兄妹
立哨の交代が来たため袴田賢は、警備隊詰所に戻ることろだった。もう今日の勤務は終わりだ。とっとと隊舎に戻って休みたい。
足早に廊下を歩いていると後ろから何者かが全力で、すごい勢いで突進してくる気配がした。強い危険を感じ、賢は咄嗟に振り向く。すると、
「おにいいいいいいいいちゃああああああああああああああーーん」
走ってきたのは、第1妖精隊のエース、妖精隊中隊長の荒川祥子だった。アイドルのような装備を着た
祥子は賢にガシッと抱きつく。それは、獲物を捕まえるライオンの如くだった。賢はよろめくがなんとか
転ばないで耐えた。
「うぁああ!?しょ、祥子か!?」
「会いたかったよううううううう。本当に暫くぶりなんだから」
荒川祥子は抱きつきながら、顔をすりすりし、匂いまで嗅いでいる。
「半年前に会っただろう!?それにメッセージもやり取りしてただろ」
「半年前じゃすんごく前だよ!メッセージじゃお兄ちゃん成分を補給できないよ」
袴田賢は、荒川の衣装らしき装備の胸にさりげなく取り付けられた階級章を見て、彼女の年齢に身合わない高い階級を認識した。
「というか、ちょっと自衛隊的にはこれはまずいよ。俺は、1等陸士、陸上自衛隊で下から2番目の階級だけど、祥子は、えーと、1等空尉、幹部自衛官だよ。陸と空の違いはあるけど、ものすごい差なんだよ、他の自衛官に見られたらまずいよ」
袴田賢は隊帽を被り直し、敬礼をしながら、敬語で話す。
「大変失礼しました、荒川1尉、お怪我はありませんか?」
「ちょっと!!やめてよお兄ちゃん。もう非番だからいいんだよ」
「俺はまだ非番じゃないよ。詰所に戻って制服を脱ぐまではね」
「じゃあ、1等空尉から命令!今日はこれから食事に付き合うこと!これ絶対の命令」
「いくら階級が上だって上官でもないのに命令する権限はないと思うんだけど」
「ああんもう、いいの、今日はこの後食事行くから付き合ってね。早く詰所いって着替えてきて」
「そんな、警備隊長に外出の許可も取ってないのに」
「外出の許可ならさっき私がその警備隊長のおじさんとこ行って取ってきたよ」
「職権濫用してないかい?」
「いいのいいの。警備隊長のおじさんに生き別れてた兄妹が出会えたと言ったら、涙を流しながら許可をくれたよ」
本当にこの子は男を信じさせる演技力だけは一級だと思いながら、
「わかったよ、詰所行って着替えてくるから待っててくれ」
そこに誰かが声を挟んだ。
「ちょっと、祥子。抜け駆けしようたってそうは行かないわよ」
そこには、袴田賢の姉で荒川祥子の上官、袴田陽子2等空佐が立っていた。さらに
「そうだそうだ!抜け駆けはよくないぜ、僕たちにも紹介しろよ」
「先輩、ひどいじゃないですか、こんなかっこいいお兄さんがいたなんて聞いてませんよ」
袴田陽子の後ろには南りかと堀田早苗もいたのだった。
「なんで陽子お姉ぇまでここにいるの!?それにりかとさなまで!」
「私は司令なんだから当然いるに決まってるじゃない。開始時間には間に合わなかったけど。試験が終わって祥子が飛んで出て行くのが見えたからもしやと思って跡をつけたの。そしたら案の定、賢を勝手に連れ出そうとして!」
「兄妹水いらずの時間に割り込まないでよ!」
「私だって賢の実姉よ。大体あんたは血が繋がってないじゃない」
「血のつながりなんて関係ないんですぅー。小さい時からずっと一緒なんだから」
「私だって賢が赤ちゃんの時からずっと一緒なの!荒川1尉、上官として命令します。私たちも食事に連れて行きなさい」
「ああーー、そんな命令ずるい!いくら上官だからって」
そこに南りかが口を挟んだ。
「賛成!すごく賛成!!司令のその命令、聞くべきだぜ、しょーこ」
「あんたは口を挟まないでよ。りか。私の方が上官よ」
「さっきは、上官の命令を聞かないって言ったじゃん」
「さあ、祥子。この命令を聞きなさい。あんただけ賢を独り占めしようなんて絶対許さないんだから」
「いやですぅー、お兄ちゃんは私のものですぅー」
2人は顔を付き合わせていがみ合う。
賢は困って、姉と妹に言った。
「まあまあ、喧嘩は良くないよ、ねーちゃん、それに祥子。もっと仲良く…」
しかし2人は、袴田賢に同時に顔を向け、声を揃えてビッシっと厳しく言った。
「賢は黙ってて」
「お兄ちゃんは黙ってて」
もはや、袴田賢には全く発言権などあろうはずも無かった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「もう、どうしてこうなるのよ」
第1妖精隊行きつけの中華料理屋の丸いテーブルを袴田姉弟、荒川祥子、南りか、堀田早苗が囲んでいた。
祥子は賢を独占できずご不満のようだ。
「今日は私の奢りだから、機嫌直してよ、祥子」と袴田陽子は言う。
「ふん、次は絶対2人きりでデートするんだから」
「それは断固阻止するわよ」
決して普段の仲は悪くない姉妹だが、賢のこととなるとなぜか張り合う2人だった。
「なあ、しょーこ。まだ僕たち君のお兄さんをちゃんと紹介してもらってないぜ」
そう言ったのは、ツインテールと不思議な男口調がトレードマークの南りかだった。
「お兄ちゃんとは小さい頃から一緒なの」
