王と将

「ばかな!まだ『王の卵』は孵らないはずだ。早すぎる。いくら『博士』でも、こんなに早く孵化させられるはずが」


どうやら、『妖魔将』は祥子を抱きながら自らに近づく『光の妖精』の正体に気がついているようだ。


「だが、まだ羽化したばかりのはずだ…。いくら『王』でも『幼虫』ごときにこの俺様が遅れをとるわけがねェ!」


『妖魔将』は周囲の妖魔に指示を出した。


「おい、てめえら!あの光ってる奴に突っ込ンで来い!」


ほとんど恐怖も意思も持たない下級の妖魔が一斉に『光の妖精』に飛びかかった。


しかし、


『光の妖精』は自らを取り囲む大きな光の輪を作り出した。

その光の輪が『光の妖精』の体幹を軸として高速に回り出す。


そこに10数体の妖魔が飛び込んだ!


そして彼らは高速に回る光の輪の餌食と消えていった。


「くっ、こいつらデクじゃ歯が立たねェか」


「いいぜ!とっておきの技を見せてやる…。俺様の女王様はなァ、重力を司どる、言わば重力の女神。分身の俺様も重力技を使えるって寸法よ」


『妖魔将』は右手を高く上げた。地上から、瓦礫やら何やらがその頭上に集まりだした。


「テメェは絶対に避けられねェ。俺様は自在に強力な重力場を作り出せる。テメェに物を当てるなンて朝飯前なんだョ!そンなチャチな防御技じゃ落とせねえぜ!」


「ほうらよ!」


『妖魔将』の投げるような仕草をした後、巨大な円錐状に固まった瓦礫はとてつもない加速で『光の妖精』に向けて飛んでいった。重力場が作り出す加速度は物体の質量に依存しない。塵だろうと富士山だろうと同じ加速度を生み出すのだ。大質量の即席の槍が『光の妖精』を吹き飛ばす、はずだった。


しかし『光の妖精』はその前に消えた。巨大な槍状の物体は遠くへ飛んでいってしまった。


「異空間へ『跳躍』か!?異空間に逃げったって無駄だ!」


『妖精』も『妖魔』も通常空間から異空間方向に僅かに『浮いて』いる。

『光の妖精』とて同じだ。しかし、『妖魔将』の投げた即席の槍も異空間方向に浮いていて軸が合っているため、当てることができる、はずだった。しかし、『光の妖精』はもっと高く異空間方向に『ジャンプ』して避けたのだ。だが、いつまでも高く飛び上がっていることはできない。通常空間から離れるほど消費するエネルギーが増すのだ。そのうち通常空間に戻って来るしかない。もう一度避けようとも疲弊して異空間にジャンプはできないはずだ。通常空間の『着地場所』も予測できる。『妖魔将』は2弾目を用意した。


「とっととこの空間に降りてきて餌食になっちまえよ!」


『光の妖精』が再出現した。異空間から戻ったのだ。


「これでテメェは終わりよ!」


瓦礫で作られた槍が重力によって凄まじい加速で敵を狙う。しかし再度、『光の妖精』が消えた。


「再度飛んだだと!!だが何度やっても…」


「な!!どこに行きやがった!?」


『妖魔将』は『光の妖精』を完全に見失ってしまった。異空間方向に大きくジャンプすると電磁波で見ることができなくなるが、『妖魔』に備わる超感覚で大体の位置は把握できる。ましてや『将』を自称する個体の能力を持ってすれば見失うことはまずないはずだった。しかし見失ってしまったということは通常ではありないほど『高く』ジャンプしたとしか考えられない。通常の『妖魔』は疎か『妖魔将』ですらそんなに高く異空間にジャンプしたら耐えられないはずだ。


『妖魔将』は不意に背後から強烈な衝撃を受けて吹っ飛んだ。


「ぐがああああああああ!」


意識のない祥子を両手で抱く『光の妖精』が背後から強烈な蹴りを喰らわしたのだ。


「ちょおうしにのンじゃねェゾオオオオ!!!」


『妖魔将』は振り向きざまに『重力球』を喰らわそうとした。これは、強い重力場そのものを当てる技だ。3次元軸だけでなく対象との異空間軸をも合わすことで敵に強い重力場を喰らわすことができるのだ。異空間軸が僅かでもズレると異空間方向には重力がほとんど伝わらないためにあまり効果がない。先ほどの物体を当てる技よりも難しい技だ。それでも『妖魔将』には重力球を当てる自信があった。


