君ももうちょっと女心を勉強しなきゃだめよ」
「ご、ごめんよ、祥子、りかちゃん。もっとオシャレについて理解できるようになるから…」
「もう一生言ってなさいよ、ふん!」
「賢さんは女心が理解できるまで毎日僕らにパフェを奢る罰を受けるべきだ」
「ごめんよ、パフェでもなんでも奢るから…」
「先輩〜。もうお兄さんを許してあげてください〜。パフェは私にも奢って欲しいですけどぉ」
「うふふ、賢君。自業自得なんで助けてあげないわよ。でも今日のところはパーティーだから許してあげてね、2人とも。まだまだお料理は残ってるからしっかり食べていってね」
朴念仁糾弾大会は一旦終了し、楽しいパーティが再開したのだった。しばらく談笑が続いた後、不意に美世がりかに質問を振った。
「ところでりかちゃん。その賢君が王様っていうの、どこから聞いたの?」
「え?」りかが美世の方を振り向くと、いつもニコニコしている美世が真顔になっていることに気がついた。
「え、ええ?えっと、多分、南条所長が賢さんのこと、一種の王様みたいなものって言ってた、のを覚えているんで…聞いちゃいけないことだった?」
「そのうち学会で発表する予定だったから機密性は低いけど、妖精隊員にはまだ不開示の内容だわ。南条先生には機密事項についてもう一度きつく言っておかないと。ほんと先生は研究のこと以外疎いんだから」
「ごめんなさい、機密情報だなんて知らなくて」
「盗み聞きしたとかでなければりかちゃんが謝ることでなくてよ。悪いのは先生の方。罰として先生には妖精隊の皆んなに美味しいものを奢ってもらわないとね」
「あはは、ホッとしたよ。男性陣から奢られる機会が増えて嬉しい限りだ」と、南りかに笑顔が戻った。
その時だった。
「う、、ううう、ああああ」
りかが突然苦しみ出した。苦しんでいるのはりかだけではなかった。祥子もテーブルに突っ伏して苦しんでいた。
「りかちゃん?祥子ちゃん?どうしたの!」美世が驚いて2人の名前を呼んだ。
「私は、うう、大丈夫…。この感じ、間違いなく妖魔が来たんだわ、ううう。それも…この前とはまるで比べ物にならないぐらいとんでもない奴が。いいえ、とんでもないなんて言葉じゃ軽すぎる!」
祥子が頭を抱えながら説明する。
「俺も、ちょっとだが感じる。大丈夫か?祥子!りかちゃん!」賢が祥子のところへ駆け寄る。
「わ、私も、ちょっと感じますぅ。確かに妖魔ですぅ」藍は辛そうではないが、妖魔の接近を感じたようだ。
「りかちゃん!りかちゃん!!大丈夫!?りかちゃん!!」美世がりかに駆け寄り抱きかかえた。
「佐藤さん!りかちゃんを!」
「は、はい!南様、お気を確かに!」美世に指示された佐藤はタオルを床に敷き、りかを寝かせた。りかは苦しそうに悶えている。意識を失っているようだ。
「基地の救護隊を呼ぶわ。祥子ちゃん、調子は?」
「だいぶ治ってきました。陽子お姉ぇに連絡します!」祥子は専用の携帯端末を取り出し、第一妖精隊司令の袴田陽子に連絡を入れた。
すぐさま陽子が祥子の呼びかけに応じた。
「祥子ね?今連絡しようとしてたところよ。あんた体調大丈夫?こっちは体調の悪い子続出よ。敵は今回もこの基地の近くに出現したみたいだわ。非番だったはずだけどすぐ来れる?」
「今美世さんとこ!りかと遊びに来てたんだけど、私は大丈夫だけどりかが意識を失っちゃって!今救護隊を呼び出し中」
「りかが!?でも高野さんところでよかったわ。りかが心配だけどすぐに来て!」
「すぐ行くわ!藍も連れて!」
「お願い」
祥子は通信を切った。
「祥子ちゃん。ちょっと待って。『跳躍』するの?それ勝負服なんでしょ?ボロボロにするのは勿体無いわ。更衣室に連れて行くから、そこで新型のインナーと装備をつけなさい。わたしが後で陽子さんに許可とってあげるから大丈夫よ。藍もそれを着て」
「ありがとう、美世さん!」
「賢君はここで待機ね」
「お、俺も行きます!!」
「ダメよ!!、あなたはもはや日本の、いや、人類の切り札なのよ!!それにまだ力を制御できてないじゃない。危険すぎるわ。賢君は私とこのお屋敷で待機、いいわね?」
「くっ…。祥子、気をつけてるんだぞ!」
「お兄ちゃん!!ありがとう!りかをお願い!お兄ちゃんは渡さないけど、こいつ結構いい奴なんだから。妖精同士の感覚では見た目ほどは大したことなさそうだけど… 藍行くわよ!」
「はい、先輩!」
祥子は藍の手を引いて更衣室に向かった。賢はそれを見守るしかなかった。
「無理するなよ、祥子。俺は絶対家族を失いたくない」
一方その頃、第1妖精隊群司令部指揮所に山下群司令が飛び込んでいた。
「小田君!今度はどんな奴だ?」
山下群司令は副司令の小田1等空佐に状況を尋ねた。
「それが… 今度は、女がいます。それも赤いドレスを着た」
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