群司令の奮闘


「群司令、例の妖魔への奇襲攻撃は失敗に終わったようです」群司令部のナンバー2、副司令が群司令に報告する。


「支援航空隊に赤外線ミサイルを一斉発射させろ!急げ!」山下群司令は叫んだ。


群司令の命令で、ヘリコプター隊がミサイルを発射させる。だが、


「きかねぇんだよ、そンな攻撃はよ。ったくうぜーなぁ!!」


敵の『妖魔将』の音声だった。暗号方式をより堅牢なものに改変したが、数分しか持たなかったようだ。


「群司令!!敵がヘリコプターを破壊しました」


「急いで退避させろ!!」


「応答がありません!!」


だめだ。ヘリコプター隊は程なく全滅するだろう。このままだと妖精隊員も全員なぶり殺される。群司令は指揮官席から立ち上がった。


「今より私がヘリコプターで出る。小田君が副司令としてこの場で指揮を取れ」


驚いて、副司令の小田1佐が指揮官席まで飛んできた。


「な、群司令!?一体何を言ってるんですか!?敵を説得でもするつもりですか?近づいた途端に殺されるだけですよ!やめてください!」


「そうでもない。奴は『妖魔将』を名乗ったのだろう?他の言動からも自己顕示欲の強さが滲み出ている。こう云う手合いの扱いは慣れているんだよ。うまくすればいろいろ情報が聞き出せるかもしれない。それに」


「それに?時間稼ぎでもするつもりですか?そんなのすぐにバレて殺されるのがオチですよ。大体、奴は通信を傍受してるのでしょう?ここからでもできるではないですか!!」


「そうもいかない。安全なところから通信したって奴は耳を貸さないよ」


「だったらせめて部下をいかせてください。私でもなんでも、ご命令があれば行きます!」小田1佐はなんとしても山下群司令を制止しようとした。しかし群司令の意思は固い。


「『空将補』自ら行くから意味があるんだよ。奴も将を名乗ってるしね。あとヘリのパイロットも必要ない。私はヘリのパイロット出身なんだ。今でも訓練は時々している」


その言葉に横に控えていた、副官の山田くんが意見した。「群司令、せめてパイロットは私にやらせてください。私もここに来るまでヘリのパイロットだったんですよ!」


「山田くん、君は若い。だから…」


「歳は関係ありません。それにヘリの操縦の腕なら、失礼ながら私の方が上です。誰よりも早く、急行して見せますよ」


「言ったな、山田くん。そこまで言うなら、悪いが君には付き合ってもらうことにするぞ」


山下群司令を制止するのを諦めた副司令小田1佐は、


「わかりました。本当に、群司令は言い出したら聞きませんね。ここはお任せください!例え、例え、うう、殉職なさったとしても群司令のことは絶対に忘れません!」


と泣きながら言うのであった。


「ああ、小田1佐。私は生還するつもりなんだがね、死ぬの前提にして泣くのやめてくれない?」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


山下群司令は、副官山田くんを連れて、急いで指揮所を飛び出す。エレベータに飛び乗ると、エレベータ内の操作盤にある小さな蓋をパッカっと開ける。中に絶対に押してはならないという雰囲気を醸し出し、赤く塗られたボタンが取り付けられていた。非常時以外には決して押してはいけないボタンらしい。


