イザベラとジークフリート

イザベラは1人で廊下を歩いていた。イザベラは娼婦出身で科学の知識もなかったが、主君に見出されて力を得た後、主君の知識や能力も継承した。その能力には研究をすることも含まれていた。現在の力は日々の研究の成果であり、まだまだ判明していないことも多い。そのため、イザベラは主君に実験なども命じられていた。その実験の仕込みを終え、自室に戻る途中だった。


その途中で、ジークフリートに出会った。ジークフリートは最近生み出した分身だ。主君リヒャルト様に


「ねえ、このスマホのゲームのこのキャラに似せて分身造ってくれない?」


と頼まれて生成した、長身、長髪、碧眼の美男子系の結構な自慢作だった。

彼は、鎧をつけ、長剣を帯剣していた。しかしイザベラにはそんなものを与えた覚えはなかった。


「女王イザベラ様、ご機嫌麗しく」ジークフリートは胸に手を当てて礼をした。


「ねえ、ジーク、その格好は何?よく似合ってるけど、仮装コンテストにでも出るつもり?」


頼まれたキャラクターと同じ名前、そしてドイツの伝説の英雄でもあるこの名を与えたが、長いのでいつもはジークと呼んでいる。


「この鎧のことですかな?これは我らが王に下賜された防具にございますれば。決して飾りではなく、王が開発された防具にございます。なんでも異空間にて高い防護性能があるとか」


「その剣は?」


「異空間での切れ味は中々のものですぞ。通常空間ではただの鈍ですが」


ジークフリートは剣を抜き、華麗な剣技を披露した。イザベラの知識では、分身は生み出した者の能力しか継承できない。娼婦上がりのイザベラは勿論、研究者だった我が君リヒャルト様も武芸など身に着けているはずもない。分身のジークフリートがそんな能力を持っているわけがないのだが…


なんだか考えるのも面倒くさくなっていたところに、ブワン、という音とともに2人の金髪の少女が現れた。女王ヒルダの分身の少女達がこの場に転移してきたのだ。


2人はスカートの端を摘み、礼をし、同時に同じ口上を述べた。


「「イザベラ様。我らが君、リヒャルト様がお呼びにございます。執務室までおいでくださいますよう」」


彼女達は相変わらず突き刺すような眼光だが、主人たるヒルダがいない時はあの恐ろしさは感じられない。眼光が鋭いことを指摘するのは流石に傷付くと思ったので、別のことを指摘した。


「あなた達。呼びに来るのなら1人でいいんじゃない?」


「「我らは2人で1人にございますので」」と言うと、また一礼し闇の中へと消えていった。


「ちょっと待って!もう、連れてってもらおうと思ったのに」


イザベラはこの城の中では転移能力が使えない。少女達についていけば転移ができたのに。

謁見室まで歩くのはかなりだるい。自分だけ疲れるのは癪なのでジークフリートも道連れにすることにした。


「あなたもついてきなさい、ジーク」


「お供します、女王よ」ジークフリートは畏まった。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「はあ、はあ、疲れたわ。広すぎるのよ、このお城」


ドレスとハイヒールでこの広いお城を歩くのは本当に疲れる。転移能力の禁止は、身分的なものではなくイザベラの能力だと城を痛めてしまうためで、緊急時でもなければ使えなかった。連れてきたジークフリートは涼しい顔をしていた。