しかし、


「な!なぜ重力が操れねえ!?」


『妖魔将』は女王から賜った重力の権能を発揮できないことに気がついた。もう一度発生させようと試みるができない。


「まさか、奴に封じられた?ばかな!奴の方が、奴の方が格上だとでも!!クソがァああああああああ」


女王様や王様といった上位の存在は相手の技を見抜いて封じる『ロック』技を使えるという。しかしただの『幼虫』ごときにそんな技が…


「…おっと、冷静さを失っちゃ勝てるもンも勝てねェ!!ふう、ふう。腐っても王の卵から孵化した奴だからな」


『妖魔将』はなんとか冷静さを取り戻すと––


「オイ、動くンじゃねェ!!」


彼は、いつの間にか妖精隊員、堀田早苗を羽交締めにしていた。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「皆んな早く退避して!聞こえてないの!?」


第1妖精隊司令の袴田陽子は麾下の妖精隊員に無線で呼びかけていたが、誰の返事もない。


モニターには祥子をその腕に抱いて突如出現した謎の『光の妖精』が映し出されていた。一体何者かはわからないが、敵ではなさそうだった。それどころか妖精隊員を守っているようにも見えた。ならば尚更妖精隊員を退避させるべきだ。『光の妖精』は完全に『妖魔将』を圧倒していた。あの卑劣そうな『妖魔将』は敵わないと判断すれば隙を見て人質を取る選択をするかもしれない。人質作戦があの『光の妖精』に通じるのかはわからないが…


モニターには堀田早苗が後ろから羽交締めにされる様子が映し出された。案の定、あいつは人質を取った!


「皆んな逃げてぇ!」


陽子は無線機で精一杯叫ぶが誰も動こうとはしなかった。ヘリに乗る山下群司令はその無線を聞いて、


「落ち着き給え、陽子君!」


と無線機を通して言うものの、遠くから双眼鏡で眺める以外何もできなかった。だが、きっと早苗君は大丈夫だと、根拠はないが、そう思った。だから、


「陽子君。彼らを信じるんだ。きっと負けないさ」


と自分を納得させるかのように、言うのだった。


一方、『妖魔将』は『光の妖精』の一挙手一投足に警戒しつつ、卑劣な警告を発していた。


「俺にゃわかるゼェ。てめえこいつら大事なんだよなァ!動くとこいつ死ぬぜェ。けどよう、小娘の苦しむ様子ってのはホントにいいンだよなあ、そそるンだよなああああ!たまンないぜ、キケケケケケ」


『光の妖精』は案の定動かなかった。人質作戦は効果あったようだ。


「キケケケ!いい子だ。そのまま止まってろよ…」


『妖魔将』は片手で堀田早苗を羽交締めにしながらもう片手を『光の妖精』に向けた。


しかし、


「グアあああああああああああああ!」


羽交締めをしていた早苗に強力な肘打ちを喰らい、たまらず腹を抱える。


堀田早苗の瞳は、文字通りの意味で、光っていた。いや彼女だけでなく、その場の妖精隊員全員の瞳に光が帯びていた。


「どういうことだ?こンな羽虫ごときにこの俺様が力負けするだと!?」


『妖魔将』は腹を抱えながら周りを見回すと、いつの間にか、淡い光を全身から発する妖精隊員に取り囲まれていることに気がつく。


「な、なんだてめえら!!」


妖精隊員の1人が突然体当たりをかけてきた。『妖魔将』は異空間波弾を掌から何発を撃って応戦するが、全て弾かれてしまう。


『妖魔将』は体当たりで吹き飛ばされてダメージを負う。


他の妖精隊員も次々に体当たりを仕掛けてきた。『妖魔将』は悟った。あの『幼虫』どころか、妖精隊員にすら手も足も出ないことを。


「イタイイいいいいい!もうやめてェ!ゆるしししてええええ!ころささないでええ!ここまままじゃ死ンじじやううう!」


たまらず逃げることを選択したボロボロの『妖魔将』は『重力サーフィン』を行おうとした。これは超光速で移動する大技だ。通常、質量のある物体は光速を超えることはできない。しかしながら超強重力下では必ずしもそうではない。重力の吸い込み口、ブラックホールと吐き出し口、ホワイトホールを組み合わせれば空間自体を超光速で動かすことができる。通常空間でこれを行うと地球そのものを破壊しかねないが、異空間軸をずらすことで地上に与える影響は小さくなる。それでも超重力を発生させることは極めて危険であり、本来なら重力を司る女神たる女王イザベラの許可が必要だった。


しかし『妖魔将』は忘れていた。自らの重力の権能が『ロック』されていたことを。


「げえええ!!使ええなないい!!なんでえええ」


『妖魔将』は全力で飛行した。妖魔も妖精隊員も通常はジェット機ほどの速度も出せない。それでも不意をついて全力で逃げれば振り切れる、はずだ。少なくとも『妖魔将』はそう思った。しかし、全力で飛行する自分の横を何者かが追い越していった。その者は第1妖精中隊第2小隊長南りかだった。


