兄との再会と、一悶着

荒川祥子は、久しぶりに外出許可が取れたので、近くの街に繰り出した。近くの街はあまり大きくないので、そんなに楽しいところではないにせよ、ここしばらく外出許可が降りず、悶々としていたところだ。


一方、兄である袴田賢は妖精科学研究所に移送されたらしく、これまでよりずっと会い易くなるはずだ。しかし今のところ、祥子は連絡すら取ることができなかった。それどころか隊司令かつ実の姉である陽子ですら、滅多に連絡ができないという。


いつになったら会えるのか。妖精部隊に祥子が入隊した後も、兄が自衛隊に入隊するまでは月に数回は会うことができた。兄の自衛隊入隊直後は訓練のため全然会えなかったのだが、妖精科学研究所の特別警備隊に配属されたのでもっと会えるとかなり喜んでいた矢先、あの病院での面会以降、ここ数ヶ月まるで会うことができなくなった。


兄成分を補充できず少し落ち込みながら歩いていると、見慣れた人影があった。


なんと袴田賢その人だった。なぜ、ここにいるのか?普通の人間ならまず疑問に思うはずだ。賢の状況を考えれば、そう簡単に街に繰り出せるはずもない。しかし荒川祥子にとってそんなことはどうでもよかった。兄がすぐそばにいる、その事実だけが重要だった。


祥子はその場でくるっと回った。よし私可愛い。


ダボダボのダサい服を着てこなくてよかった。勝負服とは言わないが、こんな事もあろうかと、それなりに可愛くコーデしてて良かった。特に今流行りの短めのスカートがチャーミングだ。今日は普段あまりしないツインテールがコーデにハマってて、またさらに可愛い。兄もきっと可愛いと思うはずだ。いや絶対に可愛いと言わせてみせる。ツインテールは何も、りかの専売特許じゃない。


肉食系女子の祥子は、狙った獲物は絶対に逃さない。


ターゲットロックオン、距離約100メートル。


対象は停止したまま動かない。必ず仕留める。距離90メートル。


距離約80メートル。


距離約70メートル、ターゲット捕獲準備。


しかし、祥子はある異常に気がついた。袴田賢は1人ではなかった。賢のことばかり意識がいって、その近くにいる人物に気がつかなった。


しかもあろうことか、それは女だった。大人の女だ。


祥子は呪いの言葉を吐いた。


「誰よ、あの女」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


祥子は、建物の影から、賢と、知らない女を追跡していた。


女は、祥子では絶対に醸し出せない大人の魅力ってやつをこれでもか、と放出していた。


「お兄ちゃんはあんなのがいいの!?」


納得がいかない。あんな女のどこがいいのか?必ずあの泥棒女の正体を暴いてやる!


そう力んでいるところに後ろから話しかけられた。


「何やってんだいしょーこ?隠れっこかい?」


「え?りか?なんであんたがここにいるのよ?」


「なんでって、僕も外出許可が取れたからだよ。それにこんな狭い街じゃ会わないでいる方が難しいよ」


「ちょ!静かにしてよ!お兄ちゃんに寄ってくる悪い虫が誰だか確かめてんのよ」


「ん?あれは君のお兄さんじゃないか?その横にいるのは…」


「ちょっと!あんたも隠れなさいよ。見つかっちゃうじゃない」


「いや、だから彼女は…」


「そこの子たち。出てらっしゃい。そんなんじゃ尾行になってないわよ」


完全にバレてたようだ。出で行くしかない。建物の影から2人はのそのそと出ていった。


「彼女は、高野美世さんだよ。しょーこ」


「はえ?知ってたの?」


「だからそう言おうとしてたじゃん」


「祥子!それにりかちゃんじゃないか。どうしたんだい?鬼ごっこかい?」


「違うわよ!だってお兄ちゃんが」


「あなたは、賢君の妹さんの荒川祥子さんね。それと南さんは前にも会ったわね」


「高野?もしかして?」


「そう、私は藍の姉よ、荒川さん」そう、彼女は高野藍の姉、高野美世だった。


「え”ーーーー!」


『え』に濁点をつけて驚く祥子であった。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


一行は、とりあえず近くのカフェで席を囲んだ。


「いらっしゃいませ、ご主人様、お嬢様♡」


りかが行きつけのカフェがあるというからついてきたのだが…


「何なの、このカフェ?ここの女の子たちは一体何?」


「ここは、『メイドカフェ』というところだよ。メイドさんがお給仕してくれるカフェだよ、しょーこ」


「なんでこんなところ連れてきてんのよ、りか」


「そりゃ、ここは僕のおじさんが経営してるお店だからだよ。実質的な経営者は僕だけどね!メイドカフェって昔は秋葉原に沢山あったんだけどほぼ全滅しちゃったんで、僕がこの街に復活させたのさ♪」