少し間を置いて祥子は続けた。
「袴田家のご両親が妖魔の襲撃で亡くなられて、陽子お姉ぇとお兄ちゃんは私の家に引き取られたの。私は小さすぎてその時のことは覚えてないけどね。陽子お姉ぇはすぐに自衛隊に入隊しちゃって、後はお兄ちゃんとずっと一緒に暮らして来たのよ。その後、私も12歳で入隊したんだけど」
「ふうん。そうなんだ。よろしくね、お兄ちゃん♡」
「何よそのハートマークは。いつもはしない猫撫で声はやめてよ」
賢は目をぱちくりしている。
「お兄ちゃん、こんな色香に惑わされないでね。こいつは普段は男口調で僕っ娘なの。キャラで言ってるんじゃなくて素だから。最初は厨二病の子かと思ったけどね」
「うちの家族は僕以外みんな男だったから、この口調が自然なのさ。こう言うのが好きっていう男の子もいるけどね」
「お兄ちゃんは、こういう子はタイプじゃ無いよね?ね?」少し心配そうに荒川祥子が尋ねるが、賢はどう言ったらいいかわからず、「え、いや、えっと」と言うのが精一杯だ。
「はっきりしてよ、お兄ちゃん!」
雲行きの怪しくなった会話に袴田陽子が口を挟む。
「ちょっと、賢が困ってるじゃない、やめなさい、祥子。ところで、賢。隊舎ではちゃんと清潔に暮らしてるの?男子寮なんて汚そうでお姉ちゃん心配よ」
「大丈夫だよ、ねーちゃん。隊舎は狭いけど個室だよ。今時個室でもなければ誰も入隊しないしね。それに俺はねーちゃんよりも部屋とか綺麗だったろ」
周りの妖精隊員が笑いを堪えている。
「変なこと言わないでよ。私の部屋が汚いみたいに思われるじゃない」
そこに幼い顔立ちだが歴戦の妖精隊員、ポニーテールの似合う堀田早苗が口を挟んだ。
「ところで、研究所に配属されるなんて、さっき賢さん自らが頼んだわけじゃないって言ってましたけど、じゃあ袴田司令が頼んだんですか?」
「そんな越権行為できないわよ。パパ司令は賢の入隊のこと自体多分知らないはずだし…上層部の誰かが気を利かせのかしら?」
「ぱ、パパ司令?」袴田賢は驚いてきいた。もしやその司令とは…
「山下群司令のことよ。あたしたち妖精隊員はみんなそう呼んでるわ。本人には言わないでね」
やはりそうだった。会話はなおも続く。
「でもきっとパパ司令はそう呼ばれてるの知ってると思うぜ、なあしょーこ」
「そうよ、さっきの装備試験の時なんか、パパ司令って言っちゃった子いるじゃない?あれ本人に聞こえてたみたいで顔がにやけてたわよ。しかもそれを顔に出さないよう頑張っているところがバレバレで」
「いやー、かわいいー」
「うけるー」
山下群司令が聞いてたら卒倒しそうな話題に、もはや袴田賢はついていけそうになかった。が、こんな会話ができる日々がずっと、そう、ずっと続けばいい、と心から思うのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
夜。
デートはできなかったけど、兄を交えた楽しい食事会も終わり、寮に戻って床に着こうとしていた祥子。
祥子は思い出していた。遠い昔の兄との記憶の源流を。なんで兄がそんなに好きなったのか?それは些細な、本当に些細なことがきっかけだった。
小さい頃、いつも持ち歩いていた縫いぐるみを無くしてしまい、大泣きで家に帰ったことがあった。それを見たお兄ちゃんは「必ず見つけてやる」と言って家を飛び出した。縫いぐるみはなぜか裏山にあったらしく、おそらく野良犬か何かが持っていったのかも知れないが、お兄ちゃんは擦り傷をつけながら縫いぐるみを持って帰ってきてくれた。縫いぐるみはドロドロに汚れていたが、それよりも必死に探してくれたことがとても嬉しかった。それ以来、いつもお兄ちゃんの後を追いかけていた。
その後、妖精検査で資格があることを知り、陽子お姉ぇのいる妖精隊に入隊することを決意した。お兄ちゃんと離れて暮らすのは辛かったが、お兄ちゃんの両親を殺した妖魔が許せなかったし、何としても大事な人を守りたいと思ったのだ。お兄ちゃんは反対したし、それがとても嬉しかったけど、入隊の意思は固かった。
そんなこんなで今では第1妖精隊の中隊長、1等空尉。通常の自衛官であれば、どんなに昇進が早くてもこの階級に登るには30歳前後になっているはずだ。だが祥子は16歳でこの地位に辿り着いた。もっともさらに上の佐官と呼ばれる地位には規定上妖精隊員のままではなれないが。
寝つきのよい祥子は床に入るとすぐにスヤスヤと寝息をかいた。寝言を言いながら。
「お兄ちゃん…大好き… むにゃむにゃ…」
——誰かに聞かれるはずもない寝言を聞いてる何かが、いた。
<いい気なもんだぜ、この女。まあいい。新しい王様がもうすぐ誕生する。こいつとパスを繋いでおけば必ず拝謁できるはずだ。それまでの辛抱だな>
祥子の部屋には勿論誰もいない。声は祥子にしか聞こえないもので、当の祥子が寝ているので誰も聞いていない声だった。そして続けた。
<しかし、自分のならともかく人のってのは本当に気持ち悪いもんだ。ったく毎夜毎夜。いつかこの女に仕返ししてやるからな、このクソアマ!>
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