南りかは『妖魔将』を追い越してその前に躍り出た。『妖魔将』は驚き空中で静止する。


「ななななな!!!、おめええは!おめめえええわわわ!女王様あああ!!」


そう叫ぶと反対方向に逃げ出す。しかし、妖精隊員の中でも一際明るく輝く南りかは猛スピードで『妖魔将』を追撃する。


「やめてぇぇ。来ないでぇ。助けてぇぇぇぇ」


全力で逃げる『妖魔将」は断末魔の叫びを上げた。


「やめててええええええええ!来ないでええええええ!!女王様ぁああああああ、いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


南りかが必死に逃げる妖魔将に体当たりをし、妖魔将は爆散した。これぞ、小悪党の最後に相応しい、本当にみっともない最後だった。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


淡い光を放つ妖精隊員たちは、残された他の妖魔達を難なく掃討していく。妖魔達は全く抵抗もせず、逃げもしなかった。指揮官を失った彼らは一切行動できないようだった。おそらく命令がないので動けなくなってしまったのだろう。なんの意思もない、人形に過ぎなかった。


妖魔の掃討が終わった妖精隊員達は、『光の妖精』の周りに集まる。『光の妖精』を中心にして、輪を作った一団は、やがてゆっくりと降下を始めた。


山下群司令も、副官の山田くんも、袴田陽子もただただ呆然とこの様子を眺めていた。


『光の妖精』を中心とした一団は、基地内の広い空き地に着地した。『光の妖精』は空き地に一本だけ生えた樹木を背に、荒川祥子を腕に抱いたまま立っていた。他の妖精隊員は、『光の妖精』の周りを半円上に取り囲み、全員片膝をつき、首を垂れた。それは、王に敬意を払う臣下の一団のようだった。いや、「ようだった」のではなく、『光の妖精』が妖精達の主君以外の何者でもないことは明らかだった。


その様子をヘリコプターから双眼鏡を使って眺めていた山下群司令は我にかえり、


「山田くん、あの側に降りられるかね?」ときいた。山田くんは、


「あそこなら大丈夫です。」と答えた。


「じゃあ、頼む。えーと、陽子君。君は一旦司令部に戻り給え。私は彼女達のそばに行って様子を確かめてくる」


袴田陽子もあの謎の現場に駆けつけたかったが、ヘリではないので滑走路がないと着陸できない。やむなく群司令にこの場は任すことにした。


「群司令、あの子達をお願いします、様子が変なので心配ですが」


「きっと大丈夫だろう、後はなんとかする。連絡を待っててくれ」


「はい、群司令もお気をつけて」


そう言って、袴田陽子は司令機を基地内の滑走路に向かわせた。


一方、『光の妖精』は、ゆっくりと荒川祥子を地面に寝かせた後、その光を失い、仰向けに倒れた。

首を垂れたままの妖精隊員達の淡い光もその瞬間消えてしまう。


やがて、首を垂れていた彼女達は、我に帰った。そしていつの間にか基地内の空き地に着地している自分達に気がつき、みんな顔を見合わせ、騒ぎ出した。


その騒ぎが横たわっていた荒川祥子の意識を取り戻させた。


「う…」


「ここは、どこ?」 彼女は身を起こす。


「あれ?」


そういえば自分は妖魔に致命的な一撃を食らったはずだったが、まだ生きている。貫かれたはずの胸に穴が開いていない。プロテクターには確かに穴が開いているのだが——


さらに驚くべきことに傍に男性が横たわっていた。それは彼女がよく知る人物だった。


「え、お兄ちゃん?お兄ちゃん!!大丈夫、お兄ちゃん!」


何故彼がここにいるのか?驚いて、彼が生きているのか確かめる。脈拍もあって、呼吸もしていた。


「生きてる、よかった、お兄ちゃん、よかった」


一時的に意識を失っているだけのようで一応は安心したが、安心したついでにもっと重大なことに気がついた。自分の兄が、生まれたままの姿であることを。大事な部分も出しっぱしなことに。


「いやああああ!お兄ちゃんなんで全裸なの!」


小さい頃からお風呂にも一緒に入っていたのだからその裸も見慣れていたはず、だったが大人になった兄のそれを見たのは初めてだった。


彼女は真っ赤になりながらも、ついそれを凝視してしまう。


「君のお兄さんの大事な部分をじっくりと観察中なところ悪いんだが」


「えっ?」


不意に背後から声を掛けられた。


「ええと、今どういう状況なのか説明してもらえないかな?いや、僕も、君のお兄さんをもっとよーーく観察しておきたいのはやまやまなんだけどね、きひひ」


振り向くと、声の主は南りかだった。彼女だけではなく、他の妖精隊員もいた。真っ赤になって顔を背けている子、両手で顔を覆いながらも、指の隙間から観察している子、果ては南りかを筆頭にニヤニヤしながら堂々と観察している子までいた。


その様子を見た祥子は、腕を大きく広げて必死に兄の裸を隠し、そして叫んだ。


「皆んな見ちゃだめええええええええ!」


そしてこう付け加えた。


「私以外!!!」

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