「あんたなんで疲れてないの!そんな重そうなの着てるのに」


「女王よ。我は戦士なれば、この程度では疲弊しません。それにこの鎧は見かけほど重くはありせんので」


分身は造った者の精神性も受け継ぐはずなのだが、娼婦出身のイザベラの分身がなぜこんな武人然としてるのかわけがわからない。


「まあいいわ。あなたはここで待ってなさい」


イザベラは分身ジークフリートに扉の前で待機を命じると、執務室に入った。


跪き、胸に手を当てて頭を下げる。


「我が君、お呼びにより、イザベラ参上いたしました」


君主たるリヒャルトは、ビロードの椅子に座っていた。横にはイザベラを呼びにきた2人の少女が控える。

しかし、スマートフォンというニンゲンの機械に夢中になっていて、イザベラに気がつかない。


「うわああああ。もう何回ガチャ回したんだ!!このゲームの開発者は鬼だよ。僕のお気に入りのキャラが出ないよお」


ヒルダの分身の少女の1人、「左の少女」リザがリヒャルトに告げた。


「我が君。女王イザベラ様がおいでです」


リヒャルトは、イザベラに気がつき、声をかける。


「やあ、悪い悪い。ガチャってのははまるねぇ」


イザベラは、つい尋ねた。


「ガチャ?ですか?」


「ガチャガチャの略だよ。主に日本国のスマホゲームで流行っていてね。取得した「石」っていうアイテムを消費するとある確率でキャラが手に入るんだ。レアなキャラほど確率が低くてねぇ。誰がこんな酷なシステム思いついたんだ?全く」


イザベラは、「はあ」という他なかった。


「そうそう、ここに呼びつけた理由を忘れてたよ、イザベラ。ちょっと頼みたいことがあってね」


「あ、えっと2人とも。もう下がっていいよ。今日はもうゲームはやめるからさ。ヒルダの世話してあげてよ」


2人の少女は、スカートの端を摘み、礼をしてブワンという音とともに闇に消えていった。


ちなみにスカートの端を摘んで片足を下げて行うこの礼法は「カーテシー」と呼ばれるが、君主の妹にして女王のヒルダとその眷属以外は君主に対しこの女性らしい礼法は許されておらず、他の女王や分身達は全て片膝をついて頭を深く下げなければいけない。


「ヒルダはほんとお節介だよねぇ。スマホゲームで一日潰してたら、『お兄様!その<すまほげいむ>とやらをお止めになるまで我が分身をつけさせていただきます!』だってさ。そんなに怒ることないのにねぇ。いつだって彼女は私を子供扱いだよ」


ヒルダはちゃらんぽらんな兄に常に厳しいのだった。王のあんまりな体たらくさに流石のイザベラもちょっとだけヒルダの味方をしたくなった。


「我が君。ヒルダ様は、ヒルダ様なりに我が君のことを…」


「あーあー、わかってるって。ただ彼女は融通が効かないってだけだよ。小さい時からそうだったんだから、よーく知ってるよ」


「差し出がましい言上、誠に申し訳ありません!」


「いやいや、そんなかしこまらなくていいよ。さて本題だ」


3枚目な顔から、急にできる男系の凛々しい顔になったリヒャルトは、イザベラに命じた。


「女王イザベラ。これよりお前自らが出撃し、『幼虫』の出来具合を見てくるんだ。女王自らが出向かないと『博士』もやる気にならないからね。勿論、『幼虫』をはじめ、『博士』の『作品』を殺すのは禁止だ。『博士』の研究に影響が出ると結局のところ僕たちも困る。それを忘れないように。必要に応じ、分身をつれて行くことも許可する」


「は!このイザベラにお任せを」


「うん、頼んだよ、『真紅の女王』イザベラ。猿共もあんまり殺すと面倒臭いんで、千人以上は殺しちゃダメだよ。小さな街一個ぐらいが限度だ。ま、別に必要ないなら殺すことはないからね。わかったかいイザベラ」


「は!!我が君の仰せのままに!!」


イザベラは、胸に手を当て、深く頭をさげ、立ち上がり、謁見室を後にした。


扉の外では、分身ジークフリートが待っていた。


「ジーク、初陣よ。私、力の制御って苦手なの。私だと『幼虫』を殺しちゃうかもしれないから、あなたに任すわ。実力の差ってやつをわからせてあげなさい。女王どころか分身にも及ばない絶望が今の『幼虫』には必要だから」


「は!!初陣の機会を与えて下さり、恐悦至極。このジークフリート、女王のご期待を違えませぬ。我にお任せあれ」


ジークフリートは、戦士としての使命感に高揚した。


「でもその前に、私シャワー浴びてくるわ。汗臭いの嫌いなの。あなたも浴びてきなさい。男臭いの私嫌い」


「申し訳ありません、女王よ…」


本当に切なそうに、ジークフリートは答えるのだった。イザベラはジークフリートの意外な可愛らしさにクスッとするのだった。

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