「させたのさ♪、じゃないわよ!なんで自分の経営するお店に連れてきてんのよ、あんたは」


「うふふふふ、ほんとあなたたち、見てて飽きないわねぇ」

「俺もそう思うよ」


高野美世の感想に賢が同意する。


「で、いったいお兄ちゃんを連れ出して何してたんですか?高野さん」


不満げに、祥子が質問する。


「美世でいいわよ」


「じゃあ私も下の名前でいいですよ、美世さん」

「僕もさ」


「そう、よかったわ、祥子ちゃん、それにりかちゃん、私は…」


「賢さんのお目つけ役ってところかな?美世さん、公安の人でしょ」


りかがずばっと切り出す。


「まあ、よくわかってるのね」


「え?え?」祥子は要領を得てないようだ。


「しょーこ。賢さんは今や超重要人物なんだ。ことと次第によっては結構ヤバい兵器になりうるんだよ、君のお兄さんは。そりゃ世界中から注目の的さ。その辺にスパイなんてうようよいるよ」


「さすが、りかちゃんね、ほんと賢い」


「私はりかみたいに賢くありませんから!」


「まあ、そんなに拗ねないで。りかちゃんが珍しいのよ」


「祥子。ちょっと美世さんに失礼なんじゃないか」


「だって!!お兄ちゃん、こういうのが好みなの?私なんてどうでもいいの!?」


「いや、そういうこと言ってるわけじゃなくて…」


「じゃあどういうことよ?なんで大人の女と一緒にいたわけ!」


「祥子ちゃん、落ち着いて。賢君は大人の女には興味ないみたいだわ。それに私たちデートしてたわけじゃないのよ。賢君の買い物に同行しただけ」


「しょーこ、この人は、公安警察畑から新しく赴任した研究主任だよ。賢さんは、彼女の同行なしに外出できないんだよ」


「リカちゃんのいう通り。実はね、公安警察では、賢君は妖精研究所に渡したくない人物なのよ。でも山下群司令の陳情も無視はできない。妖精研究所に賢君の身柄を引き渡す代わりに、私の管理下に置く、これが公安警察の最大限の譲歩なの。私は、元々妖精学で学位を収めてアメリカの研究所にいたのよ。だから白羽の矢が立ったワケ。南条所長ともよく知った中だし、山下群司令も受け入れたの」


「美世さんの同行がないと会えないなんて、そんな…」


「賢君との2人きりのデートというのはできないわ。でもできるだけ祥子ちゃんに会えるようにしてあげるから」


「祥子、仕方ないんだ、できるだけ相手するから」


「ちょっと賢君。祥子ちゃんのこと大事なのよね?」


「勿論です!家族なんだから」


「祥子ちゃんは確かに賢君の家族だけど。賢君ってほんと朴念仁さんね…これじゃ、祥子ちゃんがヤキモキするのも無理ないわ」


「そうなんです!お兄ちゃん、私見て何も言ってくれないの?」


「え?いや、いつもの祥子だけど」


「んもーー!いつもは、りかみたいに、ツインテールにしないし、この服も結構似合ってると思うし!」


「あ、うーー、えっと、可愛いと思うよ、うん」


「ふん!」不貞腐れる祥子。


「だめだこりゃ。このウルトラ朴念仁お兄さんは、僕にもどうにもできないや。きひひ」


「貴方達といるとたのしいわぁ、うふふふ」


賢はあわあわしているだけだった。


美世の携帯電話が鳴り、彼女は電話に出た後、


「もう、賢君を連れて研究所に戻らなくてはいけないわ。それじゃ支度して、賢君」


「あ、はい。祥子、もうすぐ直接連絡が取れるようになるから、待っててくれ」


「必ず連絡してね、お兄ちゃん。ずっと待ってるんだから」


一行は、店を後にする。メイド達が、「いってらっしゃいませ、お嬢様、ご主人様!」と呪文のように和唱した。


「賢君はここで待っててね、ちょっと祥子ちゃん話があるから」と祥子を1人離れた連れて行く。


「祥子ちゃん。賢君は今は自分の状況を受け入れるのに頭がいっぱいだわ。もう少し待っててあげて。でも彼はちゃんと貴方のこと、本当に誰よりも大切に思ってるんだから」


「え…、は、はい!」祥子は焦らずもう少し待って見ようと思った。


「美世さん、お願いします、お兄ちゃんのこと」


「勿論よ。もう少し落ち着いたら、今度私たちのお家へいらっしゃい。藍も喜ぶわよ」


「はい、美世さん」


「それじゃね。さ、賢君いきましょ」


美世さんは、賢を連れ、研究所に帰っていった。


「なあ、しょーこ。美世さんになんて言われたんだい?」


「そんなの秘密に決まってるじゃない」


祥子は、美世の言った「本当に誰よりも大切に思ってる」という言葉を信じて、もう少し待ってあげようと思った。


ウルトラ朴念仁お兄ちゃんを。

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