家族

荒川祥子は自衛隊病院にいた。いまだ入院検査中の兄を見舞うためである。祥子自身は検査後どこにも異常が見つからず1日で退院したが、袴田賢は中々退院が許可されなかった。しかも面会が認められず、何度も嘆願して、ようやく面会が認められた。しかし、30分しか面会時間はない。病院までは基地から車を出してもらえた。


「で、なんで陽子お姉ぇまでついてきてるの」


「当たり前でしょう。実姉なんだから。そっちは義妹でしょ」


「前も言ったけど血のつながりなんて関係ないんですぅー。お風呂だってずっと一緒に入ってたんだから」


「それ信じられないわ。あんた賢に変なことしてなかったでしょうね」


「してないよ!昔知らなくてお兄ちゃんの大事なとこに膝が当たって、お兄ちゃんがうずくまって動けなくなっちゃことはあったけど」


「ほら!変なことしてるじゃない!まったく」


病院の玄関では重武装の警務隊が警護していた。警務隊は自衛隊内の警察的役割を負う部隊だが、一体誰から賢を護衛してるのだろうか?


2人は女性警務官のボディーチェックを受け、ようやく病院内に入ることができた。


病院内も武装隊員が警備していた。


「陽子お姉ぇ」


「物々しいわね」


面会は待合室でのみ許可された。待合室で2人して待っていると、賢が連れてこられた。


「ねーちゃん、祥子!」


「おにいちゃああああああああああああああん!」祥子は兄に抱きつく。すりすりして匂いまで嗅いでいた。


「ちょっと!祥子!やめなさい!」


陽子は抱きつく祥子を引き剥がした。


「何すんのよぅ。ようやく会えたの邪魔しないで!」


「すぐ抱きつく癖やめなさい。賢がびっくりしてるでしょ」


「はは、ねーちゃん、あまり祥子を叱らないでよ。今日は来てくれてありがとう」


「賢、体の方は?何か酷いことされてない?酷いことされてたら、職を懸けて抗議に行くわ」


「ま、まってねーちゃん!体は問題ないし、酷いこともされてないよ。毎日検査の日々だよ」


「おにーちゃん、私を助けてくれたって、聞いたよ。ありがとう」


「そうらしいね。残念ながら記憶にないのだけど」


「祥子、賢、まずは椅子に座りましょう」


3人は、待合室の固い椅子に腰掛けた。


「賢、あの日何があったの?」


「あの日、研究所内のセキュリティー扉の警備を担当していたんだ。妖魔の襲撃があったのに、 何故だが俺らだけ退避命令の連絡が来てなくて、点呼でそれが判明して連絡が来たんだ。退避しようとしてた矢先に妖魔の攻撃を喰らったようで、班長は即死、俺もおそらく致命傷を負った。はずだったんだけど」


「気がついたら、病院にいて、今じゃピンピンしてるよ」


「お兄ちゃん…お兄ちゃんは本当に妖精になったの?」


「よくわからないよ。今検査してるんだけど、妖精虫が体に埋まってるのは間違いないみたい」


「そう、なの。男の人には移植できないはずなのに」


「祥子も本当に何も覚えてないの?」


「覚えてない。ただ微かに、誰かの声が聞こえたような気がするの」


「俺も研究所で意識を失う間際、誰かに語りかけられたような…。なんて言われたかは覚えてないけどさ」


「本当に何が何だかわからないわね。賢、何かお医者さんとか、研究員さんとかに言われてるの?」


「まだ妖精の力は意識的に制御できないから、あんまり力んだりしないようにとか言われてるよ」


「お兄ちゃん、妖精の力が制御できないとお兄ちゃん自身も周りの人も危ないから気をつけて。私なんか、 初めて妖精の力を使ったら、服がボロボロに破けて胸がはだけて恥ずかしかったんだから」


「どうせあんたは賢がそうなるのを見たいんでしょ。この変態美少女め!」


「ちょ!ひど!陽子お姉ぇ!そのシチュエーションは美味しいけど」


「全く。あんたからなんか言ってよ、このむっつりスケベに」


「あはは、ねーちゃんと祥子の会話を聞いてると飽きないよ。服が弾けるのは避けたいけどね」


 久しぶりの家族の団欒時間は楽しいものだったが、すぐに時間が過ぎてしまった。待合室のドアがノックされ、スーツを着ているがやらた眼差しが厳しい男が入ってきた。


「申し訳ありませんが、面会時間は終了です、袴田2佐、荒川1尉。お帰りのご支度をお願いします」


3人は立ち上がった。賢はこのスーツの男に連れて行かれようとしていたところ、祥子が後ろから賢に抱きついた。


「お兄ちゃん、私心配よ。お兄ちゃんはどうなっちゃうの。ちゃんと帰ってこれるの?また本当に会えるの?」


「だ、大丈夫だ、大丈夫だよ、祥子、心配しすぎだよ、また会えるから」


「祥子」陽子は祥子の肩に手をそっと置く。


「うん」祥子は賢から離れ涙を手で拭う。


「ねーちゃん、寂しがり屋の祥子を頼んだよ」


「わかってるわよ、泣き虫祥子はちゃんと私が面倒見てるから」


「ひど!お兄ちゃん、陽子お姉ぇ」


「では、参ります」スーツの男に連れられ、賢は去っていった。


2人は連れていかれる賢を見送り、病院を後にする。帰りの車の中で2人は会話する。


「陽子お姉ぇ」


「何?」


「このままじゃお兄ちゃんは実験動物にされちゃうよ」


「大丈夫よ、パパ司令と相談してるから。賢に酷い扱いしないよう上層部に陳情しているわ。きっと妖精研究所に賢を移してもらえるはず。あそこなら南条先生もいるし酷い扱いにはならないはずよ」


「わかった。陽子お姉ぇお願い」


病院を彷徨いていたスーツの男達は間違いなく公安警察の関係者だ。彼らは妖精研や妖精部隊を信用していないようで重要人物である賢を渡すまいとしている。しかし必ず取り返してみせる。賢と祥子を護ってみせる。


祥子を優しい目で見守りながら、陽子はそう決意していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る