残務処理

山下群司令は、執務室で副官の山田くんと一緒に残務処理を行なっていた。書類に目を通しながら、今日起こったことを思い出しながら。


山下群司令と副官の山田くんは、地上に降り立った光の妖精を追いかけて近くに着陸したヘリから降りたのだった。


妖精隊員の元へ駆け寄ると、その輪の中心に、荒川祥子がいた。彼女は、


「お兄ちゃんの裸をみないでぇ!」と叫んでいた。


彼女は、横たわる男の裸を隠そうと手を広げていた。裸の男は、驚くべきことに、袴田陽子の弟、袴田賢だった。『光の妖精』はケン坊だったのか?それにしても何故全裸なのか、まったく何が起こったかわからない。


「君達!どうしたのかね!何故地上に降りたんだ?何故陽子君の弟がいるんだ?」


彼女達は群司令が駆け寄ってくるのに気がついたものの、顔を見合わせるばかりで、誰も答えない。


「黙っていてはわからんよ、誰か答えてくれないかね?」


「群司令、私たちも何がなんだかわかりません。気がついたらここに皆おりました」


混乱している妖精隊員にあって、最も冷静さを保っていた堀田あかり、第2中隊長が答えた。


第1中隊の副隊長格、南りかも答える。


「第1中隊長の荒川1尉があんな状態なので、僕、じゃなかった、私が代わりに報告します。残念ながら何が起こったのか把握できておりません。荒川1尉が敵の一撃を受けて墜落していくところまでは覚えているのですが、その後の記憶がありません。気がついたら、こういう状況になっていた次第で」南りかが答えた。


「わかった。詳しい事情は後で聞くことにしよう。堀田君、南君、まずは要救助者は、そこの袴田賢君と祥子君だけだね?」


「第2中隊、要救助者他におりません。」

「第1中隊も同じく」


「群司令!あたしは、要救助者じゃないですぅ!」


「しょーこ。きみはアイツに腹に大穴開けられたんだよ。普通なら即死してるはずだけど… 立てるのかい?」


祥子は立とうとしたが、


「あ、あれ?」力が入らず、立てなかった。


「ほら立てないじゃないか。そのまま座ってるんだ。お兄さんにもついててあげなきゃ」


りかが優しく祥子を諭す。


「わかった。あたしお兄ちゃんのそばにいるよう」


「良い子だ、しょーこ。山田2尉、車の手配お願いします」


「了解。少々お待ちを」


副官の山田氏は、ヘリまで走り、輸送車と救急車の手配をし、ヘリに備え付けの毛布を持ってきた。


「毛布を持ってきましたよ、荒川1尉。お兄さんにこれを」


と言い、荒川祥子に毛布を渡した。


「ありがとう、山田さん」と言い、祥子は全裸の賢に毛布をかける。ずっと年上の山田くんよりも階級が上で、いつも気丈な中隊長はこの場ではただの年相応の少女だった。


程なくして、地上部隊が輸送車と救急車を走らせてきた。輸送車の中から、第1妖精隊司令の袴田陽子と副長の真鍋暁人が降りてきた。


「みんな無事なのね!本当によかった」


「祥子、賢は無事なの!?」袴田陽子は賢と祥子に駆け寄り、心配そうに尋ねた。


「うん、よくわからないけど、無事なのはわかる。力を使い果たして意識を失ってる、多分そんな感じ」


副官の山田氏の連絡によれば、あの謎の光る妖精は、状況から賢だった可能性が高いという。男性であるはずの賢が何故妖精になったのかさっぱり不明だが、妖精同士なら共感覚で互いの無事を感じ取れるはずなので、祥子がそう言っているならおそらく無事なのだろう。もちろんできるだけ早く、病院に運ばなければ。