しかし、群司令はためらいなく、そのボタンを押下した。


するとエレベータが勢いよく上昇を始めた。かなりのGがかかる。


山田くんが叫んだ。


「があああ、このままじゃエレンベータが天井にぶつかりますよぉー」


「大丈夫だ山田くん、耐えろ!」


するとエレベータからキキキと音がして、急減速した。一瞬の無重力で2人とも浮き上がり、再度元に戻った重力によって床に叩きつけられた。


「あああ」山田くんはうめき声を出した。


「いたたたた、こう云う時のためにエレベータに急行ボタンをつけてもらったんだが、これは危なすぎて封印だね」


「群司令ですか、こんな危険な機能をエレベータにつけたのは!?死んでもおかしくなかったですよ!!」


「そ、そうだね、ちょっとやりすぎたよ…おっと、そんなこと言ってる場合じゃない、ヘリまで走るぞ、急げ!」


「もう、あんたって人は!」と言いつつ、山田くんは走る群司令の跡を追う。


屋上のヘリポートに駐機していたヘリに乗り込むと、山田くんは急いでエンジンを始動する。


「頼んだぞ、山田くん。急がないと私の娘たちがなぶり殺しに遭ってしまう」


「ったく!急発進しても舌を噛まないようにしてくださいね、パパ司令!」


山下群司令をのせ、全速力で浮上し、妖精隊員と『妖魔将』が対峙する空域へと急行した。途中、無線機に誰かの捨て台詞が流れる。


「このゲス野郎!」


この声は、荒川祥子だ。当然、同じ無線を傍受する『妖魔将』も聞いていた。


「あ、なんだって??」


「このゲス野郎って言ったのよ!このくそ妖魔!!」


「女の子を痛めつけて、あんた変態なんじゃないの?最低男にも程があるわ」


「んだと、このアマ!てめえから痛ぶってやってもいいんだぜ」


「やれるもんならやってみなさいよ!」


「やめて、祥子!敵を挑発しないで!」袴田陽子が止めに入るが、もう遅かった。


「ケケケ。妖魔将を怒らすとは、いい度胸だな、人間如きが」


「さあて、どんなふうに、鳴くのかなぁ。下等生物でも、女の苦しむ顔ってのは興奮するんだよなぁ、キヒひひひヒヒひひひひヒ!」


これはまずい。『妖魔将』とやらは、なぜかはわからないが妖精隊員をできるだけ殺さないようにしているようだった。奴がその気になれば第1妖精隊は既に全滅していただろう。いつでも殺せるが、生かしておいてやると言う態度が言葉の節々から感じる。ただこの妖魔は少しばかり思慮が足りないようで、激昂すれば妖精隊員の1人や2人、簡単に殺してしまいそうだ。なんとも人間臭い感じのする妖魔だ。こう言う手合いなら付け入る隙はいくらでもある。ただし、彼らが殺さないようにしているのは妖精隊員だけで、ヘリなどはちょっとでもヘマをすれば簡単に破壊されてしまう危険性がある。事実、支援ヘリ部隊は既に全滅してしまっていた。


山下群司令は慎重に言葉を選び無線機で敵に語りかけた。


「やめたまえ。君は仮にも『妖魔将』を名乗っていると云うのに、無抵抗の者を痛ぶるのかね?」


「ああん?誰だあ?」


「私は、全妖精部隊を預かる群司令の職にある者だよ。私も『空将補』なんだ。同じ『将』同志、指揮官たる者がどうあるべきなのか、語り合わないかね?」


「てめえ、そこの『ヘリコプター』ってのに乗ってるのか?他の奴らがどうなったのか知ってんだろう?死にてえのかよ」


「別に死にたくはないよ。だけど私も『将』だ。君のように最前線に出張る必要があると思ってね」


「ほう、いい度胸じゃねえか、ここで殺してやるよ」


敵は山下群司令の乗るヘリに接近してくる。山下は会話を続けた。


「ところで、君はさっき名前をまだつけてもらってないと言っていなかったかね?」


「よく聞いてるな。そうだ、俺はまだ女王様から作られたばかりだからな」


「じゃあきっと君はすぐに使い捨てにされるだろうね」


「な!何を言ってやがる!!んなわけないだろ!俺は女王様の分身で一軍の将だ!!こいつらと一緒にするな!」


よし、奴は食いついてきたと山下群司令は思った。こう言う輩の扱いには慣れている。


「そうとは思えないな。だって、『妖魔将』とやらを名乗ったのはついさっきだろう?本当の腹心なら君の上司は名前を与えるはずだよ。親みたいなものなんだろう?」


「そ、そんな馬鹿なわけが!? 適当なこと言ってンじゃねえぞ!ぶっ殺してやる」


「私を殺すのは勝手だがね。しかし、君はその女王様とやらの思惑を理解してないみたいだな。妖精を傷つけるなと言われてたんじゃないのか? それなのに、さっき殺そうとしたね?」


「どうしてそれを!!何もんだてめーは!?」


「ただの人間の指揮官さ。だけど、いいのかい?あんまり暴れるとその女王様に不興を買うんじゃないのかい?」


「ンなわけねえだろ!!このくらい問題ねぇ」


カマをかけただけだったが、ビンゴだったようだ。こういう中途半端に頭の回る奴は扱いやすくて助かる。頭が良すぎても悪すぎてもカマかけ作戦は通じないからだ。さらにカマをかけて敵の情報を引き出したい。その上でお引き取り願えれば願ったり叶ったりなのだが——


「ところで、君達の『王様』は君のことどう思ってるのかね?さっき『妖魔将』のような名前がお気に召すようなことを言っていたが」


山下群司令は、航空自衛隊きっての地獄耳だ。今日も地獄耳ぶりは冴えていた。通信に割り込んできたこの個体の独り言を聞き逃していなかった。


「そ、そうだ、うちんとこの大将は厨二病気味なんだ…てめえにはカンケーねーが」


「ほう、その『王様』に頼めば、怖い女王様のお仕置きを回避できるかもな。よければ私が知恵を——」


「黙れ、ニンゲン如きが!てめえの知恵なンて必要あるわきゃないだろうが」


「そいつはすまないな。だが、そろそろ戻った方がいいじゃないのか。君の支配者がお怒りになる前にね」


「くっ」


自分でも恐ろしいと思うぐらい決まった、山下群司令は確かにそう思った。うまくいった。はずだった。しかし、


絶句する妖魔将に祥子が背後から攻撃を仕掛けた!

彼女が絶妙のタイミングと思ったのも無理はない。通常の妖魔なら完全に倒せていただろう。しかし、彼我の圧倒的力量差の考慮が彼女には足らなかった。敵は、いとも簡単に祥子の攻撃を受け流した。そして、その腕を彼女の胸に突き刺した。


「ううっ」


彼女は小さなうめき声をあげ、血を吐きながらピクピクと痙攣していたが、すぐに動かなくなった。

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