「祥子も、無事でよかった。もう、無茶ばかりするんだから」


「ごめんなさい、陽子お姉ぇ」


副長の真鍋がそんな陽子と祥子、賢の3人を気遣って言う。


「司令、救急車で先に病院に行ってください。後は私がやっておきますので」


「ありがとう真鍋さん。助かるわ」陽子は、救急車の隊員に賢と祥子を運ばせた。救急車は装甲車を改造したような大型車で、2段ベットで要救護者を収容できる構造だ。


祥子は2段ベットの上段に収容されて、


「わあ、昔、お兄ちゃんと2段ベットで寝たんだよ。懐かしいな。ベットが硬いけど」


などと感想を漏らすので陽子も言う。


「贅沢言ってんじゃないの。おとなしくてなさい」


さらに賢を収納して陽子も救急車備え付けの座席に座り、救急車は走り去っていった。


「よーし、残りのみんなは輸送車に乗ってくれ」真鍋は妖精隊の女の子達に指示を出す。上官というより、体育系の先生のようだ。


自衛隊の人員輸送車は見た目は普通のバスだ。特に妖精隊専用のものは対象が全員未成年であるためか、どう見たってスクールバスだった。ゾロゾロと女の子達が輸送車に乗る。


「真鍋君。全員のバイタルチェックを指示しておいてくれ。なんともないように見えるが念のためにね」


「了解しました、群司令。あ、あと群司令」


「ん?なんだね」


「群司令部にお早めに戻ったほうがよろしいかと。どうやら大変なことになっているようです」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


山下群司令が戻ると確かに群司令部は大変なことになっていた。


「小田君、今どうなっている?」と山下群司令が副司令に問いただした。


「群司令!ご無事で。現在、群司令部には各方面から問い合わせが殺到しています。航空総隊は勿論のこと、

陸上自衛隊東部方面隊、陸上総隊、各幕僚監部、警視庁、官邸、周辺自治体等々、現在群司令部ではその対応に追われています」


「上級部隊である航空総隊は兎も角、なんでその他の組織が直接我々に問い合わせして来るんだ?」


「航空自衛隊の上層部では各部門からの問い合わせにどう対応したものかわかないようでして、それらが全部我々のところに回されてきます。こんな大規模な妖魔の襲撃は初めてのことで、上はだいぶ混乱しているようです」


「だからって我々に聞かれても—— しかしそんなことを言っている場合ではないようだな。とにかく、我々に可能な範囲で対応しよう。『敵は去ったから落ち着け』というのを丁寧な言葉で言ってやるんだ。私も担当する。小田君はこの基地の司令でもあるはずだ。研究所にも被害が出ている。その対応も行ってくれ」


「は、了解しました」


その後の群司令部は、問い合わせの対応やら、防衛省への報告書作成やら、寝ずの対応が行われた。そして今に至る。


もう時間は4時を回っている。もうすぐ日が昇る。徹夜は昔は結構やっていたが、この歳になって徹夜作業をすることになるとは。


「群司令、コーヒーお持ちしました」副官の部下の1人で女性の下士官がコーヒーを持ってきてくれた。


「ありがとう。すまないね、君まで徹夜に付き合わせてしまって」と言って、コーヒーに口をつける。うーんうまい。この子の入れてくれるコーヒーは格別うまい。豆は同じはずなのだが、自分も山田くんもなぜかおいしくないコーヒーになってしまう。


山田くんはミルクと砂糖を沢山入れて飲んでいた。ブラックは飲めないんだそうだ。徹夜の時のコーヒーってなんでこんなに美味しんだろうと思っていたところ、電話が鳴った。


「やあ、山下君。我々おじさんには徹夜はきついね」なんと航空幕僚長からだった。


「空幕長もこんな時間に、お疲れ様です」


「官邸からひっきりなしに電話がかかってくるからね。僕も帰れないんだよ」


「それは、ご愁傷様です」


「うん、ところで—— 山下く〜ん」


山下群司令は、ぎくっとした。


「な、なんでしょう、空幕長」


「聞いたところによると、ほとんど部下も連れず、上級部隊の航空総隊にも相談もせず、群司令自らヘリで御出陣なさったそうじゃないか」


「はい」


「それどころか、敵と交渉しようとしたんだって?群司令っていつからそんな偉くなったのかなあ〜。そんな権限あったっけなあ〜」


「も、申し訳ありません、空幕長」


「処分の対象になってもおかしくない案件だと思うんだよねぇ〜。だけど非常時だし、僕なら握り潰せるけどねえ〜」


「空幕長!!高級ステーキ、最上級を一緒に食べましょう。勿論私の奢りで」


「そう言うと思ったよ〜。楽しみにしているよ。じゃ」


山下群司令は、心の中で血の涙を流しながら電話を置いた。高級ステーキを奢るには、また家内に予算を要求しないといけない。財務省から予算をもぎ取る自衛隊の予算部門の猛者達も、家内の前では手痛い敗北を喫するだろう。今度は、きっと、お小遣い50%カットだ。

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